エーテル国軍で雑用の日々(8/10)
ようやく、仲直り
(トルバノーネ最高司令官)「ど、どうしたナツメ?」
僕がキスをするとトルバノーネさんは目をパチパチさせる。
(ナツメ)「また会えて、嬉しくって」
目が潤む。まだやり直せる。
1月後では手遅れになる。でもここでハンニバルさんとトルバノーネさんを和解させれば大丈夫!
(トルバノーネ最高司令官)「変な奴だ」
トルバノーネさんは僕の頭をポンポン叩くとはにかむ。
(トルバノーネ最高司令官)「とにかく行こう。ハンニバルに共闘の申し出をしなくちゃならねえ」
(ナツメ)「分かってる。でもその前に約束して」
(トルバノーネ最高司令官)「何を?」
(ナツメ)「僕が絶対にハンニバルさんを説得する! だから絶対に怒らないで!」
トルバノーネさんが何か言う前にじっと目を見つめて覚悟を示す。
トルバノーネさんなら分かってくれる。
トルバノーネさんと一緒に暮らして、駐屯地で暮らして分かったことは、兵士も、隊長も、トルバノーネさんも皆必死だ。
だから分かってくれる! 何よりトルバノーネさんは、単純であまり物事を考えないし好き嫌いというか野菜が大っ嫌いで意外と人見知りするから所見の相手なんて門前払いしちゃうようなシャイな人だけど、その分信用した相手はとことん信用する! 僕の気持ちを分かってくれる!
(トルバノーネ最高司令官)「ナツメ……」
(ナツメ)「お願い分かって! このままだと無駄死にしちゃう! ハンニバルさんの強力を得ないと死地に向かうことすらできずに殺されちゃう!」
トルバノーネさんが大きくため息を吐くと、僕の体は震えた。
(トルバノーネ最高司令官)「分かった分かった! そんなに怯えるなよ」
トルバノーネさんは大笑いしながら頭をポンポン叩く。
(ナツメ)「信用してくれる?」
(トルバノーネ最高司令官)「お前は俺が信用できないか?」
(ナツメ)「そういう訳じゃないけど」
(トルバノーネ最高司令官)「なら決まりだ! ただ、未来で何があったのかは教えてくれ」
(ナツメ)「未来! 分かるの!」
(トルバノーネ最高司令官)「今までの奴らと同じ反応したからな」
(ナツメ)「今までの?」
(トルバノーネ最高司令官)「突然家に押しかけて、良く分からないことを喋ったり、一緒に暮らしてたけど突然喚きだしたり。話すことは全部未来の出来事だった」
(ナツメ)「そんなことがあったの!」
(トルバノーネ最高司令官)「ここはお前と同じ能力を持つ奴がたくさん来る。だから分かる」
(ナツメ)「じゃあ、その」
(トルバノーネ最高司令官)「安心しろ! だから話してみろ。信用するかしないかは俺が決める」
澄んだ、でも冷たく、力強い目を見て脱力する。
(ナツメ)「トルバノーネさんは結構冷たいね。普通だったら無条件で信用するよ?」
その対応で安心した。
トルバノーネさんは僕の真意を知りたがっている。
無条件で信じられないと僕に言ってくれている。
僕を信用したいからこその言葉だ。
(トルバノーネ最高司令官)「お前は良い女だ! 俺がこう言ったら大概の奴らが喚き散らすのに」
(ナツメ)「そんな暇はないの! とにかくハンニバルさんの機嫌を損ねちゃダメ!」
(トルバノーネ最高司令官)「分かった。おい! ハンニバルたちに伝えろ! あと数十分遅れる! それまで朝飯でも食ってろとな!」
トルバノーネさんがベッドに座ると、僕は未来の出来事を話した。
(トルバノーネ最高司令官)「なるほど。俺は死んだか。覚悟していたが、無意味に。屈辱だ」
(ナツメ)「トルバノーネさん」
気を落とさないで、と言う前に、ギュッと抱きしめられる。
(トルバノーネ最高司令官)「辛い思いをさせちまったな」
目じりをグッと拭われるとさらに涙が溢れる。
(ナツメ)「そうだよ……もう無茶はしないでね?」
ギュッと抱きしめ返す。
(トルバノーネ最高司令官)「分かってる」
またギュッと抱きしめ返される。
すっきりと泣きはらしたトルバノーネさんの顔は、最高にカッコよかった。
(ナツメ)「信じてくれるんだね?」
(トルバノーネ最高司令官)「当たり前だ。お前が一生懸命なのは俺が一番知ってる。そんなお前が嘘なんて言うか」
綺麗な唇がフレンチキスをしようと迫る。
それをさっと避ける。
(トルバノーネ最高司令官)「お前今の雰囲気は避けるところじゃないだろ!」
(ナツメ)「女の子だったら未だしも男同士だと余程気分が盛り上がってないとダメなの!」
(トルバノーネ最高司令官)「何言ってんだお前?」
(ナツメ)「良いから行こう! ハンニバルさんたちが待ってる!」
トルバノーネさんの手を引いて、ハンニバルさんたちが待つ客間へ走った。
(アウグストゥス)「ナツメ。お前は気が狂っているのか? それとも正気か?」
客間へ着くなり、アウグストゥスさんが開口一番に言った。
(ナツメ)「心が読めるなら分かるでしょう。事実です」
(アウグストゥス)「タイムスリップ? 死に戻り? 信じられないが俺が言えた義理でも無いか」
(ハンニバル)「何を言っている?」
肩を落とすアウグストゥスさんと引き換えに、蚊帳の外に置かれるハンニバルさんは苛立ち、顔をしかめる。
(アウグストゥス)「このまま進むと俺たちは黒き者どもに殺されるってことだ」
(ハンニバル)「黒き者どもだと! お前は何を言っている!」
(アウグストゥス)「てめえの策は間違いだったんだ! 俺たちはトルバノーネと手を組む必要がある! 説得は後でたっぷりしてやるから今は黙っていろ!」
アウグストゥスさんはハンニバルさんを押しのけてトルバノーネさんの前に立つと深々と頭を下げる。
(アウグストゥス)「連絡もせずに突然訪問する無礼、許してくれ」
トルバノーネさんの顔がしかむ。
(トルバノーネ最高司令官)「まあ、良いってことよ。それで、何の用だ?」
(アウグストゥス)「君たちに謝罪をするためだ」
(トルバノーネ最高司令官)「何だと?」
(アウグストゥス)「初めは君たちを止めに来た。だがそれは間違っていた。だから謝る。それに、私たちは君たちに力を示すという名目で能力を使った。それで君たちがどれほど気分を害するか考えずに。許してくれ」
トルバノーネさんの顔が歪む。
(トルバノーネ最高司令官)「気分を害する? つまりてめえは俺たちを下に見ていた? そうだな?」
(アウグストゥス)「その通りだ。弁明の使用も無い」
トルバノーネさんはアウグストゥスの肩を叩く。
(トルバノーネ最高司令官)「顔を上げてくれ」
アウグストゥスさんが顔を上げると続けてトルバノーネさんが頭を下げる。
(トルバノーネ最高司令官)「俺も謝る。悪かった。元々あなたたちに非はねえことなど分かってる。なのに俺たちは冷遇した。八つ当たりだ。気分を害するのも当然だ。この通り、許してくれ」
アウグストゥスさんが笑う。
(アウグストゥス)「一発ぶん殴ってくれ。それで全部チャラにしてくれ」
僕たちが目を丸くするけどアウグストゥスさんは続ける。
(アウグストゥス)「私が望むのは恒久的な協力だ。もはや私たち異世界人の能力では奴らに勝てない。だからこそ団結するべきだ。だが私たちの間には深く、暗く、先の見えない谷が出来ている。なぜなら私たちも、君たちも、互いに信用し切っていないからだ。その理由は積み重なる憎しみと怒り。私たちは互いに、理由も無く憎み合い、理由も無く怒り合う。本来ならばそれは全く無関係なのに。だからこそ清算しなくてはならない。今日こそ、協力し合う時と。だからこそ殴れ。そして信じてくれ。この私の言葉が嘘でないことを」
トルバノーネさんが頭を摩りながら笑う。
(トルバノーネ最高司令官)「心が読めると聞いていたが、本当に心が読めるんだな」
(アウグストゥス)「誤解しないでもらいたいが、これは心を読んだからしたのではない。私の誠意の形だ」
トルバノーネさんとアウグストゥスさんが睨み合う。
トルバノーネさんの伸長とアウグストゥスさんの身長の差は二十センチくらいある。トルバノーネさんが頑強な肉体と目つきで睨み見下ろす。そしてアウグストゥスさんは怯まずに睨み返す。
意地と意地のぶつかり合いだ。
互いに、己こそ正しいと思っている。
そして、だからこそ理解し合いたいと思っている。
だからこそ、トルバノーネさんが頭を下げたことは必然だったのかもしれない。
(トルバノーネ最高司令官)「済まなかった。俺を許してくれ」
アウグストゥスさんは、心が読めるというのに、少なからず驚いたように顔を弛緩させた。
(トルバノーネ最高司令官)「本当なら、俺たちが謝るべきだった。お前たちに協力してくれと。なのにできなかった」
トルバノーネさんは顔を上げると拳を握りしめる。
(トルバノーネ最高司令官)「俺たちはお前たちの能力に嫉妬していた! お前たちが居れば俺たちは必要ない! その事実が嫌だった!」
アウグストゥスさんはトルバノーネさんの肩を叩く。
(アウグストゥス)「恥知らずであり、無礼なことだが、私たちもそう思っていた。ハンニバルも私も沖田もジャンヌも。だがそれは間違いだった。許してくれ」
(トルバノーネ最高司令官)「許す! だからこそお前たちも許せ! 今日で憎しみも見栄も屑も臆病も捨て去る!」
それ以上の言葉は要らなかった。
アウグストゥスさんはトルバノーネさんの前で拳を握る。
(アウグストゥス)「まずはトルバノーネ、君からだ」
トルバノーネさんは答える様に拳を握る。
(トルバノーネ最高司令官)「これで終わり。だからこそ! 覚悟は良いな? アウグストゥス!」
仁王立ちするアウグストゥスさんは、静かに微笑む。
(アウグストゥス)「そっちが良ければな」
トルバノーネさんは思いっきり、まるでバレーのスパイクを打つように体と拳を引くと、全力で体ごと拳をアウグストゥスさんの顔面に叩きつけた。
テーブルがひっくり返り、食器棚もひっくり返り、酒と食器と食事が宙を舞う。
そしてガシャンとアウグストゥスさんの顔面が窓ガラスを突き破った。
(アウグストゥス)「きつい一発だ。俺じゃなかったら死んでいたぞ?」
アウグストゥスさんは窓ガラスから顔面を引き抜くと滴る血を拭いながら笑う。
(アウグストゥス)「今度はこっちの番だな?」
(トルバノーネ最高司令官)「思いっきり来い。俺は殺すつもりで殴った。だからこそ、殺すつもりで来い」
トルバノーネさんがニッコリと、気持ちよく微笑み、仁王立ちする。
(アウグストゥス)「分かってるさ」
アウグストゥスさんは全力で助走をつけてから、トルバノーネさんの顔面にパンチを打ち込む。
トルバノーネさんの体がドアを突き破った。
(トルバノーネ最高司令官)「てめえ最後の最後で拳の握りを緩めたな!」
そしてなぜか切れた。
(アウグストゥス)「君を死なせたくなかっただけだ」
(トルバノーネ最高司令官)「てめえそれじゃあ殺す気で殴った俺がバカ見てえだろ!」
(アウグストゥス)「うるせえなバーカ! バーカ! てめえなんぞがこの初代皇帝アウグストゥス様に勝てると思うな!」
(トルバノーネ最高司令官)「くそったれが! 表出ろ! 今度はタイマンで決着付ける!」
(アウグストゥス)「ヤッバ! 負け犬の遠吠えヤバ! うるさすぎ! おら! 靴舐めさせてやるから静かにしろ」
(トルバノーネ最高司令官)「てめえ! 殺してやる!」
(ナツメ)「ちょっとタンマちょっとタンマ! ストップ! タイム! 何でいきなり殺伐とするの! これまでの流れなら熱い拳で語り合って夕日の土手で友情を確かめ合う時でしょ!」
(ハンニバル)「そんなことよりてめえら! 今の俺の形を見てよくぞ無視できるな!」
僕たちはハンニバルさんに言われてハンニバルさんに顔を向ける。
朝食の目玉焼きがハンニバルさんの顔面に張り付いていた。
(アウグストゥス)「ちょ、ちょっと待て! てめえ! 目玉親父かよ! か、体張ってんな!」
(トルバノーネ最高司令官)「わ、笑わせてくれるぜ! まさか親睦の証に笑わせてくるとは! 俺みたいな馬鹿でもできねえ!」
(ハンニバル)「てめえら!」
(アウグストゥス)「さて、おふざけも済んだし、そろそろ本題に入ろう。ふざけたハンニバルは放っておいて、な?」
(トルバノーネ最高司令官)「分かってる。しかし、次に喧嘩するときは覚悟しろよ?」
(アウグストゥス)「まあ、そうならないように努力させてもらおう」
アウグストゥスさんたちは迷いなく客間から出て行った。
(ハンニバル)「ナツメ! さっさと取れ!」
(ナツメ)「は、はい!」
急いで目玉焼きに手をかける。
どう見ても目玉親父だよこれ。
(ナツメ)「ぷっ!」
(ハンニバル)「さっさと取れ!」
(トルバノーネ最高司令官)「皆、良く集まってくれた」
訓練場に総勢1000人の兵士が並ぶ中、トルバノーネさんは言う。
(トルバノーネ最高司令官)「ここで重大な発表がある。今日、アウグストゥス、率いてハンニバルらと共闘することが決まった」
兵士たちに動揺が走る。黒き者どもと戦うと発表した時よりも強い動揺だった。
(エーテル国軍防衛隊1番隊隊長ブラッド)「なぜですか! そんな奴ら居なくても俺たちで十分だ!」
エーテル国軍防衛隊1番隊隊長ブラッドさんが一歩踏み出て不満を口にする。
(トルバノーネ最高司令官)「ナツメが未来を見てきたが、それでは俺たちは無駄死にする。それはできない。だからハンニバルたちと組む」
(エーテル国軍防衛隊1番隊隊長ブラッド)「ナツメ? あの異世界人を信用するんですか! 今までもそんな戯言を言う奴等たくさん居た!」
(トルバノーネ最高司令官)「分かっている。ナツメ、ここに居る兵士全員の名前を読み上げろ」
(ナツメ)「え? 良いですけどそんなことで良いんですか?」
(トルバノーネ最高司令官)「良いんだ」
(ナツメ)「じゃあ、トルバノーネさんの前に居る人から順々に
トルバノーネさんの前に居る人がエーテル国軍防衛隊1番隊隊長ブラッドさん
その右隣に居る人がエーテル国軍切り込み隊1番隊隊長ベルエルさん
左隣はエーテル国軍歩兵部隊1番隊隊長コールさん
そして右から左に、エーテル国軍狙撃部隊1番隊隊長ベネットさん
エーテル国軍白兵戦部隊1番隊隊長マースさん
エーテル国軍汎用部隊1番隊隊長ルビーさん
エーテル国軍防御部隊1番隊隊長エーラさん
エーテル国軍輸送部隊1番隊隊長メールさん
エーテル国軍炊事係1番隊隊長ベッキーさん
エーテル国軍諜報部隊1番隊隊長オールさん」
トルバノーネさんたち直属の兵士から順に名前と階級を読み上げる。
(トルバノーネ最高司令官)「もういい。良く言った」
(ナツメ)「あと十人だから全部言わせてよ」
トルバノーネさんに止められたけどあと少しだったので残り十人の名前を読み上げる。
そして読み切るとスッキリした。
(ナツメ)「ところで、何で名前読み上げたんでしたっけ?」
(トルバノーネ最高司令官)「良いんだ。良くやった」
トルバノーネさんは頭をポンポン叩くと皆に言う。
(トルバノーネ最高司令官)「この中で名前を言われなかった奴は言ってみろ」
兵士たちは周りをキョロキョロするけど手を上げない。
そりゃ全員の名前を読み上げたから当然だ。
(トルバノーネ最高司令官)「今までの異世界人で、ナツメの様に俺たちの名前一人残さず覚えた奴は居るか?」
誰も声を上げない。ブラッドさんも拳を震わせるけど異を唱えない。
(トルバノーネ最高司令官)「ナツメは俺たちが死んだときの隊列、死の行軍をつぶさに語ってくれた。奇しくもそれは、俺が特攻を仕掛けようとしたときの隊列と酷似している。これでもこいつの言うことが信じられないか?」
誰も異を唱えなかった。何も言えなかった。
皆、ただただ体を震わせていた。
(トルバノーネ最高司令官)「皆分かったようだな。それでは、次の話に移る」
(エーテル国軍防衛隊1番隊隊長ブラッド)「待ってください! 俺は認めない!」
(エーテル国軍切り込み隊1番隊隊長ベルエル)「そうだ! 何で俺たちが異世界人の下に!」
(トルバノーネ最高司令官)「文句があるのか?」
(エーテル国軍防衛隊1番隊隊長ブラッド)「あるに決まってる!」
ブラッドさんは剣を抜くと切っ先をトルバノーネさんに向ける。
(エーテル国軍防衛隊1番隊隊長ブラッド)「俺たちはあなたについてきた! あなたが異世界人は敵だと言ったから敵対した! あなたがハヌーンに従えと言ったからあの作戦に賛同した! あなたがハヌーンを殺したハンニバルを信用するなと言ったから信用しなかった! なのに今度は信用しろ? 俺たちを舐めるな!」
兵士たちが一斉に剣を抜くと場の緊張が高まる。
(トルバノーネ最高司令官)「本当に、すまない」
トルバノーネさんが頭を下げるとどよめきに包まれる。
(エーテル国軍防衛隊1番隊隊長ブラッド)「頭を下げたくらいで許せるか! 俺たちは! あんたを信用してここまで来たんだ!」
ブラッドさんが叫ぶとトルバノーネさんは切っ先まで近づく。
(トルバノーネ最高司令官)「なら刺せ」
そしてブラッドさんが構える切っ先に喉をくっつける。
(トルバノーネ最高司令官)「剣を引くな!」
ブラッドさんがびくりと剣を引こうとしたけど、トルバノーネさんの一声で止まる。
皆、トルバノーネさんにくぎ付けだった。
皆恐れていた。トルバノーネさんが死ぬことを。
だからこそ、トルバノーネさんが何の躊躇いも無く切っ先を首に沈めることを嫌った。
皆剣を納めたかったに違いない。もしもトルバノーネさんが剣を仕舞えと言えば皆躊躇いなく仕舞う。
仕舞いたい。
そんな空気がありありと漂っていた。
(トルバノーネ最高司令官)「お前たち、俺を切り付けろ」
皆息を飲んだ。
(トルバノーネ最高司令官)「それでこの話は終わりだ!」
トルバノーネさんの怒号に、駐屯地全体が震えた。
(エーテル国軍防衛隊1番隊隊長ブラッド)「嫌だ!」
ブラッドさんは剣を引くと構える。今度は完全なる攻撃体勢、先ほどのようなこけおどしではなく、相手を叩き伏せる本気の構えだ。
(エーテル国軍防衛隊1番隊隊長ブラッド)「トルバノーネ最高司令官! あなたも剣を抜いてください! そして私たちを倒してください! もしも倒せないなら私たちはあなたを殺す! そして何時もの様に叩きのめされたら! あなたを最高司令官と認める! あなたと命令に従う!」
兵士たちはブラッドさんの言葉に従うように、剣を構える。
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「トルバノーネ!」
顔面をボコボコに腫らしたキールさんが剣をトルバノーネさんに投げて寄こす。
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「英雄、トルバノーネの名を見せてくれよ!」
トルバノーネさんはスラリと剣を抜くと、少しだけ微笑み、構える。
(トルバノーネ最高司令官)「来い! 俺の覚悟! 見せてやる!」
ブラッドさんたちは少しだけニヤリと、楽しそうに笑うと、雄たけびを上げて突撃した。
(エーテル国軍炊事係隊長ベール)「心配いりません。何時もの事です」
僕がオロオロしていると、顔をベコベコに腫らしたベールさんが肩を叩く。
(エーテル国軍切り込み隊隊長ザック)「ハッハッハ! ようやく復活したな!」
(エーテル国軍汎用部隊隊長コスト)「ちょっと遅すぎですね」
(エーテル国軍狙撃部隊隊長ウォル)「まあ、いいじゃねえか。ハヌーンとあいつは親友同士だ」
(エーテル国軍防御部隊隊長アール)「ショックなのは十分理解できます」
(エーテル国軍諜報部隊隊長ニッキー)「何にせよ、これでエーテル国軍、いや、トルバノーネ隊の復活だな」
(エーテル国軍白兵戦部隊隊長バーリ)「全く、ハヌーンじゃなくてあいつが軍師になってりゃ勝てたのによ」
(エーテル国軍輸送部隊長マール)「トルバノーネが軍師だと皆あいつにつられて突撃しますからね。あの時はハヌーンで正解でしょう」
エーテル国軍最高幹部が笑い合う。皆、ブラッドさんの様にトルバノーネさんに反発し、ボコボコにされた。楽しそうに。
(エーテル国軍炊事係隊長ベール)「ナツメ。あなたは知らないと思いますが、元々エーテル国軍はならず者ばかりの血の気の多い軍でした。それをまとめ上げたのは、他ならぬトルバノーネです。ハヌーンが最高司令官となりましたが、実のところ凄く不満を上げる兵士が多かった。だからこそ、ハヌーンは戦果を焦り、あんなことになってしまったのでしょう。トルバノーネ以上の功績を上げて、兵士を認めさせるために」
ベールさんの言葉にキールさんも頷く。
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「元々黒き者どもには正面からぶつかり合うしかねえってのが最終的な判断だった。だがハヌーンはそれを拒絶し、包囲殲滅を選択した。ハンニバルの志に共感したんだろうが、俺たちじゃ、荷が重すぎた。俺たちみたいな戦馬鹿には、結局、トルバノーネのような戦い方しかできなかった」
(エーテル国軍白兵戦部隊隊長バーリ)「全部言い訳になっちまうが、一つだけ言わせてもらう。あの地獄でも、トルバノーネは俺たちを脱出させてくれた。ハヌーンを悪く言っちまうが、ハヌーンは軍師としてもトルバノーネには勝てなかった」
(エーテル国軍切り込み隊隊長ザック)「俺らが、たとえ血を見ることになっても、止めるべきだったな」
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「言っても仕方がねえ。だから次こそは勝つ! トルバノーネが戻ってきた! 今度は俺たちの番だ!」
隊長たちは皆ギリギリと拳を固める。覚悟を固める様に。
(ハンニバル)「ナツメ」
今まで騒ぎを傍観していたハンニバルさんが口を開く。
(ハンニバル)「俺が間違っていた」
ハンニバルさんは項垂れる様に座る。
(ハンニバル)「俺は、ハヌーンを死なせた時から、心の奥底で、こいつらを兵士として使うのが怖かった。また無為に死なせてしまうのではないかと。だが違った。こいつらは無為には死なない。死なせない。それが俺の役目だった。すっかり忘れていた」
ハンニバルさんはバッタバッタと兵士たちを叩きのめすトルバノーネさんを見て呟いた。
(ハンニバル)「俺が間違っていた。この世界の兵士たちは、こんなにも美しい」
ハンニバルさんは泣き崩れた。
僕たちはそれを、黙って見ることしか出来なかった。
でも皆心は晴れやかだった。
今、僕たちは手を取り合えた。




