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大神ナツメとアンジェリカ(8/8)

ケジメはつけた

(ナツメ)「今日街でアンジェリカさん、沖田さん、ジャンヌさんたちと一緒に街へ行って食べ歩いたんです。そこで皆口々に、金貨は使えないから銅貨で払ってくれって言ったんです。また、食べ歩きしたお店は皆僕たちに協力して給仕をやっていました。そこで、皆口々に、並ぶ奴が増えたと言うんです。優先度中の課題で、デフレとインフレによる硬貨の無価値化がありましたけど、今は中じゃなく高になっているんじゃないかと思うんです。また、ジャンヌさんやトルバノーネさんたちが休日を取れるようになった=今まで優先度高だった課題が解決し出しているんじゃないかって思いました。だから、今一度課題の優先度を見直して、今やっている事業を見直した方が良いと思うんです。ちなみに僕は硬貨の無価値化を優先度高にしたいです」

(アウグストゥス)「いきなり真面目な話でびっくりした」

(ナツメ)「何でそこでびっくりするんです!」

 会議の場で昨日思ったことを述べるとアウグストゥスさんが驚いた。

(アウグストゥス)「お前なりに真剣に考えているってことに驚いたのさ」

(ナツメ)「僕はこういう場ではいつでも真剣ですよ!」

(アウグストゥス)「人前で堂々と述べた。それに一番驚いただけだ。それよりコペルニクス、硬貨の無価値化は深刻か?」

 コペルニクスさんは顎を触りながら即答する。

(コペルニクス)「調査前なので分かりません。ただ、予想できたことです。潜在的なリスクと申しましょうか。ただ銀貨や銅貨だとそれはそれで負担が大きい。荷物運びは私がやってもいいですが、従業員の給料や材料、保管料などそれらすべてを考えると、銅貨や銀貨で払うよりも金貨の方が良い。なぜなら、彼らの仕事は、銀貨や銅貨よりも価値のある、金貨で支払う価値のあるものですから」

(アウグストゥス)「予想できたとなると、まだまだ深刻ではないのか?」

(コペルニクス)「まだ分かりません。しかし、報酬を金貨から銀貨や銅貨に変えてもあまり変わらないでしょう」

(ナツメ)「変わらないんですか?」

(コペルニクス)「そうです。あなたの着眼点と考えは十分素晴らしい。ただ、インフレとデフレが同時に起きている。これが意味することは、報酬を銅貨や銀貨に変えた瞬間、インフレが加速することです。そちらの方が良いのかもしれませんが」

(ナツメ)「それってつまり、品物を買う人が増えるから硬貨よりも品物の価値が高くなるってこと?」

(コペルニクス)「まさにその通りです。そして現在、その品物の大部分は私たち新生ローマ帝国が公共事業として独占している。流通されるのは、ごく僅かです」

(アウグストゥス)「銀貨に変えても事態は好転しない。分かった。ならばこの問題にどう対処する?」

(コペルニクス)「放置で構いません」

(ナツメ)「放置していいんですか?」

 コペルニクスさんは頷く。

(コペルニクス)「確か、デバッグと言いましたね。沖田に金貨での支払いを止めるように言ったのは。理由は、金額がデカすぎて使えないから。米蔵や酒蔵を買いたくないから。しかし買えます。だからいずれ買います。金貨で」

(ナツメ)「あんなに渋い顔をしていたのに?」

(コペルニクス)「彼らも商売人です。このままではダメだと思い始めている。ならば次の商売や打開策を考える。そして気づきます。金貨で米蔵や酒蔵、倉庫を買って管理する人を増やす方が、ずっと良いと考えます。そして、それによって経済は活気づく。今はまだ硬直していますが、すぐに彼らは動き出します。就業率は今の数十倍に跳ね上がります。その時はもう、公共事業を切り上げても良くなっているはずです。そうなれば、市場も再び活気づく」

 うーん。確かにそうかもしれない。

 デバッグさんたちもバカじゃない。すぐにでも米蔵を買って、人を雇うかもしれない。

(ナツメ)「何か引っかかるな? だって、金貨だと報酬が高すぎるから困っていたんですよ? だから米蔵を買っても雇う人が居ないはずじゃ?」

(コペルニクス)「そこは支援の必要があるかもしれません。ですが、現状こちらにそんな余裕はありません。彼らに期待する形をとったほうが良いでしょう」

(ナツメ)「大丈夫なんですか?」

(コペルニクス)「たとえ硬貨が無価値になり、財政破綻しようとも問題ない。食料等は無限にあるのですから」

 確かに、最悪食料等の物々交換でもやってはいける。

 それに硬貨の価値は上げることができる。昔々のドイツがそうだったように。

(アウグストゥス)「ハンニバルはどう思う」

 二つ目のスクリーンにハンニバルさんが映る。

(ハンニバル)「奇妙な機械だ。本当に絵が動いてやがる。この丸いガラスがそうなのか?」

 ハンニバルさんの目がアップで表示される。

(アウグストゥス)「ハンニバル! ふざけるのもいい加減にしろ!」

(ハンニバル)「ふざけてねえよ。いやーそれにしてもすげえもんだ。こんな物を敵味方が持ってたら、情報戦はさらなる困難と混乱に見舞われ、たった一度のミスが致命的な痛手に、たった一度の幸運が最高の戦果を齎す。機械技術の発達した第二次世界大戦で大量の戦死者が出たのも必然だったか。次の大戦は十億の死者が出るな。ぜひ参加させてもらいたい」

 ハンニバルさんはふむふむと言いながらカメラから離れて席に座る。

(ハンニバル)「それで、硬貨の話だが、俺としちゃどうにかしてもらいたい。今の俺たちには武器が不足している。すべて公共事業に回しているから武器を買う余裕が全くない。これじゃ駄目だ。武器が必要だ。飯と寝床と衣服だけじゃ戦えない。武器が必要だ。そしてそのためには現在の事業を見直す必要がある。ナツメが言ったように、もう十分俺たちは民に尽くした。だからもう手を引いて、今度は俺たちに尽くしてもらうべきだ」

(アウグストゥス)「ふむ、しかし本当に手を引くべきか? まだ尽くすべきじゃないのか?」

(ハンニバル)「ざっと報告書を見せてもらったが、すでに戦争被害者たちを保護する避難所は完成している。給仕も手配しているし、重体者や瀕死者も居ない。そしてコペルニクスたちの指導で家族の所在、戦死者のリストアップは軍の管轄から離れようとしている。もはやすべて任せてよい状況だ。遺品の収集など細かい仕事は確かにあるが、いくら何でも全軍で対応するべきことじゃない。それに道路の整備や家屋の復興はいくら何でもやりすぎだ。そんなこと軍の仕事ではない。何より、商売人に荷物や金、具体的にはデバッグたち協力者にいちいち荷物を配達する必要は無い。切り上げ時だ」

(アウグストゥス)「それはお前も賛成しただろ?」

(ハンニバル)「当時は必要だった。だがもういいはずだ。それに俺は全軍を公共事業に回す期間を設けた。ひと月だ。それを過ぎれば事態は収束すると思ったからだ。それが予定よりも早く来た。それだけだ」

(アウグストゥス)「なるほど、ジャンヌはどう思う?」

(ジャンヌ)「武器もお金も必要かもしれませんが重要ではありません。このまま民に尽くすべきです。彼らも辛いのです。むしろ、私としてはもっと人員を増加し、民のために働いてほしいと思っています」

(アウグストゥス)「人員を増やす? なぜだ?」

(ジャンヌ)「実は、以前よりも避難民が数倍になっているようなのです」

(アウグストゥス)「数倍! 初めて聞いたぞ!」

 突然アウグストゥスさんの顔が強張る。

(ジャンヌ)「気付いたのは昨日の夜です。コペルニクス主導で行っている民の在住確認および戦死者のリストアップ、そして関係者確認、それによって改めて避難民の数を数え直していたのですが、現在の避難民の数が以前よりも数倍になっていることを知りました」

(アウグストゥス)「なんてこった。それで良く仕事を回せたな?」

(ジャンヌ)「避難民、いえ、私たちの元に来た人は無償で働いてくれています。給仕、洗濯、掃除、動けない人、子供、老人、そして心に傷を負った人たちを進んで世話をしています。歩み寄ってくれています。そして私たちにも。ですから、人手は十分です。ただ食料や衣服、そして寝床が足りませんから増設して欲しいです」

(アウグストゥス)「報告が遅い! この小娘が!」

(ジャンヌ)「いきなりなんですか!」

(アウグストゥス)「というかお前ら全員報告が遅い! ハンニバル! てめえもだ!」

 なぜか突然アウグストゥスさんがブチ切れた!

(ハンニバル)「いきなりなんだ!」

(アウグストゥス)「何で期日だけを決定した! 目標値をなぜ伝えなかった! おかげでとんでもない事態だ!」

(ハンニバル)「意味が分からねえぞ! てめえが期日を決定しろって言ったんだろ!」

(アウグストゥス)「喧しい! 俺が気付かなかった言い訳をするな!」

 何その八つ当たりと責任転換?

 どうもアウグストゥスさんは何かに気付いたらしい。

(アウグストゥス)「コペルニクス! てめえもてめえで何だ! 経済学者とか天文学者とか大層な肩書を持ってるくせに全くの役立たずだ!」

(コペルニクス)「いくら何でも怒りますよ!」

(アウグストゥス)「喧しい! しかし、くそ、まさかこんなことが? 予想と違う。避難民が数倍? フィーカス! 現在新生ローマ帝国に住む国民は何人だ!」

(フィーカス)「え! お、俺っすか! いや、多分三十万程度だと思うぞ?」

(アウグストゥス)「三十!」

(ハボック)「親分、多分四十万くらいですよ。コペルニクスが教えてくれた計算式だとそんくらいに」

(フィーカス)「マジ? ごめん! アウグストゥス! 多分四十万くらい」

 アウグストゥスさんがスクリーン越しに倒れる。

(アウグストゥス)「外の空気を吸ってくる! 何で誰もそれだけの人口増加に気付かねえんだ! もちろん俺は悪くない! 何せ報告されていないからな!」

 スクリーンからアウグストゥスさんの姿が消える。理不尽じゃないですか?

(トルバノーネ最高司令官)「しかし、四十万人か。道理で糞尿の処理や食料の配送の手間が増えている訳だ」

 トルバノーネさんがため息を吐く。

(ナツメ)「何となく気付いていたんですか?」

(トルバノーネ最高司令官)「まあな。各避難所や協力者から糞尿の処理や食料、衣服を届けるのも俺たち軍の仕事だ。そしてその頻度や量が多くなっていることには気づいていた。でもそんなこともあるかなって思ってたんだが、まさか以前の数倍の人口になっていたとは思わなかった」

(コペルニクス)「驚きですね。本来なら経済や情勢が安定してから人口が増える。なのにこのボロボロの情勢で人口が爆発するなど。少しばかりインフレとデフレによる硬貨の無価値化問題の発生が早いと思いましたが、それが理由でしたか」

(ナツメ)「予想してなかったんですか?」

(コペルニクス)「していませんでした。そもそも、この貧しい情勢で人口が爆発する理由は? 全く想像ができません」

(ジャンヌ)「私たちの思いが通じたのでしょう! 喜ばしい事です」

(ハンニバル)「まあ、けが人も食料不足も解決するジャンヌにナツメが居るから分からなくもない。それに、外には害獣や夜盗も居る。ちょいとばっかし顔を出したくなっても可笑しくない」

(コペルニクス)「だからと言ってこれほどの増加はおかしい。医者も衣食住も、ここよりも他の貴族領より充実している。四十万人。明らかに貴族領からの移動民だ」

(沖田)「何うだうだ言ってんだ? ここにはナツメが居るんだぜ? 王様が居る場所に住みたいって思うのは当然だ!」

(アンジェリカ)「そうね。ここは世界の中心。なら当然ね」

 アンジェリカさんがキスをしてくる。

 嬉しいけど恥ずかしいし場違いだ。

(ナツメ)「えっと、アウグストゥスさんはどう思いますか?」

(アウグストゥス)「どう思うも分かるはずがないだろ!」

 アウグストゥスさんが怒鳴りながらスクリーンに戻ってきた。

(アウグストゥス)「ただ根本的な問題は分かった。人工が多すぎて今の新生ローマ帝国では支えきれない」

(ナツメ)「人の増え過ぎが?」

(コペルニクス)「アウグストゥスの本題から離れますが、硬貨の無価値化はこれで説明できます。人が増え過ぎたこと、金貨による売買取引が成立していないこと。それらを考えるとインフレとデフレの原因は分かります。金貨をばら撒いたことでインフレが起きた。そしてそれを商人たちは使わない。結果、金が流通しなくなり、品物は売れずデフレとなる。しかし、本来ならこの状況でデフレは起きない。なぜなら、先ほど、流通のほとんどを私たちが掌握していると言った。ならば、流通が減り、インフレが加速するはず。なのにデフレとなるこの答えは、商人たちが買いあさっている。私たちの協力者以外の商人が」

(ナツメ)「ん? 実は市場は回っているってことですか?」

(コペルニクス)「そうです。金貨の無価値化、つまり硬貨の無価値化を予想していました。ですが違います。実際は無価値ではない。米を買うのに金貨四枚になったとデバッグは言いましたが、それは当然でしょう。ほとんどを貴族領から移動してきた商人たちが買ってしまった。金貨四枚は適性価格だった」

(ナツメ)「すいません、話を整理させてください」

(アウグストゥス)「要するに、人口増加で商人たちの間ではインフレが起きた。しかし人口増加のほとんどは金の持たない避難民で、おまけに俺たちが無料で食料等を提供している。だからデフレが起きた」

(コペルニクス)「おおざっぱに言えばその通りです。そしてこうなると、経済という問題ではなくなる。どちらかというと政策ですね」

(アウグストゥス)「つまり俺の出番だ。ブルーネ」

(ブルーネ)「は、はい!」

(アウグストゥス)「今すぐ国民たちをお前たち貴族領へ疎開させる。準備しろ」

(ブルーネ)「そ、疎開! つまり私たちにお守を押し付けると!」

(アウグストゥス)「そうだ」

 ブルーネさんたち貴族に動揺が走る。

(ブルーネ)「突然言われても困ります! 寝床も食料も何も準備できていないのです!」

(アウグストゥス)「これは皇帝命令だが、何か反論でもあるのか?」

 ブルーネさんたちは一斉に口を噤む。

(ナツメ)「ちょっとは待ってみませんか? 準備があります」

(アウグストゥス)「金と食料その他は負担してやる! 一週間程度だけだが、それで何とかさせろ!」

 アウグストゥスさんは苛立っている。ブルーネさんたちは怯えている。

(沖田)「疎開とかしなくていいだろ? ナツメに会いに来た奴らが四十万人も居るんだ。だからその期待に応えなくちゃならねえ」

(アンジェリカ)「そうそう。それに、人口が増えるのは良い事じゃない?」

(トルバノーネ最高司令官)「そんだけ居りゃあ国もすぐ元通りだ!」

(コペルニクス)「国の復興は早まりません。むしろ遅くなる」

(ジャンヌ)「コペルニクス? 民は私たちに協力的です。なぜそのような世迷言を?」

(コペルニクス)「経済が成り立っていない状況で、混乱が収まっていない状況で人が増えてもダメです。考えても見なさい。これだけの人が居ると人ごみで馬車も満足に動かせない。結果金を届けるのも不便です。食料だって同じです。もはや国民全員を養うだけの食料を運ぶことはできない。何より、作り手が居ない」

(沖田)「根性で何とかなるだろ!」

(ジャンヌ)「相手を思いやる気持ち。民はそれを持っています。私たちに協力してくれているのですから、多少のことには目を瞑るべきです」

(コペルニクス)「それではダメです! このままでは死者が出る! すでに出ているかもしれない! 給仕にも限界があります! それにあなたたちだけでは国民を養えない!」

(トルバノーネ最高司令官)「お前らは俺たちを信用していない! 俺たちはバカじゃない! 助け合いが必要と分かればすぐに助け合う! だいたいわざわざここに来たのに追い出すとは何様だ!」

 会議の場がヒートアップしている。

(ハンニバル)「疎開は俺も反対だ。国民は軍人となる。国民は軍事力に直結する。今は苦しくても集めておくべきだ。それに疎開させたら呼び戻すのも難しいんだぞ!」

(アウグストゥス)「お前らも分からねえ奴らだ! 糞尿が溢れているということは俺たちの目の届かないところで病人がいることだ!」

(ジャンヌ)「完璧主義者であるあなたが憶測で物を言いますか! 病人はどこに居ますか! 私たちの元へ集まっています! 皆それを支えています! そしてその数は増えています! ですが死人は減っています! どうです! あなたの発言は妄想では!」

(コペルニクス)「お前の発言も妄想だ! 私は長年の経験から導き出した! そして本も読んだ! 未来の本に未来の歴史! 田舎娘のお前よりも頭が良い!」

(ジャンヌ)「コペルニクス! 本を読みすぎて聖書すら忘れてしまったのですか! 今のあなたは金儲けの亡者と同じです!」

 だんだん喧嘩になってきた。不味い状況だ。

(ナツメ)「あの、皆さん落ち着きましょう。僕たちは喧嘩をするために集まったんじゃないんですから」

(沖田)「だいたい何でてめえらが俺たちに命令する! 俺たちはてめえの配下になった訳じゃねえ!」

(トルバノーネ最高司令官)「俺たちの王様はナツメだ! なのに何勝手に命令してんだ!」

(アウグストゥス)「喧しい奴らだ! 俺はローマ帝国の初代皇帝だ! 偉大なる政治家だ!」

(ハンニバル)「暗殺されたのに何が偉大な政治家だ!」

(アウグストゥス)「ハンニバル! そこを動くな! 今すぐ殺してやる!」

(ハンニバル)「やってみろ! 軍師も何もできず金と家柄だけで成り上がった坊ちゃんにできるならな!」

 ダメだ。話を聞いてくれない。

(アンジェリカ)「いい加減にしなさい!」

 アンジェリカさんがテーブルを蹴り上げた!

(アンジェリカ)「あんたら! 今はナツメが静かにしろって言ったのよ! なのに静かにしないの? ナツメを王様だって言って起きながら口だけなの!」

 会議の場が静かになる。

 アンジェリカさんの怒気が響く。

(アンジェリカ)「あんたらは王様の前でピーチクパーチク騒ぐの? ナツメが王様だって認めておいて無視するの? あんたら本当にナツメを王様だって認めてるの!」

(トルバノーネ最高司令官)「アンジェリカ、俺はナツメのためを思って言ったんだ。あの二人の分からず屋を黙らせるために!」

(アンジェリカ)「軍は上下関係が一番大事じゃないの? それで一番偉いナツメの言葉を無視して話すの? あなたって本当にナツメを王様って思ってるの? ただのお友達としか思ってないんじゃない?」

 トルバノーネさんが黙る。

(沖田)「俺はナツメの友達だ。だからそれには当てはまらないぜ」

(アンジェリカ)「だったら出て行って。友達はここに必要ないわ」

(沖田)「てめえだって妻だって理由でここに居るだろ!」

(アンジェリカ)「私は妻よ。夫のことを優先して考える。もし今夫が邪魔と言えばすぐに出て行く」

(沖田)「だったら邪魔だ! さっさと出て行け!」

(ナツメ)「沖田さん落ち着いて」

(アンジェリカ)「あなたは徳川家の御前でもそうやって騒いだの? あなたは友達と言ったけど嘘は言わないで。あなたはナツメを王と認めた。なのに無視するの? 約束を守らないの? 約束も守れない友達が会議の場に居てあなたは良いと思っているの!」

 沖田さんは歯を食いしばって、そっぽを向いた。

(沖田)「女に国の未来なんて分かるかよ」

(アンジェリカ)「あなたも女。私よりバカな女」

 沖田さんは何も言わなかった。

 そっぽを向き続けた。

(アンジェリカ)「ジャンヌ。あなたも調子に乗らないで。あなたはナツメのおかげで今の生活がなりたっているのよ」

(ジャンヌ)「いきなり何を言うのですか?」

(アンジェリカ)「あんたは皆が進んで協力してくれていると言ったわね? でもその皆を養っているのはナツメよ」

(ジャンヌ)「小麦やブドウは私の持ち物です!」

(アンジェリカ)「寝床や衣服はナツメのおかげじゃない? その他野菜とかはナツメのおかげじゃない? アウグストゥスが国を作ったからじゃない? そしてアウグストゥスはナツメが王様と言ったでしょ!」

 ジャンヌさんが目を逸らす。

(ジャンヌ)「その通りです! ですから! 国民のために! 民のために! 私は言っているのです!」

 きっとジャンヌさんがアンジェリカさんを睨む。

(アンジェリカ)「なら黙るべきよね? 違う?」

 ジャンヌさんは俯いた。

(アンジェリカ)「まだまだ言いたいことはたくさんあるのよね。でも、お父様含めて皆顔を伏せてる!」

 その通りだった。アウグストゥスさんですら腕を組んで目を瞑っていた。

 話の聞き方で相手が何を思っているのか分かる! そんなうたい文句の本を読んだことがある。

 腕組みは警戒、足を組むのは相手を舐めている、視線を泳がすのは自身の無さの表れ。

 正直それらが正しいとは思わない。それらはすべて癖なのかもしれない。

 前のめりになって話したり、聞くのは興味があるから。

 でももしかすると下らないからこそ、何か興味があることを探しているのかもしれない。

 笑顔は相手を許しているから。

 僕は笑顔だったけど苦渋を飲んだ。

 ただ、アンジェリカさんが立って皆を睨み、皆が顔を伏せるこの状況は、誰が見ても、心理学者じゃなくても本を書けるほど明白なことが書ける。

 皆、アンジェリカさんを恐れている。

 つまり、図星なんだ。

(アンジェリカ)「こんな会議バカらしいわ! 皆ナツメを利用している! さっさと死刑にした方がマシね!」

 皆黙っていた。

(ナツメ)「アンジェリカさん、落ち着いて」

(アンジェリカ)「私が邪魔だと思うなら命令して。私はすぐに出て行くから」

 言葉を失う。ただ落ち着いてくださいって言っただけでどうしてそんなに?

(アンジェリカ)「私はあなたの妻。だから、あなたの命令には従う。だから曖昧な言葉は止めて。落ち着けって言われても落ち着けない。私はこいつらが許せないの。あなたを無視し続けたこいつらが許せないの」

 言葉を失う。ただし、今度は、胸が痛んだから。

 アンジェリカさんは僕を思って言った。なのに僕は落ち着いてくれって言った。

 なぜ? 決まっている。場の空気を悪くさせたくなかったから。

 でも、アンジェリカさんはそれではダメだと言っている。

 そもそも、静かにしてくれと言ったのは僕だ。それを守らなかったのは皆だ。僕が王様だと言ってくれていたのに。

 それは重大な背信行為だ。アンジェリカさんの怒りは最もだ。だって彼女は、僕を愛してくれると言ってくれたんだ。

 好きな人を無碍に扱われて許せるなどあり得ない。

 それは皆同じ、僕も同じ。

 ただ、アンジェリカさんの言い方もちょっと違う。

 僕はアウグストゥスさんや沖田さん、コペルニクスさんにジャンヌさん、トルバノーネさんにそうと思わなかった。

 皆、僕のために言ってくれた。

 アンジェリカさんと同じように。

(アンジェリカ)「ナツメは、さっきみたいに私にしずかにしろって言わないのね」

 突然言われてびっくりした。

(ナツメ)「いや、今は静かだから」

(アンジェリカ)「私の声はうるさくないの?」

 突然、アンジェリカさんと初めて出会ったときのことを思い出した。

 アンジェリカさんは、一時の迷いがあったにせよ、フィーカスさんたちの口車に乗り、フィーカスさんたちに捕らえられた。その時、僕も一緒だった。僕はアンジェリカさんんを守ろうとしたけど無駄だった。だけどアンジェリカさんは僕を守ると言って励ました。

 その時の言葉、凛々しい声、凛々しい瞳に、僕は惚れたんだ。

 アンジェリカさんは、僕を守ろうとしている。

 健気に、一生懸命に、僕を守ろうとしている。

 守ってくれている。

 だけど分からない。

 なぜアンジェリカさんのことをうるさいと言わず、アウグストゥスさんたちの声をうるさいと言ったのか?

(沖田)「俺は、ナツメを友達だと思っているし、守りたいと思っている」

 沈黙していた沖田さんが顔を歪めながら呟いた。

(トルバノーネ最高司令官)「俺だってそうだ。それは信じて欲しい」

(ジャンヌ)「私自身、反省するべきところはあるでしょう。ですが、ナツメを無碍にするなどとは思っていません。それだけは信じて欲しい」

 皆口々に、続く。

(アンジェリカ)「言い訳ね。バカみたい」

 どうしてだろう? アンジェリカさんの言葉を否定したい。なのに否定できない。

(アンジェリカ)「ナツメ。私はこいつらと同じようにあなたを思って言っている。だけどあなたはあなたの思う直感で行動するべきよ。あなたはこの世界で誰よりも偉いんだから」

 アンジェリカさんの力強い声、そして悔しくも絶対に言わなくてはならないと言う覚悟を決めた沖田さん、トルバノーネさん、ジャンヌさんの声で僕は気づいた。

 皆、僕を思ってくれている。

 沖田さんもジャンヌさんもトルバノーネさんもコペルニクスさんもアウグストゥスさんもハンニバルさんも、僕を無視している訳じゃない。それはアンジェリカさんも同じ。

 皆、僕を思ってくれている。

 だから、僕は真剣にならなくてはならない。

(ナツメ)「アウグストゥスさん、ハンニバルさん、沖田さん、ジャンヌさん、コペルニクスさん、ダヴィンチさん、トルバノーネさん、ブルーネさん、フィーカスさん、ハボックさん、バルーンさん、そしてアンジェリカさん、僕のために集まってくださり、本当にありがとうございます」

 一度頭を下げる。考えてみると無茶を言ったのは僕なのに、御礼も言っていなかった。

(ナツメ)「そしてアンジェリカさん、ありがとうございます」

 辛く、嫌な思いをさせた。だから感謝の言葉を述べる。これで皆、前に進むことができる。

(ナツメ)「まず、皆さん、冷静になりましょう。ここは喧嘩をするところじゃありません。先ほどの会議は、明らかにダメです。反省しましょう」

 手を合わせてお願いする。

 皆、苦々しい表情だ。

 分かる。皆が悪い。つまり僕も悪い。

(ナツメ)「そして、僕も謝ります。ごめんなさい。僕は頼りなく、それでいながら手に余る地位と責任を手に入れた。皆が心配します。なのに僕は強くあろうとしなかった。申し訳ないです」

 目を瞑り、手を合わせて会釈をする。

 少々、うっとおしいかもしれない。

 でも、言わないで済ますのはもっと不味いと思う。

 皆、僕のためにやってくれたのに。

(ナツメ)「そして、アウグストゥスさん、ハンニバルさん、コペルニクスさん、沖田さん、ジャンヌさん、トルバノーネさん、フィーカスさん、ハボックさん、バルーンさん、ダヴィンチさん、僕を心配してくれてありがとうございます」

 これは言わなくてはならないし、伝えたいことだった。

 アンジェリカさんはアウグストゥスさんたちが僕を利用するつもりと言ったけど、それだけは絶対に違う。皆、皆のためを思って言っている。ただ単に、僕が頼りなかっただけだ。

(沖田)「わかりゃ良いんだよ……」

 沖田さんが呟くと空気が緩和した。

 一度会釈をしてそれ以上言葉を出さない。

 話が進まないし、これ以上言葉にして謝ると逆に空気が悪くなるような気がした。

(ナツメ)「皆さんがこれほど慌てるということは現状非常に不味い事態です。アウグストゥスさん、ハンニバルさん。即こちらに帰って来て、指揮を執ってください」

(アウグストゥス)「外交は良いのか? 俺は必要だと思って新生フランス帝国に居るんだが?」

(ナツメ)「外交以上に内情です。戻ってきてください」

(アウグストゥス)「分かった。会議が終わり次第コペルニクスに迎えに来てもらう」

(ナツメ)「ハンニバルさんも良いですね?」

(ハンニバル)「飽きてきたところだ。言われなくてもすぐに戻る」

(ナツメ)「次に、コペルニクスさん、金貨や食料といった経済的な問題はすべてコペルニクスさんが担当した。今一度、思惑と現状を話してください」

(コペルニクス)「私の思惑は単純。需要と供給を満たす。私は食料等を信頼ある商人たちに売り、ボランティアで食料や衣服を作る商人に金貨を与えた。こうすることで経済が回る。ぶさいくで出来レースだが、上手くいく、はずだった」

(ナツメ)「問題があったんですね?」

(コペルニクス)「食料等を売る商人、物を作る商人それぞれに取引先の制限を決めなかったことが失敗の原因でしょう。食料を持つ商人が他の商人に品物を売ってしまった。結果的に、デバッグたちに出回る商品が少なくなった。そして食料等を買い付け、転がそうとした商人たちは思いのほか売れずに行き詰ってしまった。民が金を持っていないから、経済が破たんしているからです。結局、市場を活性化させるためと思っていたのがダメだった。もっと、管理しなくてはならなかった。ひとえに、私の判断ミスです」

(ナツメ)「ありがとうございます。一つ質問ですが、このまま何もせずに居たら人口はどうなるでしょうか?」

(コペルニクス)「三か月程度なら予測できます。ただ、予測の精度を上げたいのでしばしお待ちを」

 コペルニクスさんが突然窓から飛び出した。

(コペルニクス)「戻りました」

 そして戻ってきた。

(ナツメ)「早いですね! 数秒と経ってないんですが」

(コペルニクス)「情報収集は経済の基本。そういう能力をあの娘から授かりました。それで、人口の予測ですが、現在の人口は約五十万人、三か月後には二十倍の一千万人がここに来るでしょう」

(ナツメ)「一千万人!」

(コペルニクス)「現在貴族領からこちらへ民が大移動していることも確認できました。約五十万といったところでしょう。一週間後には人口が百万人になります」

(ナツメ)「何でそんなに?」

(沖田)「だから、ナツメがここに居るからだろ?」

 沖田さんが鼻を鳴らす。

(ナツメ)「えっと、それはとても嬉しいですが、その理由が知りたいんです」

(沖田)「理由は簡単。王様の元に居たい。それ以上もそれ未満もあり得ない」

(トルバノーネ最高司令官)「俺も同感だ。そしてそれは素直に受け止めるべきだ。ナツメ、お前は皆に王様だって認められたんだ」

(ナツメ)「うーん。それはとても嬉しいんですけど」

(アンジェリカ)「ナツメ、トルバノーネたちの言う通りよ。なぜ集まったのかなんてあなたが居るから。それだけ。それよりも、今、どうするべきかよ」

 違う。そこに答えがある。

 なぜかアンジェリカさんに否定されて、確信した。

(ナツメ)「アウグストゥスさんとコペルニクスさんは疎開に賛成、平たく言えば人口を減らすことを優先する。面倒を見切れないから?」

(アウグストゥス)「その通りだ。けが人はもちろん、法律も厳守させることすらままならない」

(コペルニクス)「先ほど調べましたが死者は現在一万人を超えています。病死者8000人、殺人が2000、その他がちらほらです」

(ジャンヌ)「病死者が8000人ですって! 嘘を言わないでください! 避難所等には協力者がいっぱい居るんです!」

(トルバノーネ最高司令官)「殺人が2000とは聞き捨てならねえ! 俺たちが! 無能だって言っているようなもんだ!」

(ナツメ)「ジャンヌさん、トルバノーネさん、コペルニクスさんの言葉を最後まで聞いてください」

 一言で黙る。皆、緊張しているんだ。自分の思惑と全く逆の現実を知らされるのが。

(コペルニクス)「城壁付近が深刻です。私たちは中心たるこの城から金貨や食料を配っている。だから必然です。目も届いていない。無法地帯と化しています。城壁の外にもたくさんの人々が集まっている。だから、それを数えると万を超える死者が出ている」

 理にかなっている。少なくともジャンヌさん、トルバノーネさんよりも。

(ジャンヌ)「……もはやコペルニクスの発言を覆せる力はありません。ですが! それでも! 必ず無くして見せます! 病死者など!」

(トルバノーネ最高司令官)「俺だってプライドがある。すぐに無くなる」

(ナツメ)「つまり、皆、時間が必要です」

 考えろ! だけど足らない! あと1ピース!

(ナツメ)「ダヴィンチさんはどう思いますか?」

(ダヴィンチ)「え? 俺?」

 今までPSVitaとスマホアプリに夢中だったダヴィンチさんが初めて顔を上げる。よく同時にできると感心する。

(ダヴィンチ)「んー? どうでもいいからさ、パパパッと会議終わらせない? 皆頑張りましょう! でいいんじゃない?」

(ナツメ)「いやそれは」

(ダヴィンチ)「ダメ? めんどくさいな。もうさ、君たちでパパパッとやってくんない? そろそろ経験値二倍のキャンペーンが終わるんだ。今のうちに稼がないと」

(ナツメ)「えっと、また二倍になりますから、もうちょっと会議を続けませんか?」

(ダヴィンチ)「また! こんなチャンス滅多にないんだよ! そろそろ世界大会があるんだよ!」

(コペルニクス)「とっとと答えれば世界でも天国でも行かせてやるよ!」

 コペルニクスさんがダヴィンチさんの後頭部に踵落としをぶち込む!

(ダヴィンチ)「痛いよ! これでデータが飛んだらどうすんだ!」

(コペルニクス)「いいからさっさと答えろ!」

(ダヴィンチ)「はいはい分かりました!」

 ダヴィンチさんの目つきが変わる!

 この人は、おどけていながら、真実を見抜いている。

(ダヴィンチ)「まず一言、皆バカ」

 会議の場が凍り付く。だけどダヴィンチさんは見下したようにため息を吐く。

(ダヴィンチ)「皆、自分の考えだけに固執して、民の、観客の思いを無視している。芸術家としてはあり得ない行動だ。誰一人、民を感動させようと思っていない」

(アウグストゥス)「何が言いたい?」

 アウグストゥスさんが声を張りつめる。それはこの場に居る全員の思いを代弁しているのかもしれない。

(ダヴィンチ)「皆、なぜ民がここに集まるのか考えようともしない。皆分からないで済ます。パズルのピースは揃っているのに解けないと匙を投げている。特にナツメはバカだ。その答えに気付けるのに、周りのバカどもに流されて気付けない。アンジェリカが口を出さなかったら本当に答えは出なかった。バカ野郎この野郎って奴だ」

(沖田)「ダヴィンチ、ナツメをバカにするのもいい加減にしろよ?」

(ジャンヌ)「この場のミスはナツメではなく私たちの罪です。冷静に考えられなかった私たちの」

(ダヴィンチ)「そうやってナツメを庇う。今回の一件は間違いなくナツメが悪い。勝手に動くアウグストゥスたちを押さえるのがナツメの仕事なのに」

 また場の空気が悪くなる。熱を帯びている。

(ナツメ)「確かにその通りです、ダヴィンチさん」

 だからすぐに沈める。

(ナツメ)「ダヴィンチさん、僕たちはあなたの助けが居る。あなただけ、気付いている。だから教えてください」

 淡々と言う。これがこの場の最善だ。そう思う。

 そして、ダヴィンチさんが微笑むと、それが正しいと実感した。

(ダヴィンチ)「フィーカスたちは、黒き者どもを倒した実感はある?」

(フィーカス)「え? 俺!」

(ダヴィンチ)「さっさと答えてよ。それが結局、民たちの声なんだから」

(フィーカス)「いやその、ねえって言ったらねんだよな?」

(ハボック)「まあ、気付いたらひと月以上経ってるし、何も覚えていないし」

(バルーン)「とはいえ、ナツメ様たちの言葉は信用できます。だから危機は去ったと思っています」

(ダヴィンチ)「答えは出た。思っている。ナツメはこの言葉をどう思う? 君は何か一つ、やっておくべきことを忘れていない? 君というより、新生ローマ帝国だけど」

 ダヴィンチさんの目線は、これ以上言葉は無いと言う冷徹なものだった。

 だから考える。僕がやっていないこと? 新生ローマ帝国がやっていないこと?

 黒き者どもを倒した実感がない?

(ナツメ)「僕たちはまだ、危機が去ったと言っていない。終戦を表明していない」

 皆がハッとする。ドタバタしていて忘れていた。でも考えるとそうだった。

(ダヴィンチ)「洗脳、そして不信感による離脱。これらが意味することはただ一つ、真実が分からない。だから、知りたい。教えて欲しい。僕はもう寝るから。ギルド長は深夜が大変だからね。だから後は勝手にしてくれ」

 ダヴィンチさんがコペルニクスさんの鞄に戻る。

(ナツメ)「ダヴィンチさん、ありがとうございます」

 ダヴィンチさんが苦笑する。

(ダヴィンチ)「あのかわいい子ちゃんの能力を得ても僕たちは人間だ。だから神の力に頼りっぱなしだから粋がる。当然のことも当然と思えなくなる。だけど違うよ? 民たちは君たちと同じ人間。ただし、君たちと同じような能力は持っていない。それを忘れちゃダメだよ」

 一言言って鞄に戻るその背中に会釈する。

(ナツメ)「ダヴィンチさん、ありがとうございます」

 ダヴィンチさんは何も言わずに消えた。

(ナツメ)「すぐに終戦と葬式を行いましょう! 大至急です!」

(アウグストゥス)「無理だ! と言っても、今は無駄だな。良いだろう。すぐにそっちに戻る。ただし、早まるな。俺がそっちに行くまで大人しくしていろ」

(ハンニバル)「考えてみると全部俺たちの自己満足だけだった。民にすれば不安だろうな。特にここは、黒き者どもの侵略に永遠と怯えていた。異世界人って言われても仕方ねえな」

 アウグストゥスさんとハンニバルさんがスクリーンから消えて、カメラ会議が終わる。

(ブルーネ)「確かに、その通りですね。そもそも民からすれば突然エーテル国から新生ローマ帝国の住人となった。混乱するのも無理は無い」

(ジャンヌ)「接する人々には必死に伝えましたが、民すべてに伝えようとは思っていませんでした。慢心です。いつの間にか、自分にはそれほどの地位があると勘違いしていた」

(沖田)「うーん。民を考えるってそういうことか。確かにケジメは伝えていねえ」

(トルバノーネ最高司令官)「とにかく、俺たちの王様に聞こうじゃねえか」

(コペルニクス)「そうですね。今は王の言葉です。私たちは、それが無くては動けない」

 ぐっとアンジェリカさんが肩を握る。大丈夫。そう思って手を握り返す。

(ナツメ)「ジャンヌさん以外の方々は今の作業を後回しにして、葬式と終戦宣言の準備をしてください。今は終戦宣言と葬式が大事です。その二つをこなして初めて民たちに言える。もう、心配しなくていいって。だから、お願いします」

 頭を下げる。

 何度頭を下げたのだろうか? だけど下げるしかない。

 これには僕一人だけでは絶対に無理だ。

(コペルニクス)「分かりました。フィーカス! 負傷者も調べていたが、今は戦死者に限定して調査しろ。完璧に素早く! これは優先度最高の命令だ」

(フィーカス)「分かってる! 二週間もすればすぐに終わる!」

 コペルニクスさんたちがドタドタと出て行った。

(トルバノーネ最高司令官)「もう建物の再築とか言ってられねえってことか。全く、あれもこれもよりも最高の言葉だ! ブラッド! 遺体と遺品の収集に全精力をかけろ! 復興は後で良い!」

 部屋の外で待機していたブラッドさんがトルバノーネさんの言葉で入って来て、敬礼する。

(大神帝国直属軍総合司令部隊長ブラッド)「承知しました! トルバノーネ最高司令官!」

(沖田)「しゃあねえ、散歩がてらに、軍の手伝いでもすっか。食料くらいなら、馬が無くても引っ張れるしな!」

 皆が思い思いに、心を一つにして出て行く。

(ジャンヌ)「私も行かせていただきます。別の会議がうっとおしいことにあるので」

 ピタリとジャンヌさんが立ち止まり、僕とアンジェリカさんの頭を下げる。

(ジャンヌ)「ありがとうございます。大神ナツメ、そして、大神アンジェリカ。あなたたちの幸福を、私は心から望んでいます」

 バタンとジャンヌさんが出て行くとため息が出た。

(ナツメ)「ありがとうございます、アンジェリカさん。僕じゃ、あの混乱を押さえられなかった」

(アンジェリカ)「良いのよ。憎まれ役は私。あんたは王様。王様が憎まれちゃやっていけない。エーテル国の哲学の一つよ」

 アンジェリカさんが手を差し出してくれる。

(アンジェリカ)「あなたは私の夫。なら泥でもくそでも被る。あなたを最高の夫にするために」

 僕は手を取って、さらにギュッと抱きしめる。

(ナツメ)「僕は、本当に幸せだ」

 アンジェリカさんにキスをする。

 アンジェリカさんも、僕の体を抱きしめて、答えてくれた。


 あれからさらに三週間後の今日、ついにその時がやってきた!

(ナツメ)「と、トイレ行きたい! お腹がグルグルする!」

(沖田)「諦めろ。アウグストゥスの言葉が終わったらすぐにお前の出番だ」

(アンジェリカ)「たった五分の挨拶でしょ? バシッと一言言ってきなさい!」

 アンジェリカさんと沖田さんにケツを叩かれる。


(アウグストゥス)「辛く、厳しい日々だった。だがもう終わった。偉大なる大神ナツメのおかげで」

 アウグストゥスさんが言葉を結ぶと拍手が起きる。

 何だろ? 何か変な気持ち。率直に言って気持ち悪い。

(アウグストゥス)「ナツメ」

(ナツメ)「はひ!」

 アウグストゥスさんがいつの間にか隣に居て肩を叩いてきた! 変な声が出た! というか僕の番だ! やばい! 学芸会で木の役をやらされて嫌な気持ちになったけど! 今は木になりたい!

(アウグストゥス)「心配するな。あの原稿を暗記しただろ? 五分だけ、あれを読み上げればいい」

(ナツメ)「は、はい」

 体がガチガチに強張る! そして壇上に立つと実感した!

 コロシアムに集まる数万に及ぶ視線。それがプレッシャーだ。重圧だ。

 僕は初めて、他者に注目されている。

 頭が真っ白になる。

 何を言えばいい? どうしたら乗り切れる? すぐにでも壇上から降りたい!

(ナツメ)「……」

 言葉が出ない! 何を言うべきなんだ?

 そもそも、僕はなぜここに立っている?

(民)「くっ!」

(民)「ああっ!」

 声が聞こえた。民たちの、僕の仲間の嘆きが。

(ナツメ)「時が止まっている? まさか」

 アウグストゥスさん含めて全員の声が止む。代わりに感じるのは、あの人。僕の肩に手をかけて、民を見ている、真の英雄。

 心が、落ち着いた。

 僕が何を言うべきか思い出した。

(ナツメ)「そうでした。僕は、悲しかった。だから伝えたい。悲しんで、もらいたい」

 誰かが微笑みを残して消えた。

(ナツメ)「これより、戦死者の名前を読み上げます」

 アウグストゥスさん、それどころか沖田さん、ハンニバルさん、コペルニクスさん、アンジェリカさんさえも顔を歪めるけど、伝えたい。

(ナツメ)「アルフレッド・アルバトスさん。黒き首なし騎士と交戦して死亡。僕たちの盾となった」

 名を告げると次の名に目が走る。

(ナツメ)「アーリング・バルバトーネさん。黒き者どもを押しとどめる盾となって死亡。僕たちは救われた」

 言葉が止まらない。ただ名前を呼びたい。

(アウグストゥス)「夕飯と明日の朝飯、昼飯夕飯、そして明後日の朝飯昼飯夕飯、明明後日の朝飯昼飯夕飯を用意しろ。ここに集まる約5万人分」

 ブルーネはナツメを見て、涙を浮かべる。

(ブルーネ)「すぐに手配します」

 ブルーネが無礼もわきまえず速足で進むが、アウグストゥスは何も咎めず、沖田、ジャンヌ、コペルニクス、トルバノーネ最高司令官、フィーカス、ブラッド、そしてアンジェリカ。皆が立ってナツメの言葉を聞いている姿を見て、笑う。

(アウグストゥス)「ハンニバル、これが俺の後継者、俺の息子だ」

 ハンニバルが隣で笑う。

(ハンニバル)「約5万人の死者、一人読み上げるだけで約5秒、全員読み上げるのに70時間かかるあいつがお前の後継者か?」

(アウグストゥス)「高が70時間。それがどうした。独裁者はそう言う。言わなくてはいけない」

 アウグストゥスは涙混じりに笑う。

(アウグストゥス)「だが、理想は、言わなくても、聞いてくれる。それが、独裁者の、本当の望みだ。俺は、決して、民を不幸にさせたいと思ったことは無いのだから」

(ナツメ)「アンボック・バッカスさん。アウグストゥスさんの不完全な洗脳で投身自殺」

 ナツメは淡々と名前と死亡理由を読み上げる。

 途中、アウグストゥスの計らいで椅子と軽食が用意される。

 コペルニクスとトルバノーネ最高司令官およびジャンヌの計らいで体調不良者の介護が行われる。

 それでも民は立っていた。

 軽食を食べ、座りはすれど聞いていた。

(アウグストゥス)「続きは明日の鐘がなってから。同じくこの場所で」

 月さえも沈む時になおナツメは名前を読み上げていた。民を聞いていた。アウグストゥスが止めなければ死ぬまで喋り、聞いていただろう。

 次の日、朝、続きを行うコロシアムには十万人が集まっていた。

 彼らには軽食が振舞われた。

 だがナツメが続きの死亡者を読み上げると二十万人となった。

 昼飯は夜飯さえも消え去り、体調不良者や将棋倒しになる傍聴者の処理でジャンヌたちは大忙しだった。

 それでも民は聞いた。ナツメは言った。

 たとえ体がふら付こうとも、たとえ気が遠くなりそうとも、皆聞いた。

 三日経ち、四日経ってもナツメは読み上げ続ける。

 民も聞き続ける。

 コペルニクスの計らいで死んだ経緯、所属していた部隊、日時、洗脳の有無を記載した書類が民に配られる。皆文字は読めないが、読める者に集まる。ナツメもないがしろにするほどに。

 それでもナツメは読み上げる。

 そして民に涙が増える。

 五日目に入るとさすがに椅子や地べたに座り込む民が見える。だがそのものは後から来た民に睨まれる。そのものはすぐに立ち上がり、睨み返す。

 商人や飯屋が無償で食事を振舞う。皆自然にありがとうと言う。

 それは街頭に備えられたスピーカーに集まる民にも。

 アウグストゥスが打算で備え付けたスピーカーに民は集まる。

 ナツメの声を聞くために。

 それはアウグストゥスの思惑の外。

 だがそれを無視してスピーカーに民は耳を傾ける。

 ナツメの泣きじゃくりが聞こえると、皆、息を飲んだ。

(ナツメ)「アンボック・バッカスさん。アウグストゥスさんの洗脳の失敗で投身自殺」

 読み上げてから7日目、ついにナツメの言葉が終わる。

(ナツメ)「デラ・オースさん。アウグストゥスさんの洗脳の失敗で投身自殺。最後に、オール・コートさん。洗脳を受け、軍に所属していましたが、黒き者どもとの交戦中の将棋倒しで圧死しました」

 ナツメが言葉を終えると、場が、世界が、静まり返る。

(ナツメ)「何を言えばいいのか、僕には分かりません。ただ、僕はこれだけは伝えたい」

 涙でくしゃくしゃになったナツメの顔が、さらにくしゃくしゃになる。

(ナツメ)「皆さん、僕を助けてくれて、皆を守ってくれて、本当に、ありがとうございます」

 そしてナツメは倒れた。アウグストゥスは何事もなく指示を出してナツメを玉座に座らせた。

(アウグストゥス)「以上で、黒き者どもとの決戦による戦死者の発表を終える」

 アウグストゥスはすっと皆に宣言する。

(アウグストゥス)「ただただ、済まない。そして、礼を言う。だから、お願いする。これからも、どうか、この国のために戦ってほしいと」

 アウグストゥスはそれだけ言うと踵を返し、幕へ消えた。

 民たちの嘆きと悲しみが聞こえる。

 冷酷に知らされた事実。だが覆せない。

 アウグストゥス、引いては大神ナツメの失態。

 それらを知ってなお、誰も動こうとしない。

 皆分かった。

 黒き者どもの恐怖は消えたと。

(フィーカス)「お前ら、頑張るぞ」

 フィーカスの呟きに、民全員が頷いた。

 そう見えた。


(ナツメ)「無視してごめんなさい。まさか葬式に一週間もかけるなんて、思っても見ませんでした」

(アンジェリカ)「良いのよ。あなたはそれで」

 ベッドで倒れるナツメに、アンジェリカは微笑む。

(アンジェリカ)「とてもカッコよかった。あなたは自分の思いを伝えた。それは、皆が聞きたかったことだったんだから」

 ナツメは微笑む。

(ナツメ)「愛しています」

(アンジェリカ)「私も、あなたを愛しているわ」

 二人はきつく抱きしめ合った。


 そして、それは街でも。

(老人)「婆さん、もう十分じゃ」

 どこかの一軒家で、娘を亡くした老人と老婆の話。

(老婆)「何言ってんの! 私の娘はアウグストゥスに殺されたのに!」

(老人)「分かっとる。だがもう止めよう。あれは事故だった」

 老人は涙を流す。

(老人)「ワシらの娘は死んだんじゃ!」

 老婆の悲しみが、空に響いた。


 翌日、疎開が実行され、しばし、新生ローマ帝国の首都は封鎖された。

 それに誰も文句は言わなかった。

 ただ皆、遺品を握りしめて、去って行った。


 そしてその一週間後、ナツメとアンジェリカの結婚式が行われた。

(ジャンヌ)「あなたたちは、永遠の愛を誓いますか?」

 ナツメとアンジェリカは頷き、見つめ合う。

(アンジェリカ)「私はあなたを一生愛しています」

(ナツメ)「僕も、アンジェリカさんを一生愛します」

 口づけが交わされる。


 皆が祝った。


(老人)「婆さん、もう元気を出そう。大神ナツメ様の結婚式だ。祝おう」

(老婆)「何を言うんだい? あんなナヨナヨした女みたいな奴が王様なんて不安でたまらないよ。それに、あいつらは私の娘を殺したんだよ」

(老人)「そうだな。だけど、息子は生きていた。あの子の忘れ形見と出会えたんだ」

 老人と老婆の前で目をキラキラさせながら、男の子がパチパチと笑う。

(老婆)「卑怯な奴らだよ。私の最愛の娘を殺して置きながら、最愛の孫にご飯を食べさせていたなんて」

 老婆は涙を流し、顔を歪めながらも、パチパチと手を叩いた。

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