夜会
そんなこんなで安定してわたしは学年一位と睡眠時間を取れるようになりました。現在一日二時間も寝ています。最初は週に二時間でしたから大進歩です。普通の方にはお勧めできませんね、こんな生活。
今、魔法学校の三分の一程度をわたしが掌握しています。寮でお気に入りの女の子と朝食、信者だか亡者だか信望者だかをぞろぞろ引き連れて登校、そのときに選抜メンバーと少しお話をします。貴重な貴重な世間の情報を得る時間その一です。
授業を受け、ランチは教職員と歓談、そのときわたしは王城の様子や世間のお話をそれとなく聞かされています。貴重な貴重な世間の情報を得る時間その二です。寮には外部の情報を得る手段があまりないのです。
放課後は一日おきに図書室と練習場へ通い、寮でお風呂に入り、自室で特訓とお勉強、晩御飯は自室でニノンかコラリーに持ってきてもらってひとりで食べ、ほんの少し仮眠を取ると言う生活です。
ある日、わたし宛に手紙と新しいドレスが届きました。王家主宰の夜会に必ず出席するように、とこの国の王様からのお達しです。面倒ですけど仕方がないから行くことにしました。さすがに王様に逆らう度胸はありません。
まぁ、夜会というものはきらびやかなものでした。まばゆいシャンデリアの下で美しく着飾った淑女となかなかのイケメン、おじさま方がたくさん群れていて、非常に目の保養になります。ええ、残念な方々もいらっしゃいましたけど、ちょっと目のピントをずらしてそのあたりは見ないようにしました。精神の健康のためですから。
でもね、よーく考えなくてもわたしはまだ十二歳。どれだけわたしが美しくても可愛らしくてもこんな場所に来るのは場違いだと思います。普通の社交界デビューは十八と聞いています。みんな大人ばっかり、貴族様ばっかり、さっさと帰りたい、気持ち悪いです。
あの、ダリウス王子が正装でわたしの前に現れ、エスコートしてくれました。王子、こうして見ると本当に王子。いえいえやっぱり王子でしたのね、見た目だけですけど。
「久しぶり、しばらく見ないうちに美しくなりましたね」
そう言ってダリウス王子は目を細められました。
久しぶりですねって言われましても、勝手に来なくなったんじゃないですか。そして美しさを褒めてくれてありがとうございます。もっと言ってくれるならもう少しだけここにいてもいいです。
「あの、なんでわたしは今日、ここに呼ばれたんでしょうか。……まさか」
「いえいえ、無理矢理婚約なんてしませんよ。ただ、父がね、わたしを夢中にさせたリリーローズに会ってみたいと言うから、今日は本当にそれだけです」
ダリウス王子の王子様オーラのおかげですね、人がさささっとわたし達を避けていきます。気持ちが良いです。知ってる人が隣にいることの安心感よ。
「リリーローズ、長い間会いに行けなくて済みませんでした、手紙も。寂しかったでしょう?」
切なそうな瞳で、声でダリウス王子はわたしに甘く囁かれます。イケメンがこれをやると絵になります。絵画にして飾っておきたい。なかなか良いものを体験させて頂きました。
「いいえ、全く。いつもお小遣いありがとうございます。助かってます」
ええ。むしろせいせいしてました。心底。確かにダリウス王子はイケメンですよね、見た目王子。身分王子。でもだからどうしたって言うんです。ただのイケメンじゃないですか。愛って、この人が見た目を損なっても寄り添えるものを指すんでしょう?王子がこの麗しい見た目を損なったら、わたしはこの人に価値を見出だせない気しかしません。
ふいに、明かりが揺れました。
突然の事にどうしたのかと、素早く辺りを確認します。何が起きているのかはわかりませんが、同時にわたしは自分を守る結界を張りました。
「ダリウス王子、結界の中に、入ります?」
王子が頷いたので王子の周りにも結界を張って差し上げます。間違ってもひとつの結界に一緒に入りたくなんてありませんからね。そこは抜かりありません。
そして、悲鳴が聞こえました。悲鳴や口々に漏れる言葉を繋ぎ会わせるに、恐ろしい風貌の男が会場に乱入してきたらしいです。ああ、わたしにも見えました。
あんなに背が高くて、あんなに大きくて、あんな肌色をして、あんなに牙を尖らせています。あれはきっと、本で読んだ魔族ってやつです。
魔族は会場を眺めている風でした。
その視線がわたしで止まります。なぜに。魔族はニヤリと笑ってわたしにゆっくりと近づいてきました。隣でダリウス王子が剣に手をかけていました。無駄だと思いますけどね、常人が魔族に剣で戦いを挑むなんて。ああでもこの人、かなり素早く動けるんでした。常人じゃないからなんとかなるんですかね?
「美しいな。俺はここに綺麗な女が集まっていると聞いて来てみたんだ。よし、お前、俺の嫁になれ。そうすればこの国を襲わないでやるぞ」
つまり、それって、生け贄ってやつですか。真っ平ゴメンです。わたしはそんなに殊勝な女じゃありません。そもそも誰かの嫁になるのは嫌なのです。わたしはつとめて儚げに見えるよう、綺麗に微笑みました。
「まぁ……怖い」
でも。この魔族がどの程度の地位なのかはわかりませんけど、例えば魔王のところに連れていってもらって、世界を破壊してみたりするのはとても、愉快そう。
魔族は鋭い爪のついた手で、わたしを掴もうとしました。なんと愚かな。このわたしが張った結界がその程度の魔族の力で破れるものですか。わたしは魔力を解放し、聖なる光を辺りに溢れさせました。魔族が逃げられないよう、わたしの結界の中に入れてやります。魔族が苦しむのが伝わって来ました。愉快です。魔族はわたしを睨みました。まぁ、怖い。鋭い爪がわたしを掠めます。わたしは氷で壁を作って攻撃を遮りました。でも、氷だから。光はしっかり通しますから。
魔族だからなんだというのでしょう?わたしの意思を無視するなんて、勝手にわたしをどこかへ拐おうだなんて酷いです。報いを受けろ。聖なる光を集約し、熱をもって焼きつくして差し上げましょう。
……ね?
ちょっとふらつきましたが、そんなこんなで魔族は退治してやりました。光魔法、有能すぎます。実は無理をしたせいで何日か寝込みましたけど。いくらわたしでもそこまで最強じゃありませんから。ダリウス王子にお説教されて、看病されたのは屈辱です。
そうしてわたしは一部から聖女だなんて呼ばれるようになりました。褒められるのは嬉しいです、頑張りましたからもっと誉め称えてくださって構いません。
さて、わたしはまだ十二歳です。
この王子をたらしこんでこの国を堕落させようか、魔王なりなんなりをたらしこんで世界を破滅させようか、それとも庶民らしく街でエステティシャンにでもなるか。
どうしようかしら。




