新生フランス帝国(3/15)
久しぶりの黒き者ども
問題は山積み
新生ローマ帝国は、隣国からの避難民で死者の国と化していた。それを打開すべく、皆動いた。そのためにアウグストゥスさんは領地をブルーネさんたち貴族に変換した。そのおかげで避難民の対処、食料等の物資の輸送、近隣の領主との連携、何より領主が首都ローマに移動する手間を大幅に省けた。
その結果、迅速に行動できるようになった。
結果死者は大幅に減った。僅か数週間で。
(アウグストゥス)「独裁者はすべてを知らねば不安で仕方ない。指示できなければ不安で仕方ない。そういう性分だから、首都ローマに集結させたが、この結果を見ると間違いだったな」
アウグストゥスさんもこの結果には安心したようだ。そして驚いたようだ。
(アウグストゥス)「高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に行動する。行き当たりばったりの極地だ。だが速急に行動しなければ死者で溢れる。そしてまさかの結果。最低でも後数百万の死者が出ると思ったが予想に反して数万人。零にできなかったのは残念だが、それでも十分。行き当たりばったりだというのに、怖いくらいの結果だ」
(ナツメ)「ブルーネさんたちも一生懸命頑張りましたから」
(アウグストゥス)「全くだな。正直舐めていた。異世界人と、蛮族と心のどこかで俺はバカにしていた。間違いだった。奴らは十分に信頼できる。ならばもう、好きにやらせよう」
アウグストゥスさんはそこまで言うと、力強く、残酷で、楽しそうに、子供用に目を輝かせた。
(アウグストゥス)「もちろん! 最終的には俺の家臣だ! 俺はただ、手綱を離しただけ。檻の鍵は閉じたまま。もしも勝手をすれば、鞭で、体に叩き込んでやる」
本当に楽しそうだった。
それほど頼もしく、そして己すらも脅かすほどの手腕を備えた好敵手たちに出会えたことが。
独裁者。誰一人寄せ付けないほど偉く、孤独な人。
アウグストゥスさんは嬉しかったのかもしれない。
子供の様に、力比べできるような人たちと出会えて。
(福沢諭吉)「来たか。上がってくれ」
(ナツメ)「お邪魔します」
国の滅亡を回避して数週間後、福沢さんが自宅に案内してくれた。
(福沢諭吉)「今茶を持ってくる。何もないが、本でも読んでゆっくりしてくれ」
福沢さんが和室を出ると、辺りを見渡す。
(ナツメ)「完璧な日本住宅!」
畳と障子! 丸テーブル! テレビは無いけど本がたくさんある! そして風鈴の音! まさに純和風だ!
(ナツメ)「資本論、これは六法全書、漢字辞典、英和辞典、マクロ経済学、ミクロ経済学、数論、難しい本ばかり! やっぱりすごい人だ」
(福沢諭吉)「そのような皮肉めいた罵倒をするな」
後ろに福沢さんが立っていた!
(ナツメ)「ふ、福沢さん! 別に僕は罵倒なんて!」
(福沢諭吉)「待て待て。罵倒は言いすぎた。だから落ち着け」
福沢さんが湯呑に日本茶を注いでくれる。
(福沢諭吉)「悔しいと思うなら学べばよい」
(ナツメ)「え?」
(福沢諭吉)「茶請けのお新香だ。キュウリやナスのぬか漬けにセロリやキャベツの塩もみだ」
(ナツメ)「あ、ありがとうございます」
一口食べる。
(ナツメ)「すごく美味しいです!」
(福沢諭吉)「一生懸命作った。美味しいと言ってくれて嬉しいよ」
ポリポリとお新香を食べながらお茶を一口、美味しい!
福沢さんもポリポリ、そしてお茶を一口、ほっと溜息。
少しの間だけ眠たくなるほど心地よい静寂が、風鈴の音を漂わせて僕たちを包み込む。
(福沢諭吉)「悔しければ、勉強すればよい」
ふっと縁側で福沢さんが微笑む。
(福沢諭吉)「君は若い。ならば勉強しろ。そうすれば、必ず、理想の君にたどり着ける」
(ナツメ)「耳が痛いですね」
ごもっともです。
(福沢諭吉)「そう思うならもっと外へ出なさい。民と触れ合いなさい。私と出会ったように」
意外な言葉に、キョトンとする。
(福沢諭吉)「別にこんな下らぬ書物を理解する必要などない」
福沢さんがマクロ経済学やミクロ経済学といった数々の書物をゴミ箱に捨てる!
(ナツメ)「ちょ、ちょっと! 良いんですか!」
(福沢諭吉)「良いも悪いも、この書物はすべてこの世界、この世界の時代に合わない。ならば無用だ」
(ナツメ)「いやでも未来のために残しておこうとか」
(福沢諭吉)「この手の教育本は書庫に腐るほどある! 全く! どうして平成の世には教科書と同じことをのたまう本が乱立するのだ? 教科書だけで十分だ!」
福沢さんは書物を布で縛って古紙の証を示すとクスリと笑う。
(福沢諭吉)「良い顔をしている」
(ナツメ)「僕がですか?」
福沢さんが頷く。
(福沢諭吉)「教育は、万人を幸せにするもの。ならば、万人を幸せにしようと動くお前は、立派な勤勉者だ。誇りに思え」
(ナツメ)「えっと? 僕頭悪いですよ? 四則演算は大丈夫ですけど因数分解から怪しくなります」
(福沢諭吉)「人のために頑張る。それこそ真の勤勉者だ。そも、私は学校を開いたが、それは国のため、つまり万人を幸せにするため、国を幸せにするためだ。己だけが幸せになるために勉強をするならば、私はそいつを学校に入れたくない。私は個人のために学校を開いたのではない。皆のために、勉学に励む以外の人々のために開いたのだ。勉学に励むことのできない人々を導く人間を作るために開いた。だから、自分のために勉強する者は、自分で勝手に勉強して欲しい。その方がより多くの生徒を集められる」
その力強い言葉を聞くと、福沢さんの覚悟を感じる。
(福沢諭吉)「だからお前は、いじけるな。私と出会ったように、民の様子を見て回る。それもまた勉強だ。だから、悔しいのなら、勉強しろ。お前に必要なのは未来に必要な知識ではない。今必要な知識、つまり、民の声だ。それを忘れなければ、必ずお前は私を超える。胸に刻むがいい」
福沢さんの涼やかな目と共に風鈴の涼やかな音が鳴る。一口お新香を食べて、一口お茶を啜ると、頬が緩む。
(ナツメ)「できれば、僕がここに来る前に、あなたの生徒になりたかったです」
(福沢諭吉)「今、お前は生徒だ。存分に学べ。分からぬことは教える。それが私の役目だ」
ホッとお新香とお茶を飲む。
美味しい。
(福沢諭吉)「そろそろ本題に入ろう」
(ナツメ)「本題?」
すっと福沢さんが頭を下げる。
(福沢諭吉)「大神ナツメ殿。私を助けてくれて本当に感謝している」
土下座までされると心が縮む!
(ナツメ)「顔を上げてください! いきなりどうしたんですか?」
福沢さんはにっこりと、優しく笑う。
(福沢諭吉)「私がこうして教壇に立てるのもナツメのおかげだ。礼を言う」
(ナツメ)「教壇って? 僕と出会う前から教壇に立っていたでしょ?」
(福沢諭吉)「確かに、君と初めて出会ったとき、私は子供たちに算数を教えていた。教壇に立っていた。それにしても、あの時は驚いたぞ。鼻血まみれの君を見た時、派手に転ぶどんくさい奴と思った」
(ナツメ)「それに関しては恥ずかしいので忘れてください」
(福沢諭吉)「民を思い、体と魂を削り、鼻血を出してまで頑張ったんだ。忘れられん」
(ナツメ)「マジっすか? 僕何もやってませんよ? だいたい福沢さんの学校が増えたのは福沢さんの力だし」
(福沢諭吉)「まあ、どう思うと、私は君に感謝している。あの時、廃村で、必死にチョークを握るしかなかった私に命を与えてくれた。それはナイチンゲールもエジソンも同じ。ナイチンゲールは廃村で必死に、病死者の手を握るしかなかった。エジソンは己の発明など役に立たないと実感した。そこに君が現れた。私が、ナイチンゲールとエジソンを導こうとしたが、君が導いた。私も。その結果、今、高度な教育と医療、そして工学技術を教えられる立場を与えてくれた。私たちの卒業生に高度な仕事を与えてくれた。そして何より、私は日に十時間、教壇に立つ。私も、ナイチンゲールもエジソンも、素晴らしく光栄なことだと思っている」
(ナツメ)「顔を上げてください。頭を下げられても困ります」
福沢さんが肩を上下させて笑う。
(福沢諭吉)「礼を言えた。満足だ。ゆっくりしていきなさい」
福沢さんがそっと丸テーブルに向かい、ノートと筆記用具を広げて、数学とこの世界の歴史書を広げる。
(福沢諭吉)「私は口下手で、おしゃべりが上手くない。仕事をするから、奥の図書室にある本でも読んでいきなさい。学術書も小説も漫画もある。少々色っぽい物も。古今東西の蔵書があるから、少し見て行きなさい。茶と茶請けは台所にまだたくさんあるから、勝手に取っていきなさい。そして、飽きたら帰りなさい」
福沢さんは言うだけ言うとノートに向き合い、難しい顔で集中し始める。
(ナツメ)「困ったな。突然帰るのも悪いし」
(沖田)「ゆっくりすればいいんじゃねえの?」
(ナツメ)「沖田さん、突然どこから現れたんですか? それにジャンヌさんも」
(沖田)「どこからって玄関からだ。暇だったから遊びに来ただけだ」
(ジャンヌ)「お邪魔します、福沢さん」
(福沢諭吉)「ゆっくりしていってくれ。今は忙しいが、落ち着いたら、酒でも飲み合おう」
(沖田)「何時も仕事を探して忙しがる仕事人間が何を言ってんだか」
沖田さんが図々しく僕の茶を啜る。
(ナツメ)「沖田さん。それ僕の湯呑です。そしてそれは僕の箸です」
(沖田)「硬いこと言うなよ! 俺は病気なんて持ってねえから大丈夫だ」
(ナツメ)「そういう問題じゃないと思うんですよね」
台所に行ってお茶とお新香とお箸を用意する。もちろん二人分。
(ナツメ)「どうぞ」
(沖田)「悪いな」
(ジャンヌ)「ありがとうございます」
(ナツメ)「ゆっくりしてください。僕は食器を洗います」
(沖田)「おい、待てぃ! それは元々お前が使っていた湯呑と箸だろ? 何で洗いに行くんだ? まさか俺が口を付けたからか?」
(ナツメ)「その、別に沖田さんが嫌いとか言ってんじゃないんですよ? ただ何となくでして」
(沖田)「お前! 愛しの女の前でそんなこと言うか!」
(ナツメ)「ちょっと! 今まで男面だったのに今になって女ですか! 性別はそうですけど今までそんなこと無かったじゃないですか! 昔は男だって笑ってたじゃないですか!」
(沖田)「うるさい! なんかムカつくから洗うな! それを使え! 使わなかったら切る!」
(ナツメ)「えぇ? なんか理不尽です」
(沖田)「うるさいうるさい! とにかく食え!」
(福沢諭吉)「お前たち静かにしろ! 人の家ではそれが礼儀だ」
ムッと黙る。別に沖田さんが嫌いな訳じゃない。ただ何となく! それだけだ!
(沖田)「ナツメ! 福沢が怒ってるぜ」
理不尽だと思うけど仕方ないので洗わないでおく。間接キスって落ち着かない。
(沖田)「それにしても、あんたとはこうして話してみたいと思っていたよ」
福沢さんが筆記用具を置く。
(福沢諭吉)「そうだな。私も少しだけ話したかった」
福沢さんは沖田さんと向き合い、微笑む。
(沖田)「時代は、ちょいと違うな。明治は僅かの一年俺は生きていない。だけど、同じ時の中で生きた。接点があった。違いは、俺は徳川、あんたは政府。討幕派だった」
(福沢諭吉)「それが時代の流れだった。だが私は君たち徳川派を嫌っていたわけでも蔑んでいたわけでもない。時代の流れだ。もちろん、君たちの死は自業自得と思っている。君たちは覚悟を持っていた。だがそれでも、愚か者とは思っていない。あるのは、君たちを説得できなかった。死んだ今になって思う。私には心残りがある。過ぎたことだが」
(沖田)「過ぎたことだ。もう気にしていない。それに、俺は前に一度、ここに来たんだ。だから気にしていない。嫌いな奴の家を訪ねるほど、俺は酔狂じゃない」
(福沢諭吉)「前に一度ここに来てもらったときは、全く言葉も交わさず気まずかった。君が良ければそれでいいんだ。ゆっくりしろ」
そして沖田さんと福沢さんの言葉は終わった。
ただ何となく、すっきりしたような雰囲気だった。
(ジャンヌ)「お新香とお茶って本当に美味しいですね!」
(福沢諭吉)「済まないが、さすがに漬物とお茶すべてを食べてよいとは言っていない。あと勝手夕飯の準備をしないように」
(ナツメ)「ダメですか?」
(福沢諭吉)「ジャンヌだけじゃなく君もそう言うか?」
(ジャンヌ)「喧しいですよ! さあいっぱい食べましょう! 色々異文化の食事を食べてきましたが、日本食は初めてです! 作るのも! ナツメ! また一緒に作りましょう!」
(ナツメ)「ジャンヌさんはそんなに嬉しかったんですか?」
(ジャンヌ)「今まで日本食を食べたことなどありませんでした! 作ったことさえも! そして私は今食べる! 至福の時です!」
(福沢諭吉)「うるさい。せっかくお前が作った夕食何だから静かにしろ」
(ナイチンゲール)「では、いただきます!」
(福沢諭吉)「どっから来たお前は?」
(ナイチンゲール)「玄関ですよ?」
(ジャンヌ)「ナイチンゲールさん! いらしたんですか!」
(ナイチンゲール)「ジャンヌ・ダルク様! あなたとこうして会えるのを待ち望んでいました!」
(ジャンヌ)「ジャンヌと及びください、ナイチンゲールさん。あなたの行いは神の使命を受けた彼女に聞きました!」
(ナイチンゲール)「ありがとうございます! 私の憧れの人に覚えられて光栄です! ぜひ! ナイチンゲールと呼んでください!」
(ジャンヌ)「分かりました! ナイチンゲール!」
(ナイチンゲール)「ジャンヌ!」
ひしっと抱き合うジャンヌさんとナイチンゲールさん。
(沖田)「良い話だ!」
(福沢諭吉)「どうでもいいからうるさくするな!」
(ナツメ)「とりあえず、夕食にしましょう! 福沢さんの分も用意しましたから!」
(福沢諭吉)「む! そうか。ならば頂こう」
皆で一緒に丸テーブルに座って手を合わせる。
(ジャンヌの祈り)「主、願わくは我らを祝し、また主の御恵みによりて
我らの食せんとするこの賜物を祝したまえ。
我らの主キリストによりて願い奉る。アーメン。
聖父と聖子と聖霊との聖名によりて。アーメン。
」
(ジャンヌの祈り終了)
(ナイチンゲール)「神よ、感謝いたします」
(沖田)「いただきますと!」
(福沢諭吉)「いただく」
(ナツメ)「いただきます!」
皆で一緒に、お豆腐となめこのお味噌汁とご飯と焼き鮭と納豆と冷奴に出し巻き卵と生姜焼きとお新香とお茶の夕食を食べる。
(ジャンヌ)「美味しいですわ! 食材など主は許しますからお代わりします!」
(ナイチンゲール)「美味しいですし栄養バランスも良いですが、ただ一つ! 塩分が多いです! 確かに塩は重要です! 何せ塩で戦争が起きたほどですから! ですがこの塩分はダメです! 塩分は高血圧となります! その結果動脈破裂など死に至る病になります! もちろん塩分の摂取量の難しさは理解しています! 水中毒という言葉があるくらい塩分は人間という肉体の基礎となっていますから! ですがあまりにも多いです! せめて魚にかけるお醤油は霧吹きにした方が良いです!」
(ナツメ)「ナイチンゲールさん。皆聞いていませんよ」
(沖田)「やっぱり日本人は米と味噌汁だな。作ればいいんだけど、面倒だった。そして今食った! 美味い!」
(福沢諭吉)「今ほど、妻のありがたみを感じずに居られない。この食事は美味いが、それでも妻には負ける」
(ジャンヌ)「私、三回目のおかわりなんですけど、誰かおかわりする人居ますか?」
(沖田)「頼む」
(福沢諭吉)「私は結構だ。その代り、お茶のおかわりを頼む」
(ナイチンゲール)「そもそも現代医学は私の経験を論理的に導き出したにすぎません! 本来ならばすべて私が論文で指し示す必要がありました! だから現代医学は私に容易く理解されてしまう! 私はその先を見ている!」
(福沢諭吉)「すまないが煙草を吸わせてもらうぞ」
話を聞いていない。だいたい何で英雄は皆人の話を聞かないんだ?
(ハンニバル)「ナツメ、沖田、ジャンヌ、ナイチンゲールに福沢も起きろ!」
頭の中にハンニバルさんの怒号が響く!
(沖田)「うるせえぞお前! テレパシー身に付けて嬉しいのは分かるけど今俺たちは飯食ってんだ!」
(ハンニバル)「突然目覚めた! ありがたい! これでもっと戦争を有利に進められる! それはどうでもいい! とにかく緊急会議だ! 黒き者どもだ!」
黒き者どもという言葉を聞いた瞬間、皆の箸が止まり、顔が険しくなる。
(ナツメ)「嫌な言葉だね」
(ハンニバル)「最低な言葉だ。アウグストゥスやブルーネたち貴族も集まっている。早く来い」
ハンニバルさんの声が聞こえなくなると皆と一緒にため息を吐く。
(ナツメ)「折角忘れていたのに、嫌な名前聞いちゃったね」
(沖田)「耳を塞いでもどうしようもない。気合入れる必要があるな」
(ジャンヌ)「何としてでもこの世界の民を守りましょう!」
(福沢諭吉)「奴らは不毛なる存在。未来を望まぬ存在。嫌な奴らだが、だからこそ、引導を渡してやろう」
黒き者ども。この世界を滅ぼすためだけに生まれた存在。彼女が世界の法則すらも乱す力を僕たちに与えるほど強力な存在。
死の体現者にして死を運ぶ死神となった恐怖の存在。
僕たちはその脅威を振り払った。何万人者死者と引き換えに。
だけど世界にはまだまだたくさんの黒き者どもが居る。
そいつらがついに、僕たちに牙を向いた。
(ハンニバル)「集まったようだな」
一万人は入れる大会議室にハンニバルさんの声が響く。
出席者は、僕、アウグストゥスさん、沖田さん、ジャンヌさん、コペルニクスさん、ダヴィンチさん、福沢さん、ナイチンゲールさん、エジソンさん、そしてブルーネさん、アンジェリカさん、トルバノーネさん、さらには軍関係者外のフィーカスさんたちまで居る。さらに全国の貴族たちだけでなく、その腹心の家臣、さらにはギルド関係に一般市民たちも居る。
明らかに異常だ。
だけど当たり前だ。黒き者どもの話だ。異常な連中の話だ。
正常に対応している場合じゃない。
(ハンニバル)「前置きとして、黒き者どもは全世界に存在し、俺たち人類と戦っている」
プロジェクターと巨大なスクリーンが出現し、スクリーンにいたるところにバツ印の付いた世界地図が表示される。
(ハンニバル)「ごらんのとおり世界中の国々で俺たち人類は黒き者どもと戦っている。しかし、大神ナツメの力によって、次のようになった」
スクリーンが切り替わると、ある国からバツ印が無くなる。新生ローマ帝国。僕たちの国だ。
(ハンニバル)「大神ナツメによって我ら新生ローマ帝国から黒き者どもは駆逐された。そして現在我らの国で黒き者どもの目撃情報は無い。しかし! 世界中に黒き者どもが居ることに変わりはない! そして! ついに新生フランス帝国と戦っていた黒き者どもに動きがあった!」
新生フランス帝国に表示されるバツ印が、ゆっくりと新生ローマ帝国に向かってくる!
(ハンニバル)「ゆっくりと、黒き者どもが新生フランス帝国を突っ切ってこちらに向かって来ている! 今まで新生フランス帝国とつまらない小競り合いを起こすだけだったのに、ここ一週間で! 明確な意思を持ってこちらに近づいている! 明らかに大神ナツメを狙っている!」
(アウグストゥス)「さらに悪い知らせだが、新生フランス帝国は黒き者どもとの戦いを一旦休戦する可能性がある。現状は新生フランス帝国が黒き者どもを押しとどめているからゆっくりだが、万が一休戦すると、一週間と経たずにこちらに黒き者どもがなだれ込んでくる」
ざわざわと大会議室に動揺が走る。
(沖田)「何で新生フランス帝国が黒き者どもと休戦するんだ? あり得ないだろ? 黒き者どもは、休憩しましょうと言って分かるような連中じゃない」
(ハンニバル)「休戦しましょうと言う訳じゃない。ただ単に黒き者どもがこちらに向かっていることを確信したら戦うのを止めるだけだ」
(ジャンヌ)「何故です! 黒き者どもは忌むべき存在! なのになぜ戦うのを止めるのです!」
(アウグストゥス)「黒き者どもと戦ってもうま味は全くない。ただただ国力を消耗するだけだ。だから黒き者どもの狙いがこちらと確信したら戦いを切り上げて、こっちに戦いを任せる」
(コペルニクス)「嫌な役目は人に押し付ける。ある意味、商売の基本です。違うのは商売ではなく戦争だということだけです」
(福沢諭吉)「意味が分からないし、理解したくないことである。だがとにかく君たちには確信があるのだろう。黒き者どもがこちらに来ると。私たちは立ち向かわなくてはならないと」
(ハンニバル)「結局言いてえことはそうだ。どんな願っても、俺たちはもう一度、黒き者どもと戦う」
(アウグストゥス)「大神ナツメ。今はまだ時間があること、そしてより万全な状態で戦時体制を実行するために、私は今から準戦時体制を宣言したい。認めてくれるか?」
僕はそっと椅子から立ち上がる。背中がびっしょりと汗で濡れていた。手の平が汗で濡れていた。
体の奥底から震えがこみ上げていた。
また奴らと戦う。また死者が出る。
でも、やるしかない! 立ち向かうしかない!
(ナツメ)「新生フランス帝国と共に黒き者どもを一掃します」
大会議室がざわめく。
(ナツメ)「僕たちだけでなく新生フランス帝国も困っています。ならば協力するべきです! いまさら! と文句を言われるかもしれませんが、いまさらでも協力するべきです! だからまず、新生フランス帝国と外交を再開しましょう! そして! その誠意を見せるために即刻戦時体制へ移行しましょう! 僕たちは黒き者どもを滅ぼすと宣言しましょう!」
アウグストゥスさんを見ると、アウグストゥスさんは静かに頷く。
(アウグストゥス)「私に異論はない。大神ナツメ様の命に従う」
(ハンニバル)「新生フランス帝国と共闘する。反論の余地はない。俺も大神ナツメ様の意見に賛成だ」
(福沢諭吉)「一人一人意見を確かめるのも面倒だ。賛成する者は起立しよう」
(アウグストゥス)「立たなかった奴は非国民だ。処刑してやる」
(福沢諭吉)「思っても口に出すな」
(コペルニクス)「ダヴィンチ! エジソン! さっきから何で寝てんだ!」
(ダヴィンチ)「何? やっと会議終わったの?」
(エジソン)「さっさと終わらせてくれ。ダヴィンチに直流の素晴らしさを理解させなくてはならない」
(トルバノーネ最高司令官)「立つだけでいいんだ。さっさと立て」
(ジャンヌ)「フランスは素晴らしい国! 協力するべきです!」
(ナイチンゲール)「今まで国交断絶でしたが、これを機会に手を取り合い、この世界を蝕む黒き者どもを倒しましょう」
(沖田)「さっさと立てよお前ら。王様の命令だぜ?」
(ブルーネ)「ああ、私がもっと新生フランス帝国と歩み寄ろうと思っていれば、こんな面倒なことには」
(アンジェリカ)「お父様、悔やんでも仕方ありません。立ちましょう。そして、ナツメと一緒に、新生フランス帝国と共に、黒き者どもを倒しましょう」
(フィーカス)「やべえよやべえよ大事だ! 立たねえと!」
(デバッグ)「ただの店主の俺が呼ばれるなんて変だと思ったけど、確かに大事だ! 町中に知らせねえと!」
一万人に及ぶ出席者が続々と起立する。
その姿はとても雄々しく、とても頼もしかった。
(ナツメ)「皆さん、ありがとうございます」
頭を下げると皆が気を付けの姿勢を取る。
僕も気を付けの姿勢を取る。
(ナツメ)「皆さん。黒き者どもを倒しましょう。僕たちの未来のために!」
(一同)「私たちの未来のために!」
怒号が響くと一斉に大会議室から出席者たちが退席する。
(ハンニバル)「ナツメ、ジャンヌ、沖田、アンジェリカ。こっちへ静かに着てくれ」
振り向くとアウグストゥスさんとハンニバルさんが隠れるように控え室へ入って行った。
(沖田)「何で呼ばれたんだ?」
(アンジェリカ)「私たちに話があるなんて?」
(ジャンヌ)「できればすぐに、信者たちにこの話を伝えたいのですが」
皆が怪訝な表情で近寄ってくる。
(ナツメ)「行きましょう。出来る限り静かに」
僕たちは誰にも気づかれないように、静かに、アウグストゥスさんたちを追った。
(アウグストゥス)「新生フランス帝国と戦争するかもしれない」
(ハンニバル)「そしてそれが本当なら、黒き者どもが攻めた瞬間だ。まるで黒き者どもと共闘するように攻めてくる」
二人の口から放たれた言葉は矢のごとく、僕たちの胸を貫いた。
(ジャンヌ)「いきなり何を言っているのですか? 意味が分かりません」
(アンジェリカ)「そうよ! せっかく協力しようと話が纏まったのに突然何よ!」
(沖田)「静かにしようぜ。こいつらは何時だって真剣だ」
アウグストゥスさんとハンニバルさんがため息を吐く。
(アウグストゥス)「これは俺が今まで新生フランス帝国と外交をしてきた経験からの感想だ」
(ナツメ)「何を感じたんです?」
(アウグストゥス)「奴らは黒き者どもに困っている様子など無かった。こちらから助けを提案しても聞く耳を持たなかった。同盟を良しとしなかった」
(沖田)「奴らは単独で黒き者どもを処理しようとしていたのか?」
(ハンニバル)「実質処理できていた。だからこっちに助けを求めなかった」
(ジャンヌ)「ですが、黒き者どもに指導者が現れた! だからこっちに向かっている! そうなると黒き者どもは恐るべき大軍となる! ですから今なら共闘します!」
(アウグストゥス)「どうかな。奴らは俺たちを舐めている」
(アンジェリカ)「何をされたの?」
(アウグストゥス)「新生ローマ帝国が出来たことで、エーテル国時代の取り決めはいったん白紙となった。もちろん向こうはすぐに取り決めを再開しようと思った。だが俺はそれではダメだと言った。結果、国交は断絶状態。今まで何度か国交を回復させようと思ったが、すべて門前払いだ」
(ナツメ)「そんなことが!」
(アウグストゥス)「それどころかすべての外交で、俺は、ナポレオンともルイ十六世とも出会っていない。仮にも一国の皇帝となったのに、それでも奴らは俺と会おうとしない。末端の外交官が、一方的に要求を告げるだけ。明らかに、俺たちを舐めている」
(ハンニバル)「不味いことに、黒き者どもがこちらに向かってから、新生フランス帝国の国境付近に新生フランス帝国の軍隊が集結し始めている。もはや、言葉は要らないという状況だ」
(ジャンヌ)「そうだったかもしれません! 私はあなたたちを疑いません! ここまで共に戦ってくれたのですから! だから私が新生フランス帝国へ行きます! そして説得します!」
ジャンヌさんが真っ赤な顔で叫ぶと、ようやく控え室に沈黙が訪れた。
いくら何でも理解できない。どうして新生フランス帝国がこちらに攻め込む? しかも黒き者どもが攻め込んだタイミングで?
認めたく無い。
だけど、事実なのだろう。
(アウグストゥス)「そうだ。だから、お前たちに、新生フランス帝国の橋渡しを願いたい」
(ハンニバル)「新生フランス帝国と真正面から戦っても勝つ自信はある。だが勝てても黒き者どもに殺される。それは俺の理想ではない。そして、新生フランス帝国と戦う気も無い。俺たちは、黒き者どもを倒すためにここに来たのだから」
二人が頭を下げる。
状況はひっ迫している。文句を言っている暇も無い。
確かなのは、アウグストゥスさんもハンニバルさんも嘘は決して言わない。そして、百戦錬磨の二人が頭を下げるのだから、それを疑ってはいけない。
新生フランス帝国と国交を回復させなくてはならない! 迅速に!
(ナツメ)「僕が合いに行きます! 説得します」
アウグストゥスさんが頷く。
(アウグストゥス)「俺も一緒に行く。沖田、護衛を頼む。ジャンヌも来てくれ。フランス出身のお前なら、奴らも話を聞くだろう。アンジェリカはナツメの代わりにここに居てくれ」
(アンジェリカ)「え! 夫が行くのに私はお留守番なの!」
(アウグストゥス)「俺とナツメが抜けると、この国のトップが居なくなる。だがお前はナツメの妻、つまりこの世界の支配者の王妃だ。いざとなったら、お前が頭となって、国を動かせ」
(アンジェリカ)「何言ってんの! 私はナツメの妻よ! 離れるなんて絶対に嫌!」
(アウグストゥス)「これは命令だ」
(アンジェリカ)「絶対に嫌よ! 夫が死地に行くのに家で祈るだけなんて絶対に嫌!」
(ナツメ)「アンジェリカさん。ここは、アウグストゥスさんの言う通り、ここで僕たちを待っていてください」
アンジェリカさんの赤いゼリーのような唇にキスをする。
(ナツメ)「それに、すんなり戻ってきますよ。前は前、今は今。今なら、話を聞いてくれます。手を取り合えます。ですからそれまで、僕の家を守ってください」
アンジェリカさんの目に涙が溜まる。
(アンジェリカ)「本当、あなたってずるいわ。何時も何時も私に心配かけて。私が毎日心臓が引きちぎれそうなの分かっているの?」
アンジェリカさんは静かに涙を拭うと、赤いゼリーのように柔らかい唇で、口づけを返してくれた。
(アンジェリカ)「行ってらっしゃい、あなた」
(ナツメ)「行って来ます」
アンジェリカさんを抱き合う。
(アウグストゥス)「すぐに出発だ」
(ハンニバル)「本当にトルバノーネたちを動かさなくていいのか? 沖田は確かに腕が立つが、万が一を考えると十万の兵隊を同行させた方が良い」
(アウグストゥス)「残念だがそれは出来ない。本当に戦争になる。今は戦争を避けるべきだ」
(沖田)「任せろ。このナツメが託してくれた一刀両断にかけて、敵は一人残らず切り伏せる」
(ジャンヌ)「行きましょう。そして必ず! ナポレオンとルイ十六世の手を取り合いましょう!」
急いで悪路に強いジープに乗り込む。
(沖田)「こんな奇天烈な乗り物まであるとは、つくづくこの世界はおかしいぜ」
(アウグストゥス)「ガソリンという油で動くジープと呼ばれる乗り物だ。俺が近代的な乗り物をあの小娘に願ったときについてきた代物だ。これ以外にも自動車というものが沢山あるぞ」
(ナツメ)「ガソリンってこの国で作れましたっけ?」
(アウグストゥス)「エジソンとダヴィンチを唆して、電気で動くようにした。そして電気を生み出す機械も搭載した。だから心配無用だ!」
(ナツメ)「時代を先取りしすぎてるよね? 中世時代なのに電気自動車とかタイムスリップしてるよ」
(ジャンヌ)「何でもいいから行きましょう! 本当ならコペルニクスに運んでもらいたいのですが、できないのならば仕方ありません!」
(アウグストゥス)「分かってる!」
アウグストゥスさんが窓を開けて出迎えるハンニバルさんに言う。
(アウグストゥス)「今回の件は極秘事項だ。トルバノーネたちにも漏らすな。あいつらの性格だとめんどくさいことになる」
(ハンニバル)「分かっている。そもそも、共闘してやるって立場なのに、こっちが向かうなんて可笑しな話だからな。知られたら新生フランス帝国と喧嘩するかもしれないって感づかれるかもしれない」
(アンジェリカ)「ナツメ!」
後部座席の窓をアンジェリカさんが叩いたので、窓を開ける。
(ナツメ)「行って来ます」
手を伸ばすとアンジェリカさんがギュッと手を握ってくれた。
(アンジェリカ)「お気を付けて。あなた」
(ナツメ)「ありがとう。愛しています」
(アンジェリカ)「私も、愛しております」
(アウグストゥス)「挨拶は済んだな! 行くぞ!」
アウグストゥスさんがクラッチとギアとアクセルを操作すると、ジープは四輪を力強く回した!
(沖田)「おおおお!」
そして一気に走り出す!
(ジャンヌ)「こ、これは凄いですね!」
(アウグストゥス)「俺も驚いたよ! 新生ドイツ帝国や新生ソビエト連合はこんなすげえものをたくさん持ってるって話だ! だからさっさと新生フランス帝国と仲直りして! さっさと新生ドイツ帝国と仲直りして! 新生ソビエト連合と仲直りして! ちゃちゃっと黒き者どもを滅ぼして! 新生ローマ帝国を最強の国にするぞ!」
アウグストゥスさん、ジャンヌさん、沖田さん、そして僕を乗せて、ジープは新生フランス帝国へ走った。




