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獣王の娘と片足の王子  作者: papiko
第一章
6/31

6

 翌日、フリードマンに書付をわたしたハルベリーにバースティアは出発は三週間後、六月末日と言ってきた。理由をたずねれば、ルクソールが完全に獣化したという。

「それはどういう意味なんだ」

「死ぬのさ」

 バースティアは、小さなため息とともに暗く沈んだ声で答えた。ハルベリーがどう答えていいのか迷っていると、バースティアは誰でもいつかは死ぬもんだとつぶやいた。

「……何かしてやれることはないのか」

 ハルベリーがようやく声を絞り出すとバースティアは弱々しく微笑んで言った。

「少しだけ、ニノの仕事を減らしてやってほしい。ニノに看取りをさせたいんだ。ルクソールもその方が安心するだろう」

「ならば、仕事は全部やすませよう」

「それはダメだ。死は日常にある。すべきことをしながら、看取らないと意味がない。それにな、死だけに向き合っていると生きる気力がなくなるんだよ」

 ハルベリーには、よく分からなかった。だが、それが彼女たちの望みなら聞いてやろうと思った。

「俺が見舞いに行くのはよくないだろうか」

「ルクソールに聞いてみよう。あまり、獣化した姿を人間に見られるのは好きじゃないだろうからな」

「仲間なら……気にはしないのか?」

「しないわけじゃないさ、ただ死期を迎えているときはいろいろと思うところがある。ルクソールが旦那様に伝えたいことがあれば、会いたいと言うだろう」

 ハルベリーにはやはりよく分からなかった。だが、死に向かっている者の望みであればむやみなことをするのはかえってこちらの身勝手なように思えた。

「よくわからないが……姿を見られたくないというのなら、見舞いは控えよう。そのかわり、衝立くらいは贈らせてもらう。いいな」

 バースティアは少しは成長したようだなとつぶやいたが、ハルベリーにはよく聞こえなかった。

「何だ?それもダメなのか?」

「いいや、とてもいい贈り物だ。衝立は華美な物より、香りのよい木材で作ったものがいいだろう。もう、視力は衰えているが、嗅覚は人間より鋭い。人間にはあまり香りがしない程度の木材がいいな……ヒノキあたりかな。まあ、お前が選んだものなら、ルクソールも喜ぶさ」

「わかった。ところで、さっきから気になっていたんだが、お前がてにしているその袋はなんだ?」

 バースティアは、左手でつかんでいた麻袋をこれかと言って、にやりと笑う。


「今日から、旦那様に運動をしてもらおうと思ってな。その道具だ。とりあえず、背負ってみろ」

 そう言われて、しかたなく立ち上がったハルベリーにバースティアは有無をいわせずに麻袋で作ったリュックを背負わせた。

「な!なんだこの重さは!」

 それは思わず膝をつきそうな重さだった。ハルベリーは、松葉杖のおかげでなんとか立ってはいた。

「そんなに重いか?これでも旦那様の体力を考慮して五キロの土を詰めておいだんだがな」

「五キロ……こんなに重いのに五キロだというのか?」

「五キロだよ。これからそれを背負って二時間は庭をあるいてもらわなきゃ困る。出発まで三週間だからな。自分の荷物は自分で持ってもらわなきゃ登山はできない」

 ハルベリーはしばらく考えた。確かに登山には体力がいる。たった三週間でどれほど体が鍛えられるかはわからない。

「歩くだけでいいのか?」

「そうだな、他に何かできるっていうなら、腕や腹の筋力をつける運動をしておいてほしいね。あとは……軍隊式に短期強化方法もあるが、とりあえず、歩いてもらえればいい。出発までにそれが軽く感じるぐらいになっていれば、上出来だがな」

「わかった」

「ほお、最近の旦那様は偉く素直だなぁ」

 バースティアはくつくつといじわるく笑った。

「俺が行くと決めたのだから、その準備をするのは当たり前のことだ。お前もその人を馬鹿にしたような態度。少しくらい改めろ」

 バースティアは何かまぶしそうなものでも見るような目をして微笑んだ。

「まあ、考えておくさ。じゃあ、あたしは仕事に戻るよ。ああ、三週間後が楽しみだなぁ」

「ああ、楽しみだ」

 ハルベリーは威嚇するようにそう言い放った。


 そして、その日から二時間、五キロの麻袋を背負って庭をあちこちと歩き回った。初日には、肩に痣と擦り傷をつくった。フリードマンに軟膏を塗ってもらう。翌日は午前中に街へでて、ヒノキの衝立をさがした。なかなか思ったような物がみつからなかったので、その日は一旦屋敷にもどり、昼食を食べながら登山の本を読んだ。幸い今は夏だから冬ほどの装備がいらない。それでも、登頂に三日は要するらしいシャドーヘイス山は、食料や水といった必需品だけで五キロをゆうに超えるとしるされていた。

 ハルベリーは今まで体について、片足がないことばかりを嘆いていたが、自身の体で鍛えなければいけない場所はたくさんあることに気が付く。そして、日々鍛錬を続けようと決意した。


(何もせずに父上の思い通りになど、なってやるものか)


 ハルベリーのその思いは、彼を自身で鍛える目的となった。


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