表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/49

新生大神帝国と新生ローマ帝国

黒き者どもを退けてひと段落。

でもやるべきことはたくさんある。

(アウグストゥス)「何はともあれ、めでたしめでたし! 黒き者どもは消えて、世界は平和になった! だがまだまだ黒き者どもは居る! 黒き者どもを倒すためより一層頑張りましょう!」

(トルバノーネ最高司令官)「おい」

(アウグストゥス)「とはいえ! ようやくこの地に安寧が訪れた! それを祝って乾杯しよう! 我が新生ローマ帝国の誕生を祝って!」

(トルバノーネ最高司令官)「おい!」

(アウグストゥス)「なんだようるせえな!」

 陽気に玉座にふんぞり返るアウグストゥスさんと違って、皆は暗い雰囲気で押し注ぐされていた。

(トルバノーネ最高司令官)「こんな祝杯上げてる場合か! 昨日の今日で十万人の国民が出て行ったんだぞ!」

(ハンニバル)「現在残っているのは皆エーテル国軍関係者。トルバノーネ。お前が居てくれてよかった」

(ジャンヌ)「ふふ、ふふふ! 私が丹念に作った十字架がこんなに捨てられたなんて……これは私の罪の証。心の通じた人を操ってしまった罰。五万人は居たクリスチャンが私のせいで居なくなってしまった!」

 エーテル城の玉座には不穏な空気が満ちている。

(沖田)「戦いに勝って万歳は分かるけどよ。前はたくさん住んでた人が逃げちまって、今は十万切ってるんだろ? やっていけんのかよ!」

(アウグストゥス)「喧しい! それでも十万人近くの国民が居る! あれから考えるとめでたいことだ!」

 アウグストゥスさんがワイングラスを傾けてきたので急いで注ぐ。

(アウグストゥス)「だいたいそれを覚悟しての俺たちだろ!」

(沖田)「言いてこた分かるよ! だけど俺の予想以上だ! もしくは考えたくもなかった事態だ!」

(ナツメ)「酷いことしたけど、少しは分かってくれる。そう考えたのは甘えだったのでしょうか?」

(トルバノーネ最高司令官)「覚悟してたけど怨嗟の声を聞くのはきついぜ」

(ハンニバル)「それ以上に俺らの敵対勢力が出来た。その数数百勢力にもなる」

(ジャンヌ)「ああ……殺し合いになってしまう……私を慕ってくれた方々と」

(アウグストゥス)「お前ら落ち着け!」

 アウグスティヌスさんは怒鳴るとグッとワインを飲み干し笑う。

(アウグストゥス)「一週間で、敵対勢力を味方につけてやる!」

 ハンニバルさんとトルバノーネさんの顔色が変わる。

(ハンニバル)「一週間?」

(トルバノーネ最高司令官)「無理だろ? そもそも期限が問題じゃねえ。敵対勢力の機嫌の問題だ」

(アウグストゥス)「お前らは分かっていないな? 敵対勢力のバックアップはエーテル国内の貴族たちだ。ならばそいつらを口説き落とせば静まる。それでも話の分からない屑は居るだろうが、後はお前たちの出番。数十程度、1000にも満たない敵対勢力などお前たちで捻りつぶせる」

(沖田)「おいおい! どうやって貴族どもを宥めるんだ?」

(アウグストゥス)「そのためにナツメが居る」

(ナツメ)「僕?」

 にっこりと悪い笑顔でアウグストゥスさんが僕に詰め寄る。

(アウグストゥス)「この戦いが終わったら俺の言うことを聞く。約束したな?」

(ナツメ)「その、しましたけど、僕に何が?」

(アウグストゥス)「お前が貴族たちに、喧嘩は止めてアウグスティヌス様に従えと言えばいい。それで大方片が付く」

(ナツメ)「僕が? 僕にそんな権限ありません」

 アウグストゥスさんが両手を広げてわざとらしく驚く。

(アウグストゥス)「あるじゃないか! お前はこの大陸の支配者だ。理由はそれで十分だ」

 笑顔のアウグストゥスさんだけど、僕は正直理解できなかった。

(ナツメ)「僕が支配者と貴族さんたちは認めてくれるんですか?」

(アウグストゥス)「もちろん認めない。自分が偉いと思っていたところに小童がしゃしゃり出たらますます機嫌が悪くなる」

(ナツメ)「意味ないじゃないですか!」

 アウグストゥスさんが真剣な表情で両手を握ってくる。

(アウグストゥス)「それがあるのさ。お前が支配者という証拠は確かにある。つまりお前はこの大陸で一番偉い奴だ。それは認めようが認めなかろうが変わらない。文書としてあるからな」

 確かに証拠はある。

(ナツメ)「でも、認められなかったら意味ないじゃないですか?」

(アウグストゥス)「確かに、もっともな意見だが、それは表面的な理解しかしていないことを示す答え方だ」

 良く分からない。

(ナツメ)「どういうことですか?」

(アウグストゥス)「分かりやすい例だと、沖田! 徳川家は失墜していた。なのになぜ従った?」

(沖田)「失墜してねえ! だから従った!」

(アウグストゥス)「理由は、徳川家が偉かったからだな?」

(沖田)「そうだよ!」

 沖田さんはフンと鼻を鳴らす。

(アウグストゥス)「よしよし、ジャンヌ! お前が神を慕うのは、神が偉いからだな?」

(ジャンヌ)「偉いのではなく私たちの神だからです!」

(アウグストゥス)「つまり、神様だから。俺たちよりも偉い! そうだろ?」

(ジャンヌ)「ああもう! 偉いからです! だから口聞かないでください! 不愉快です!」

 フンとジャンヌさんも鼻を鳴らす。

 アウグスティヌスさんは満足そうに微笑む。

(アウグストゥス)「ナツメ。偉い理由は偉いと認める証拠があるから。徳川家は250年以上日本を収めたし、キリスト教の神も2000年以上慕われている。つまり、理由が大切なんだ」

 アウグストゥスさんは不機嫌に舌打ちする沖田さんとジャンヌさんを無視して語り掛ける。

(ナツメ)「でも、僕が偉い理由なんて?」

(アウグストゥス)「真の支配者の後継者。それ以上の理由はない」

(ナツメ)「だからそんな権限なんて無いです!」

(アウグストゥス)「とにかく一週間待て! そうすれば分かる! 答えはその時に出せ。良いな!」

 アウグストゥスさんの強引な口ぶりに反感を持ったけど、歴史上偉大なる政治家であり独裁者であるアウグストゥスさんが言うのだから、反論できない。

(ナツメ)「分かりました。でも役に立たなくても知りませんからね?」

 当然の反論、釘を刺して置く。

 ところがアウグストゥスさんは残念そうにため息を吐く。

(アウグストゥス)「ナツメ。それは逃げの言葉だ。お前は確かに、責任を持つと言った。なのに逃げるのか?」

 言葉が出なくなる。確かに、そうかもしれない。

 というより、僕は支配者になる自信がない。どうやってなればいいのか手段も思いつかない。

(ナツメ)「分かりました。でも、助けはください」

 蜘蛛の巣にからめとられている気がする。でもそれ以外の手を思いつけない。アウグストゥスさんがニッコリ笑う。

(アウグストゥス)「もちろんだ! さあ、これで話は決まった! おい! ブルーネ! 俺に酒を注げ!」

 アウグストゥスさんに大声で呼ばれると、隅っこでびくびくしていたブルーネ王がおずおずとお酒をアウグストゥスさんに注ぐ。

(アウグストゥス)「良い注ぎ方だ。今までの奴隷で一番良い注ぎ方だ。ただ、ナツメに劣るのは残念だ。もう少しリラックスして注いだらどうだ?」

(ブルーネ王)「わ、私たちを殺さないでくれ!」

 ブルーネ王はアウグストゥスさんにひれ伏す。

(ブルーネ王)「私の非礼は詫びる! だから殺さないでくれ! せめて妻と子供たちだけでも!」

 皆が言葉を飲むと、アウグストゥスさんは悪い顔でしっと唇に人差し指を当てる。

(アウグストゥス)「昨日まで、お前を殺すのが最善と思っていた。だが気が変わった。生かしてやる。お前の態度次第で」

(ブルーネ王)「そ、それは何だ!」

 ブルーネさんの真っ青な顔色が変わる。

(アウグストゥス)「何だ? 何だよ?」

 アウグストゥスさんが軽率な態度を諌める様に睨む。

(ブルーネ王)「いえ、その、それは何でしょうか?」

 アウグストゥスさんが満面の笑みを浮かべる。

(アウグストゥス)「よろしい! まず、お前はエーテル国を解体しろ。そしてお前は新生ローマ帝国の設立を認め、俺を帝王と認め、ただの貴族に落ちることを認める。まずはそれからだ!」

(ブルーネ王)「はっ? 私が貴族に落ちる? エーテル国を解体する? 新生ローマ帝国を認める? お前を帝王に認める?」

 何を言っているのか理解できないと言うようにブルーネさんはオウム返しする。

 アウグストゥスさんは肩を竦めて、顔をしかめる。

(アウグストゥス)「認めて欲しいものだ。いや、実のところこれだけの大騒ぎになるとお前に死んでもらうのも考え物だ。エーテル国は、君に従ってきた。国として機能しているとはいいがたいが、とにかく君についてきた。そうなると、君が我が新生ローマ帝国の建国と配下に下る覚悟を示せば、周りの者どもも目を瞑る。そう思わないか?」

 ブルーネ王が口を開く前に、アウグストゥスさんは袋いっぱいに詰め込まれたエリクサーをブルーネ王に投げる。

 ブルーネ王は中身を見て驚く。

(アウグストゥス)「友好の印としてこれを預けよう」

 アウグストゥスさんが高笑いするとブルーネ王さんは口をパクパクさせる。

(アウグストゥス)「お前が本当に欲しいのは、地位でも名誉でもない。神の力だ。だから、俺たちに嫉妬した。神の力を持つ俺たちに嫉妬した。俺たちが羨ましかった。ならば与える。神の力を」

(ブルーネ王)「な、何を言っている? 神の力はお前たちだけのものだ!」

(アウグストゥス)「それは違う。ジャンヌ、ハンニバル、沖田、そして俺。それぞれがお前に価値のある能力を持っている」

(ブルーネ王)「何だと?」

(アウグストゥス)「ジャンヌが一番分かりやすい。あいつの能力の一つに、同じくキリストを信仰するものは、ジャンヌと同じ能力が使えるようになるという能力がある」

 ブルーネさんがグッとジャンヌさんに顔を向ける。

(ブルーネ王)「まさか! 癒すではなく、修復するというあの力が使えるようになるのか!」

(アウグストゥス)「使える。だろ? ジャンヌ」

 ジャンヌさんは興味津々のブルーネさんと勝ち誇るアウグストゥスさんを見て嫌そうにため息を吐く。

(ジャンヌ)「そういう風にあの子に願いましたから。ただし、本気でキリスト教を信仰している必要があります」

 ジャンヌさんは嫌そうに頷くが、ブルーネさんの目はキラキラしていた。

(アウグストゥス)「沖田。お前は仲間を強化する能力を持っている」

 沖田さんは突然アウグストゥスさんに声をかけられるとびくりとする。

(沖田)「願ったことは願ったけど、トルバノーネたちはやられたし、役に立たねえんじゃねえの?」

(アウグストゥス)「トルバノーネ。沖田と行動して何か変わったことは?」

(トルバノーネ最高司令官)「は? いや、変わったことって言われても? しいて言うなら、沖田に出会ってから前よりも重い荷物を運べるようになったくらいか?」

(アウグストゥス)「つまり、強くなった。そしてハンニバル。こいつは戦場や敵対勢力の行動を瞬時に理解できる能力を持っている。だから戦争では最高の能力だ。居るだけで役に立つ」

(ハンニバル)「黒き者どもにはほとんど役に立たないくそ能力だぞ?」

 皆が困惑する中、ブルーネさんの目線は宙に泳いでいた。

(アウグストゥス)「そして俺の洗脳。敵も俺たちにひれ伏す。お前にも」

(ブルーネ王)「だが、しかし、お前たちは私を信用するのか?」

(アウグストゥス)「信用する。だから、贈り物を送ろう。これからも」

 しれっとした態度で、なのに慈悲深い表情を浮かべる。

 アウグストゥスさんは凄腕の詐欺師だ。傍から見ているとバカバカしいことだけど、当事者であるブルーネさんにとっては恩人を前にしているように感じるだろう。

(ブルーネ王)「これからも?」

(アウグストゥス)「エリクサーだけでなく、この剣もやる」

 アウグストゥスさんはなぜか僕が持っていた剣を手渡す。

(アウグストゥス)「俺たち偽物の英雄が持ち込んだ武器じゃない。真の英雄、大神ナツメが作り出した剣だ」

(ブルーネ王)「これが! お前たちですら手も足も出なかったあの黒き大騎士を殺害した剣! 真の英雄! 真の神の力!」

 ブルーネさんは我を忘れた様子で剣を受け取ると、恍惚な表情で眺める。

(アウグストゥス)「話を横道に逸らさせてもらうが、こいつは真の大陸の支配者だ。それは認めるな?」

(ブルーネ王)「もちろん認める! 今まで信じられなかったが、これほど美しい剣を見せられては」

 ただの装飾品の付いたロングソードだ。おまけにその装飾品もアウグストゥスさんがダヴィンチさんに付けさせたものだ。

(ナツメ)「その、それはただの剣だと思いますよ? 何の力もないただの剣です」

(ブルーネ王)「そんな嘘を吐くな! これこそ真の神が生み出した剣だ! でなければ黒き大騎士を倒せる筈は無い!」

(アウグストゥス)「認めるんだな?」

 アウグストゥスさんは意地悪く微笑む。

(ブルーネ王)「認める! 初めは信じられなかったが、こうして神の武器を見ると、信じない訳にはいかない!」

 僕は騙しているみたいで気分が悪かった。その剣で黒き大騎士を倒せたのは、あの人のおかげだ。なのにここまで喜ばれると、胃が痛くなる。

(アウグストゥス)「俺たちの軍門に下れば、そんな力履いて捨てるほど手に入る」

(ブルーネ王)「本当か?」

(アウグストゥス)「当然だ。なぜなら、新生ローマ帝国は大神ナツメを保護する第一の国となる」

(ブルーネ王)「保護?」

(アウグストゥス)「こいつは裸の王様。だが事実はそうではない。大陸の支配者だ。その力を持っている。だが無知な屑どもはこいつを認めない。良い生活もさせない。だから私たちが保護する。美味い飯も豪勢な寝床も軍も女も民も用意する。その第一人者が俺たちだ」

(ブルーネ王)「し、しかしそれは? いや、メリットは十分わかる。しかし私の権威が! それはお前も同じだろ!」

(アウグストゥス)「昔の俺だったら嫌だった。ところが今は、お隣にドンパチ楽しく祭りをしている新生ドイツ帝国とその向こう側の新生ソビエト連邦が居る。あいつらが居て、俺たちに権威はあるか?」

(ブルーネ王)「あいつらか! 確かに、あの巨大国家が居ては、私の権威も紙屑同然。エーテル国はどうしても弱い。神の力に頼らなければ」

(アウグストゥス)「しかし、奴らは大神ナツメよりも権威は低い。なぜなら、ナツメは神の代行者。神の能力を再現し、俺たちに与えてくれる救世主だ! 従う理由は十分にあるだろう?」

(ブルーネ王)「それは認めるが……」

(アウグストゥス)「なら、後はナツメのお言葉だ」

 アウグストゥスさんは僕を抱えると玉座に座らせる。

(アウグストゥス)「最後はお前のお言葉だ」

 頭を撫でるアウグストゥスさんの手つきが嫌に気持ち悪かった。

(アウグストゥス)「どうした? 何か気になることでもあるか?」

 腹立たしくも、何も言えない。

 本気になったアウグストゥスさんの迫力は、いくら何でも身がすくむほどに怖い。

(アウグストゥス)「ナツメ。お前は力を貸すと言ってくれた。だからそのために、俺も力を貸す。だから、今は私に従ってくれ」

 周りは呆れているけどブルーネさんだけはアウグストゥスさんと同じようなことを祈っていると感じた。その青い顔色からそう伺えた。アウグストゥスさんはすでにブルーネさんの心を掌握していた。

 僕はアウグストゥスさんに何も言えない。

 アウグストゥスさんは巨大すぎる。

 何を考えているのか分からない。なのに僕の考えは読まれている。だから怖い。

 何より、善悪も強さも弱さも飲み込む笑顔が怖かった。

(トルバノーネ最高司令官)「いい加減にしろよ?」

 トルバノーネさんがアウグストゥスさんを蹴飛ばすと目が覚めた。

(トルバノーネ最高司令官)「ナツメ。こいつに従う必要はねえ。気に入らねえなら知らんぷりしろ」

(アウグストゥス)「お前! 何をする!」

(沖田)「だいたい策略を俺たちどころかナツメにも話さないって態度が気に入らねえ。びっくりしちまうだろ? 礼儀が成ってねえ!」

 沖田さんが起き上がるアウグストゥスさんの顔面に追い打ちの蹴りを見舞う!

(アウグストゥス)「お前ら! 俺がお前たちのため! ナツメのために動いていると分かっているのか!」

 壁までけっ飛ばされてなお起き上がるアウグストゥスさん。

(トルバノーネ最高司令官)「だったらもっと俺たちに! せめてナツメに礼儀を見せろ!」

 さらに追い打ちの拳を顔面に叩き込んでアウグストゥスさんを隣の部屋へ叩きだすトルバノーネさん。

(トルバノーネ最高司令官)「行こうぜ。風呂でも入ってさっぱりして、飯食って今日は寝よう」

(沖田)「たく、アウグストゥスが居なくなると今度はお前が仕切るのかよ」

 沖田さんが呆れるとトルバノーネさんは鼻で笑う。

(トルバノーネ最高司令官)「こいつは俺の女だ。当然だろ?」

 ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。

(沖田)「そいつは男だぜ?」

(トルバノーネ最高司令官)「そうは見えねえだろ?」

(沖田)「そうなんだよな……風呂入って確かめてみるか?」

(トルバノーネ最高司令官)「女のくせに女に興味があるのか?」

(沖田)「前は男だった。それに、俺はそいつに惚れちまった」

(トルバノーネ最高司令官)「マジで言ってんのか?」

(沖田)「マジだよ」

 沖田さんがニッコリ笑うとトルバノーネさんは大きく肩を落とす。

(トルバノーネ最高司令官)「じゃあ、どっちがいい男か、ナツメに判断してもらわないとな」

(沖田)「体清めて、酒を用意して、布団用意して、ちっとお見合いして見るか」

(トルバノーネ最高司令官)「ちっと図々しくねえか? 先に唾付けたのは俺だぜ?」

(沖田)「女心ってのは気が変わるもんだろ?」

(トルバノーネ最高司令官)「全く! 勝手な奴だ!」

(ナツメ)「勝手なのはあなたたちです! 僕は男です!」

 トルバノーネさんと沖田さんが顔をしかめる。

(トルバノーネ最高司令官)「嘘つくなよ? そんなに俺が嫌いか?」

(沖田)「一緒に風呂入って、思いをぶちまけたのにそれは無いだろ?」

(ナツメ)「何で僕が責められているの?」

 沖田さんとトルバノーネさんに脇を抱え込まれながら連れて行かれる!

(ブルーネ王)「ちょ、ちょっと待ってくれ! まだ話は済んでおらん! せめて私がどうすればいいのか聞かせてくれ! 大神ナツメ!」

(トルバノーネ最高司令官)「アウグストゥスとお話しして考えな」

 トルバノーネさんはそっけなく答える。ブルーネさんは土下座する。

(ブルーネ王)「お前たちが不快に思ったことは謝る! だがあれは近衛兵たちが勝手にやったことだ! 私は関与していない!」

(トルバノーネ最高司令官)「そんな国家に俺たちが従うか?」

 トルバノーネさんは僕の頭を撫でる。何でいつもいつも撫でられているんだろう? それが心地よいと思ってしまうからなのだろうか?

(トルバノーネ最高司令官)「俺の王はナツメだ。こいつが、真の王様だ。証拠なんて関係ない。こいつが王様と聞いて、すんなり納得できた。それがナツメに従う理由だ。だから俺はもうお前に興味はない。勝手に、アウグストゥスとおままごとでもしていろ」

 トルバノーネさんにグッと背中を押される。一緒に外へ出ようという意思表示だ。

 だけど、僕は一人で頭を抱えるブルーネさんを放っておけなかった。

(ナツメ)「アウグストゥスさん! 僕はあなたに従う! だからブルーネさんに僕の力を分ける! だから、ブルーネさんを虐めないでください。もう気は済んだでしょう?」

(アウグストゥス)「お前は信用できるのか? お前を半殺しにした。それどころか、俺たちは冷遇された。ジャンヌ、沖田、ハンニバル? 信用できるか?」

 パラパラと壁に空いた大穴から、埃を払いながらアウグストゥスが咳き込みながら現れる。

(沖田)「信用するもくそもナツメは俺たちの大将だ。お前も認めただろ? なら何も言うことはねえ」

(ジャンヌ)「ナツメはあなたと違い、優しく、相手を思いやれる素晴らしいクリスチャンです。そして真の神の啓示を受けました。ならば何も言いません。私はただ、ナツメを通して伝えられる神の言葉に従うだけです」

(ハンニバル)「納得するもくそも、俺は政治に愛想が尽きている。正直お前の話に付いて行けない。軍師は軍の事だけ、戦の事だけ考えたい。そしてトルバノーネたちが居ないと軍は居ない。だから、ナツメの言葉に従う」

(アウグストゥス)「そうか。ならナツメ! お前はどうなんだ!」

 喧しい声を聞くと機嫌が悪くなる。だけど一度深呼吸して己の考えを整理する。

(ナツメ)「僕たちの目的は黒き者どもをこの世界から排除することだ。そのためにはブルーネさんの力が必要だ。あなたの言う通りだ! だから許すとか許されるとかいう話じゃありません!」

(アウグストゥス)「お前はエーテル国の近衛兵に何度も殺された! 助けがあって生きているが殺されたんだぞ! それすらも飲み込めるのか!」

(ナツメ)「飲み込みます! それにもう当事者は死にました! 僕を慕ってくれている人も沢山居ます! 僕は! その人たちのために行動するべきです!」

 ポンポンとトルバノーネさんが頭を撫でてくる。

 何だか、変な気持ちだ。

(トルバノーネ最高司令官)「話は決まったようだな。あとはお前だけだ、アウグストゥス! お前は、ブルーネの手足があっても! ナツメに従えるのか?」

 トルバノーネさんが言うとアウグストゥスさんは不機嫌そうに鼻を鳴らし、玉座から出て行く。

(アウグストゥス)「お前らがそういうんだったら良いよ! 全く! お前らのことを思ってこいつの手足をもいでやろうと思ったのにこの様か? 俺はもう寝る! 後は勝手にやってろ!」

 アウグストゥスさんは捨て台詞を残して、玉座から出て行った。

(ハンニバル)「俺も、政治には興味がないし、決定権も無い。お邪魔させていただく」

 ハンニバルさんも出て行った。

(ブルーネ王)「それで、その、ナツメ?」

 ブルーネさんがおずおずと聞くとトルバノーネさんの眼光が光る。

(トルバノーネ最高司令官)「お前もお前で礼儀が成ってねえぞ? ナツメが許しても、せめて礼儀は示せ。それがお前の立場だ!」

 ブルーネさんはトルバノーネさんに睨まれると、言葉を飲んで跪く。

(ブルーネ王)「私は、あなたに従う。だから、私たちを助けてくれ!」

 その姿が痛々しい。

(ナツメ)「顔を上げてください。僕はあなたに不幸になって欲しくない」

 ブルーネさんは顔を輝かせる。

(ブルーネ王)「ほ、本当に良いのですか?」

(ナツメ)「良いんです。僕なんて形だけですから。それよりも、アウグストゥスさんの言葉はどう思います?」

 ブルーネさんが口を噤む。

(ブルーネ王)「その、どう思うと言いましても、それは私の独り言ですので」

 ブルーネさんは言葉を選びながら言う。

 それがとても嫌だった。

(ナツメ)「僕は嫌です。だって、ブルーネさんたちのことを思っていない。打算とかあると思いますが、僕は全然理解できない。だから正直、どうでもいいんです! だから本当ならダメだって言いたい! でも僕は、アウグストゥスさんの言葉を否定できない。だから否定する口実を作りたい! 作って、もっといい世界を作りたい」

(ブルーネ王)「良い世界ですか?」

(ナツメ)「だってこのままだと、アウグストゥスさんの独裁国家でしょ? 嫌だよ! そんな国! でも僕はアウグストゥスさんと約束した。そしてその言葉は絶対だ。アウグストゥスさんの言葉に反論できないから。だから、その理由が欲しい」

 僕は正直に思いを伝えた。だけどブルーネさんは口を噤み、首を振る。

(ブルーネ王)「残念ですが、理屈だけなら、アウグストゥスの言葉を翻せません。少なくとも、弱小の私では」

(ナツメ)「ブルーネさん?」

 ブルーネさんが土下座し、頭を床に付ける。

(ブルーネ王)「あの男から私をお救いください! 何でもします! あなた様に忠誠を誓う! 私はあなた様を王と認めます! だから、あの悪魔から! お救いください!」

(ナツメ)「ブルーネさん! 頭を上げてください!」

(ブルーネ王)「上げられません! 分かってください! 私は! もうあの男に抗う力はない! だから! あなた様の力が必要なのです!」

 正直言って、ブルーネさんが頭を垂れて、がっかりしてしまった。

 このままだと僕が王様にならないといけない?

 逃げたくないけど、王様になってどうする? 何をすればいい?

(ナツメ)「結局、アウグストゥスさんの力が必要なのか?」

(トルバノーネ最高司令官)「心配するな。俺たちがお前を守る。あいつがくそ野郎なら俺たちが殺す」

 トルバノーネさんが頭を撫でると、沖田さんが抱き付いてくる!

(沖田)「心配するなよ! お前にはもう味方が居る。俺たちが居る。なら遠慮せずアウグストゥスを利用してやれ。たとえ飲み込まれたとしても、俺たちが何とかするからよ」

(ジャンヌ)「結局、私たちはあいつの手の平。ですが、あなたには抗う力があります。あいつの首を落とす力があります。なら、そう怖がらなくてもいいです」

 ジャンヌさんも、ふっくらと笑った。

 こんなに心配されている。こんなに迷惑をかけている。

(ナツメ)「王様……この中で一番理解しているのは、アウグストゥスさんとブルーネさん。ところがブルーネさんは王様の職務を全うできなかった。全部、アウグストゥスさんの手の平。でも、助けてくれる人が居る」

 正直に言うと、覚悟を決めきれない。何せ、あの稀代の政治家であり、英雄であるアウグストゥスさんと張り合うなど。だけど、その必要がある。何より、そう思ってくるトルバノーネさんに、沖田さん、ジャンヌさんが居る!

(ナツメ)「分かりました。ならば、アウグストゥスさんの新生ローマ帝国の建国を認めましょう。ただし、ブルーネさんたちも議員となって」

(ブルーネ王)「議員?」

(ナツメ)「アウグストゥスさんはローマ帝国を作った時に議会制を否定せずに皇帝となった。だからあなたたちがアウグストゥスさんに嫌だと言える立場を作っても文句は言わない。そして言わせない! それが今できる僕の意地だ!」

(ブルーネ王)「大神様、私を買いかぶりすぎです。それどころか、貴族たちも」

 僕は何も言えない。元気づけることも。

(ブルーネ王)「エーテル国は、アウグストゥスに勝てない。もう、国として機能しない。私が何を言っても無駄だ。貴族たちは私に愛想を尽かしている。それ以上に、国民は私たちに愛想を尽かしている。もはや権威も何もない」

(ナツメ)「だったら! 復活させてください! 信用を取り戻してください! じゃないと僕たちはアウグストゥスさんを止められない!」

 跪くブルーネさんの体を起こす。

(ナツメ)「僕たちは! アウグストゥスさんの力が必要だ! でも必要以上の助力は必要ない! その時! 止められるのはあなただ! あなたが居ないとダメなんだ!」

(ブルーネ王)「私が?」

(ナツメ)「アウグストゥスさんはあなたに生きてもらわないとダメと言った! だからそれを利用してください! 僕も僕の力が必要と言われたから利用します! 一緒に頑張りましょう!」

 ブルーネさんは顔を逸らす。

 自信の喪失、己では何もできないと理解している姿。

 僕と同じだった。

 ブルーネさんは、僕と同じだった。だから、あんなことをした。

 すべて理解した。理解してしまった。

 僕はもう、ブルーネさんを悪く言えなかった。そしてきっと、他の人たちも。

 皆も、ブルーネさんと同じだった。

 前にトルバノーネさんも言ってくれた。

 結局、政治とか難しいことを考える事よりも、神様の力という言葉の方が、簡単で強力なんだ。

(ナツメ)「お願いです! 僕の力が必要なら上げます! 何でも言ってください! だから、僕に力を貸してください! その分、助けます! だから! お願いです!」

 ブルーネさんと貴族たちの力が必要だ。助けが必要だ。仲間が必要だ。

 僕と同じく弱い者を仲間にしたい。卑しい気持ちだろうか?

 でも、同じように困っている人を見逃せない!

(トルバノーネ最高司令官)「もう俺はお前を許した。ナツメが許すと言っているんだ。だから、返答位はっきりしろ」

 トルバノーネさんが強く言うと、ブルーネさんは再び土下座した。

(ブルーネ王)「あなた様を王と認めます! 私は新生ローマ帝国の建国を認めます! 私は! あなたの力になりたい!」


(ハンニバル)「ずい分と嬉しそうだな?」

(アウグストゥス)「ブルーネがナツメに下ったからな」

 アウグストゥスの自室で、ソファーで隣り合うハンニバルとアウグストゥスが笑う。

(ハンニバル)「すべて計算済みか?」

(アウグストゥス)「と言うより、こうしないと奴らは動かない。特にナツメがダメだ。どうしても、世界の王になる覚悟がない」

(ハンニバル)「お前が王になればいいだけだと思うがな?」

 ハンニバルがアウグストゥスのグラスにワインを注ぐと、アウグストゥスは楽しそうにワインを揺らす。血のように赤いワインに太陽の光が差し込むと、それはルビーの様に輝く。

(アウグストゥス)「そんな人望俺にはないってことさ」

 アウグストゥスはハンニバルのワイングラスにワインを注ぎ返す。

(ハンニバル)「ともあれ、これでお前の下地は整ったか?」

(アウグストゥス)「やることはまだたくさんある。あいつらでは処理し切れない政治的な思惑が。だから、ナツメが処理するための下ごしらえが必要だ」

 ハンニバルがワインを一気飲みすると、アウグストゥスも一気飲みする。

(アウグストゥス)「まあ、それらはすぐに済む。それ以上に、お前が私に共感することが驚きだ」

(ハンニバル)「俺は戦馬鹿だ。そしてナツメは優しすぎる。正直、俺を使いこなすのは無理だ。だから、お前の方が良い」

(アウグストゥス)「優しいのではない、臆病だ。俺があれだけブルーネを責めなかったら、ナツメはブルーネに近寄りもしなかった。俺があれだけ責めたから、ブルーネを受け入れる覚悟が出来た。長所である優しさをようやく発揮できた。奴は自分より弱い奴にしか手を差し伸べられない、臆病者だ」

 アウグストゥスはため息を吐くと手酌でワインを注ぐ。

(アウグストゥス)「だから、俺はあいつに理解させた。ブルーネたちがどれほど弱いのか」

(ハンニバル)「理解し切れないが、頼もしいよ」

 ハンニバルも手酌でワインを注ぎ、アウグストゥスが飲むと同時にワインを飲み干す。

(アウグストゥス)「一番大きな問題は、隣国の新生ドイツ帝国および、そいつとドンパチお祭りを楽しんでいる新生ソビエト連邦だ。俺一人の力で新生ローマ帝国を建国しても、頭痛の種は消えない。ナツメ以外には消せない。この大陸の支配者以外に消し去る術はない。それまでにナツメを強くしなくてはいけない」

(ハンニバル)「色々と大変だな」

(アウグストゥス)「他人事だと思いやがって」

 アウグストゥスとハンニバルは笑い合いながら互いのワイングラスにワインを注いだ。


 三日後、エーテル城の客間で貴族たちが集まる。

 その中にナツメが居た。

 そしてナツメは貴族たちが集まり切ると、事情を話した。

(ナツメ)「僕は、皆様と一緒に歩むつもりです。ですから、どうか、助けてください」

 ナツメが頭を下げるとブルーネも頭を下げる。

(ブルーネ王)「どうか、大神様を助けてください」

 ブルーネ王改めブルーネまでも頭を下げると、貴族たちは困惑の表情を浮かべた。

(ナツメ)「皆様に僕の力を分けます! ですから仲間になってください!」

 ナツメの言葉を合図に、トルバノーネたちが次々に貴族たちの前に、エリクサーやジャンヌの作った十字架、剣、盾、銃を置いて行く。

(ブルーネ)「私も玉座から引く。だから! アウグストゥスから大神様を守ってくれ!」

 ブルーネの言葉を聞くと貴族は渋い顔をした。

(ナツメ)「お願いします!」

 だがナツメが頭を下げると、ついに貴族たちも頭を下げた。

(貴族)「私の領地で起きている暴動を止めます。それをあなたの忠誠の証とさせてください」

 貴族たちが一斉に言った。

 その日、エーテル国は解体し、新生ローマ帝国が建国した。

 そして同時に、敵対勢力の数は十分の一以下までに減った。

(ハンニバル)「これで、今もなお牙を向く奴らには存分に剣が振り下ろせるな」

(アウグストゥス)「期待しているよ、ハンニバル」

 その様子を二人はホッとした様に見ていた。

(トルバノーネ最高司令官)「さあ! 分からず屋どもの尻を引っぱたきに行くか!」

 その日のうちに敵対勢力への徹底的な弾圧が始まった。

 パトロンである貴族たちの助力どころか、貴族たちに手の平を返された敵対勢力はたちまちに鎮圧された。


(アウグストゥス)「ことが済んだら、ナツメにブルーネの娘と結婚させるか」

 ハンニバルと一緒に報告書を見ていたアウグストゥスは、一言、何気なく言うと、自室へ戻る。

(ハンニバル)「また一波乱あるなこりゃ」

 ハンニバルはため息を吐きつつも、報告書のページをめくるたびに笑顔となる。

(ハンニバル)「敵対勢力無し! 最高!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ