エーテル国軍で雑用の日々(6/10)
(ナツメ)「これは?」
朝起きると部屋の床にエリクサーが敷き詰められていた。
おじいちゃんが残した秘密の箱を見るとさらにエリクサーを吐き出している。
(ナツメ)「今日が、戦争だ!」
僕は部屋を飛び出してトルバノーネさんの元へ走った。
トルバノーネさんが黒き者どもと戦うことを決意して丁度1月が経った。今日が決戦の日だ。
(トルバノーネ最高司令官)「何人いる?」
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「歩兵隊は85人。まあ、良く残ったほうだろ」
(エーテル国軍切り込み隊隊長ザック)「ハッハッハ! 60人だ! 死にに行く覚悟を持つ者がこれほどいるとは思わなかった!」
(エーテル国軍狙撃部隊隊長ウォル)「95人。説得には骨が折れたよ。何せこの戦いは狙撃部隊にかかっているといっても過言じゃないからな」
(エーテル国軍白兵戦部隊隊長バーリ)「50人。脅したんだが逃げられちまった。全く、戦馬鹿の俺たちが逃げてどこへ行くってんだか?」
(エーテル国軍汎用部隊隊長コスト)「70人。中途半端な汎用部隊なのに、彼らは勇気があります」
(エーテル国軍防御部隊隊長アール)「50人。しかしまあ、今の私たちなら黒き者どもの攻撃も何のそのです!」
(エーテル国軍輸送部隊長マール)「45人。輸送部隊ならこれで十分でしょう」
(エーテル国軍炊事係隊長ベール)「30人。ですが、逃げた人たちも食料の調達に一役買っていただけましたし、未来もあります。できれば残った30人も逃がしたいほどですよ」
(エーテル国軍諜報部隊隊長ニッキー)「10人。もう無理だってよ。まあ、こっちは斥候中に30人ちかく殺されたから、逃げたくなるのも分かる」
(トルバノーネ最高司令官)「防衛隊はブラッドの働きで100人残っている。となると合計595人。約600人も残ってる! これは勝ったな!」
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「楽勝だな!」
(エーテル国軍切り込み隊隊長ザック)「敵は約1000の軍勢か! 切ごたえがありそうだ!」
(エーテル国軍狙撃部隊隊長ウォル)「ハンニバルたちとの戦いを見物させてもらったが、黒き首なし騎士も黒き者どもも確かにバカだった。あの動きなら鴨を撃つより楽だ。必ず仕留められる」
(エーテル国軍白兵戦部隊隊長バーリ)「さあ行こうぜ!」
(トルバノーネ最高司令官)「出陣だ! 目標はフラン砦から西に20Km離れた、エール山だ!」
トルバノーネさんがしゃがみ込んで手元のエリクサーをかざす。
(トルバノーネ最高司令官)「お守り、ありがとよ。絶対勝ってくるぜ!」
(ナツメ)「気を付けて! いってらっしゃい!」
トルバノーネさんたちは腕を振り上げて死地へ向かった。
(ナツメ)「ハンニバルさんたちに伝えなくちゃ!」
何度もトルバノーネさんたちの動向を連絡した。
アドバイスはいつも止めろだったけど、とにかく、決行したことを伝えなくてはいけない! 何か、起死回生の手段を聞けるかもしれない!
(ハンニバル)「あいつらは死ぬ。諦めて大人しくしていろ」
馬を走らせて聞いた言葉は無残な一言だった。
(ナツメ)「それはもう何度も聞きました。でも、何か手段があるんじゃ?」
ハンニバルさんはフラン砦の屋上で寝っ転がる。
(ハンニバル)「平原で黒き首なし騎士たちを射抜き、森で黒き者どもにゲリラ戦を挑む。間違っている話じゃない。入り組んだ森の中なら黒き者どもを分断できる可能性が高まる。それにやつらの腕前なら、もしかすると、黒き者どもにタイマンで勝てるかもしれない。万全の状態で、闘技場か訓練場の話だが」
(ナツメ)「勝筋はあるじゃないですか!」
心が躍る! ハンニバルさんが薄く笑うと嬉しくて飛び上がった!
ハンニバルさんが薄く笑う。
(ハンニバル)「奴らがカルタゴに居ればたとえスキピオ相手でも勝てただろう。それほどあいつらは強い。ローマ重装歩兵よりも。それにやつらは弓騎兵もこなせる。全員が。あいつらは極論何でもできる。対応力はバッチリ。俺たちは神の力を持ってここに来た。だから英雄と呼ばれるが、奴らが素の能力でカルタゴに来たら同じく英雄と呼ばれる。それぐらいあいつらは強い。さすが、歴戦の異世界人を退けただけの力はある」
(ナツメ)「だったらすぐに行きましょう! 皆で行けば絶対に勝てる!」
(ハンニバル)「無理だ。俺たちはここを離れられない」
(ナツメ)「な、何でですか!」
(ハンニバル)「そろそろ黒き者どもが現れる。ここを抜かれるとあとはエーテル国までまっしぐら、大量の死人が出る」
(ナツメ)「黒き者ども? どこにも姿は見えませんよ?」
(ハンニバル)「30km先で約2万の黒き者どもが集まっている。歩行速度からするとあと2時間でここに着く」
(ナツメ)「2時間! いえ! それだけあればトルバノーネさんたちと一緒に戦えるかも!」
(ハンニバル)「2時間は推測だ。もっと早まるかもしれない」
(ナツメ)「ならすぐに2万の黒き者どもを倒せば!」
(ハンニバル)「罠を張り巡らせ、地の利を得たここなら未だしもこちらから攻め入るのは自殺行為だ。軍師として賛成できない」
(ナツメ)「ハンニバルさんは歴史上最強の軍師でしょ!」
(ハンニバル)「だからこそ、常識的な判断を下す。攻撃側は守備兵力の3倍は必要とされる。自動人形が10万体残っていれば攻め入っても良かったが、もはや自動人形は1万を切っている。そして何より、沖田やジャンヌといった切り札を死に戦に投じさせたくない。そんな暇があったらここに居てもらいたい」
ハンニバルさんは力強く言い切り続ける。これは梃子でも動かないという意思の表れであり、また僕がどれほどの無茶を言っているのか示す反応でもある。
(ナツメ)「分かりました。無理を言ってすみません」
馬に跨る。
(ナツメ)「一つお聞きしますが、なぜトルバノーネさんたちは勝てないと言い切れるのですか?」
(ハンニバル)「黒き首なし騎士の存在だ。あいつらは速いだけでなく、森の中でも落とし穴があっても城壁が立ちふさがっても平然と壁やをかけあがり、ジャンプで空を飛び、走る。移動力×兵力=戦力とすると飛びぬけて評価が高くなる」
(ナツメ)「じゃあ黒き者どもだけなら勝てるんですね?」
(ハンニバル)「タイマンじゃなく合戦なら無理だ。奴らは頑強で、力も強く、攻撃力も高い。何せ一振りで3人分の胴体を切り裂けるほどだ。こん棒や拳じゃ怯みもしないし、大木も切り倒せる斧も受け止める。押し合いと成れば5人係でも太刀打ちできない。個人の技量で誤魔化せるタイマンなら未だしも、純粋な戦闘力が必要となる合戦では太刀打ちできない。数十分も持たずに瓦解する」
僕は戦争のことは知らないけど、ハンニバルさんの頭の痛そうな顔を見て、いよいよトルバノーネさんたちが危ないと感じた。
(ハンニバル)「それでも助けに行くのか? お前では邪魔になるだけだぞ?」
邪魔になるという言葉を聞き、僕は昔々、何もできずただ怯えていた時を思い出した。
(ナツメ)「でも何かしたいんです。トルバノーネさんたちは、僕の友達です」
ハンニバルさんは深く深くため息を吐く。
(ハンニバル)「分かった。コペルニクスの通信機を持っているな? 知恵程度なら貸してやるから、戦場に着いたら連絡しろ。ただし、こっちの戦況が最悪になったら無視する」
失笑しながらも優しい目を向けられると、恐怖が薄まった。
(ナツメ)「ありがとうございます!」
僕は馬を走らせて、トルバノーネさんたちの元に向かった。
(沖田)「ずい分と悲観的な評価だな? トルバノーネたちなら結構うまくやれると思うぞ?」
ナツメが去った後、ハンニバルの近くでゴロンと昼寝をしていた沖田が言う。
(沖田)「確かに真正面からぶつかったらトルバノーネたちが負ける。だが今回トルバノーネたちは自分たちのテリトリーに敵を誘い込む算段だ。そこには罠が盛りだくさん、そして兵士全てがどこで戦ったら有利でどこで戦ったらダメかも知っている。一人一人の技量も申し分ない。練度、状況、意識、全て最高だと思うぜ?」
(ハンニバル)「テリトリーで戦えればの話だ。万が一、黒き者どもが誘いに乗らなければ計画は破たんする」
ハンニバルは大きく項垂れる。
(ハンニバル)「奴らの弱点はバカと言うこと。ならもし、頭が良くなったら、どうやって勝てばいいんだ?」
夕暮れ近く、トルバノーネ最高司令官たちはエール山のふもと付近の森で息をひそめていた。目的は1つ、森を抜けた先に広がるエール高原を通り過ぎる黒き者どもだ。
(エーテル国軍諜報兵A)「トルバノーネ最高司令官。黒き者どもが見えました」
(トルバノーネ最高司令官)「こっちに来ているな?」
(エーテル国軍諜報兵A)「ハイ。真っ直ぐハンニバルたちのところへ向かっています」
(トルバノーネ最高司令官)「分かった。そろそろ準備する様に伝えろ」
エーテル国軍諜報兵Aが去るとトルバノーネ最高司令官は手に汗握る。
(トルバノーネ最高司令官)「本当にこれで良いのか?」
トルバノーネ最高司令官は何度も何度も自問自答する。
トルバノーネ最高司令官率いるエーテル国軍の戦術は簡単であった。
まず森からエーテル国軍狙撃部隊が奇襲をかけて、黒き首なし騎士たちを射殺す。そして迫る黒き首なし騎士たちエーテル国軍歩兵部隊および切り込み隊、防御部隊が前に出て止める。この3部隊が時間を稼ぐ間に狙撃部隊が黒き首なし騎士たちを殲滅する。それが終わったらトルバノーネ最高司令官率いる防衛部隊が黒き者どもをテリトリーにおびき寄せる。残った戦力で黒き者どもを打ち倒す。
正直なところこの作戦は愚策であった。何せ、たとえ全てが上手くいっても、歩兵部隊、切り込み隊、防御部隊はまず殲滅する。この時点で総兵力の半分を失う。通常ならば敗走必死、この時点で作戦は却下される。次に狙撃部隊が黒き首なし騎士たちを全滅させることを前提としているが、万が一撃ち漏らせば計画は破たんする。またテリトリーにおびき寄せる=敵に背を向けるため、追いつかれたらまず殺される。敵の足がこちらよりも遅いという前提で計画が立てられている。
(トルバノーネ最高司令官)「何か? 変だ? 何か見落としている?」
だがトルバノーネ最高司令官はこの作戦がバカげていることを重々承知であった。そしてそれは兵士たちも同じであった。それでも皆頑張ろう、一矢報いようと声を上げた。だから後悔はない。
しかしトルバノーネ最高司令官の胸騒ぎは収まらない。
だがしかし、それは黒き者どもの影が見えた瞬間、収まった。
(トルバノーネ最高司令官)「奴らが足並みをそろえてハンニバルたちの元に向かっている?」
トルバノーネ最高司令官は戦場へ向かう黒き者どもを見たことは無かった。だがどこからともなく現れた黒き者どもは我先にと互いを押しのけるかのように突撃してきた。
しかし、今の姿は違う。
まるで、誰かに指揮される軍勢のようだった。
(トルバノーネ最高司令官)「くそったれ! 撤退だ! ブラッド! 各部隊にそれを伝えろ!」
(エーテル国軍防衛隊1番隊隊長ブラッド)「承知しました!」
血の気の荒いエーテル国軍防衛隊1番隊隊長ブラッドは意外なほど素直に撤退命令を受け入れた。
皆理解したのだ。黒き者どもは知性を手に入れていることを。
黒き者どもはバカという計画の大前提が覆されたことを。
そして、突然黒き者どもは歩みを止める。
(トルバノーネ最高司令官)「何だ?」
そして広がっていく。両翼には黒き首なし騎士たち、中央は黒き者ども。
まるで部隊を展開しているようだった。
(トルバノーネ最高司令官)「ばれてやがる!」
そして大きな大剣を手にした黒き大騎士が、剣をトルバノーネ最高司令官に向けた。
(トルバノーネ最高司令官)「撤退だ! 黒き首なし騎士と黒き者どもに挟み撃ちにされるぞ!」
黒き首なし騎士たちは一斉に森へ入る。もはや弓矢での狙撃は不可能となった。
そしてその動きは直線では無かった。明らかにエーテル国軍の背後を取ろうとしていた。
(トルバノーネ最高司令官)「撤退だ!」
トルバノーネ最高司令官は笛を鳴らすと同時に叫んだ。
(ナツメ)「トルバノーネさん?」
そしてナツメはトルバノーネ最高司令官たちから数キロ離れたところで呟いた。
(ナツメ)「何かあったんだ!」
ナツメは馬を走らせた!




