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外伝4


 翌日、朝食を終えたころに、ローゼンベルク一行のもとへ従者が訪れた。それは、陛下との謁見の時間を知らせるものであった。


 約束の時間になり、陛下の執務室を訪れた一行。

 執務室に踏み入れれば、陛下の傍らには枢機卿らが控えていた。当の陛下といえば、どことなく気だるげな雰囲気で、服にしても着崩したにしては度が過ぎており、だらしないと思うのは気のせいではないだろう。二十年前に見た面影はもうどこにもない。愚王と評されても致し方ない。


 一行は思う。こんな国王に自分たちは仕えなければならないのかと――。

 目の前のこの国王が退位したところで、次に待つのは傀儡王。この国の行く末はどうなってしまうのか。


「面を上げられよ、御一行」

 枢機卿の合図で、一行は下げていた視線を上げた。居並ぶ臣下を前にしても、陛下は興味がなさそうに視線を合わせない。

「陛下。ローゼンベルク卿から申し入れたきことがあるそうです」

「何だ。用件をさっさと言え。我は忙しい故な」

「はい、陛下。この度、我が息子の伴侶に王女様を迎えたく存じます。そのご許可を頂きたく」

「アリゼ王女にその話はされておられるのか?」

「いえいえ。アリゼ王女様ではなく、マリー王女様を頂きたく存じます」

 この時、初めて陛下がアルベルトに視線を寄越した。その視線は、何を言っているのかと不思議顔なのだ。内心訝しむローゼンベルク一行。

 枢機卿らも思いがけない名が出て、豆鉄砲を食らった表情をしている。


「――枢機卿。マリーとは誰だ?」


 陛下が放った言葉に執務室内は一瞬沈黙が下りた。こほんと一つ咳払いをする枢機卿。

「亡きフローラ妃がお産みになられた王女様の事です、陛下」

「――ああ。そんな者がいたな。忘れていたぞ」

「今年で――はて?いくつになられたのでありましたかな?」

 枢機卿も本気でわからないようだ。他に控える者たちも然り。

 この状況にエドワードらは腸が煮えくり返っているが、表情には出さずに堪えている。

「そんな事なら好きにいたせ。わざわざ我を呼ぶ必要があったのか?枢機卿」

「一応陛下のご息女であられますので、お伺いしたまでです、陛下」

「お前が一言聞けば終わったではないか」

「申し訳ありません。お手を煩わせいたしました」

「まあよい。ところで、あの件はどうなっておるのだ」

「準備は進んでおります。ああ、丁度ようございましたな。ローゼンベルク卿にこの場で伝えられてはいかがですかな?」

「ふん。早いほうがいいからな――我は東の国を手にれることにした。よって、東に一番近いお前たちが軍を率いて先発隊として攻め込め。国境近くの砦を落とすことがお前たちの役目だ」

 これにはさすがに、アルベルトも黙っていることができなかった。

「陛下。我が領にそれだけの兵力はございません。更に申し上げれば、東の隣国は内戦が続き、攻め落とそうにも幾多の長を攻め落とすことになりましょう。そうなれば、戦が長引くのは必至。それに耐え得る兵力が我が国にございましょうか?」

「ローゼンベルク卿。陛下のご英断に歯向かわれるおつもりか?」

「そうではございません。現実問題を申し上げているのです」

「――ならば、そのマリーとの婚姻は、戦に勝利した暁に執り行うことにするか。褒美が待っているほうがお前たちもやる気が出るであろうからな」

 ぎりっと奥歯を噛み締めるエドワード。

「陛下。この件は他の領主たちも知るところでございましょうか?我らだけ先に出陣し援軍が遅れれば、戦況がひっくり返ってもおかしくはございません。何も連携が取れぬ間に動くことは自殺行為でございます」

「枢機卿。どうなっておる」

 いちいち枢機卿に話を振る陛下の態度に、ステファンもフレディも怒りが爆発しそうである。

「近々書状を送る手筈になっています、陛下」

「それでは綿密な計画が立てられぬのではありませんか?書状のみでの遣り取りでは意思疎通が遅れるのはもとより、戦略とはいえませんぞ、枢機卿」

 怒りを通り越して呆れてしまうほどの杜撰な戦を仕掛けようとしているようだ。

「枢機卿。お前は戦の経験がなかったな。練り直せ。我が国が敗戦することは許さぬ」

「御尤もでございます、陛下」

 枢機卿は陛下の斜め後方で、頭を垂れながらも秘かに奥歯を噛み締めている。皆の前で受けた屈辱に耐えられないといった雰囲気だ。その怒りの矛先は当然アルベルト。

「よい。我が指揮を執る。お前には任せておれぬようだ。皆を招集させろ。軍議の準備だ」

「承知いたしました、陛下――」

 これでいったん話は終了となり、一行は執務室を後にした。



 陛下も退出した後の執務室に残るのは枢機卿とその部下たち。そんな中、バンっ!!と、けたたましい衝撃音が室内に鳴り響いた。

「おのれ、ローゼンベルクめ!我に恥をかかせおって!!」

 衝撃音は、枢機卿が執務机に掌を叩き落した音であった。部下たちは沈黙したまま枢機卿を覗っている。

 机の上では、枢機卿の拳が小刻みに震えている。

「――この屈辱はいずれ晴らしてくれようぞ――すぐに招集状を送れ」

「畏まりました――」

 部下たちは速やかに持ち場へと急いだ。




 王宮内の客室で、アルベルトたちは険しい表情で卓を囲んでいた。

「滞在が長引きそうですね、父上」

「ああ」

「この戦――敗戦するだろうな」

「そうだな。この二十年、戦を仕掛けていなかったのだ。その間に代替わりし、戦経験のない者たちが台頭している現状ではな。それは何も指揮官だけではない。兵士にしてもそうだ。報告によれば、中央にいる兵士どもは碌な訓練をしていないと聞く」

「軍議を開いたところで、怖気づく者がいるだろうな」

「そうですね。その領主は二人いますね」

「あそこの奴らか」

「ええ。享楽三昧で碌に領主の仕事もしていないと聞いていますよ」

「こんな状況で誰が先発隊で乗り込むか。馬鹿にするのも大概にしろってんだ」

「東の大国は内戦で己の事で手一杯だからこちらに影響がないだけで、攻め込まれでもしたら容易く落ちるだろう。周辺諸国は小国ばかりで、大国が故に攻め込むことはせぬだけだからな。この内情が漏れれば、それもわからぬ」

「確かにそうですね――一番の理想は、戦を回避することですが」

「――そうもいかぬであろうな……陛下に申し立てできるほどの気概がある者がいるとは思えぬ」

「ええ……」




 各領主に書状が届き、国の幹部たちが一堂に会したのはその日から十日も後であった。ローゼンベルク一行が懸念していた通り、敗戦の色が濃くなった。

 なにせ、中央に集まるだけでもこれだけの時間を要したのだ。領主と数名が馳せ参じるだけでである。これが大軍を率いて行こうものなら、どれだけ機動性が悪いか目に見えるようだ。

 待つ間に例の税率の話を済ませようとしても、枢機卿はのらりくらりと取り合わなかった。何の収穫もないまま、無駄に時間だけが過ぎていく。


 この一連の事は既に領地に報せを送っている。魔法に長けた一族エヴァンズが用意した連絡魔方陣がある。現家長である彼が開発したこの魔方陣は、どんなに距離が離れていても瞬時に書状を送ることができるのだ。

 これがあれば戦況も容易くなるだろうが、アルベルトはこの魔方陣を口外するつもりは毛頭なかった。易々と手の内を見せる真似は愚かであろうというものだ。連絡魔方陣においては、各所に送っている密偵も利用している。これを以ってこの国の情勢を逐一知ることができているのだ。もちろんこの王宮にも密偵を潜り込ませている。逆も然りだが、ローゼンベルク側は誰がその者かを把握済みだ。素性が知れる密偵などお笑い草だが。


 その点、ローゼンベルクには優秀な密偵たちが揃っている。それらの者を束ねているのがハインツである。彼の資質を見抜く目は確かで、そういった者たちをマルケスと共に養成しているのだ。


 養成といえば、ローゼンベルクでは領民たちの識字率が高いことは他所には知られていないことだ。他の領ではそうはいかない。それは偏に代々の領主が教育に力を入れてきたからだ。どんな職業でも文字と数字は必要だからという信念の下に教育を行い、文字や簡単な計算を教えている。そういった教育を取り仕切っているのがシャルンホルストだ。


 また、医療にも力を入れている。薬の開発や、治癒士の育成を取り仕切っているのがエリークスである。エリークス家の者たちは代々光魔法に長けており、現家長も積極的に領民の医療活動に従事しているのだ。


 そして、武力の育成を担っているのがグランデルである。領内の治安が良いのは、武術を学んだ者たちが警備にあたっているからだ。


 領境の守りを固めるのは、マルムストレムとガーレイロである。この一族は、元は国境警備に従事していた。


 領主の手足となり政務をこなす者たちがいる。ルーデンドルフを筆頭に、ロックウェル、チェンバレン、ヴァッセナーレである。



 領民たちは、領主の事を誰もが敬っているが故に、現状の税率にも必死で耐えているのだ。今は亡きフローラ妃も領民から慕われていた。先代の領主様と彼女が自分たちを救ってくれたのだと誰もが心に留めている。

 そして今も、領主様が自分たちを大切に思ってくれているから王宮に交渉に行ってくれているのだと知っている。


 二十年が経った今でも誰もが願っている。

 あの大国が来る前の、あの生活に戻れることを――――。




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