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おまけ・ダリウスとリリーローズ、狩り場にて(2)

 

 魔物狩りは一週間行われるのが通例で、今年は通年よりも魔物が強力なばかりでなく、魔王までもが現れたというのに、帰ろうとする貴族も冒険者もいない事にわたしは戸惑った。


「わたしや殿下がいるから、きっと大丈夫だと慢心しているんでしょうね」


 天使の微笑みを浮かべたまま、それらの人々を見ていたリリーローズの呟きは本当に小さく、すぐ隣にいたわたし以外には聞こえていないようだった。


 わたしはテントに入るリリーローズを追いかけた。

 リリーローズの横顔からは表情が消えようとしていた。思考にふけようとしているのだろう。もう、溢れそうなエメラルドの瞳から光が消えかかっている。


「ニノン、コラリー、ちょっと出ていてくれる?」


 精巧な作り物の様にリリーローズの唇が動いた。

 以前、思考にふけるリリーローズに話しかけて、癇癪を起こされた事があるわたしは黙って彼女が意識をこちらに返すのを待つことにした。

 リリーローズの頬から血の気が引いていき、愛らしい表情はもう完全に消え去っている。愛らしさの変わりに心が震えそうなまでに神々しく美しい、女神がそこにいた。


「ダリウス」


 そう、なったときにリリーローズが人と会話することがあるとは知らなかった。

 普段わたしを『殿下』と呼ぶリリーローズが親しげにわたしを名前のみで呼んでくれた事に、悦びを感じた。


 怜悧な、突き刺す様な鋭い眼差しがわたしを見ている。


「ね、あなたをたらしこんでこの国を腐らせるのと、あの魔王と手を組んで世界を滅ぼすのと、どちらがより楽しいと思う?」


 息が詰まる。リリーローズが言っている事は、どちらも恐ろしい事だった。


「ね、ダリウス。わたし、今、とても悩んでいるのよ……どちらがより楽しめるかしら」


「そんな未来ではわたしが困るよ、リリーローズ」


 なぜ、そんなことをわたしに問いかけてくるのだろう。だからわたしはリリーローズの髪をひと房持ち上げて、口づけた。


「君にはわたしと結婚して、国民を幸せにすることに悦びを感じて欲しいんだけどな」


 女神のようなリリーローズの顔に、分かりやすく呆れた様な表情が浮かぶ。白い頬も、知的に煌めく瞳も、まだまだリリーローズが思考の海をたゆたっている証拠だ。彼女がわたしに対して癇癪を起こさず、普通に会話している現状はおそらく奇跡に近い。


「あなたはわたしを惚れさせる事がまだ出来ていない、わたしは殿下との結婚なんてするつもりないのよ」


 そんな断り文句をリリーローズに言われるのはいつもの事だ。わたしはめげずに言葉を重ねる。学生と違ってわたしがリリーローズと一緒に居られる時間は短い。


「リリーローズ、君の心はどこにあるの?」


 金色の長い髪に指を絡ませると、リリーローズの視線がそちらに向く。

 滅多に見られない『美容魔法』とやらを解いている彼女は例えようもなく美しく、今が珍しく貴重な時間だと感じさせてくれた。


「わたし、あなたが恐ろしいわ」


 滑らかで柔らかい髪を撫でる。リリーローズはそのまま思考の海のもっとずっと深い場所、わたしの声の届かないくらいに沈んでしまった様だった。


 ふと、外が騒がしいので気になってテントを出ると、先程の魔王がいた。

 魔王は足元にどこかの貴族を転がしている。衣装を見るに、地方貴族なのだろう、夜会でも会議でも見たことのない男だった。貴族は傷だらけで気を失っていた。

 そこに、いつもの『完璧な』桃色の髪を優雅になびかせたリリーローズが現れる。途端にこの殺伐とした空気が軽いものになった。彼女はこの国の光になりつつある。


「リリーローズとやら。そなたの欲するものはこれか?」


「まぁ……なんて魅力的なんでしょう」


 リリーローズがそう言ったので、不吉に感じて人払いをさせる。それでも残ったのはいつもリリーローズにまとわりついているメンバーだ。

 苦々しく思うが、わたしも残っている以上、何も言えない。


 リリーローズが魔王の足元に転がる貴族に触れると、二人は意識を取り戻した。醜く悲鳴をあげたあと、リリーローズを見て固まる。


 リリーローズはぞっとするほど美しく、冷たい笑顔を浮かべていた。


「でも、足りないわ」


 魔王はそうか、と呟いて姿を消した。


「リリーローズ……一体、これは」


「さあ。彼らに聞いてみたらいいんじゃないかしら」


 その貴族を取り調べ、わたしはその貴族を処罰した。

 魔物狩りを終えて、魔王をひざまづかせたと話題のリリーローズは魔法学校で新入生の信者をどんどん増やしているらしい。

 そして今年の新入生の中に、魔王が人間に化けて紛れ込んでいるようだ。


 わたしはリリーローズに毎日手紙を書くことと、週に一度の面談を再開した。


 リリーローズからは月に一度ほど、思い出したように流麗な文字が書かれた手紙が送られて来るようになった。


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