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外伝3


「何たる惨状か……」

「これ以上、税を上げられるわけがない!」

「自分たちはのうのうと享楽三昧!領民は、その尻ぬぐいの為に働いているわけではないのだぞ!!」

 ローゼンベルクの領主館では、重臣たちが口々に嘆き罵っている。六つに区切られた国土をそれぞれの領主が治めているが、国王からこのローゼンベルク領に言い渡される税負担は明らかに他領よりも重いものとなっているのだ。

「致し方ない。中央に出向くよりあるまい」

「当主様……我々は口惜しくてなりません……」

「それは我も同じだ」


 ローゼンベルク現当主アルベルト・フォン・ローゼンベルクは、疲れた表情で卓上に広げられた現状報告書に目を通している。

 執務室には、アルベルトに付き従う者たち十二名が揃っている。そして、当主の傍には、次期当主となる嫡男エドワードが険しい表情で席についている。


 ローゼンベルクと親類のハインツとマルケス。代々ローゼンベルクに忠義を誓う者たちを、グランデル、ルーデンドルフ、シャルンホルスト、エリークス、エヴァンズ、ロックウェル、チェンバレン、ヴァッセナーレ、マルムストレム、ガーレイロという。


「これは、明らかに我が領への圧力でしょうな」

「我々が反旗を翻す抑止力とでも思っているのやもしれぬ」

「ふ。その気になれば、暗殺の一つや二つやってみせるがな」

「――冗談はそれくらいにしておけ。(間諜に聞かれてはことだ)」

「案ずる必要はない。この執務室に防音結界を張っている」

「くくっ。さすがエヴァンズ。用意周到だの」

「中央の状況報告は来ているか?」

「はい。何やらきな臭い動きがあるようだと」

「何?」

「まだはっきりとはしていませんが、近々また戦を仕掛ける気配があると掴んでいるようですよ」

「何処にだ?」

「東のようです」

「――――あそこは内戦が絶えぬと聞いているが?」

「それに乗じて攻め入るつもりだろうな。はっ!戦馬鹿がやりそうなことだ」

「――父上。その情報を詳しく仕入れるためにも、一度中央へ赴きましょう。あの件も話を通したいですしね」

 あの件という言葉に、重臣たちに沈黙が落ちた。

「あの子の現状はどうなっている」

「変わらぬご様子ですね……」

 誰もが忌々しげに表情を歪めた。

「生きていてくれるだけでも有り難いというものだな――」

「そのためにも、早く話を纏めましょう。これ以上待つ理由もありませんよ」

「そうだな。その状況なら、即座に連れ帰っても誰も気にせぬだろうな」

「ええ」



 ※ ※ ※



「ほう。ローゼンベルク卿。これはこれは久方ぶりの登城であるな」

 嫌味の籠った物言いをしたのは、国王の右腕といわれる枢機卿だ。

「我が領地を治めるのに忙しいものでしてね」

 嫌味などなかったように振舞うローゼンベルク卿。その傍らには、金髪碧眼の見目麗しい美丈夫が控えている。二人に付き従うのは、グランデルとルーデンドルフ。

「で、そちらの者は?」

「失礼した。これは我が息子エドワードでしてね」

「それはそれは。月日とは早いものですな」

「まったくですな」

「それで、本日はどのような用件かな?」

「単刀直入に申せば、税の件でしてね。先日届いた書状に書かれていた税率では些か問題がりましてね」

「ほう?いかような問題が?」

「増税は昨年あったばかりだというのに、今年もまたとなれば現状は厳しいのですよ。何せ、今年の長雨で穀物量が減少していましてね。税にこれだけ持っていかれては、我が領民の暮らしは立ち行かぬのですよ」

「おやおや。長雨など初耳ですが?」

「我が領は中央から離れておりますからね。情報が届くのに時間がかかるのでしょう。それとも、独自に情報を持っていらっしゃるので?」

「いえいえ。何も疑っているのではありませんぞ。肥沃な貴殿の領地ならこれくらいのことは可能かと思っていましたぞ。恥ずかしながら、我が領では到底及びませんがね」

「そこそこで特産物も違いますからね。我が領は、どうしても天候に左右されるのですよ」

「で、わざわざ遠路はるばる泣き言を言いに出向かれたのですかな」

「ふふ。泣き言では済まされませんでね」

「ならば、この件は再考にかけましょう。折角おいでいただいたのですからな。無碍にはできませんな」

「助かりますよ。枢機卿」

「話が終わったのであれば、これくらいでお引き取り願いましょうか。私も暇ではありませんのでな」

「それは申し訳ない。ただ、もう一つお願いがございましてね。陛下にお目通りをお願いしたいのだが」

「――この件を直接申し上げると?」

「いえいえ。我が息子の婚約についてですよ」

「婚約ですと?」

「ええ。我が息子も今年で19歳になりましてね。是非とも王女様をお迎えしたいのですよ。その承諾を頂きたいのですが」

「なるほど。私では決めかねる内容ですな――しかし、陛下は本日は会議が詰まっておりましてな。すぐには無理ですな」

「ええ。承知していますよ。今日の今日でお目通りが叶うとは思っておりません」

「承知した。日取りはおって知らせましょう」

「よろしく頼みます、枢機卿」

 ローゼンベルク一行は、枢機卿の執務室を後にした。



「王女を迎えるだと?――あやつらはいったい何を考えている。王女を人質にでも取ろうというか?」

「枢機卿。真意を探らせますか?」

「――いや。あそこに挙兵できるだけの蓄えはないと報告が来ている。それに、あの件があるからな。それで目を光らせておけるというものだ。王女一人の命など何の価値もない。傀儡の王子がいれば十分だ」

「そうですね」

「さっさと終わらせるか。明日の十時にでも謁見を済ませればよい。その時にでも、あの件を突き付けてやれば手も足も出まいて。陛下をそれなりに仕立てておけ」

「承知いたしました」




「現王が退き、傀儡王になれば更に悪政となるだろうな」

「そうだな。ウジ虫どもが集る世になるであろう。その筆頭があの枢機卿だからな」

「そうですね。裏では高率の税を課し、その甘い汁を吸うハイエナですからね」

「ああ。この国は腐りきっている。その皺寄せはすべて領民たちに圧し掛かっている。領民は家畜ではない。そのことを見誤れば、いずれ報いがこよう」

「そうですね、父上」

「――当主様、若、あの方にお会いになりますか?」

「そうだな」

 王宮内に宛がわれた客室への道順から逸れ、一行は墓所へと出向いていく。その場所にいるあの少女のもとへと。

 ――その途中、別の王女とすれ違う。

 王妃と同じ紫の髪色を持つ第一王女。御年24となる今も独身なのだ。27になる現王太子ブライアンは、正妃とは別に側室を既に四人も抱えている。

 エドワードは、アリゼ王女を一瞥もせずにすれ違って行った。

「――ふ。あの方とは雲泥の差だな。あの者もまた同じ穴の狢のようだ。腹違いといえど、庇い立てもしない姉とはな」

「放っておけばよい。あの者もまた、親から相手にされぬ者らしいからな。綺麗な衣装を着て、まともな食事を摂れるだけでも感謝せねば、あの者もまた報いを受けるだけだ」

「ええ」




「――マリー、人が来たようだ。我はいったん帰るぞ」

「うん」

 マリーも慣れたもので、目の前からリオが消えても驚くことはない。


(ご飯以外の時間に人が来るなんて珍しいな)


 自分に用事がある者などいないと思っているマリーは、訪問者がいなくなるのを待つだけである。人がいなくなれば、またリオお兄ちゃんが来てくれるからだ。



「マリー」



 母の墓の裏手にいたマリーは、聞き慣れない男性の声に腰を上げた。考え事をしていたのだが、まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったので、きょとんとしながら裏手から顔を出してみると、そこには見知らぬ男性が四人立っていたのだ。


 ローゼンベルクの男たちは、はっと息を呑んでいた。

 墓の後ろから現れた少女は――亡きフローラの面影を宿した容貌をしていたのだ。見間違えることもないほどによく似ている。


 ――フローラ妃の忘れ形見。

 目の前の青髪の少女は、15歳にしては小柄であるが、目を見張るような美貌の持ち主であった。細身とはいえ決して見劣りのしない身体つきで、透き通るような白い肌、柔らかに波打つ髪を腰まで垂らし、顔色もよく、サクランボの様な瑞々しい唇。誰かのおさがりであろう服から綺麗に着飾れば、それはそれは美しい王女本来の姿となろう。


「あの。私を呼んだのは誰ですか?」

 可愛らしい声音に、ローゼンベルクの男たちは、はっと我に返った。

「ああ。私だよマリー。覚えているかい?エドという名を」

「エドお兄ちゃん?」

「ああ。そうだよマリー。約束通り迎えに来た」

「うん!」

 今ならその意味が分かる。ここから連れ出してくれるということだ。だが――。

「ここを離れたら、お母様には会えなくなるの?」

 それに、リオお兄ちゃんも。

「……マリー王女、頻繁には会えないが、可能な限り会いに来ることを約束しよう」

 エドワードの隣にいる男性が声をかけると、マリーは小首を傾げた。

「ああ、自己紹介が遅れたな。我はエド、エドワードの父アルベルト・フォン・ローゼンベルクというものだ」

「エドお兄ちゃんのお父様?」

「ああ」

「我は、フレディ・ミゼ・グランデル。お見知りおきを」

「私は貴女の伯父ですよ。ステファン・セス・ルーデンドルフと申します」

「おじさま?」

「ええ。貴女の母君の兄ですよ」

「お母様のお兄ちゃん」

「ええ……貴女は……本当にフローラに似ている……」

「そうなんだ」

 マリーは、大好きな母に似ていると言われ笑顔になる。その可愛らしい笑顔に、エドワードは魅入ってしまっている。

 マリーは伯父の傍に歩み寄り、手を伸ばして伯父の目元を拭った。

「何故泣いてるの?」

 ステファンは答えることができずにいる。嗚咽を噛み殺しながら大きな手でマリーの頬を包み込んだが、その手は力なくマリーの肩へと落ちていく。

 そんな時、別の気配を感じたフレディが背後を振り返る。木陰に佇むメイドの姿を捉えた。それに気づいたエドワードもそちらへと視線を流す。

「――あの者は確か」

「そうかもしれぬな」

「ええ。確かそうです」

「あ。リズお姉ちゃん。そっか、もうすぐご飯の時間だ」

 一向に近づいてこないメイドのリズに、マリーはぶんぶんと手を振っている。それでも動かないリズに、フレディはくいっと手招きした。

「そうだ。エドお兄ちゃんから貰ったあの石を入れる袋を、リズお姉ちゃんが作ってくれたんだよ」

 マリーは嬉しそうに首から下げていた小袋を開いて、中から不思議な色をした石を取り出した。傾ける角度によって七色に変化する綺麗な石。

「大切にしてくれていたんだな」

「うん!」

 笑顔のエドワードに、マリーも笑顔になる。

「マリー。これは、魔石というんだ」

「魔石。あ、知ってるよ。これがあれば、魔法が使えるんだよね」

「ああ。そのままでは使えないが、知識ある者が使えば発動する」

「うん」

 ――マリーは魔法が使えることを内緒にしている。何故なら、リオに秘密にするように言われているからだ。誰から習ったかも口外してはいけない。その理由は聞かされていない。

 魔石の話をしている間に、リズがマリーたちのもとへと歩み寄ってきた。

「其方がずっと」

 その言葉だけで察したリズは、静かに頭を垂れる。そんな利発な彼女に、アルベルトたちの目元が緩む。

「マリー王女。食事に戻られるがいい」

「うん」

「マリー。明日また来るからな」

「うん。さよなら」

 魔石を小袋に仕舞い込み、いつものようにリズと手を繋いで食堂へと向かうマリーの後姿を見送る男たち。


 ステファンはとうとう我慢しきれずに片手で目元を覆って嗚咽を漏らした。

 フレディがステファンの肩を労うように叩く。

「――ある意味、王女はこの生活で救われたかもしれんな」

「そうだな。下手に王宮にいれば、ハイエナどもの馬鹿息子たちの餌食になっていたであろうな」

「ああ」

「父上。税の話がついたら、早急に連れ帰りましょう。それまで、あのメイドに匿ってもらうが得策ですね」

「そうだな」


 エドワードは決意の表情で、マリーの後姿を見つめている。既にその姿はないが、まるでそこにまだいるかのように視線はそのままだ。


 アルベルトは、かつての自分の姿を思い出していた。

 ――あの時、断腸の思いで見送ったあの後姿を。



 かつて愛した者の墓に注がれる視線は、哀愁と後悔とが綯交ぜになっている。墓石に刻まれた名に、指を滑らせた――――。




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