結界魔法
わたしに遣わされた侍女兼護衛はふたりです。名前はニノンとコラリーです。
だいたいふたりは壁際に立っているか、自室の隣にくっついてる侍女部屋にいるか、わたしの背後にいます。わたしは自分で自分を守れると思いますので多分ふたりは侍女兼監視役なんだと思います。たまにひとりが居なくなるのは休憩だとか報告だとかそんなものなんだと思います。あんまり気にしていけどそっちはそっちで上手くやってください。
さて、このふたりがついてくるとなると、マティウス様とまだ名前を聞いていない二年生の目をすり抜けて登校するのが難しくなります。チッ。盛り上がって来たところなのに。
とにかく今日は諦めてマティウス様と二年生とニノンとコラリーを引き連れて歩くしか無さそうです。ジョエル様との楽しい語らいは今日は失敗しそうです、それはとても残念です。実はそんなに残念じゃなかったりしちゃいます。
「おはよう、リリーローズ。今朝も可愛いね」
そう言ったのは寮の玄関前で堂々とストーキング中、ほんのり頬を赤らめたマティウス様です。
「おはよう、リリーローズ。俺と一緒に登校しないか?」
二年生です。いい加減名を名乗れ。そして話をするときには目を見ていただきたいものです、そして、貴 様 は 誰 だ 。
「おはよう、リリーローズ」
見知らぬ三人めのイケメンが現れた!!!貴様は誰だ!
「おはようございます」
優雅に、愛らしく、爽やかに。わたしは笑顔で挨拶をします。それにしても、なかなか優秀なかわいらしさですねわたし。もしかしたら本当に傾国の才能があるかもしれません。やってみちゃおうかしら。
ニノンとコラリーがわたしの背後に控えているのを見て、マティウス様は不思議そうな顔をしました。二年生が聞いてきました。
「リリーローズ、彼女たちは?」
「なんだか、よくわからないんですけど、わたしの護衛だそうです」
王子様から派遣されたのだと伝えたら、三人の男性はそれだけで納得したようです。解せぬ。それはそうと二年生は名前をギスラン様、三人めの新たな男はランベール様と言うそうです。
ランベール様とマティウス様は同じクラスらしいです。心底思いますが、こういう距離感を勘違いした方々がわたしと同じクラスでなくて良かったです。
ダリウス王子、マティウス様、ジョエル様、ギスラン様、ランベール様とニノンにコラリー。そろそろ混乱してきそうです。名札全員着用になってしまえ。
そうです、相手の簡単なプロフィールが見られる魔法とかあればいいんです。要研究です。今日の学校が終わったら図書室で結界魔法の本を読み漁りましょう、そうすれば自室でいろいろ研究出来るはずです、脳内にメモします。
ニノンとコラリーは今のところ無口です。他のお嬢様方のところも侍女と仲良くしていたり、わたしのところの様に無口だったりいろいろです。
でも細々としたいろいろな事をやっておいてくれるので、その分勉強時間が増えて助かります。どうせなら勉強も教えてくれればいいのに。
校舎に入ると分かりやすい場所にテストの順位が張り出されていました。シビアです。五十二位だなんて恥ずかしくて穴があったら入りたいものですが、それを言うなら最低順位辺りの人は息をしていないかもしれません。
「おはようリリーローズ、凄いね、君は庶民出身と聞いていたのに」
ジョエル様が学年の違うわたしの名前をわざわざ見てくださいました。やめてください。情けない。中途半端。がっつり成績が悪いのでなく、しっかり好成績とも言えないこの……なんとも言えない微妙な五十二位……。
「ジョエル様、おはようございます。ジョエル様は……?」
三年生の順位は残念ながらここには張り出されていません。ジョエル様は照れ臭そうに後頭部をかきました。
「僕は、十二位だったよ」
なかなかの秀才とお見受け致しました。勉強で行き詰まったらこの人に聞いてみるのも良さそうです。そうか、だからぐいぐい来るでもなく、わたしに印象はしっかり刻み付けるというスゴワザをできるんですね?見習えストーキング三人組。
「まぁ、賢くていらっしゃるんですね」
そう言いながら順位表をわたしは睨み付けました。次こそは!これは勉強だけではなくて実技込みの総合点らしいです。でもあんな紙の的を倒すだけの実技なんて片腹痛い。もっと凄い事が出来るように要特訓です。始業までに時間はまだありますから、今から放課後の訓練場の予約を……いえ、今日は図書室で結界魔法の本を読み漁るのでした。訓練場の予約は明日にしましょう。
ニノンとコラリーを引き連れ、皆様と別れて教室に入ります。
わたしが多種の魔法を使える事がクラス内で話題に上がっているらしいです。もっと褒めて。誉め称えてくださって結構ですよ?皆様も血へど吐くまで努力されればもうひとつやふたつ、魔法を扱えるようになりますから頑張ってくださいませ。
一旦別れた筈のマティウス様が教室に入ってきました。なんだか当たり前のようにわたしの手を握りしめ、手の甲にキザッたらしくキスしたりなんてしてくれます。やめて。迷惑です。出ていけ。
「リリーローズ、今日の帰りに用事が無ければ、わたしと一緒にお茶でもどうかな?」
イケメンマティウス様のそんな全力投球なお誘いに、教室内が軽くざわめきます。でもご免なさい、わたし今日もお勉強しないと。
「わたし、放課後は図書室で調べものがあるんです。わたしは読み書きを覚えたのがつい先日なので、今は勉強をたくさんしておかないといけなくて」
当分放課後に空きがないとそろそろわかっていただきたいものです。キスについてはスルーです。早く手を洗いたいです。消毒したいです。でもそんな表情を出したりするわたしではありません。申し訳ない、とても残念という風に伝えます。
「そう……それなら、今日、図書室の調べものを手伝うよ」
ストーカーですもんね。張り付き粘着系ですね、ええそれなら大いに手伝って頂きましょう!手伝っていただくことが何かあればの話ですけど。二ノンとコラリーはとっても優秀なんです。
「ありがとうございます」
マティウス様は非常に満足そうに自分の教室に帰っていきました。いいですね、そんな簡単な事で幸せを感じられて。
今日から授業です。授業は比較的面白く、そこそこに睡魔を誘い、とりあえずなんとかついていけるような気がしなくもないかななんて気がしました。後で復習しておかないといけない予感がします。
そして、魔法実技の授業。
人によって使える魔法が違うのに、どうやるんだろうと思っていましたが、とりあえず自習に近いやり方でした。自習との違いはそれぞれの属性の先生が目を光らせていて、それぞれに的確なアドバイスを頂けるところです。でも、この場に光魔法の先生は居なかったのでわたしは困ってしまいました。だってわたしは光魔法が本来使える魔法なのです。他にいろいろ使えますけど。
仕方ないから今日は風魔法の練習をしました。先生はわたしには何も言われませんでした。アドバイス欲しかった。
ランチは今日は校長先生とです。なんでこんなおじさんと。もっと若くて可愛い女の子を捕まえてあーん(はぁと)みたいな事をする予定が台無しです。
さて。午後の授業も終わりました。放課後ですね、サクッと図書室に向かいましょう。時は金なり時間の無駄は金の無駄。いくらダリウス王子がお小遣いくれるからって無駄遣いはしないほうが良いに決まってます。
これだけ毎日通えば結界魔法の本がどこにあるかなんて簡単にわかります。お行儀は悪いですけど机に向かうのも面倒で、わたしは本棚のすぐ下で本を読み漁りました。
読み終えたらニノンとコラリーが片付けてくれるのでらくちんです、マティウス様はまだここに来ていません。働くんじゃなかったのかしら。下僕にすらならないなんて、減点です。
だいたい結界の作り方がわかってきました。頭の中で整理します。部屋の中でいきなり挑戦するのは無謀でしょうか。やっぱり一度練習場を借りて、そこで挑戦してから自室に作ったほうが安全かもしれません。
「……ま」
「リリー……ま」
「リリーローズ、息をしているかい!?」
考え事を、中断させられるのは、不愉快です。
わたしは脳内で組み立てていた魔法を忘れないうちに、ノートに書き留めました。
それからゆっくり立ち上がり、辺りを確認しました。
ニノンとコラリーとマティウス様が少し青いような顔で、安心したように呆けているところでした。
そしてここは図書室。静かにするところだと思いますけど何か間違っていましたでしょうか?わたしは努めて感じよく口角を持ち上げました。
「あの、何か問題ありましたか?わたし、考え事に夢中で」
「息をしていないように見えたから、驚いたよ」
マティウス様がそう言います。
確かに、少し長い間考え事に集中していましたけど息はきちんとしていました、しなければ軽く窒息するんじゃないでしょうか。
「そんな、大げさです」
そう言いながら、二冊ほど本を借りました。
密かに腸が煮えくり返る程怒っていますがそんな事、おくびにも出しません。
わたしは考え事に集中しているときに中断されるのが大嫌いなんです。さっさと帰りましょうそうしましょう。
マティウス様は寮の入り口まで送ってくれました。でもとても、口をきくつもりになんてなれなくて、微妙な感じになってしまったことは否定しきれません。
わたしは自室に着いたあと、ニノンとコラリーに絶対部屋に入らないことを約束させて、美容魔法を全解除して貫徹で結界魔法と今日の復習、明日の予習をしました。
明日の朝一番で魔法の練習場を借りましょう。ニノンかコラリーにお願いすれば、練習場に朝食を運んでくれる筈です。