11
さて、大きな二つは片が付いた。あと少し、掃除が必要だろう。
結婚してから母が浪費してきた山のようなドレスや宝石類が、クローゼットに所狭しと収納されていた。収納できない分は、クローゼット代わりの別室に、うず高く箱を積み上げてあったのだ。どれもこれも散りばめられた宝石類がキラキラしく輝いている。
「おばあ様、こんな派手なドレス、一生着ないと思うのです。でも、ただ処分するのは勿体ないですよね?」
「そうねぇ。趣味が悪くて、私も仕立て直そうとは思わないわ……」
リサイクル業者さんとかいないよねぇ。
「あの、それでしたら、物々交換が可能な商会があると聞いたことがございます」
セシルが恐る恐る提案してきた。
「物々交換?」
「はい。なんでも、現金の代わりに物を持ち込み、等価交換で品物を手に入れられるのだそうでございます」
「へ~」
「でもねぇ……さすがに伯爵家が物々交換だなんて」
「あ!じゃあ、こんなのはいかがですか?確か、王都には孤児院がありましたよね?定期的に物々交換して、孤児院が必要な物資を寄付するのはいかがですか?闇雲に処分するくらいなら有効活用です」
「まあ、ローズ。貴女、慈善活動のことまで考えていたの?」
「いいえ。今思いついただけです。勿体ないから、何かできないかなとは思っていましたけど」
「そうねぇ。貴女の言う通り、それも手かもしれないわね」
「だったら、お出かけしてきてもいいですか?ちょっと見てみたいものがあるんです。それと一緒に、物々交換してくれる商会を探してきます」
「まあ。貴女が行かなくても」
おばあ様は、悩ましげに頬に手を当てて考え込んでいる。
「セシルと一緒ならいいでしょう?」
「そうねぇ。物々交換の事は貴女しか知らないし」
「畏まりました、大奥様」
「じゃあ手始めに、この首飾りを持っていきますね」
「分かったわ。貴女の気の済むようになさい」
「はい!おばあ様」
一番手前にあった首飾りをむんずと掴み、セシルを伴って、元母の自室から出て行った。いい情報が手に入ったとテンションが上がる。
「あ、セシル。料理長から食料の請求書を借りてきてほしいの」
「はい?食料の請求書でございますか?」
「うん。ちょっと調べたいことがあるから」
「畏まりました。お持ちした後、お出かけの支度をいたしますので、お部屋でしばしお待ちください」
「うん。わかった」
かくして、セシルと共に訪れた先は商業区の一角。人が大勢集まっている市場は活気に溢れている。各店舗はテントを張ったり、馬が牽けば移動できる木造の小屋だったりと様々だ。店先には色とりどりの野菜や果物が並べられている。
ちなみに、国の要である王都は南北に二十五キロ・東西に三十キロを有し、王都の北側は切り立った山々に囲まれ、王都を囲むように流れる大河が外堀の役目を果たす天然の要塞となっている。その山を背にして、広大な敷地を持つのが王宮だ。王宮の東側に隣接するように学園がある。王宮の敷地は学園の倍ほど。また、王宮の西側には中央神殿がある。
王宮と学園、神殿それぞれから三本の大通りが南へと延び、王宮に一番近いエリアに貴族街がある。その貴族街を囲むように東地区、南地区、西地区にホテル街と商業区があり、富裕層居住区や平民居住区が広がっている。店を構えるものは商業区だけに限らず、貴族街、富裕層居住区、平民居住区にも点在している。
閑話休題。
さあ、行動開始だ。
いかにも貴族ですみたいな服装は控えて、中でも一番無難な服を選んできた。セシルも普段着で来てもらっている。それはこれから、我が家の台所事情を知るためなのだ。
「セシル、請求書と同じ食材の値段を書き足してくれないかしら」
「畏まりました」
市場を回って金額を埋めていく。一回りもすれば、どれもが市場で手に入る代物であることが分かった。そして、肝心なのはその値段だ。
「やっぱりね。品質が変わらないのに、値段が倍くらいの請求になってるわ」
「それがどうかいたしましたか?」
「我が家に出入りしている商会が、法外な色を付けて請求してるってことよ。今まで言い値を払ってきたんだわ。とんだ無駄遣いね」
「もしやお嬢様……取引先を探しにおいでだったのですか?」
「ええ、そうよ。お母様が関わってた者は、どうも胡散臭い人たちばかりなのよね。ドレスや宝石にしたって、別のところへ頼めばもっと安かったかもしれないわ」
「ですが、どうやって商会をお探しに?」
「決まってるじゃない。一軒一軒回るのよ」
「は、はあ……」
「貴女は、その金額と店内に置いてある値札と見比べてね。相場と差があったら教えてちょうだい」
「はあ……畏まりました」
「あ、店内でお嬢様は厳禁よ。貴女は私の姉。だから、ローズって呼んでね」
「え!ですがっ」
「取引先を選ぶ大仕事よ。抜かりなくいくわよ」
「お、お嬢様ぁ~」
「いいから」
渋るセシルを伴い、食品を扱う商会を目指して歩き始めた。
前半は相場よりも高い店が続いていた。客層も富裕層相手のようだから、子どもの私が入って行っても見向きもしない店もあった。
目についた商会を手当たり次第回り始めてから六軒目。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなものをお求めですかな?」
「店内を見てもいいですか?」
「ええ、もちろんいいですよ」
その間に、セシルは私のお願い通り値段の比較をしてくれている。呼びかけないということは、相場と差が無いということだ。アイコンタクトを取れば、ビンゴだった。
「あのね。ここは物々交換はできますか?」
見れば食品だけでなく、日用品も取り扱っているようだ。店主と思われる男性に声を掛けてみた。
「おやおや。小さいのによく知っているね、お嬢ちゃん」
「うん。お遣いを頼まれたの。この首飾りだったら、どんなものが買えますか?」
「ほう。これはまた、上質な品のようだね」
「見てもらってもいいですか?」
「ああ、もちろん。ちょっと待ってもらえるかい?」
「うん」
一分も待っていれば、店主が戻って来た。
「これ程のものなら、そうだね。ここらあたりの品物なら持って行ってもいいよ」
「え!そんなに!」
「ははは!この首飾りの価値を知らなかったのかい?」
「あ、うん。あー、でもお姉ちゃんと二人だから運べないや。えっと、取り敢えずお父さんたちと相談するから、今日はこれをお金で買ってもいいですか?」
「ああ、いいよ、おちびちゃんが気を使わなくて。必要な時においで」
「うん!ありがとう!」
「ああ。毎度どうも。またのお越しを」
そう言って、その店主は送り出してくれた。
「お嬢様……お嬢様の将来が末恐ろしゅうございます……」
「へ?なんで?」
「一体、どこでそのような演技力を……?」
「だって、あの母とやりあったてのよ?これくらい身に付いたわ。そうでもしなきゃ、私たちの人生が台無しになりそうだったもの」
「お嬢様……」
「そんなことよりも、さっきの商会は第一候補だわ。ちゃんと首飾りも鑑定してくれたし、運よく物々交換もできそうだし。何より、お客様第一主義みたいな商会のようね」
「そうでございますね」
「外観が古びてたから、老舗なのかしら?あの心意気で、顧客の心を掴んでるのかも」
――ぶつぶつ呟きながら歩いていると、傍らでじっと見つめているセシルから気が逸れていた。
念のためその他も回ってみたが、候補のようには芳しくなかった。これで決定だ。
邸に戻っておばあ様とセバスに事情を説明すれば、眉間に皺を寄せながらも頷いてくれたのだ。そんなことまで貴女がしなくてもと、こんこんとお小言が落ちたのは言うまでもない。
今までの商会との取引を終え、見つけてきた商会と新たに取引が始まっていた。請求書が来れば、今までどれだけ無駄遣いだったか如実に効果が表れたのだ。
それに、我が家でお茶会や夜会をやたらと開く必要がなくなったので、それだけでも経費削減は大きかったのである。
物々交換慈善事業作戦も順調である。要らないものを沢山もらっても迷惑なので、孤児院が必要としている物資を調べて、年に二度、定期的に送り始めたのだ。
我が家の改革は、お金の使い道だけでなく、教育にも及んだ。
お母様が雇っていた家庭教師たちを一新したのである。根底に貴族至上主義が見え隠れしていたので反りが合わなかったからだ。もっと公正な目線の講師を、おばあ様が伝手を使って探してくれた。オスカーももうすぐ4歳になるので、一緒に家庭教師をつけてみれば、やはり賢さが際立つようで、講師たちは将来が楽しみだと言っている。
乳母のリタであるが、もう迫害された環境が一新されたのでお役御免となっていた。いろいろとお世話になった乳母さんだったので、別れは寂しかった。
どこかで、母の代わりのように思っていたのかもしれない……。
あれからは、家族皆で食卓を囲んでいる。不器用な父ではあるが、会話も交わすようになったのだ。時折笑顔を見せる父に、私は胸を撫で下ろしていた。
+++
『ランドール殿が離縁したそうだ』
『まあ……そうでしたの。あの人では、そうなるのも時間の問題だったかもしれませんわね……お気の毒に』
『――父上。それには何か裏がありそうですね』
『あら、どうして?ジェレミー』
『父上の話では、伯爵殿は体裁を取り繕っているように見えると言っていました。なら、こんな醜聞を起こすでしょうか?』
『裏で前伯殿が動いていたらしいぞ』
『腑に落ちませんね。何故今更?』
『……社交界でも、ちょっと話題になっていたわね。ランドール様の婚姻は無理強いに等しかったようだと』
『無理強いですか?』
『ええ。評判の良くなかったあの人の婚姻は難しいだろうと、ご夫人方の間でも話題になっていたの。だけど、なんでも侯爵家の取り成しで婚姻が成立したとか』
『あの侯爵家とは繋がりのない家だな、ランドール家は』
『その元夫人は、派手な社交を繰り返していたと言っていましたよね。なら、誰かが裏で糸を引いて、伯爵殿は醜聞を覚悟のうえで誰かを守りたかったのかもしれませんね』
『その可能性はあるな。案外、身近な者たちを守るためかもしれんな』
『一番は、自分の娘と息子でしょうか。それほどの悪評の者です。身近に置いておきたいとは思わないでしょうからね』
『そうねぇ……あの人に関われば、同類のように思われていたものねぇ……』
『何にせよ、あの家にとってはよかったのでは?膿を出したんですから』
『そうよね。社交界からも姿を消すでしょうし、悪評ぶりも鳴りを潜めるでしょうから。こちらも気を張らなくて済むわ』
(誰が裏で糸を引いていたのか、興味はあるけどね)
+++
12/15 一部修正しました。




