表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/49

新生フランス帝国(2/15)

まだまだ平和


2016/12/13

人名の間違いを修正

ナツメ)「このみたらし団子美味しいですね! 前よりもおいしいです!」

(デバッグ)「そうだろそうだろ! 何せ米と砂糖と醤油が違うからな!」

(ナツメ)「それ全部違うじゃないですか!」

(デバッグ)「作る器具も違うからな! 生まれ変わっちまった! お前さんが知る姿の面影もねえ!」

 街でデバッグさんのところでお団子を食べながら大通りを見る。

(ナツメ)「すっごい賑わってるね」

 大通りは人で溢れかえっている。皆忙しなく歩いている。

 青年が果物の詰まった袋を笑顔で抱えながら道行く人に売り歩く。

 花売りの少女が笑顔でタンポポやバラを売る。

 人々は足を止めて、笑顔で買う。

 馬車に乗る商人が邪魔だと声を張り上げる。

 歩いて届けろとヤジが飛ぶ。

 露店で豚肉が焼けたと店主が言うと、待ちわびていた人々が金貨をかざす。一枚払う、二枚払う、三枚払うとまるでオークションのように値段が吊り上がる。店主は楽しそうだったが、皆の熱気にうんざりしたように言う。金貨一枚! 並んで買わねえなら売らねえ! 店を壊す気か! すると皆黙って涎を垂らしながら並ぶ。近くの露店で鶏肉が焼けたと店主が言う。今度はそっちに人が群がる。同じように、並んで買え! 店を壊されるのはもううんざりだと叫ぶ。

 先ほど果物を売っていた青年が人々に文句を言われている。もう無いのか? と。青年は必死に、すぐに持ってくると言うけど場は収まらない。

 花売りの少女も、人々に文句を言われていた。見舞いの花が必要、結婚式の花が必要、墓参りの花が必要、誕生日の花が必要、それなのに売らないなんて人でなし! 少女は必死に、すぐに持ってきますと言うけど場は収まらない。

 皆口々に、金ならある。だから売れと叫ぶ。

(デバッグ)「しょうがねえ奴らだ。何時もだけど、最近は特に酷いな」

 デバッグさんが見かねて通りに顔を出して叫ぶ。

(デバッグ)「お前ら! 俺の店に並べ! 食いものはたくさんある! 売り切れもねえ!」

 同時にデバッグさんの店員たちが肉団子と野菜のスープ、そしてみたらし団子を通りに並べる。

(デバッグ)「さあ並べ! 売り切れは無しだ!」

(男性A)「お前の料理は食い飽きたよ!」

 ヤジが飛んだ。

(老婆A)「私が欲しいのは花だよ! 何でお前さんの肉団子を食わなくちゃいけないのさ!」

(ゴロツキA)「死ぬほど食ったぞ! お前のくそ不味い料理を!」

(ゴロツキB)「タダで食ってやったのに金を取るってのか!」

(落ちぶれ貴族男性A)「私たちは久々に贅沢をしに来たのです。そのような粗末な料理はとてもとても」

(落ちぶれ貴族女性A)「あれぐらいだったら、教会に行けばジャンヌさんが沢山食べさせてくれるのもね」

(子供A)「飴無いの?」

(子供B)「飴買う金貨あるよ! 十枚もあるよ!」

(子供C)「お使い頼まれてるの! 金貨三十枚で全部買わなくちゃいけないの!」

 ぶうぶうと皆が文句を垂れる。

(デバッグ)「て、てめえら! 散々ボランティアでただ飯食わせたのに、豊かになったら手のひら返しやがって!」

 デバッグさんもブチ切れる。店員もブチ切れる。

 ダメだこりゃ。

 指笛を鳴らす。

(ナツメ)「バーリさん! 助けて!」

(大神帝国直属軍歩兵部隊副隊長バーリ)「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」

 バーリさんとその部下さんたちが続々と屋根から、路地裏から、人ごみから現れる!

(大神帝国直属軍歩兵部隊副隊長バーリ)「暇な見回り、そんな役割のバーリお到着ですぜ王様」

(ナツメ)「バーリさん、イラついてますね」

(大神帝国直属軍歩兵部隊副隊長バーリ)「当たり前だ! 交代制とはいえ何で俺が見回りなんかしなくちゃいけねえんだ! 俺の役目は戦場で敵の首を狩ることだ!」

 ギロリとバーリさんが人々を睨む。

(大神帝国直属軍歩兵部隊副隊長バーリ)「てめえらのせいだぜこの野郎! 騒ぎを起こすからてめえらのお守をする羽目になる! 文句がある奴は出て来いよ!」

 人々があっけにとられる。

(子供A)「大神ナツメ様が居るの! 雨頂戴! 金貨あるよ!」

 え? 何で僕が居ること分かったの?

(男A)「やっと会えた!」

(落ちぶれ貴族男性A)「大神様! ぜひお顔を拝見させてください!」

(落ちぶれ貴族女性A)「大神様! ぜひ私を妾に! どきなさいあなたたち!」

(ゴロツキA)「大神様よ! 俺を仲間にしてくれ!」

(ゴロツキB)「良い女いっぱい紹介するからよ! 俺を雇ってくれ! フィーカスなんかよりずっと役に立つ! あいつらは俺の舎弟だったんだ!」

(ナツメ)「えーととりあえず落ち着いて。ジョール男爵にメイル婦人、そしてワットさんにマグナムさんにブレッドさん! 皆さん落ち着いて! あと、ハールちゃん、モールちゃんにはハーリちゃんも落ち着いて」

 皆の時が止まる。

 男A改めワット。

(ワット)「お、俺を覚えていてくれているんですか!」

(ナツメ)「僕のハンカチを拾ってくれました。覚えなくちゃ失礼です」

 落ちぶれ貴族男性A改めジョール男爵。

(ジョール男爵)「私のような辺境の貴族の名を覚えてくださって感謝します!」

(ナツメ)「有名人ですし、会ったこともあります。新生ローマ帝国の設立の時に、アウグストゥスさんを独裁者と認めるかの採決の時に」

(ジョール男爵)「ま、誠に失礼しました!」

(ナツメ)「そんなかしこまらないでよ! 今覚えてくれればいいし、忘れたら何度でも名前を呼びますから」

(ジョール男爵)「恐ろしいお方だ!」

(メイル婦人)「大神様! 失言をお許しください! 私は迷っていたのです! まさかあなた様が私を覚えておいでなどとは!」

(ナツメ)「アンジェリカさんとの会食で会ったことありますし」

(メイル婦人)「あんなささやかな会食で! 末席に居た私を覚えていてくださるなんて!」

(ナツメ)「出会った人の名前を覚えるなんて当然の礼儀ですから」

(メイル婦人)「ありがとうございます! ぜひ私を妾に!」

(ナツメ)「えぇー」

 ゴロツキA改めマグナム。

(マグナム)「俺を雇ってくれ! 絶対にフォーカスよりも役に立つ! 絶対だ!」

(ナツメ)「マグナムさん、子分の一人も居ないのにそれはダメですよ」

(マグナム)「し、知っていたのか! 俺がただのゴロツキと!」

(ナツメ)「ちょくちょくフィーカスさんが口にしてましたし、黒き者どもとの決戦の時に会いました。今度フォーカスさんと会ったらどうです? 歓迎してくれますよ」

(マグナム)「……やっぱりあんたはすげえよ」

 ゴロツキB改めブレッド。

(ブレッド)(なあなあ! 俺を雇ってくれよ! 女紹介するから!」

(ナツメ)「女はアンジェリカさんだけで十分です」

(ブレッド)「女みたいな恰好して何言ってんだ?」

 バーリさんまでふむと迷う。

(ナツメ)「どうして僕がこんな目に?」

 泣きたくなった。というか泣いた。

 どたどたっと足音が聞こえた!

(大神帝国直属軍総合司令部隊長ブラッド)「大神ナツメはどこだ!」

 ブラッドさんが僕を捉えに来た!

(デバッグ)「あれ? さっき居たけど?」

(大神帝国直属軍歩兵部隊副隊長バーリ)「逃げ足が早えな。最近はまるで瞬間移動だ」

(大神帝国直属軍総合司令部隊長ブラッド)「バーリ隊長! ナツメを! じゃなくて! ナツメ様を匿っていませんか!」

(大神帝国直属軍歩兵部隊副隊長バーリ)「匿う? 何で俺がそんなことを?」

(大神帝国直属軍総合司令部隊長ブラッド)「ならばなぜ捉えないのですか! 私の苦労も分かってくださいよ! ナツメ様が逃げ出すたびに、仕事を放り出して探し回る私たちを!」

(大神帝国直属軍歩兵部隊副隊長バーリ)「私たち……か。その言葉遣い、やっぱりお前らは俺たちの上に着くべきだ」

 ブラッドさんが顔をしかめる。

(大神帝国直属軍総合司令部隊長ブラッド)「そういう言い方は止めてください。だいたい俺たちの隊長は、あなたたちだ。あなたたちの上に立つなんて、本来はあり得ない!」

(大神帝国直属軍歩兵部隊副隊長バーリ)「うるせえな! さっさとナツメを探してこい! 隊長命令だ!」

 ブラッドさんがため息を吐く。

(大神帝国直属軍総合司令部隊長ブラッド)「こういう時は隊長なんですね。……分かりました。ですが、見つけたらすぐに知らせてください。これはアンジェリカお嬢の命令です」

(大神帝国直属軍歩兵部隊副隊長バーリ)「分かったよ。見つけたら知らせる」

(大神帝国直属軍総合司令部隊長ブラッド)「よろしくお願いします!」

 びしっと敬礼をして、ブラッドさんたちは去った。

(大神帝国直属軍歩兵部隊副隊長バーリ)「お前はお前で何で隠れてんだ?」

 床下の貯蔵庫に隠れているとバーリさんに引っ張り出される。

(ナツメ)「これには浅くて狭い水たまりのような理由があって」

(大神帝国直属軍歩兵部隊副隊長バーリ)「また逃げ出したのか。別にいいけど、ブラッドたちを悩ませるな。あいつら毎日お前のおかげで死ぬほど緊張してるんだからな」

(ナツメ)「僕のことで何で緊張なんか?」

(大神帝国直属軍歩兵部隊副隊長バーリ)「相変わらず、王様の自覚が足りねえな。でもいいや。そろそろ交代だし、俺には関係ない」

 バーリさんが頭を掻きながら欠伸をする。

(大神帝国直属軍歩兵部隊副隊長バーリ)「今日の仕事は終わりだ! 後は勝手にしろ! 俺はもう帰る!」

 バーリさんはそう言うと速攻で屋根まで飛び去ってしまった。

(大神帝国直属軍歩兵部隊所属兵士A)「承知しました!」

 バーリさんの部下さんたちが一斉に敬礼する。

(大神帝国直属軍歩兵部隊所属兵士A)「それで! 大神ナツメ様! 何かご用はございますか!」

(ナツメ)「えっ? いや、特にないけど」

(大神帝国直属軍歩兵部隊所属兵士A)「ならばここで待機します! 及びでしたらすぐにお声を!」

(ナツメ)「そんな大げさな」

(大神帝国直属軍総合司令部隊長ブラッド)「見つけたぞ大神ナツメ!」

(ナツメ)「出たー! ブラッドさんだ! 何でここに居るって分かったの! まだ一分も経ってないのに!」

(大神帝国直属軍総合司令部隊長ブラッド)「何回このパターンを繰り返せばいい? 観念してお縄に付け!」

(大神帝国直属軍歩兵部隊所属兵士A)「待てや! ナツメ様に手を出すなんて承知しねえぞ!」

 ブラッドさんの顔が般若のごとく恐ろしくなる。

(大神帝国直属軍総合司令部隊長ブラッド)「ただの兵士が俺によく口出しできるな!」

(大神帝国直属軍歩兵部隊所属兵士A)「高が俺らよりも階級が上だからってえばりやがって! 何より俺たちはナツメ様の護衛を預かっている! てめえらが出る幕じゃねえ!」

(大神帝国直属軍総合司令部隊長ブラッド)「ぶっ殺してやるよてめえら!」

 乱闘が始まった! 治安を守る兵隊たちが乱闘起こしてどうすんだよ!

(デバッグ)「やってやるぜこの野郎!」

(ジョール男爵)「上等だこの野郎!」

 そして市民たちが暴徒と化した! ダメだこれ!

(ナツメ)「失礼しまーす!」

 逃げよう!


(ナツメ)「どうして僕なんかを監視するんでしょうかね? そんなことよりもたくさんあるのに」

(老人)「お前さんが世界で一番偉いからじゃよ」

(ナツメ)「ローグさん、買いかぶりですよ。僕はタダの子供ですよ?」

 老人改めローグおじいちゃん。

(ローグおじいちゃん)「皆お前さんに付いて行くと決めたんじゃ。だからお前さんが居なくなるのが怖いんじゃよ」

(ナツメ)「別に僕は居なくならないし、僕なんかよりも凄い人たちが居るからどうでもいいんじゃないかな?」

(老婆)「そうやって自分の責任を放棄するつもりかい? 全く! だからあんたは頼りないんだよ! 男だったらもっとシャキッと男見せな! そんなキラキラしたドレスなんて着ないで! 胸張りな! 男だって!」

(ナツメ)「ローグランさん、これはアウグストゥスさんたちに無理やり着せられているんです。僕だって男物の服を着たいんです! なのに皆女物の服を持ってきて!」

(ローグランお婆ちゃん)「男だったら言い訳するな!」

(ナツメ)「傷つく」

 でもローグランさんの言う通りだ。

 僕はすでに女物の服を着ることに抵抗がない。

 変態になってしまったのか?

(子供)「ナツメお姉ちゃん! 蟻見つけたよ! 皆見てるよ!」

 ローグさんとローグランさんのお孫さんのテーリちゃんに服を引っ張られる。

(ナツメ)「どこに居るの?」

(テーリちゃん)「こっちこっち!」

 駆けるテーリちゃんと歩幅を合わせて、付いて行った。

(ローグランお婆ちゃん)「全く、憎たらしいほどに、可愛い王様だね」


(ナツメ)「でっかい蟻だ! こんなの見たこと無いよ!」

(テーリちゃん)「でしょでしょ!」

 可愛らしく跳ねるテーリちゃん。子供は男の子でもちゃんをつけたくなる。

 可愛らしいから。

(ナツメ)「本当にでっかい蟻だ! 一センチくらいある!」

 親指くらいの蟻が大軍をなしていると非常に怖いが、規律だった動きは芸術に値するかもしれない。

 何よりテーリちゃんたちが嬉しそうなのが嬉しい。

(ナツメ)「それにしてもこんなにデカい蟻、どこから来たんだろ? ジャングルみたいな密生地帯は無いし?」

(テーリちゃん)「お姉ちゃん知らねえの! こいつらは異世界人が持ってきたんだ!」

(ナツメ)「異世界人! この蟻は地球に住んでたの!」

(テーリちゃん)「それだけじゃないよ! えっと、インフルエンザとか、黒死病とか、エイズとか、寄生虫とか、その軍隊蟻ってのも異世界人が持ってきたんだぜ!」

 いきなりの言葉に、言葉を失う。

 驚く以前に、これじゃあ、異世界人という名の僕たち転生者が嫌われるのも無理は無い。

(ナツメ)「テーリちゃん。ちょっと聞きたいんだけど、異世界人が来るようになってから死者が増えて、異世界人に近づくなって、お母さんとかに言われなかった?」

(テーリちゃん)「? 異世界人は悪魔を呼び寄せるから来るなって言われた!」

 悪魔とはつまり、生前の世界の病気と害獣だろう。

 彼女は何でも願えと言った。だから、こんなことが起きた。暖かい陽気で、蟻塚を作る軍隊蟻との出会い

 新種の病原体も持ち込まれているかもしれない。

 ブルーネさんやトルバノーネさんが異世界人を警戒した理由も分かる。

(ナツメ)「テーリちゃん詳しいね」

(テーリちゃん)「そうだろ!」

 頭を撫でると跳ねて喜ぶ。

(ナツメ)「実は、お姉ちゃん困ってることがあるんだ。聞いてくれない?」

 はきはきと話すテーリちゃんを見てふと感じた。

 テーリちゃんは僕の知らないこと、大人の知らないことを知っている。

 アウグストゥスさんやハンニバルさんたちですら知らないことも知っている。

(テーリちゃん)「良いよ良いよ!」

 テーリちゃんは元気良く跳ねる。

(ナツメ)「街にいっぱい人が集まって来ているんだ。だから皆が食べるものも、住むところも、プレゼントのお花も無いんだ。どうしたら良いだろう?」

(テーリちゃん)「そうなの? だったらこっちに皆来ればいいんだよ! ここにはいっぱい、お花も食べ物も家もあるよ!」

 確かにその通りだ。ここは首都から僅か十キロ程度しか離れていない。

(テーリちゃん)「あ? でもダメかも。明日、たくさんの人がここに来るって、お爺ちゃんが言ってた」

(ナツメ)「ローグさんが?」

(テーリちゃん)「うん。新生フランス帝国とか、新生ドイツ帝国から、いっぱい人が来てるんだって。だから、ご飯無くなっちゃうかも」

(ナツメ)「どうしてローグさんはそのことを知っているの?」

(テーリちゃん)「隣の村とか、山を越えた先の村長さんに頼まれたんだって。もう受け入れられないからって」

 しゅんとテーリちゃんが俯く。ギュッと抱きしめる。

(ナツメ)「ありがとう。助かったよ」

 テーリちゃんが怖がるように目を震わせる。

(テーリちゃん)「何で? 僕何もできてないよ?」

(ナツメ)「教えてくれた。だから、ありがとう」

 額にキスをして背中を撫でる。

(テーリちゃん)「俺! 大きくなったら兵隊になって! お姉ちゃんのこと守るよ!」

 テーリちゃんが目を輝かせて、頬をほんのり染めて笑う。

(ナツメ)「ありがとう」

 もう一度額にキスをする。テーリちゃんは笑った。


(ナツメ)「隣国から続々と避難民が来ている」

 一通り村を回ったところ、人口爆発の原因は隣国の新生フランス帝国と新生ドイツ帝国からの避難民だと判明した。

 理由は分からないがとにかく、隣国から人が押し寄せる。結果村々の食料や家、衣服、職業が少なくなる。結果、栄える首都に助けを求める。

(ナツメ)「今もなお増えている。このままだと、神聖ローマ帝国全体が機能不全に陥る」

 以前は首都に人口が集中したから起きた問題だった。だけど今回は、国全体の人口爆発が原因だ。

 アウグストゥスさんが疎開を実行しなくて良かった。疎開しても今回は問題が解決しない。それどころか疎開を実行すれば、首都はともかくそれ以外、つまり国全体で餓死者と病人が溢れた。

(ナツメ)「国全体を強くしなくちゃ。今もなお増える民を養えるくらいに」

 すぐにローグさんの元に走る。

 一足かけると風よりも速く走れる。その反動で鼻血と頭痛に襲われる。

 だけど立ち止まってはダメだ。

 国境付近ではすでに餓死者と病死者で溢れかえっている!

(ナツメ)「もうアウグストゥスさんたちの手に終える状況じゃない!」

 でも大丈夫! まだ手はある!


(アウグストゥス)「こんな真夜中に叩き起こしてどういうつもりだ?」

(ハンニバル)「重要な会議を中断させてまで俺を呼びつけるのだから、覚悟は良いのか?」

(コペルニクス)「そもそもあなたはいつもいつもなぜじっとしていられないのですか? いくら宿題をきっちりやったからと言って、家庭教師を無視するのは無礼にもほどがありますよ?」

(トルバノーネ最高司令官)「またブラッドと兵士たちがお前のことで喧嘩した。俺もお前が抜け出したからブラッドを叱りつけなくちゃならなかった。お前が上手だってだけだけど、夜くらいは寝かせてくれねえか?」

(ブルーネ)「大神様。会議は明日でもよいのでは? するならしますが、私含めて皆寝不足なのです」

 アウグストゥスさんたちが文句を言う。

(アンジェリカ)「お父様たちは静かにしてください! 私がたっぷり叱っておきましたから!」

 そうですね。鼓膜が破れるほど叱られました。

 だから今は、僕の話を聞いてほしい。

(沖田)「王様が呼んだのにその態度はふざけているだろ?」

(ジャンヌ)「大人しく優しいナツメが迷惑と思いながら呼んだのです。静聴しましょう」

 沖田さんとアンジェリカさんが大声を張り上げて、ジャンヌさんが諭す。

(アウグストゥス)「喧しい奴らだ。だいたい何だ? 久々にぐっすり寝られると思ったのに? 今何時だと思っている?」

(福沢諭吉)「黙らんか! この大馬鹿者目が!」

 外で待っていてもらっていた福沢さんが怒鳴りこんできた!

(アウグストゥス)「誰だお前は? 誰に断ってここに居る!」

(福沢諭吉)「我が名は福沢諭吉! この中では一番先の時代! 明治から来た! お主らは知識こそ近代以降であるが、経験はまるで古代! 中世! しかも民の声を聞いていない! 書類の文字を読んでいるに過ぎない! バカ者が! 天下のアウグストゥス! 可憐なるジャンヌ! 尊敬に値するコペルニクス! 最強のハンニバル! ともあろうものが何たる体たらく! 何より主たる大神ナツメに何たる態度! 奢るな! バカ者どもが!」

 歴代の英雄に怯むこと無い近代の英雄にして近代の教育者が睨む。

(アウグストゥス)「お前! この俺にたてつく気か! 名も知らぬ奴が!」

(福沢諭吉)「名も知らぬ奴に文句を言われるお前は何様だ!」

(アウグストゥス)「貴様!」

(ナイチンゲール)「待ちなさい! 争う前に今の状況を弁えなさい!」

(アウグストゥス)「何だお前は!」

(ナイチンゲール)「私はナイチンゲール! エジソン! 早く現状をお見せなさい!」

(エジソン)「全く、自己紹介も無しに、私の偉大さを語る前に要件とは、つくづくこの国はダメだな」

(アウグストゥス)「何!」

(エジソン)「何だと!」

(ダヴィンチ)「静かに。エジソンが手にしているのは映写機、つまり遠方の真実を映し出す機械だ。君たちもそれを特と味わった。だから、今は黙って聞きな」

(アウグストゥス)「何を言っているんだこのバカ者が! この俺に生意気な口を開くなど許されないことだ!」

(ダヴィンチ)「分かった分かった。それはこの死体の映像を見て言え」

(アウグストゥス)「喧しい! この俺を睨むなど本来許されないことだ! だいたいてめえらは何だ! この俺は独裁者だ! 俺が一番偉いんだ! なのに口答えばかりする!」

(沖田)「なら口じゃなくて剣で訴える」

 沖田さんが瞬足の速さでアウグストゥスさんの喉元に切っ先を突きつける。

(沖田)「今はマジもマジの大真面目。お前はこの国で一番偉いが、この世界で一番偉いのはナツメだ。そのナツメが切実に頼んでいる。ならそれを汲み取るのが俺たちの務めだ」

 アウグストゥスさんが一筋の汗を流す。

(アウグストゥス)「沖田。何をしているのか分かっているのか?」

(沖田)「分かっている。今は、今までのようにナツメを無視して好き勝手言い合う時じゃない。王様が命じたんだ。そう考えると? 俺が何をしているのか分かるよな?」

 アウグストゥスさんが口を閉じて座る。

(ダヴィンチ)「アウグストゥスも落ち着いたし、ちょいとばっかし真面目に見よう。新参者に口を挟まれるし、自分の仕事にケチを付けられてイラつくのは分かるけど、今はじっと、真実って奴を見よう」

 コペルニクスさんがじっとダヴィンチさんを見つめてため息を吐く。

(コペルニクス)「あなたは稀代の天才。その雰囲気をいつも醸し出してくれれば、私としても助かるのですが」

(ダヴィンチ)「僕は政治も経済も興味ない。あるのは芸術、美しい存在だけ。エジソンが持つ映写機は美しい。僕は原理に気付いていた。だけど一般化できなかった。しかしエジソンは違う。それを確立した。民に認めさせた。それは芸術家にとって最高の功績であり、最高の賛辞であり、最高の嫉妬の対象となる」

(エジソン)「稀代の天才にして、超えたいと願い続けていたレオナルド・ダ・ヴィンチに言ってもらえるとは、とても光栄だ。できれば、今から数時間演説し、私があなたを超えていることを証明したいのだが」

(ダヴィンチ)「その思い上がりをへし折りたいね。僕が数時間演説すれば、君たちの発明がどれだけ取るに足らないか証明できる」

 ダヴィンチさんはふうとため息を吐く。

(ダヴィンチ)「しかし、今は僕の負け。君が早かった。そしてナツメの目にかなった。民の役に立った。ならば僕はそれを受け止め、じっくりと見させてもらうよ」

(エジソン)「私はとても嬉しい。目標を一つ越えられた。ナツメ、君の話に乗ってよかった」

 エジソンさんが映写機を起動させる。

(エジソン)「音は無いからナレーションが必要だ。ナツメ、君にすべて任せる。君は最高のプロデューサーで、最高の監督で、最高のカメラマンで、最高の役者だ」

(ナツメ)「ありがとうございます」

 すっと頭を下げて言う。

(ナツメ)「アウグストゥスさん、お願いです。聞いてください」

 拗ねるアウグストゥスさんたちの顔をスクリーンに向けさせる。

 村の広場に横たわる死体が映る。

 皆、眠気が吹っ飛んで息を飲む。

(ナツメ)「これは、新生ドイツ帝国の国境から数キロしか離れていない村です」

(アウグストゥス)「待て! これは本当に真実を映しているのか? 嘘が含まれているんじゃないか? 例えば、隣国の新生ドイツ帝国領土の村じゃないか?」

(ダヴィンチ)「ナツメが映っているし、日付、そしてナツメが映像内で時計とカレンダーを指さしている。今が現実と言っている。それを疑うなら何も言えないけど、それならさっさと出て行った方が良いよ」

 アウグストゥスさんが苦虫を噛み潰しながらも静かに玉座に腰を沈める。

(ジャンヌ)「これが、本当にこの国で、私たちの民に起きているのですか……」

(沖田)「ナツメの言葉からヤベえと思ったが、想像以上にヤバい」

(トルバノーネ最高司令官)「書類を読むと、これら全部餓死者と病死者か。色々理由はあるだろうが、酷い」

(コペルニクス)「隣国からの避難民による人口増加。想像できませんでした。そしてこれがその結果!」

(ハンニバル)「ヤバい状況だ。このままだと首都を残して国が死ぬ」

(ブルーネ)「こ、これは報告書に無かったことで……」

(アンジェリカ)「こんなことが現実なの? 私たちが一生懸命頑張っても死者は増えているの!」

 もはやお通夜だ。皆打ちのめされている。

(アウグストゥス)「済まないが、三十分ほどナツメ以外、席を外してくれ。ワインを飲みたい」

(ジャンヌ)「アウグストゥス! 今は酒を飲んでいる暇など!」

(アウグストゥス)「お願いだ。頼む!」

 アウグストゥスさんが頭を下げると、皆黙った。

(福沢諭吉)「皆行こう。新生ローマ帝国の帝王が頭を下げたのだ」

 福沢さんが立ち去ると沖田さんが後に続き、その後一斉に会議室から立ち去った。

(アウグストゥス)「済まないが、そこの戸棚からワインとワイングラスを取ってくれ」

(ナツメ)「少々お待ちください」

 久しぶりにお酒を注げて、安心してしまう。

(アウグストゥス)「お前は本当に、大した奴だ」

 膝を着いて、ワイングラスにワインを注ぐと、アウグストゥスさんはそれをクッと飲み干して笑う。

(ナツメ)「僕が大した奴ですか?」

(アウグストゥス)「こうも俺に口答えする連中を集めた事。何より、俺に口答えできるまで成長した。立派だ」

(ナツメ)「口答えなんて! ただ、僕はこのままだと不味いと思っただけです」

(アウグストゥス)「それが大した奴だ。俺の間違いを指摘し、その証拠も持ってくる。今回は参った。何時も参っているがな」

(ナツメ)「からかわないでください。僕は、ただ単に、アウグストゥスさんたちの助けになりたいと思ったから」

(アウグストゥス)「なるほど! そこで一つ質問だ。お前は、新生ローマ帝国をどのような国にしたい?」

(ナツメ)「どうって? 皆笑顔で暮らしてほしいです」

(アウグストゥス)「それだけか?」

(ナツメ)「もっと言うと、皆と仲良くなりたいです」

(アウグストゥス)「それは、民、国民全員と仲良くなりたいのか?」

(ナツメ)「そりゃそうですよ。折角なんですから皆と仲良くなりたいです」

(アウグストゥス)「ハァハハハハハハ!」

 突然笑う。

(アウグストゥス)「良いな! それでこそ帝王だ!」

(ナツメ)「どうしたんです? 何が可笑しいんですか?」

(アウグストゥス)「帝王に必要なのは、確固たる意志だ。周りの声に流されない確固たる意志が」

(ナツメ)「流されない?」

(アウグストゥス)「ピンと来ないかもしれんが、すでにその現象は固まっている。俺、ハンニバル、ジャンヌ、沖田、コペルニクス、ダヴィンチ、トルバノーネ、ブルーネ、そしてアンジェリカ。皆好き勝手なことを言いながら決してお前は自分を曲げない。それは、良いことだ」

(ナツメ)「僕は皆さんをバカにしている訳じゃありません」

(アウグストゥス)「待て待て。お前の悪い癖が出ている」

 アウグストゥスさんがグッとワインを飲み干したので、すぐに注ぐ。

(アウグストゥス)「全く、ワインを注ぐ姿は堂々としているくせに、会議の場だと緊張する。普通は逆だぞ?」

 アウグストゥスさんはグッとワインを飲み干すとため息を吐く。

(アウグストゥス)「俺はもうお前を守ることができない。奴らは俺の言葉を無視するから。お前の言葉を重視するから」

(ナツメ)「それはどういう意味です?」

(アウグストゥス)「何も言わずに聞け」

 アウグストゥスさんが僕の額に額をくっつけてため息を漏らす。

(アウグストゥス)「俺が主導権を握るつもりだったが、もはやそれは敵わない。福沢諭吉、ナイチンゲール、エジソン、ダヴィンチにハンニバルもジャンヌもコペルニクスも沖田もトルバノーネもそうだ。もう俺の手には負えない。奴らは俺以上の天才であり、俺以上の英雄なのだから。だから、心して聞け。奴らはお前の意思に反して動く。今の俺のように。なぜなら、お前が好きだから。お前の力になれば、民を救えると信じているから。その責任は重い。俺には背負いきれない。だけど、だからこそ胸を張れ。お前は、英雄だと。それはひとえに、お前の思いに答えたいからだ。だからこそ難しい」

 アウグストゥスさんが額を離すと怖くなる。

(ナツメ)「僕は、アウグストゥスさんの敵じゃないですよ?」

 アウグストゥスさんが大笑いする。

(アウグストゥス)「俺が言ったのは、覚悟しろとだけだ。安心しろ。俺はアウグストゥス。誰がどう動こうと最終的には帝王だ。だから、お前は頑張れ。俺がケツを拭ってやる」

(ナツメ)「僕のケツを拭う?」

(アウグストゥス)「あっちの意味じゃないぜ。ただ単に、お前は好きに奴らと遊んでみろ」

(ナツメ)「遊ぶ? 遊ぶなんて! 皆大真面目なのに!」

(アウグストゥス)「それじゃあこの先思いやられるぞ」

 アウグストゥスさんが笑う。

(アウグストゥス)「福沢諭吉もナイチンゲールもエジソンも、お前の思惑には動かない。俺たちのように」

(ナツメ)「思惑って!」

(アウグストゥス)「お前のそのめんどくさい性格が嫌いだ! 王になりたくない! バカ野郎! メリットを考えろ! 違う! デメリットを考えるな! デメリットを消すために俺が居るんだ! 俺を信じろ! 卑下するな! それは俺たちを舐める行為だ! 俺はアウグストゥスだ! そしてお前の周りには英雄が居る! 福沢諭吉! ナイチンゲール! エジソン! 俺は知らぬがお前は知っている! そしてお前はあいつらから信頼を得ている! 理由などどうでもいい! お前が王だ! それを自覚しろ!」

(ナツメ)「お、落ち着いてください」

 アウグストゥスさんがぐりぐりと額を擦りつける。

(アウグストゥス)「何も言わん! ただ王の道だ! 英雄がここまで増えた! 奴らは増えれば増えるほど勝手なことを言う! 俺が暗殺されたように! 俺には征する力はもうない! だから! 頑張れ! 俺は新生ローマ帝国を生かす道しか思いつけない! お前を王にし続けることはできない! 胡坐をかくな! そして理解しろ! 今の立場が、お前の夢を叶えると! そして! それを狙う奴らは! この世界全員だと!」

 すっとアウグストゥスさんが離れると心に不安が巻き起こる。

(アウグストゥス)「話は終わりだ。奴らを呼べ」

 その言葉は、きっと、アウグストゥスさんの愛情だったのだろう。


(アウグストゥス)「皇帝権限により、地方の問題を解決するべく、現在所有している新生ローマ帝国の領地をブルーネたちに返す。俺は何も言わない。税金も何もかも好き勝手に決めろ。ただし、助けが必要ならコペルニクスたちに告げろ。俺は知らん。相談ならナツメとしろ。俺は知らん」

(ブルーネ)「お、お待ちください! 高が三十分で! どうしてそんな手の平返しを! 今は深夜です! ぐっすり休んで! 明後日にまた会議を開きましょう!」

(アウグストゥス)「俺は寝る。すべてはナツメの権限だ」

 アウグストゥスさんがウィンクしたので、勇気が湧いた。

(ナツメ)「無礼ながら、本題に入らせてもらいます」

 皆、静聴してくれた。アウグストゥスさんがまたもウィンクした。

(ナツメ)「地方にも首都にも力ある者が居ます! 助けてもらいましょう! 金だろうと物資だろうと助けてもらいましょう!」

 誰も反対しなかった。ずっぱりいうアウグストゥスさんが居ないせいかもしれない。

(コペルニクス)「では、餓死者撲滅政策を始めます。異論はありませんね?」

 皆が頷くとコペルニクスさんが、ジャンヌさんとナイチンゲールさんに一礼。

(コペルニクス)「どうも、ありがとうございます。天使たちよ」

 ジャンヌさんとナイチンゲールさんは、はにかみながらも外へ走った。

(ダヴィンチ)「アイテムドロップ2倍逃した! 誰のせいだ!」

(コペルニクス)「お前はいい加減にネトゲニートから英雄にジョブチェンジしろ!」

 ネトゲに夢中なダヴィンチさんをコペルニクスさんが蹴飛ばした!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ