序章(2/12) 新選組一番隊隊長沖田総司との会話
頑張ります。
2016年7月20日 ちょい修正します。
「ここ、沖田さんの家?」
「そうだ。畳がねえし、不必要に広い不便なとこだが、寝床だけは良い。それに金も払わなくていい。なら贅沢言えねえ」
沖田さんについて行くとアパートくらいの大きさの豪邸が現れた。花壇の真ん中で四五十人がバーベキューできそうな大きな庭園。馬車も通れそうな大きくて装飾品をまぶしたドア。人ひとり楽々潜れるほど大きいドア。芸術を意識したシンメトリーの外観。すべてが初めて見るものだった。
「凄い綺麗だ」
沖田さんが苦笑いする。
「外見は、な。中に入って後悔するなよ」
沖田さんがドアを開いて招き入れる。
「そう緊張するな。気軽に入れ。あと靴は履いてろ。本来土足は許さねえんだが、足が汚れるからな」
「汚れる?」
「まあ中に入れ。ちいと話をしよう」
汚れると聞いて変だと思ったけど、中に入ると凄まじい埃の臭いで納得した。
「掃除しないの?」
「面倒だし。汚れても気にしねえ。男は身なりより度胸だ」
沖田さんはえへんと華奢な体ながら凄まじい力強さで己の胸を叩く。
「お手伝いさんとか雇って掃除させないの?」
「そんな金払いたくねえ。飯なんて兵舎でいくらでも食える。それにこの国の奴らは信用できねえ」
意外な言葉に言葉が出なくなる。
「付いてこい。飯は出せねえが酒くらいはある。それに寝床は綺麗だ」
「掃除してるの?」
「別に。ただ人間が済む部屋ってのは意外と臭くならねえ」
「せめて掃除くらいしたら? 凄い臭いだよ?」
「大丈夫だって。暮らすと慣れてきて気にならなくなる」
僕は気にしているんですが?
「まぁ、そう緊張するな。遠慮せず入れ」
遠慮したいんですが? でも埃の様に流される僕は結局沖田さんの勧めで沖田さんの自宅に入った。
「窓を開けりゃ埃も逃げるさ」
確かに空気は良くなる。それに埃も少ない。でも戸棚をつつっと撫でると埃で手が塗れる。
「汚な!」
「汚ねえとか言うな。ただで住めて寝床も上等なんだぞ?」
いやあんたが掃除すればいいだけじゃないの? だいたいそれって客人に言うこと?
「何か夢が覚めちゃったなー」
落胆の声を思わず吐き出すと沖田さんはガハハと笑う。
「お前、俺よりも未来から来たな」
「えっ? あぁ、はい。僕はあなたよりも未来から来ました」
またガハハと笑う。
「だろうな。お前の格好は明治政府に似ている。やっぱり幕府は死んだか?」
何と答えようと迷ったが、誤魔化す言葉も思いつかないので素直に応える。
「徳川家は死んで、明治が産まれた。僕は平成28年から来た。今は侍じゃなく官僚が支配している」
「ハッハハハッハハ!」
沖田さんは大笑いすると疲れたようにため息を吐く。
「俺はここに来る前に、あの神様って奴に幕府はどうなったのか聞いた。だからお前が本当のことを言ってよかった。もしも嘘を吐けば、この一刀両断で頭を叩き割らなくちゃいけなかった」
彼の姿はこの世界に似合わぬ新選組の着物。背中に真の文字を刻み、歴史の誉と悲哀を背負う日本刀、誰も彼も名を知る新選組の沖田総司がそこに居た。彼の手は顔に似合わないほど武骨で、それでいてがっしりと日本刀の柄を握り、それでいて指先も体格も僕と大差ないほどに小さい。ただ弱虫の僕と違い、彼は華奢でありながらもガッチリとした肉体を着物から滲ませ、ウジ虫のような僕よりも力強く、雄々しい雰囲気だった。
それなのに、ため息を吐く姿はまるで運命に翻弄される、運命の被害者のように弱弱しかった。
「あの……でも僕は新選組は間違っていないと思います」
「負け戦で死んだ俺たちが間違っていないだと!」
「ご、ごめんなさい!」
沖田さんはウィスキーみたいなお酒、少なくとも臭いだけで酔っぱらいそうなお酒をグラスに注ぐ。
「謝るな! 別に怒ってねえ」
絶対嘘だ。でも沖田さんは再び深いため息を吐くと何も言えなかった。
「まあ。確証が得られて良かった。俺もダメだと思っていたからな」
思わず聞き返す。
「ダメだと思っていたんですか? だって新選組でしょ? 最強の新選組なのに!」
沖田さんはぷっと含み笑いをする。
「思わなかった。俺が病気ごときで倒れるまでは」
沖田さんは疲れ切ったように続ける。
「俺が風邪による結核で死んだことは知っているか?」
僕は起立しながら答える。そうしないといけないと思った。
「知りません。僕はあなたが結核で死んだとしか聞いていないです」
「そうか……なら良い。どんな病気で死のうと、死んじまった俺には関係ない。それより、新選組はどうだった?」
「最高の兵隊だと思います! ただ、そのために民を苦しめるのは本末転倒です、と僕は思います」
「一言言わせれば新選組は勝つつもりだったから、そんなバカをした。未来を知るとそう思えるけどな」
「あの、すいません」
「謝る必要はねえ。事実なんだろ?」
「あっ! あの、僕の知識ではそうです! でも歴史だけで沖田さんを理解できるなんて思ってません!」
「謝るなって。俺が守ろうとした幕府が死んだ。近藤さんも土方さんも死んだ。でももう良い。心残りは、新選組として皆と一緒に死ねなかったことだけだ」
その一言は、あまりにも惨かった。
「まぁもう昔の話なんてどうでもいい。それよりもお前の願い事だ」
「僕の願い事?」
「俺は神様って小娘に何でも切り裂く剣を願った。それがこの『一刀両断』、さらに『二度と病気にならねえ体』にしてもらった! もうあんな情けねえことにはならねえ」
沖田さんは嬉しそうに鞘から日本刀を抜いて見せびらかす。
「こいつなら黒き奴らをぶっ殺せる! 近藤さんや土方さんに胸を張れる! 今がその時! その潮! 俺が役立たずと思わせない最高の世界だ!」
鬼気迫る沖田さんに、僕は何も言えなかった。
「僕は何も願わずにここに来た」
沖田さんの眉が歪む。
「まさか? 何も願わなかったのか? あの悪魔どもを殺す武器を?」
「あの、ごめんなさい」
「謝るな! それよりも他に願わなかったのか? 例えばすべての傷を治すとか不老不死とか無敵の力とか無限の金とか!」
「ご、ごめんなさい! 僕は何も持たずにここに来ました!」
沖田さんは深々と項垂れる。でもすぐにパッと顔を上げて笑う。
「まあ、良い。そうだ! これは話してくれた礼だ。少しは足しになる」
それは銀貨だった。彫刻が彫ってあるけどはっきり言って粗悪な代物、百円玉の方がずっと綺麗だ。
「それで十日は持つ。達者に暮らせよ」
そう言って彼は立ち上がり、ドアを開けると、僕が出るのを待った。
「あ、あの本当にごめんなさい!」
「何謝ってんだ? この世界は俺が何とかする。俺しか出来ない! だから安心しろ」
そう言って彼は冷たく僕を締め出した。外は雨が降っていた。
「どうでもいいどうでもいい」
この言葉を僕に刻み込む。さすがに何度も自殺はしたくない。
「とりあえず、職探しかな? 何にもしなくて金が貰える仕事が良いんだけど」
兎にも角にも、僕は理解できた。沖田さんたちのように英雄にはなれない。彼の力強い気迫で僕は潰れそうだった。なら僕がするべきことは一つ。埃になること。
「気楽になった。僕が居なくても十分だ」
僕が居なくても英雄が居る。なら何の問題も無い。
そう思うと気楽で、胸が苦しかった。
「死にたくなったら死のう」
そう思うとさらに気楽になった。
期待されない人生ほど楽なものは無い。
「お腹空いたし、何か食べよ」
まずは腹ごしらえ、そして職探し。
ただそれだけ。僕にできることはそれだけ。
何も考えず、埃の様に生きるだけだ。




