新生フランス帝国(4/15)
旅は道連れ
穏やかな夕暮れだ。地平線の彼方で地に埋まるように太陽が沈んでいく。
そんな中、僕とアウグストゥスさん、沖田さん、ジャンヌさんはジープに乗って、新生フランス帝国へ向かう。
(沖田)「もう何日目だ? 走ったほうが早いだろ?」
そして車内の雰囲気は最悪だ。だけど、五日も走りっぱなしだと確かにうんざりする。
(ジャンヌ)「行けども行けども草原と太陽。まるで同じ場所をぐるぐると回る迷宮に迷い込んだようです」
ジャンヌさんはげっそりとして、後部座席のシートに倒れている。
(沖田)「もう降りようぜ。降りてコペルニクスに運んでもらおう。狭すぎる」
沖田さんもぐったりと後部座席のシートで項垂れている。
(ナツメ)「やっぱり僕が助手席に移ったほうが良いんじゃないですか?」
そして僕はというと、後部座席でジャンヌさんと沖田さんに挟まれて心臓がバクバクだ。沖田さんは男だったのに、この世界に女性として転生した。ジャンヌさんは美しいままで転生した。アンジェリカさんという最高のお嫁さんが居るというのに、このままだと僕は過ちを犯してしまう! だって二人とも汗をかいているのにとても良い匂いなんだ! べたつくのに胸が跳ねるんだ! ずっとこのままで居たいと思うんだ! ダメでしょ! アンジェリカさんに失礼でしょ! 奥さんがいるのにこんな思いしちゃダメでしょ!
(アウグストゥス)「バカ言うな。万が一の時のために護衛に挟まれる。当然のことだ」
(沖田)「そうそう。王様が前にでちゃダメだ。後ろでどっかりと座ってねえと」
(ジャンヌ)「ご心配なさらず。必ず守りますから」
僕の思いは届かない! この状況本当に不味いんだって! 悪路で跳ねるたびに二人の胸が当たるんだ! じっとしていても狭いから二人に手が当たるんだ! 時には触れてはいけないところに触れるんだ!
(沖田)「でもダメだ。もう寝る」
沖田さんが膝の上に乗ってきた! ダメダメダメ!
(沖田)「ん? なんか硬いのが頭に当たってるぜ!」
沖田さんがにんまり笑う!
(ナツメ)「沖田さん! ど、どどど退いてください!」
(沖田)「お前、本当に可愛いな!」
ギュッと腰に手を回してきた!
(沖田)「男なのに、男のお前に惚れちまうなんて思わなかったぜ」
(ナツメ)「沖田さんは今女の子でしょ!」
(沖田)「そうなんだけどよ。心は男なのよ。なのにお前に惚れちまった」
そっと沖田さんが耳元に口を寄せてくる。
(沖田)「お前がアンジェリカと結婚して、ちょっとだけ、残念だったよ」
心臓が止まる。沖田さんを見ると切なげな表情で背筋が凍る。
そんな顔をしないでください。そんな顔をされたら、僕は、僕は絶対に間違える。
アンジェリカさんを裏切ってしまう。
(ジャンヌ)「ナツメ、雑念に囚われてはいけません」
ジャンヌさんに腕を引き寄せられて、沖田さんから引き離される!
(ジャンヌ)「ナツメ。まだまだ主の祈りが足りません。取るに足らない誘惑に心を惑わされるなどあってはならないことです」
十字を切るジャンヌさん。お願いですから離してください。眩暈がするほど素晴らしき胸で抱きしめないでください!
(沖田)「ジャンヌ! 俺はナツメが好きでナツメは俺が好きなんだ! ナツメを離せ! 気分が悪い!」
(ジャンヌ)「離しません! 無垢なナツメからあなたのような夢魔を近づける訳には行きません!」
ジャンヌさん! だったら離してください! 沖田さんが夢魔ならジャンヌさんは天使です!
(沖田)「お前ぶっ飛ばされてえのか? マジで気分悪いんだが?」
(ジャンヌ)「訳の分からない奴ですね?」
(沖田)「分かったもうナツメにはちょっかいださねえよ! だからナツメを離せ!」
(ジャンヌ)「ダメです! 私はあなたからナツメを守る義務があります!」
(沖田)「……は?」
沖田さんの眉間にしわが集まる!
(ナツメ)「あの、ジャンヌさん?」
(ジャンヌ)「ご心配なさらずに。私が必ず守ります。あなたは私と共に主へ祈った最初の信徒。私はあなたを守ります」
夢魔からの誘惑から逃れたのに天使の誘惑!
(沖田)「いい加減にしろよジャンヌ? 俺は、気分が悪いって言ってんだ!」
(ジャンヌ)「私もあなたがナツメに触るのは気分が悪いです!」
バチバチと火花が! 何? 僕モテモテ? そう言う問題じゃない! とにかくこの状況は色々ヤバい!
(アウグストゥス)「いい加減にしねえか。やりてえなら止めはしねえが、せめて3Pで仲良くやれ」
沖田さんとジャンヌさんが凍り付く。
(沖田)「何だ3Pって?」
(ジャンヌ)「そもそもやりたいという言葉が分かりません」
(アウグストゥス)「ぶっちゃけお前らナツメと寝たいんだろ。添い寝じゃなく、まさに熱い肌を感じ合いたい! 良いね! 青春だ! 爺には縁の無い話だ。俺は若返って爺じゃないけどな! 違うここに来る前から俺は若い!」
(沖田)「全く持って意味不明だ!」
(ジャンヌ)「あなたの妄言には付き合いきれません!」
沖田さんとジャンヌさんが顔を赤くしながら離れる。
期待したい! 可愛い! でも僕にはアンジェリカさんが居る!
(アウグストゥス)「それは良いとして、ナツメ。そろそろアンジェリカを孕ませたか?」
後部座席から滑り落ちてアウグストゥスさんの後頭部に足が当たる。
(アウグストゥス)「草原地帯を高速で運転中だぞ! 殺す気か!」
(ナツメ)「アウグストゥスさんがとんでもない事言うからでしょ!」
沖田さんとジャンヌさんと一緒に顔を真っ赤にさせる。だけどアウグストゥスさんはバックミラー越しに怪訝な表情をする。
(アウグストゥス)「何がおかしい? 結婚した。子供を産む。王の責務。男の責務だ。結婚してから数か月経つ。そろそろ身ごもって良い時だ」
(ナツメ)「子供とかそんな!」
(アウグストゥス)「良いか。俺は真面目な話をしている。お前はこの世界の支配者だ。跡取りはいくらいても足りない。万が一、億が一、無限が一というあり得ない確率でもあってはならないことがある。だが起こり得る。黒き者どもと戦うのだから。そんな時に必要なのは跡取りだ。お前の才能を持った子とは言わない。お前の能力はおそらく遺伝することは無い力だ。だがそれでもいい。そんなことよりも重要なのは、世界の支配者という地位を受け継ぐ存在だ。お前にはその責務がある」
返答に困る。
(ナツメ)「その、それは先の話で今はするべきじゃないと思います」
(アウグストゥス)「まさかアンジェリカは不妊症か?」
アウグストゥスさんが顔をしかめる。
(アウグストゥス)「愛もくそも暴言も下品も非難も侮蔑も関係あるか! 王の子供が産めないのか! 何のためにあいつは結婚したんだ! バカ野郎! すぐに離婚させて元気のいい小娘を百人ナツメに従わせる!」
(ナツメ)「ちょっと待ってください!」
(アウグストゥス)「これが待てるか! もう数か月だぞ! 毎日やりまくりだろ! なのにうんともすんともねえのはアンジェリカのせいだ! これは反逆罪だ! すぐに処刑してやる!」
(ナツメ)「落ち着いてください! 僕はまだアンジェリカさんとそんな関係じゃありません!」
急ブレーキがかかってシートベルトを着けていない沖田さんとジャンヌさんがフロントガラスを突き破る。
(アウグストゥス)「お前? マジで言ってんの? 結婚して初夜も過ごしてないの? 何してたの?」
(ナツメ)「あの、沖田さんとジャンヌさんがフロントガラス突き破って頭から地面に落ちたんですけど?」
(アウグストゥス)「そんなことどうでもいい!」
そんなことなの? アウグストゥスさんは疑問に答えずため息を吐く。
(アウグストゥス)「あいつは我が強い癖に照れ屋で乙女主義。お前が誘うのを待っている。そしてお前は童貞野郎。女の扱い方を知らん。いっそのこと貴族の娘ども百人と夜を過ごさせるか? それとも商売女百人と?」
(ナツメ)「あの、そろそろ夜なんて、今日はもう休憩しましょう」
(アウグストゥス)「由々しき事態だ。こんな生物学的という言葉を借りるなら、オスとメスが居るのに一度も交わらないなど狂気の沙汰だ」
ぶつくさ文句を言いながらアウグストゥスさんは車を降りた。
(沖田)「何日目の野営だ?」
沖田さんが僕の肩に頭を預けながらおにぎりと食べる。
(ジャンヌ)「食事はナツメの鞄から出てくるとはいえ、少々、飽きました」
ジャンヌさんはワインとチーズを嗜みながら僕の方に頭を預ける。
(ナツメ)「あの? 離れてくれませんか?」
緊張して餓死しそうです。
(沖田)「寒いだろ? 遠慮するな」
(ジャンヌ)「あなたを守ります。ご心配なさらずに」
だから何も食べられないんですって! 二人の美少女で両手に花とかダメなんです!
(アウグストゥス)「沖田、ジャンヌ。ナツメが迷惑している。そろそろ寝ろ」
アウグストゥスさんが二人を一喝する。
(沖田)「ああ?」
(ジャンヌ)「あなたは何を言っているのです?」
(アウグストゥス)「寝ろと言った。ナツメを思うなら。お前らの気持ちは十分良いが、今のナツメには迷惑だ。寝ろ。そして明日に備えろ。後、勘違いしてもらっては困る。お前らは娼婦ではないし子供を産むために同行したのではない。あくまでもナツメを守るため、臣下としてだ。理解できたのなら離れろ」
アウグストゥスさんが沖田さんとジャンヌさんをきつく睨む。
(アウグストゥス)「言葉が長すぎた。お前たちの思惑などどうでもいい! 寝ろ」
沖田さんとジャンヌさんはアウグストゥスさんに気圧されてそっと寝床に向かう。
(沖田)「お休み!」
(ジャンヌ)「主よ! 今日も一日ありがとうございます!」
そして二人は寝た。
(アウグストゥス)「色々言いたいが、新生ローマ帝国に帰ってからすることにする。今日はとにかく休め。そろそろ国境だ」
アウグストゥスさんが静かに言う。
(ナツメ)「コペルニクスさんに頼めば、もっと早く新生フランス帝国へ行けたんじゃ?」
コーヒーを静かに飲む。温かい。
正直、ジャンヌさんと沖田さんには悪いけど、これはこれで落ち着ける。
(アウグストゥス)「新生フランス帝国を刺激したくなかった。何より、奥の手を見せたくなかった」
(ナツメ)「奥の手?」
アウグストゥスさんはワインボトルを地面に置く。
(アウグストゥス)「あの小娘の力を見ると金玉が縮み上がる。当然だ。俺はあの小娘の力で不老不死となり、若き体を手にした。あの小娘の力は想像を絶する無限の力だ。だから怖い。だから見ると警戒する。音速を超える速さで走れるコペルニクスを頼らなかった理由の一つ。そしてもう一つは、奴らは敵となりえる。奴らの能力が分からない以上、いざという時に逃げる手段となるコペルニクスは温存したいというスケベ心だ」
アウグストゥスさんの言葉を聞くと、やはり残念に思える。
(ナツメ)「戦う可能性はあるんですね。新生フランス帝国と」
(アウグストゥス)「私とハンニバルは心配性だからな。お前は気にしなくていい」
気にするなと言われて忘れることなどできない。
僕は戦いたくない。
(アウグストゥス)「ラジオをかけてやる。天才ダヴィンチの力作だ。俺たちが以前住んでいた世界が聞ける。どうしたか知らんがな」
アウグストゥスさんがジープのラジオを操作するとニュースが聞こえる。
(ラジオ)「ついにヒトラーが政権を取りました! 第二次世界大戦が始まります!」
いきなり違和感を覚える。
(ナツメ)「ヒトラーが政権の取った時点で第二次世界大戦を予期していた?」
(アウグストゥス)「これは特別性だそうだ。様々な出来事をニュースとして流してくれるそうだ」
アウグストゥスさんがつまみを捻るとニュースが変わる。
(ラジオ)「ついに皇帝ネロが誕生しました! 彼は暴君でしたがいい子でもあります! アウグストゥス! あなたが知りたいあの子を伝えます!」
(ナツメ)「何だこれ?」
(アウグストゥス)「不思議で、ムカつく機械だ。すぐにぶち壊したくなる。だが、このチャンネルだけは良い」
アウグストゥスさんがつまみを捻ると、合唱曲が聞こえてきた! これは! 僕が小学校の卒業式に歌った歌! それどころか! 僕が歌っている歌だ!
(ナツメの声)「君が代は 千代に八代に」
どうしてこの歌が! 何で僕の声が! あり得ない! 何より、僕の歌が聞こえる筈など無い! 僕はその日! 欠席した! 卒業式にでられなかった! 僕は入院していた!
(ナツメ)「何で! どうして!」
(アウグストゥス)「さてな。理由は分からない。ただ、ダヴィンチは言っていた。このチャンネルは、本人が望む未来を語ってくれるチャンネルだと」
アウグストゥスさんが静かに笑う。
(アウグストゥス)「お前の前世は知っている。だから聞くが、今、お前は、俺たちと一緒に、君が代を歌ってくれるか? 我が新生ローマ帝国の民と一緒に」
すっと、胸のつっかえが取れた気がする。
(ナツメ)「その前に、新生ローマ帝国の国家が聞きたいです」
(アウグストゥス)「そうだな」
アウグストゥスさんがニッコリ笑った。
(沖田)「さざれ石の」
(ジャンヌ)「いわおとなりて」
いつの間にか沖田さんとジャンヌさんが起きて、歌ってくれていた。
(ナツメ)「何で君が代なんて知ってるんですか」
涙が出てきた。
(沖田)「日本の歴史は、一通り学んだ」
(ジャンヌ)「歌は祈りと同じです。特に国歌は、その国の思いが込められています。主と共に歩む者たちの願いを聞くこと。それはとても幸せなことです」
沖田さんが笑い、ジャンヌさんが十字を切る。
(アウグストゥス)「こけのむすまで」
最後に、アウグストゥスさんが歌ってくれた。
(アウグストゥス)「敵国を知るにはしゃぶるまで調べる必要がある。国歌など必修科目だ」
皆が微笑む。心が温かくなる。涙が出る。
ありがとうございます。
僕は国歌なんてどうでもいい。
ただ、皆と歌いたかった。
でも、できなかった。
それでも、あの体育館で歌いたかった。
(ナツメ)「君が代は」
ワンフレーズを口ずさむと涙が止まらない。
ありがとうございます。
僕は、ようやく、皆と歌えた。
(アウグストゥス)「そろそろ寝るぞ。明日はいよいよ国境だ。新生フランス帝国、ナポレオンとルイ十六世と殴り合いだ!」
(沖田)「明日のために気合入れて寝るぞ!」
(ジャンヌ)「主よ! 我らに籠を!」
(アウグストゥス)「待ってろよ新生フランス帝国! 今までけちょんけちょんに貶してくれたが! 倍返しにしてやる!」
バタリと三人は眠りに尽く。
(ナツメ)「お休みなさい」
いよいよ! 明日は新生フランス帝国と対面だ!
必ず勝つ! 必ず世界を救う!
大好きな皆のために!




