小説家になろう的 就職活動記録
ネクタイを締め、6年ぶりに着るスーツで身を固める。
ついに俺はニートを脱却し、ハローワークで選んだ企業の就職面接へと赴くのである。
ヒゲも剃ったし、寝癖も無い。履歴書の見直しもきちんとした。
「行ってきます」
そう両親に声を掛け、俺は就職への一歩を踏み出した。
~小説家になろう的 就職活動記録~
「山田一郎さん、どうぞ」
教本どおり、5分前に会社に着いた俺は、受付で面接に来たことを告げて、しばらく待っていると名前を呼ばれた。
案内されるのは面接会場となる会議室の手前までである。ここからは俺と面接官との直接対決、怯んだら負けなのである。
高ぶる心臓を深呼吸で押さえつけ、震える手で会議室の扉をノックする。
コンコンコン。
「どうぞ」
「失礼します!」
ここからが勝負の始まりである。緊張を隠し、ゆっくりと扉を開ける。すると目の前には、3人の面接官が座っているのが見える。
……3人がかりだと!?
油断していた! 相手が一人ならなんとかなると思ったが、いきなりの面接で3人も相手にするのは厳しい。ましてや俺は大学卒業後6年間もニートをしていた身である。3人からそのことを責められたら泣いてしまうかもしてない。
面接官の向かいまで歩きながらそんなことを考えていると、俺から見て右側に居る薄らハゲが語りかけてきた。
「本日は斑鳩マテリアルへようこそ。名前を言ってから座ってください」
「はい、わたしは山田一郎と申します。本日はよろしくお願いいたします」
きっちりと一礼してから音もなく着席。よし、ひとまずはセーフだ。
落ち着け俺。たとえ面接官が何人に増えようと、俺がすることに変わりは無いはずだ。
そう心の中で呟いていると、中央のいかにも『部長』って感じの白髪のおっさんが動いた。
「では山田さん。履歴書を見せて貰ってもよろしいかな?」
「はい、わかりました。『ステータス・オープン』」
ブォン、という音とともに、俺の目の前にステータスウィンドウが現れる。
それを面接官の方に向けると、3人が俺のステータス画面をのぞき込んでくる。
ちなみに、俺のステータスは以下のとおりである。
名前:山田一郎
(国民登録番号:へ1543-2583873)
年齢:28
職業:自宅警備員
レベル:1
HP:12
MP:4
器用度:8
敏捷度:3
筋力:4
生命力:12
知力:2
精神力:4
経歴:市立○○小学校卒業
市立××中学校卒業
県立△△高等学校卒業
私立××大学卒業(留年1年)
スキル:自動車運転スキル(中型(8t以下限定)) Lv.1
危険物取扱スキル(乙種4類) Lv.2
英語検定スキル(3級相当) Lv.1
家事手伝いスキル Lv.2
自宅警備スキル Lv.6
ネットサーフィンスキル Lv.10
魔法:雷魔法(イオ○ズン)
称号:なし
履歴書は誰もが生まれながらに持っているもので、その情報は個人の自由に加工・編集が出来ない。そのため、個人情報の観点からあまり人に見せないものであるが、だからこそ信頼性の高いため就職活動ではほとんどと言っていいほど提示を求められる。
なお、国民登録番号については非表示設定が可能であるため、俺も非表示にしてある。
じっくりと俺の履歴書を見ていた薄らハゲが口を開く。
「それではまずはじめに、弊社への就職希望の理由を教えてください」
まずは小手調べと言ったところか。面接の中でも最も王道であり平凡な質問を飛ばしてきたな。ここは落ち着いて、考えてきた答えを言ってやる。
「はい、わたしが御社を受けた理由は、その誠実な企業理念に共感を覚えたからです。わたしが御社に採用されれば、必ず御社を成長させられるものと考えております」
「そうですか。では、貴方の自己PRポイントを教えてください」
またまた王道な質問だな。これについても、すでに答えは検討しているのだ。スラスラと答える。
「はい、わたしの自己PRポイントは、営業力のあるところです。学生時代にガソリンスタンドでバイトをしていて、明るい接客態度で評判が良かったため、地域でトップレベルの売り上げを誇っており、バイトリーダーも任されていました。また、危険物取扱の資格も持っているため、御社のようなマテリアルを扱う会社でも必ず役に立ってみせます」
決まった。
自己PRで自分が如何に優秀かを見せ、しかも会社にとっても役立つ人間だと主張してやった。これはもう文句なしなんじゃないだろうか。
最も、半分は嘘である。ガソリンスタンドのバイトなんて2年で辞めちゃったし、売り上げもバイトリーダーの経験も無い。ただ、履歴書に表示されないから適当に言っても証拠が無いので分からないのである。
「はい、わかりました」
薄らハゲが、淡々と呟いて手元の紙に何かメモをし始める。
すると、今まで無言だった左側の小太りなヤツが手を挙げてから発言をしてくる。
「えー、ではまず確認したいのですが、経歴が大学卒業後何も無いようですが、この空白期間は何をなさっていたのですか?」
出た、圧迫面接だ!
やはり、俺の突っ込まれたくないところから斬りかかってきやがった……この小太り、相当な手練れのようだな……。
しかし、こんな質問が来るのは想定の範囲内である。俺は焦った素振りを見せず、しっかりと小太りを見返して答えた。
「実はですね、親が急に倒れ介護が必要になったため、大学卒業後は就職できずに居ました。しかし、幸運なことに状況が改善されたため、このたび就職活動を始め、御社を受けさせていただきました」
IT社長がよくやる、ろくろを回すような手の動きをしながら滑らかに口が回ってくる。
無論、嘘である。親はピンピンしてるし、就職活動始めたのだって親に「このままだと勘当する!」と脅されたからである。
しかし、履歴書ではそんな情報は出てこないため、幾らでも嘘は通せるのだ。
「なるほど。では、レベルが随分と低いようですが、それも働いていないためでしょうか」
「ええ、レベルを上げることも検討はしていたのですが、如何せん介護に追われる日々でございまして……しかし、御社に採用となった暁には全力でレベル上げにも励む所存でございます」
まぁ、何もしていないんだけどね。
言わなければバレないのだ。
「ふうむ……わかりました。それでは次に、大学時代に1年留年しているようですが、これはどのような理由ですか?」
う、ううむ。これも厳しい質問だ。この小太り、人の弱みばかり攻めてきやがる。さてはサドなんだな。小太りサド、サドデブ。いやいや、しかしこれもしっかりと理由は考えてきてあるんだ。
「はい、実はその1年で魔法を習得しておりまして」
「たしかに、魔法欄に『イオ○ズン』と書いてありますね」
「ええ、イオ○ズンを取得するのに時間が必要であったため、留年する必要がありました」
実際はニート期間に、ネタで通信講座で取得したものであるが、バレなければどうということない。
「では、イオ○ズンは弊社で働く上で何かメリットがあるのですか?」
「はい、万が一敵が来ても倒せます、敵全体に100以上のダメージを与えることが可能です」
ふっふっふ……どうよ? とっさの質問にも難なく答えられたぜ。イオ○ズン講座の中で、面接でのPRのガイドラインがあったから助かったぜ。これで採用間違い無……
バンッ!!!!
突然、中央の白髪が机を両手で叩き付ける。
いきなりの出来事にビックリして体が強張る。恐る恐る白髪を見ると、睨み付けるようにしてこちらを見ていた。
「さっきから聞いてりゃ山田さん、あんた就職なめてんでしょ?」
え? え? え? なんでなんで? いきなりなめてるとか言われて意味が分からず頭が真っ白になる。
「い、いえ、なめてなんていませんよ」
必死に頭を動かし、その発言を否定するものの、白髪の勢いは止まらない。
「いいや、なめてるね。適当な嘘で俺たちを騙せると思ってるのが気に入らない。まず自己PRのガソリンスタンドのバイトリーダー、あれ嘘でしょ。普通、バイトリーダーの経験があるほどの優秀者なら危険物取扱スキルがLv.4を超えてるのが当たり前でしょう。それに売り上げトップクラスだってのに称号欄に何も記載が無いのはおかしい」
……バレてた。
「次に今まで働かなかった理由だって、親の介護が理由ならスキル欄に介護スキルがまったく無いのはおかしいんだよ。これくらい介護経験のある人間なら誰だってわかるさ」
……これもバレてた。
「それに、全体レベルが1で家事手伝いスキルが低く、自宅警備スキルならびにネットサーフィンスキルが異常に高いところから見ても、ほとんど親の手伝いもせずに部屋で延々パソコンでもして遊んでたんでしょ?」
……ぐうの音も出ないほどの事実である。すべてバレていた。
「あんたね、面接のプロ舐めんのも大概にしなよ。おおかた、どっかの就職活動の参考書でも読んで自分でも出来る気になってたんだろうけどね。あんなもんは、元々優秀な人間が如何にその良さを引き出すかを書いているものであって、山田さんみたいに何も無い人は、その段階に行くための努力しないとダメなんだよ」
「……はい、すみません……」
なんとか声を出し、謝る。
悔しさ、憎らしさ、恥ずかしさ、いろんな感情がぐちゃぐちゃになって、自然と涙と鼻水が出てくる。
「んでなんだっけ? イオ○ズン? 山田さんさぁ、古いよ。どの会社行ってもそのネタ通じないよ。あれもう10年以上前のネタだよ? 今じゃ最上級魔法でイオ○グランデだってあるんだからさ。どこで見つけてきたか知らないけど、騙されたんじゃないの? それによく見てみなよ、あんたのMPじゃイオナズン唱えられないから。社会はゲームと違うってことくらいわかっておいてくれよ」
「……ずびばぜん……」
どんどんと自分のやった行いを否定されていく俺。ズビズビと鼻水をすすりながら泣くことしか出来ない。
ああ、どうして就職活動なんてしようと思ってしまったんだ。なんでこんな適当な気持ちで採用されると思ってしまったんだ。なんで適当な嘘なんてついてしまったんだ。
後悔したって今更どうしようも無いことは分かっている。分かっているが、俺の心の中は深い闇に飲み込まれそうになっていた。
涙でゆがむ顔を俯けていると、白髪の声がふと優しい声に変わった。
「……でもね、それでもニートやめて就職しようとした山田さんは偉いよ」
「……え?」
驚いて顔を上げる。涙で滲む視界の向こうで、3人の面接官が皆優しい笑みを浮かべていた。
「世の中ね、一回失敗したらそのまま再起できない人も多いんだ。社会に出てから潰れてしまって、自ら命を絶つ人だって少なくない」
そう言うと、白髪は真剣な表情になってこちらをしっかりと見つめてきた。
「その点、大学時代に何があったかは分からないけど、山田さんは偉い。6年間の空白期間があったにも関わらず、それで卑屈になることもなく、自分を売り込むための努力をしてくれた。それは簡単に出来ることじゃあないよ」
そう白髪が言うと、左右の薄らハゲと小太りもウンウンと頷いている。
「そんな立ち直って、何度でもやり直せる人間こそが会社で大きく成長できるんじゃないかな、って俺はそう考えている。会社が求めているのは最初から何でも出来るスーパーマンじゃないんだ。何度転んでも立ち上がり、日々成長を成し遂げる者、そして周囲にその影響を与えられる人間こそが一番ほしい人材なんだよ」
白髪はそう言うと、立ち上がって右手を俺に差し出してきた。
「是非とも君には、今後とも努力を続けていってほしい、頑張ってくれ」
そう言うと、白髪は少し照れ笑いのような表情をつくる。
「それにな、実は俺も持ってるんだ、イオ○ズン」
ははは、なんだ、いい人なんじゃないか。なんか、鼻水と涙でグチョグチョになってたのがバカみたいだ。結局世の中って優しさで溢れているってことなんだ。
俺は今まで一体何を恐れて頑なに働くことを拒んできたんだろうか。こんな素敵な人がいる会社だったら、俺はどんな苦労だって乗り越えられる気がする。そう思わせる会社で面接が出来て、こうして握手を求められている。これって奇跡なんじゃないだろうか。
俺も涙と鼻水をハンカチで拭ってから立ち上がり、白髪の右手を握り返す。
「死んでも付いていきます!」
就職活動について、面接だとか、面接官とか、そんなバカみたいに考えてた俺だけど、これからは生まれ変わろうと思う。これからは真面目に一生懸命努力を続けていくんだ!
こうして、就職活動を始めることで俺のニートの6年は終わりを告げ、すぐに自宅警備員の肩書も消えるであろう。
あとは採用の通知を待てば良いだけのことだ。
それから一週間後、メールが届いた。
「山田一郎様
株式会社 斑鳩マテリアル 採用担当の柴田です。
この度は、弊社中途採用者向け面接にご足労いただき、誠にありがとうございました。
結果、誠に残念ながら、貴殿のご希望に沿いかねる結果となりました。
末筆ながら、貴殿の今後のご健闘をお祈り申し上げます。」
俺は死んだ。
でも大丈夫、リザレクションで生き返るからね!
就職活動って不思議なもので、自分では「絶対いけた!」って思ったところでも落とされたり、逆に「絶対無理だ……」って思ったところから採用連絡が来たりするんですよね。
でも、圧迫面接をしてくる会社は、採用の連絡来ても行く気になれないからやっぱり辞めたほうが良いと思います。
ちなみに、本作のルビは雰囲気で充ててるだけです。ご容赦願います。