コズミック
短編3弾目。自分自身が幸せになるのが幸せなのか。大事な人、他人が幸せになるのを見ることで幸福感を得るのか。どちらが正しいのか? 何が正しいとかはないと思うんですけどね。
ビデオを見返すと、私は彼に馬乗りになり、執拗に喉元へナイフを突き立てていた。
彼のうめき声と奇声が混ざって聞こえてくる。気付いてなかったけれど、どうやら叫びながら刺していたらしい。少し弛んだお尻が揺れ、髪の毛が弧を描くように弾んでいる。その度に彼の足や手が、ぎゅっと縮む。血で壁やシーツは染まり、彼が動かなくなってもなお、止めなかった。刺しては抜き、また刺しては引き抜く。永遠と思えるくらい長い時間。体力が奪われる訳だ。今もまだ肩で息をしている。疲労で全身が重たい。映像から呻き声と奇声が消え、後ろ姿の私が上体を起こす。肩で息をしながら、乱暴にナイフを床に落とす。ゆっくり振り向き、ベッドからバランスを崩しそうに降りる。ゆらゆらと揺れながら近付いて、顔がしっかりとカメラに映る距離までになった。そう。電源を消すためにカメラに寄ったのだ。血だらけの顔。ふとビデオを抱えている両手を開いてみると、やはり血だらけで、手どころか足も体も赤く染まっていた。画面の中の自分は顔が引きつっていて、今も同じ形相のような気がして頬を触る。
ビデオの録画停止ボタンを押す為に近付いた私の姿。その顔は、見れば見る程酷い形相だ。疲労と、狂気と、興奮で歪んでいる。カタンという音と共に画面が揺れ、映像は終わった。その瞬間映っていた口元は、少し笑みを浮かべたように歪んでいた。
「殺してよ」
彼はよくそう言った。
いつからだったろう。私の頬を撫でながら言うのだ。そんな言葉を。真っ直ぐ目を見て。
心の底から彼を愛している。だからどんな願いでも叶えてあげたかった。
ビデオカメラを設置した。部屋全体が映るように。願いを叶える為に。彼が生きていたということ、死んでいくということ、それを残しておきたかった。記録として、ずっと持っておきたい。そう思った。
全てをやり終えた。映像も、ちゃんと撮れていた。そう実感すると体ががたがた震えて来る。
心底興奮していた。映像の中の自分に。それは恐怖ではない。「幸福」だ。
汗に濡れた顔も、血に濡れた胸も、お腹もお尻も。どんな人より美しい。自然と笑みがこぼれる。ふ、ふ、と咳のような笑みが沸いてくる。我慢できずに声を上げて笑った。
興奮は、収まりそうにない。私はビデオカメラを抱え、笑った。そうだ、ビデオを切った後もこうして笑ったっけ。だから口元が歪んでいたんだっけ。私は、まだ処分していない彼の死体を傍らに置いて、笑い続けた。
この設定を思いついた時、裸の女が髪を振り乱して男を刺してたら怖いなーって思って書き始めたんですよね。まあ「私は幸せ」というアンソロジーを作ろうと思って考え始めたんですけど、殺すことが幸せと思う場合もあるのかなあと想像したわけですね。なかなか難しかったですが。
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