大神ナツメとアンジェリカ(7/8)
ようやく仲直り
(ジャンヌ)「私が用意したお菓子を無視して城下に来るなんて……神よ、沖田に天罰を」
(沖田)「うるせえな! 菓子は全部このかばんの中だ! そういらつくな」
(ジャンヌ)「いくら何でも入る鞄でも振動で滅茶苦茶に……」
(沖田)「落ち着けって! 滅茶苦茶でも俺が食うし、今日は奢りだ!」
怨嗟の声を呟くジャンヌさんに沖田さんがうろたえる。
(アンジェリカ)「大丈夫?」
アンジェリカさんがジャンヌさんと沖田さんの様子を見て困惑する。
アンジェリカさんは皆に責められていたから当たり前なのかもしれない。
(ナツメ)「多分大丈夫! こういうこと慣れてる関係だし」
ちょっとでもリラックスして欲しい。
せっかく街を散歩するのだから。
それに、落ち着いてくれたら仲直りできるかもしれない!
(アンジェリカ)「あんた! 何が可笑しいのか分からないけど調子乗ってると殴るわよ!」
(ナツメ)「はーい」
まだまだ手を取り合うまでの道のりは長そうだ。
(ジャンヌ)「うーん! このお団子というお菓子! すごく美味しいですね!」
(沖田)「だろ! おやっさん! みたらし団子追加四つ! あと渋い緑茶を二つ!」
(団子屋店主)「まいど!」
笑顔で食べまくるジャンヌさんと沖田さんとは正反対に、アンジェリカさんがクンクンとみたらし団子に鼻を近づける。警戒した獣みたいだ。
(アンジェリカ)「何これ?」
(ナツメ)「みたらし団子。お米を練って丸めた奴。僕が前に居た、日本じゃ一般的なお菓子だ」
(アンジェリカ)「米? 話には聞いていたけど、こんな甘い臭いが?」
(ナツメ)「その臭いは砂糖醤油だよ。醤油に砂糖を混ぜた奴を表面に塗っているんだ」
くんくんとさらにアンジェリカさんはみたらし団子に鼻を近づける。
(アンジェリカ)「ちょっと良い匂い。甘いっていうより香ばしい?」
(ナツメ)「団子を火であぶっているから。食べてみてください。すごく美味しいです」
ぱくりと見せつけながら頬張る。
(ナツメ)「美味しい!」
ニッコリとアンジェリカさんを見て笑うと、アンジェリカさんは口を開ける。
(アンジェリカ)「不味かったらただじゃおかないからね!」
そしてみたらし団子を食べた。
(アンジェリカ)「美味しい!」
そしてパクパク食べた。
(ジャンヌ)「すいません! あと十人前ください! あとお茶一つ!」
そしてジャンヌさんはマイペースに食べていた。
(沖田)「お前どんだけ食う気だ!」
(ジャンヌ)「あなたがたくさん食べていいと言ったからです! 嘘を吐くのですか!」
(沖田)「限度がある! それにまだまだ食べ歩きは続くんだぞ!」
(ジャンヌ)「じゃあ問題ないですね。店主さん、このお菓子、すごく美味しいですね」
十人前の団子とお茶を持ってきた店主さんはジャンヌさんの言葉に笑う。
(団子屋店主)「一生懸命作ったからそう言ってくれると嬉しいよ」
(ジャンヌ)「そう思います! とっても美味しいですから!」
嬉しそうにバクバクとみたらし団子を食べるジャンヌさんに、沖田さんはため息を吐く。
(沖田)「しかしまあ、おやっさんもたまげたね。団子作り始めたのたった数年だろ? なのに十年以上のベテラン並みの腕になっちまった」
もぐもぐと沖田さんがみたらし団子をお茶で流し込みながら笑う。
(団子屋店主)「あんたら異世界人に負けちゃ居られないからな! 幸い書物はたくさんあるし、それを利用して団子やら醤油やら作ったよ。おかげでしがないパン屋が今じゃ連日連夜大忙しだ!」
ぴくりとアンジェリカさんが食べるのを止める。
(アンジェリカ)「あなた、よく異世界人の文字が読めたわね?」
(ナツメ)「一生懸命勉強したんだよ。翻訳された物もあるみたいだし」
(アンジェリカ)「勉強? よくできたわね」
団子屋店主が顔をしかめる。
(団子屋店主)「馬鹿にしてくれるね? 俺たちだってあんたと同じ人間だ。やろうと思えば学ぶ」
(アンジェリカ)「馬鹿にしている訳じゃないわ。異世界人の書物や持ち物は神の能力の有無に関わらず一般人に出回らないようになっていたはず」
団子屋店主は鼻で笑う。
(団子屋店主)「堂々と本屋に売っていたよ。聞いた話だと、その時の近衛兵たちが小遣い稼ぎに売っぱらっていたらしい。異世界人が持ち込んだ、神様の知恵が書かれた本だって」
アンジェリカさんが顔をしかめる。
(アンジェリカ)「近衛兵がそんなことを?」
(団子屋店主)「ひでえ奴らだった。我が物顔で街を歩く。下手に機嫌を損ねると殺されることもあった。警護料金を払えって毎月脅された。あいつらがトルバノーネ最高司令官たちに殺された時、拍手したくらいだ」
アンジェリカさんが俯くと、団子屋店主もため息を吐く。
少々空気が悪くなった。
(ジャンヌ)「本当美味しい!」
しかしマイペースに食べるジャンヌさんのおかげですぐに和む。
(沖田)「食い終えたら次の店に行こうぜ。今度はラーメンって奴を食う」
(ジャンヌ)「ラーメン! それは何ですか!」
(沖田)「小麦粉を練った奴を細く切って、汁で茹でた食いものだ」
(ジャンヌ)「ふむふむ? 団子の亜種ですか?」
(沖田)「食ってからのお楽しみにしよう」
(ジャンヌ)「そうですね! すぐに行きましょう!」
ジャンヌさんは残った団子を纏めて口に納めると、ハムスターのように頬を膨らませながら恍惚の表情を浮かべる。
(ジャンヌ)「神よ! 感謝します!」
そしてごくりと飲み込むと感謝の言葉を述べた。よく喉を詰まらせなかったな。
(沖田)「行くか。おやっさん。釣りは要らねえよ」
沖田さんが金貨を一枚テーブルに置くと、団子屋店主は顔をしかめる。
(団子屋店主)「毎度言ってるだろ? 金貨は要らねえって! このままだと米も何も買えないんだぞ? 何せ金額が大きすぎる。俺はコメが欲しいだけで、米屋は要らねえんだ」
沖田さんが頭を引っ掻く。
(沖田)「つっても俺これしか持ってねえんだよな」
団子屋店主も頭を引っ掻く。
(団子屋店主)「出来れば銅貨にしてくれ。金貨のままだと酒も買えないんだ。酒蔵は買えるけど、そんなに要らねえし、それを管理するのも面倒だ」
(沖田)「参ったな。誰か、銅貨持ってないか?」
(ジャンヌ)「私も持っていないですわ。最も沖田の奢りですからお金そのものを持っていませんが」
(沖田)「聖少女とは思えねえ理不尽な言葉が聞こえたけどそれは聞かなかったことにして、二人は持ってないか?」
(アンジェリカ)「私も持ってないわ。というか無一文だし」
(ナツメ)「えっと、僕も細かいお金は無いです」
団子屋店主がため息を吐く。
(団子屋店主)「今まで腐るほど金貨を貰ったし、今日は奢りにしてやるよ」
(沖田)「マジか! 悪いな!」
ヘラヘラ笑う沖田さんに、団子屋店主は詰め寄る。
(団子屋店主)「言っておくが! 俺の金貨は文字通り財布の中で腐ってる! 次こそは銅貨を持ってこい! じゃないと食わせねえぞ!」
(沖田)「分かったよ」
イライラしている団子屋店主など気にせず、沖田さんは顎をしゃくる。
(沖田)「行こうぜ」
沖田さんが歩くとジャンヌさんも続く。
(ナツメ)「先に行ってて」
アンジェリカさんにそう言うと団子屋店主、デバッグさんのところに行く。
(ナツメ)「デバッグさん。本当にすいません」
デバッグさんに頭を下げる。
(デバッグ)「はは! こうして謝ってくれたんだ。気にしてないよ」
(ナツメ)「ありがとうございます。それと、これを受け取ってください」
鞄の中から米俵や野菜、調味料を取り出す。
(デバッグ)「良いよ別に! まだ残ってるし、これを貰った釣りを渡さなくちゃならない!」
(ナツメ)「でも、デバッグさんは僕たちの命令で、毎日、朝昼晩に団子を民に給仕してもらっています。それを考えると、受け取ってもらいたいです」
(デバッグ)「別に、命令されたからじゃない。俺がやりたかっただけだ。それに、命令じゃなくて、お願いだった。ナツメ、いや、ナツメ様。あなた様が俺のようなただの市民に頭を下げた。だから給仕しているだけだ」
(ナツメ)「そうかもしれませんけど、ただ働きはダメです。なのに、書類を見たら、代金を受け取っていないようです」
デバッグさんはバツが悪そうに鼻を掻く。
(デバッグ)「金貨は使えないっていうか、金貨持ってる同士なら使えるけど、それはそれで大赤字になるから貰いたくねえんだ。今現在、金貨持ってる奴らから金貨で米を買おうとすると、四枚必要になる。普通なら銀貨一枚で十分なはずなのに四枚だ。いくら何でも異常だ。だから受け取りたくねえ。受け取ると、どんどんおかしくなりそうで」
書類に書いてあった優先度中の問題、デフレおよびインフレーションによる硬貨の無価値化。
金貨はコペルニクスさんと僕の力で無限に生み出せる。何より食料よりも遥かに軽く、大量に持ち運べる。だから報酬として使いまわす。その結果金貨が供給過多になった。
おまけに供給過多と言ってもそれは少数に対して。市場にはまるで出回っていない。当然だ。金貨を標準通貨にしたら新生ローマ帝国の首都はともかく、貴族領の市場はそれについて行けない。だから、デフレでありながら誰も使えないという奇妙な状況になった。簡単に言えば、現在金貨の価値は銅貨や銀貨よりも低い。
そして銅貨や銀貨の価値も相対的に低くなってしまった。
単純な考えとして、金貨は銀貨の千倍、銅貨の百万倍の価値がある。だからそれらを例えば新生ローマ帝国が両替しようとなるととんでもないコストとなる。たった一枚の金貨を両替するのに、最低でも馬車1つ、皆数百枚単位で持っているはずだから、たった一つのお店を両替するだけでも一日以上。その間復興に使う馬車は無くなる。新生ローマ帝国に散らばる協力商店を両替しようと思ったら、それこそ年単位の時間が必要となるだろう。
だから両替は出来ない。だから金貨は使えない。だから無価値となる。
そして同時に、銅貨と銀貨の価値も低くなる。
銅貨と銀貨は金貨よりも価値が低い。だから例えば銀貨四千枚で米を買おうと言えば喜んで売ってくれるだろうけど、銀貨4枚で売ってくれと言ったら絶対に同意しない。金貨の価値は下がっても、決して銀貨や銅貨よりも低くなったことを示さない。だから、金貨の価値が下がり、銅貨と銀貨の価値も下がった。
また硬貨を数千枚持ち運ぶ手間もある。それを考えると、おかしいと思っていても金貨で払った方が手間が少なくなる。
第一次世界大戦のドイツで起きた、インフレーションのスパイラル。札束で積み木をする子供たちが印象的なあの写真。それが新生ローマ帝国に襲ってきた。
また相反するがデフレの問題。現在インフレーションの結果硬貨の価値は無くなった。結果食料といった物資の方が価値がある。ところがそれらは市場に出回っても買ってもらえない。
大半の者がお金を払えない。なぜなら黒き者どもとの決戦で、家や家族を失い、金や衣服も無くなった人が大半を占める。仕事は軍関係、公共事業で山ほどある。だけどすぐにお金は貰えない。貰っても適性価格の給料となると、インフレーションで価値の低くなった硬貨は使えない。
そこで出てきたのが、デバッグさんたち商店の協力で行われる給仕である。当然料金は無料。これは僕たち新生ローマ帝国の誠意でもある。苦労をさせた、不安を感じさせたのだから、食事や衣類くらいはタダにする。復興し切るまでタダにする。
だから市場に並んだ品物は買わない。買えない。インフレーションで価値が高騰した物資よりも、タダで手に入る方を選ぶ。当然であり、必然だ。
だからデフレが起きる。
腐らせるよりもマシだから。
しかし無料には出来ない。
図らずとも、新生ローマ帝国の公共事業、誠意が、市場の負担となった。
(ナツメ)「リスクの見直しが必要だ。あの書類の情報は古い」
そう思ったのでデバッグさんに聞いてみる。
(ナツメ)「給仕に並ぶ人たちの列は増えていますか?」
(デバッグ)「どんどん増えてるぜ! 正直、人を後十人増やさねえとやっていけなくなってきてる。ただそれで支払う給料が無くて。金貨だと大赤字っつうか、さすがにちょっとデカすぎて納得できねえというか」
ということは、並ぶ余力のある人たちが増えてきたということだ。
今日、ジャンヌさん、そしてトルバノーネさんたちは久々の休日と言った。
ジャンヌさんの担当は治療。戦傷者の中でも重症の患者を治し、保護すること。
負担が軽くなる、つまり重傷者の患者が少なくなった、そして保護する必要のある人々も減った。
またトルバノーネさんたちは戦後復興、その中でも軍関係者の治療、および住居といった保護、そして所在確認等を行ってきた。住居と治療はジャンヌさんと被るし(というか一緒にやってたから当然)、所在確認はフィーカスさんたちの仕事と被る。だから負担が減り、休日が出来た。
(ナツメ)「コペルニクスさんの参加と、時の流れによるけが人の減少、そしてデバッグさんたち商人たちの給仕で、状況が大幅に変わっているんだ。もう、明日すぐに死ぬ人は現れない」
きっとそうだ。だからこそ、デバッグさんたちが大変になった。
すぐに課題の見直しをさせよう。このままずるずると行けば、優先度の低い仕事を優先して行ってしまう。その結果、不幸になる人々が増えてしまう。
(ナツメ)「デバッグさん。ありがとうございます」
頭を下げる。
(ナツメ)「すぐに解決とはいえませんが、明日にでも、会議を開いてブルーネさんたちに伝えます。そして、ちょっとは、銅貨で払ってくれる人を増やします。ただの団子じゃなくて、みたらし団子を食べに来る人たちを増やします」
ニッコリと笑う。
デバッグさんが苦笑いする。
(デバッグ)「あまり無茶しないでくださいよ? 俺が協力するのは、一緒に、洗脳されずに黒き者どもと戦ったから。言うなれば戦犯者であり、共犯者だから」
(ナツメ)「共犯者なら、口封じをするために品物を送るでしょ? 無下にしたら裏切られちゃう」
(デバッグ)「ナツメ様、共犯者というのは言葉の綾ですよ。怒らないでください」
(ナツメ)「戦友です。だから、無茶したいんですよ」
ニッコリと笑う。頷いてもらうために。
デバッグさんが苦笑いする。そして頷く。
(デバッグ)「よろしくお願いします。大神ナツメ様」
(ナツメ)「ありがとうございます。今度コペルニクスさん主導で会議を開かせます。その時は参加して、現在の状況を皆に伝えてください。案内は決まり次第お知らせします」
(デバッグ)「分かりました。謹んでお受けします」
(ナツメ)「じゃあ、僕は行きます。今度来た時は、銅貨でみたらし団子を食べに来ます」
(デバッグ)「ちょ、ちょっと待ってくださいナツメ様! この食料は受け取れねえ! 俺だけが特別扱いされちゃダメだ!」
(ナツメ)「特別扱いします。だからその分、頑張ってくださいね」
ニッコリと笑う。
デバッグさんが泣く。
(デバッグ)「ナツメ様。笑みの中に数百の意味を込めるのは止めてください。微笑まれても素直に喜べません」
(ナツメ)「頑張ってくださいね」
デバッグさんに再度微笑む。
デバッグさんが顔を上げて頷く。
(デバッグ)「分かったよ。大神ナツメ。あんたの期待に応える。だから、また団子を食べに来てくれ」
(ナツメ)「ありがとうございます。デバッグさん。ご家族にもよろしくお願いします。また一緒に、ご飯を食べましょう」
(デバッグ)「楽しみにしてますよ。大神ナツメ様」
デバッグさんに頭を下げて、店を後にした。
(アンジェリカ)「確かに、あんたは皆が認める支配者だね」
店を出てすぐのところに、アンジェリカさんが待っていた。
(ナツメ)「アンジェリカさん! 先に行ったんじゃ?」
(アンジェリカ)「婚約者がひそひそ話しているのに、行ける訳ないでしょ」
(ナツメ)「こ、婚約者?」
言うと頬が熱くなる。アンジェリカさんの頬も赤くなる。
(アンジェリカ)「あんた、結構かっこよかったよ」
(ナツメ)「えっ?」
(アンジェリカ)「いやその、考えている時の目だよ。デバッグの話を聞いている時の目。何か考えていた。男の目だったよ」
(ナツメ)「そ、その、結構照れます」
思わずニヤける。正直僕がどんな顔をしていたのか分からない。いつも通りだった気がする。でもアンジェリカさんに褒められて嬉しい。
(アンジェリカ)「勘違いすんじゃないわよ! 男として認めてないから! そんなドレス着てる奴男だって思わないから!」
痛い! 心が痛い!
(ナツメ)「今日一日だけです! ほら、明日にはすぐに用意させますから!」
(アンジェリカ)「うるさい! とにかく! 次の店に行くわよ! この変態!」
涙が出る。
(ナツメ)「服が無いから着ているだけなのに」
(アンジェリカ)「ドレスを平然と着こなすあなたにも問題があるわ! それに化粧までして!」
(ナツメ)「ごめんなさい……僕も日々の女装生活に毒されているんです」
(アンジェリカ)「ああもう! めんどくさい奴ね! 男だったらビシッと言いなさいよ!」
(ナツメ)「言っても聞かないんです。僕に似合う男物の服は無いって」
(アンジェリカ)「ああもう!」
アンジェリカさんが一度僕の体をマジマジと見る。
(アンジェリカ)「それがまた腹立つのよ!」
ビンタを一発食らった。
(ジャンヌ)「美味しいですね! 何杯でも行けます!」
(沖田)「二十杯目を食ってそう言ってもらえると、眩暈がするぜ」
ジャンヌさんが美味しそうに二十杯目のラーメンを食べている横で、沖田さんが項垂れる。
(沖田)「十杯意地で食ったがもう限界だ」
沖田さんは何とか汁まで飲み干すと、ぐったりと横になる。
(アンジェリカ)「そんな無理して食べるから。無理なく美味しく食べるのが礼儀よ」
十五杯目を食べ終えてアンジェリカさんがため息を吐く。
(アンジェリカ)「すいませーん! 今度は塩ラーメンと豚骨ラーメン二つずつ!」
(沖田)「お前四杯頼んでどうするんだ! 食いきれても半分が冷めちまうぞ!」
(アンジェリカ)「ご心配なく! 箸を両手で持てばいいだけの事!」
アンジェリカさんが二丁食いの構えを取る!
(アンジェリカ)「私、だてにエーテル国の王女だったやっていたわけじゃありませんよ? 異世界の文化もしっかり学びました! 箸など両手で持てます!」
(沖田)「その変なお嬢様言葉を止めろ! 虫唾が走る!」
沖田さんが腹を押さえながら怒鳴る。何だか悔しがっている気がする。
(アンジェリカ)「うるさいわね! 私だって言いたくないけど! 今までガサツだったんだからしょうがないでしょ!」
アンジェリカさんはズルズルと二丁食いで麺を啜る。どう見てもガサツだ。
(ラーメン屋店主)「よく食べるな! 今日はもう看板だ!」
(ナツメ)「ディークさん、本当にありがとうございます」
ラーメン屋店主改め、ディーク。
(ディーク)「かしこまらないでくれよ。これは俺の心だ! だから存分に食べてくれ。後! 次はせめて銀貨で支払ってくれ!」
(沖田)「分かった分かったよ! 全く、うるせえ奴だ」
沖田さんはそう言うと腹を摩りながらいびきをかき始める。その寝相、無防備なんですけど。
(ジャンヌ)「お代わり! 次は醤油と塩と豚骨と味噌を一つずつお願いします!」
(アンジェリカ)「私もそれで!」
二人ともよく食べますね! ディークさんの心意気を全部飲み干す気ですか! というかジャンヌさん! 何か宗教的にヤバいことをしているような? 例えば、豚肉ってキリストOKでしたっけ?
(ジャンヌ)「ナツメ! 心配はいりません! キリスト教は肝要ですから! たとえ問題があっても問題ないです!」
ちょっと待って? ジャンヌさん、君がそれで良いならいいけど本当に良いの?
(アンジェリカ)「とにかく食べなさい! いっぱい食べてスーツが似合う男になりなさいよ!」
(ナツメ)「僕もうお団子でお腹いっぱいなんですー!」
兎にも角にもたくさん食べまくった。僕も沖田さんもジャンヌさんもアンジェリカさんも動けなくなるほど食べた。
だから沖田さんの家で一休みする。
(沖田)「さ、さあ、遠慮なく上がってくれ」
よろよろの沖田さんの後を付いて行く。
僕たちは、沖田さんが新たにダヴィンチさんに作らせた和風の家で、僕たちは畳の上で大の字になって眠る。
(沖田)「く、食いすぎた! 死ぬ!」
(ジャンヌ)「くぅー」
沖田さんは完全にグロッキーで、ジャンヌさんは爆睡していた。
無理もない。みたらし団子、ラーメン、豚まん肉まんあんまん、寿司、蕎麦うどん、ステーキハンバーグ、カレーライス、スパゲティ、最後にお茶漬け。よく食べた方だ。
(沖田)「だ、ダメだ。寝る」
そして沖田さんも眠った。
(アンジェリカ)「騒がしい奴らね」
そして平然として縁側に座りながら日向ぼっこするアンジェリカさん。
(ナツメ)「久しぶりの休日ですから」
風邪を引かないように布団を敷いて寝かし直す。
(アンジェリカ)「あんたも律儀ね。風邪を引いてもそいつらが悪いんじゃない?」
(ナツメ)「そういう訳にはいきませんよ」
二人を寝かしつけるとアンジェリカさんの傍に立つ。
(ナツメ)「あの、お隣良いですか?」
(アンジェリカ)「良いわよ。さっさと座りなさい」
僕はそっと隣に座る。
さて何を話そうか?
(ナツメ)「今日のご飯、美味しかったですか?」
(アンジェリカ)「美味しかったわよ」
(ナツメ)「そうですか」
話題が無くなった!
(ナツメ)「布団敷いて来ます。今日はここに泊まりましょう。ベッドとは違いますが、きっとぐっすり寝られます」
(アンジェリカ)「待った!」
布団を敷きに行こうとすると、手を掴まれる。
(アンジェリカ)「寝る前に、私はあんたに言いたいことがある!」
ぎっと瞳が輝く。
(ナツメ)「ど、どうぞ」
アンジェリカさんが深呼吸する。
(アンジェリカ)「はっきり言って! 私はあんたの容姿が気に食わない!」
(ナツメ)「容姿ですか!」
(アンジェリカ)「当然でしょ! 何で私よりもドレスが似合うの! 何でそんなに女の子なの!」
(ナツメ)「そんなこと言われましても」
(アンジェリカ)「そうやって誤魔化さない! 似合っているから着ているんでしょ!」
(ナツメ)「……そう強く言われると、そうですとしか言いようが」
(アンジェリカ)「だから私はイラつくのよ! ガサツで女に思えないでしょうけど、私だって女よ! 婚約者が自分より女っぽいだなんて許せるはずないじゃない!」
(ナツメ)「いやその、そればっかりは何とも」
(アンジェリカ)「言えないわよね! 分かってる! 全く! だから私の夢は滅茶苦茶! あれほど憧れた真の英雄があなただなんて! アウグストゥスもお父様もお母様もひれ伏した奴があなただなんて! 私よりも美しいだなんて! 喜べるはずないでしょ!」
アンジェリカさんはぐしぐしと目元を拭うと庭に出て構える。
(アンジェリカ)「もしも私に喧嘩で勝てたなら! この命! この体! この心! 全部くれてやるわ! だから立ち合いなさい!」
(ナツメ)「えぇ! 突然なんで! どうして喧嘩になるの!」
(アンジェリカ)「ごちゃごちゃ言わない!」
アンジェリカさんがグッと空手家のように拳を構えて腰を落とす。
(アンジェリカ)「ざっくり言うなら! あんたが支配者で、私よりもお父様よりもアウグストゥスよりも偉いことは分かった! 民も認めている! だから、認める! だから立ち合え! 今までの気持ちに踏ん切りつけるため!」
すごい気迫だった。そして元気の良い、健やかな声だった。
覚悟を決めている。そういう人は、向き合わないとへそを曲げる。下手をすると永遠の別れとなる。トルバノーネさんたちと過ごして、良く分かった。
真剣な人と友達になりたかったら、こちらも真剣な対応をする必要がある。
庭へ出て、アンジェリカさんの前に立つと、肩の力を抜き、半身になって構える。
(ナツメ)「分かりました。よろしくお願いします」
アンジェリカさんが目を細める。
(アンジェリカ)「ちょっと驚いた。根性あるね」
(ナツメ)「これでも男ですから」
ニッコリと笑って、体の力を抜く。
(ナツメ)「それに、僕は、アンジェリカさんと仲直りしたいですから」
アンジェリカさんが笑う。
(アンジェリカ)「行くわよ!」
左構えで重心を落とし、半身となって左の腕で弱点をカバーする構え。
トルバノーネさんと同じ構えだ。
だとすると、初手は必ず左のストレート!
(アンジェリカ)「ふっ!」
左のジャブを繰り出された瞬間、それを掌で受け止め、瞬時に左手首に関節技を決める!
(アンジェリカ)「なっ!」
決めた瞬間無茶苦茶な反撃をしてくることが分かったのですぐに離れる。
(ナツメ)「左手首の関節を決められたのに、右手で僕の喉を絞めようとするだなんて無茶するね! たとえ気絶させられたとしても決められているから左手首は破壊されてたはずなのに!」
(アンジェリカ)「そっちこそよく気付いたね! 本当だったらもう呼吸すらできていないはずなのに!」
ヤッバい! アンジェリカさんはマジだ! だけど土下座して済む話じゃない! 倒さないと!
(ナツメ)「次で決めます」
(アンジェリカ)「目つき変わったね!」
僕が冷や汗を拭いながら構え直すとアンジェリカさんが構え直す。
(ナツメ)「さすがに命まではかけたくないんで!」
一気にアンジェリカさんの懐に潜り込む!
(アンジェリカ)「早いわね!」
少し遅れたアッパーカットを掴み、背負い投げを決めた。
(アンジェリカ)「完敗ね」
アンジェリカさんは地面に背中を打ち付けながら目を瞬かせる。
(アンジェリカ)「背中を打ち付けて体は痺れているし、手首はいつの間にか固められて動けない。認める。あなたは確かに、私の夫よ」
振りほどいてアンジェリカさんを抱き起す。
(アンジェリカ)「あなた、私の動きを読んでいたわね?」
僕は頷く。
(ナツメ)「アンジェリカさんの動きはトルバノーネさんたちにそっくりだった。僕はトルバノーネさんたちに模擬戦をたくさん見たし、体験した。だから、ちょっとだけ読めた」
(アンジェリカ)「私の武術はトルバノーネたちから習った。そう考えると、この結果は当然なのね」
アンジェリカさんが僕の耳元で囁く。
(アンジェリカ)「約束、守る。あなたは私の夫。この命、この体、この思い、すべてあなたに捧げるわ」
すうっと寝息を立てたところで、顔が火照った。
(ナツメ)「僕、婚約とか全然分かんないんだけど?」
そして次の日!
(ナツメ)「アンジェリカさん? 重いんですけど?」
(アンジェリカ)「良いじゃないの? 一緒に床を過ごした仲でしょ?」
ブルーネさんやトルバノーネさんたちが集まる会議の場で、アンジェリカさんが抱き付いてきた。しがみ付いてきた。
(ブルーネ)「あ、アンジェリカ? 会議の邪魔になる。少しは自重しなさい」
(アンジェリカ)「お父様、それは無理です。私、ナツメに心から惚れてしまいました」
(ブルーネ)「そ、そうか。それはめでたい。結婚もすぐにできる。だから今は離れなさい。ナツメ様が大事な話をするのだから」
(アンジェリカ)「いえいえ、私はナツメの邪魔をするつもりはありません。ただ目が離せないだけなのです」
ぼんやりと僕に項垂れかかり見つめるアンジェリカさんの頭を撫でると、アンジェリカさんが猫のように喉を鳴らすかの如く僕の胸元に顔を摺り寄せる。
(ブルーネ)「アンジェリカ! 節度を保ちなさい!」
(アンジェリカ)「無理ですわ。お父様、私、たった一日でナツメに骨を抜かれました。もはやナツメが居ないと立っていることすら苦痛なのです」
(ブルーネ)「アンジェリカ!」
(ナツメ)「えっと、話が進まないので今回はおとがめなしにしてください。話は次回で」
(アンジェリカ)「ナツメ……愛してます」
ちゅうちゅうと頬っぺたにキスをされる。嬉しいけど恥ずかしい。
(沖田)「まあ、俺の思った通り一件落着だな!」
(ジャンヌ)「全く記憶にないことを除けば、ですけどね!」
(アウグストゥス)「お前らうるせえぞ?」
テレビ電話のようにスクリーンにアウグストゥスさんとハンニバルさんの姿が映る。
(アウグストゥス)「俺たちは忙しい。なのにこうして呼び出したのだから、それ相応の会議なのだろうな?」
僕はアンジェリカさんを一目見る。
アンジェリカさんは頷いて離れる。
(ナツメ)「以前上げた課題の見直しをしてもらいたい。それがこの会議の主題です」
(アウグストゥス)「課題の見直し?」
アウグストゥスさんは少し黙って、すぐに口を開く。
(アウグストゥス)「続けろ」
(ナツメ)「分かりました!」
今はアウグストゥスさんが怖くない。
きっと、デバッグさんたちに約束したからだ。
彼らを助けると。
(アンジェリカ)「ナツメ、大好き!」
(ナツメ)「アンジェリカさん! すごく嬉しいんですけどここでは場違いだと思います」
(アウグストゥス)「どうでもいいからさっさと喋れ」
抱き付くアンジェリカさんに、僕も含めて皆ため息を吐いた。
でも僕は、やっぱり嬉しかった。
ありがとう、アンジェリカさん。
愛しています、アンジェリカさん。
(アンジェリカ)「私も愛しているわ」
口に出していないのに、アンジェリカさんに頬を撫でられる。
胸が熱くなり、その美しい瞳から目が離せなくなる。
(ナツメ)「その、僕も愛しています」
だからそっと、柔らかな唇にキスをした。
(アウグストゥス)「お前らいい加減にしないとその花畑全部除草剤ぶちまけて刈り取るぞ!」
そしてアウグストゥスさんに怒られた。




