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――――茫然と立ち竦んでいた。
突然、そう突然、今まで見たこともない光景の記憶が流れ込んできて、それが何なのか分かったのであれば、誰だって茫然とするはずだ。
叫び出さなかった自分を褒めたいくらいである。
私は、ローズマリー。家族からはローズと呼ばれている。今年2歳の、まだまだ幼子の私である。六月に弟が生まれ、私はその弟を見に来ていたのだ。
その記憶が湧いて出たという表現が一番しっくりくるだろう。弟の乳母さんが、水差しの水を替えに行っている間の出来事だった。ベビーベッドに寝かされているオスカーの寝顔を覗き込んでいたときに、突然『この世界のものではない記憶』が脳裏に湧いてきたのである。
え!――これって、『前世の記憶』ってやつ!?
うっそぉぉ!
前世日本でよく読んでいた『ネット小説』で人気のあったストーリーではないか!地球ではない異世界に転生して記憶持ちになるというあれだ!
小説の設定では事故で記憶が甦るとか、気を失って高熱が続くとかっていうけれど、私の場合は、頭の中に突然湧いて出ただけ。
熱が出ることもなく気絶もしなかった。
もしかして、まだ2歳という年齢がそうしたのだろうか?自我が出る前だったから、全てを受け止めたのかもしれないのか?
あれ?でも、前世の名前がわからない。女性だったってことはわかるけど。
あれ?自分の事は全然思い出せないぞ。
家族だった人たちの顔も名前も分からない。覚えていることといえば、一般常識的なことのようだ。その記憶をもって、改めて弟の部屋を見渡してみれば。
「マジカー」
ちらりと鏡を見遣れば、それに映る自分の姿と、呟いた言葉に違和感だらけだ。
そして、外見からだって、ここが異世界だと思わずにはいられない。
地球に、青髪の人間がいるわけないじゃん!
私の外見は、ロイヤルブルーのゆる~く波打つ髪に銀と金の瞳。
目の前ですやすや眠っている弟は、茶色の髪。瞳は見たことがないから分からないが、自分が弟の髪のようだったら、まだここまで驚かなかっただろう……。
それに、どう見たって異国の建物にしか見えない。白い石造りの壁の四隅には複雑な文様の彫刻が施され、金やら七宝やらの豪華な装飾が施された家具類。私が今身に着けている服だって、ドレス風のぴらぴら……。
お遊戯会くらいしか着ないだろう!
落ち着こう……。
当然、身近な人たちが話す言葉は”日本語”ではない。2歳児の語彙はそれほど多くはないけれど、今、頭の中に流れているのは紛れもなく日本語と異国語。
状況把握だけでいっぱいいっぱいになっていると、目を覚ました弟がぐずり始めた。
「あ~、よちよち」
乳母さんの真似をしてあやそうとすると、自分の言葉が拙いことに再び驚いた。
「あぁ……まぁ……シカチャニャイ……」
日本語も喋りにくい……。
大人になっていた記憶があるだけに、今の状況がもどかしいのは否めない……今、自分が乗っている椅子にだって上り下りが容易ではない程身長も低い。手だって、モミジの手という表現がしっくりくる。
本当に、『異世界転生記憶持ち』を果たしたことは紛れもない事実のようだ。