第一話
頭上高くにある天窓から春の暖かな風と共に太陽の光が許可もなく差し込んでいる。
冬の肌を刺すような寒さも徐々に緩み始め、ほのぼのとしていたこの部屋の空気を人々の賑やかさが壊しつつあった。
ちょうど西陽が落ちるあたりにボロボロになったベッドが置かれ、その上に老人が鎮座している。
「アーシラト、そろそろ起きなされよ」
「うーん」
そう言いながらも体は全く動いていない。
「アーシラト、あんた早う起きて神様へお祈りしなくてはこのゼウス家に神々の禍が降りかかるよ」
そう言われ、起きてきたのは、髪は長いがボサボサでいかにも体調の悪そうな顔をしている女であった。しかし、一目見ただけで相手を怖気付かせる、そんな力のこもった瞳を彼女は持っていた。
「朝飯は?」
「いらん」
彼女はマントを羽織りながら言った。
「そうかい」
「行ってくるよ」
「気をつけてな」
彼女は牛の革でできた袋に少しばかりの食料と傷に良く効くマカラという薬草をいれると土埃のまう家を出た。
アーシラトは背伸びをして眩しい太陽の光に目を細めながら民家横の路地を歩いていた。
ここ、アルサムはほかの村に比べて、気候も比較的安定していて、村人たちの間にも活気があふれている。ほかの村は神々をおそれ毎日欠かさず祈りを捧げているというのに…
アルサムの村人たちはここまでのんきでいいものなのだろうか。
アーシラトはそんなことを考えてボーッと歩いていた。
「おっと、失礼」
ボーッとしていたせいで彼女は結構な勢いで商人にぶつかったのだが、あいも変わらずその商人はほかの村の商人たちと情報交換している。
「何がそんなに面白いんだか」
商人に対してのイヤミをぶつぶつ言いながら、彼女は看板に
・・・馬はもちろんカルヤも貸出しています・・・
と書いてある少し大きめの小屋に入っていった。
カルヤというのは、馬の突然変異でとても足は早いのだが、スタミナが馬に比べて無いため少し遠くへの急ぎの用などにとても重宝している。
「馬屋の兄ちゃん、とびきり元気のいいカルヤを貸しとくれ」
「あいよ」
彼女は、カルヤに素早くまたがると、目的地であるとある城へ向かった。
なぜ彼女が城へ行くことになったかというと、アーシラトは槍の使い方がとても上手く、その日もアルサムから、ほかの村へ行く道の途中にある山で、槍舞という槍の練習をしていたところ、その城の当主が通りかかりその舞に見惚れてしまった。アーシラトはその城の当主に、
「ぜひ、今度僕の城で舞を踊って欲しい」
と言われ、眠い目をこすりながら渋々出てきた、というわけである。
しかし城まではとても遠く、一部だけではあるが砂漠化した直射日光の餌食になる場所や、険しい山岳地帯を越えて行かなければならなかった。
「おもったよりも暑いな、それに時間にも間に合わなそうだ」
彼女は厚手のマントを脱ぎ腰に巻きつけるとさらにスピードを上げ、目的地への到着を急いだ。
砂漠地帯をあっという間に通りすぎ、険しい山岳地帯を目前とした所でアーシラトは小休止した。
近くにあった泉の水を革袋にいれるとカルヤにも飲ませてやった。
アーシラトは耳が濡れるほど深くまで泉に顔をうずめると、ごっく、ごっく、と豪快に水を鯨飲した。
「はー、生き返るー」
そう言いながら顔を山岳地帯の方へ向けた。
「さぁーて、ここからが大変だ」
山岳地帯の山道は、村の道とは比べ物にならないほどでこぼこしていて、カルヤも歩くことができないため、カルヤを引きながら歩いていかなければいけないのだ。
「よし、行くか」
荷物をまとめて立ち上がると、カルヤの首に縄をつけ歩き出した。
森に差し掛かる所で、一頭の鹿を見つけた。
毛は真っ白で、野生とは思えない程毛並みが整っていて角はタピオという神のようにとても立派だった。
その鹿は足を木となにかの植物の蔓に引っ掛けて切ってしまっていた。
「かわいそうに」
アーシラトは袋からマカラを取り出すと鹿の足に塗ってやり、包帯も巻いてやった。
そして革袋に貯めておいた水を飲ましてあげると、しっかりと立たせてやった。
「これで大丈夫だろう」
鹿はひと鳴きすると、薄暗い森へ帰って行った。
彼女は鹿を見えなくなるまで見送ると、近くの木に手をかけて山道を登り始めた。
さすが槍の修行をしているだけあって、彼女の進むスピードは凄まじいものだった。
カルヤも彼女のスピードについていこうと必死だったが、彼女に後ろを押してもらったりと「おんぶにだっこ」状態だった。それでもなんとか食らいついていった。そして思ったよりも早く山岳地帯を抜けることができた。城の赤い屋根が見えてきた辺りで、追い風が吹いてきた。階段を数十段越えて出入り口に近づいたとき、丁度中から女性が出てきた。