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獣王の娘と片足の王子  作者: papiko
第一章
3/31

3

 それから数日は、ハルベリーからの呼び出しもなく、バースティアは薔薇の世話をしながらルクソールやニノとたわいのない話をして平穏な日々を過ごしていた。しかし、それもつかの間、今度は時間などお構いなしで、ハルベリーに呼びつけられた。

「まったく……お前は大公だろう?あたしに法律について聞くなんて愚かだと思わないのか?」

 バースティアは呆れる。ハルベリーの用事は、様々な疑問をバースティアにぶつけて答えさせるという理解に苦しむ行為だったのだ。

「俺をバカにするぐらいだからな。お前は何でも知っているんだろう?だから、聞いてやっているのだ」


 ハルベリーはソファーに悠々と座り、周りに様々な本を散らかしている。

「あのさ、あたしはあんたほど暇じゃないんだ。物事が知りたけりゃ、専門家を雇って勉強すればいいだろう?」

「ふん、それこそ大公として恥だ。手近に物知りがいるなら、利用して何が悪い」

「開き直りか……まあ、いいだろう。あたしが知っていることは教えてやるさ。で、今日は何が聞きたい」

 バースティアはドアの前に腕組みをして立ったまま聞く。

「魔法は魔法錬成学校もしくは魔法師の個人指導をうけなければ使えないと魔法書には書いてあった。だが、俺は使える」

「お前が使えるのは、子供の児戯に等しい程度だ。魔法と言う体系にきちんと沿っていないから、下手に使えば、自分を損なうぞ」

「そんな失敗は今までしたことはない。これはどういうことか、お前に説明できるのか?」

 バースティアは仕方ないとばかりに理屈を教えることにした。


「人間には大なり小なり、魔力が備わっている。だから、体系を学ぶ前に多少は呪文の助けで魔法を使うことはできるが、成功率は限りなくゼロに近い。お前の場合は、他人より魔力が強いのだろう。簡易魔法くらいなら魔法書の呪文を覚えて使うことは可能だ。といっても、錬成学校一年生並みでしかない。学校には教師がいるから、魔法が暴走しても食い止められるが、勝手に独学しようとすれば、どこかでかならず、大きな失敗をする」

「例えば、どんな失敗だ?」

「そうだな、お前がよくあたしに仕掛けていた炎の魔法は簡易魔法だった。だが、暴走すれば人を焼き殺したり、建物を燃やしたりする。特に魔力が強く、不安定な場合に暴走する確率は高い。お前の場合、あたしに何度仕掛けても暴走しなかったから、魔力が強く安定している可能性はある。おそらくそう言うことだ」


 ハルベリーはふうんと関心のないふりをしながら、魔法書を眺めた。確かに自分が使っていた魔法は簡易魔法だ。初級や中級、上級は呪文を暗記していても、詠唱に失敗する。悔しいがバースティアの言い分は当たっているとハルベリーは思った。

「お前の言い分はわかった。もう下がっていい」

 ハルベリーはバースティアを見ずに片手を振って出ていくよう指示した。バースティアは、何も言わず静かに出ていく。一人になったハルベリーのところへ、執事のフリードマンが書類を持って入ってきた。

「旦那様、お戯ればかりせずお仕事をするようにと奥様からご伝言にございます」

 フリードマンは恭しく頭をさげてそういう。彼に付き従ってきた二人の使用人は頭を下げたまま、微動だにしない。バースティアの奔放な振る舞いとは真逆だ。そして、大公であるハルベリーの命令より、母親の命令の方に重きを置いているのは、明らかだった。


「今日の仕事はすんでいる。机に書類があるから、持っていけばいい」

「かしこまりました」

 フリードマンはそういうと、机の上の書類をもって出ていく。だが、二人の使用人は何か命じられることを待つようにドアの側に立っていた。ハルベリーはため息を吐き、杖をついて二人の前に立つ。

「本を書棚にもどして掃除をしておけ」

 そう命じてやると、二人はかしこまりましたと頭をさげたまま返答した。ハルベリーはそのまま、部屋をでて、庭に向う。日課の散歩にはまだ早いが、無言で部屋の片づけを命じられるのを待たれるのも息がるまる。ハルベリーは大公といえども、他の貴族たちとの交流がない。それはパティ―の案内状が来ないからだ。もとから片足ゆえに公の場にでることが滅多になかったせいもあるし、自らパーティを催しはしなかった。その分は、母親のマリアンヌが別館で派手にパーティを開いている。実質の外交は、完全に母親が握っており、誰もが彼女に媚を売った。ハルベリーはいつも自分の存在など、なくていいとさえ思える。ただ、バースティアだけが、真っ正直に自分と向き合ってくれる存在なのだと、微かに感じることはあった。


(居場所のない大公など、なんとみじめか……)


 ハルベリーは、うつむいたまま庭をゆっくりと回った。どんなに庭が綺麗に手入れされていても、何も感じない。季節に応じて、花を植え替えてあることも知ってはいるが、目に入らない。ただただ、自分が一人ぼっちであることを再認識させられるだけの広い庭が憎たらしかった。そんなときに限って、バースティアとニノが親密に話をしていたりするから、余計に腹が立つ。今日も、何か二人で土をいじりながら話し込んでいた。


「……あの人はなぁ。できるだけ避けた方がいい。【先祖がえり】とまでは言えないが、体で快楽をむさぼる傾向が強いからな。特に春季と秋季は絶対近づくな。薬湯はちゃんと飲んでいるか?」

「はい、薬湯はルクソールさんに調合してもらっているんですが、最近効きがわるいようなんです」

 ハルベリーには聞こえてくる会話の内容がよく分からない。それでも、二人が真剣に何かを話しているのは確かだった。

「ニノに伴侶がいれば、薬湯がなくてもすむんだが……仕方ない。護符の魔法を使おうか」

「魔法って……バースティアさんが使うんですか?」

「まあねぇ。獣人にも稀に使える奴がいるのは知ってるだろう?」

「ええ、聞いたことはありますが、それは獣化できない者の特徴だと……もしかして貴女はできないんですか?」

「できなくはないよ。まあ、その辺はいろいろ事情があるんだが。どうする?護符つけておくか?それとも新しい調合を試しておくか?」

「あの……僕の心配をしてくれるのはうれしいですが……貴女に負担がかかるんじゃ?」


 バースティアはニノの頭を優しくなでて大した負担にはならないよと答える。それを見たハルベリーはなぜかニノに強い苛立ちを感じた。そして、いつだったかバースティアに涙を拭かれたことを思い出すと胸が酷く痛んだ。ぎしぎしと音でも立てそうなほど、痛み息苦しくなる。

「まだ、秋季(しゅうき)には間がありますから、薬湯の調合を変えてみます」

「そっか。まあ、その方がいいかもしれないな」

「そういえば、貴女はどうしてるんですか?」

「あたしはフェロモンがでるほど、体が大人じゃないからな。【時遅れ(タイムレイト)】の呪いがかかってるし……」

 バースティアは苦笑する。ニノが首をかしげると、忘れてくれと彼女は言った。

「まあ、成長が著しく遅いって思ってくれればいいさ。そうだ、ルクソールに渡しそびれてた」

 そういってバースティアはエプロンのポケットから組みひものようなものを取り出した。


「体調が悪いと言っていたからな。これを渡しておいてくれ。持っていれば少しは楽になるはずだから」

 ニノは、わかりましたとその紐をあずかる。遠くから家令の呼ぶ声がしたので、ニノはたちあがり、いそいでそちらへ走って行った。バースティアは、それを見送ると土いじりを再開する。

 ハルベリーはバースティアの背後に近づき、魔法がつかえるとはどういうことかと苛立たしげに問う。

「立ち聞きとはね。まあ、いいけど。別に、使えるから使えると言ったまでさ」

 バースティアはハルベリーをふり仰ぐでもなく、作業を続けながらあっさりとそう答えた。それはまるで答えるつもりがないと言いたげな背中だった。ハルベリーは、苛立ちを抱えたまま何も言えずに執務室へ戻って行った。そして、獣人に関する医学書や関連書物を取り寄せるようフリードマンに命令した。


 獣人に関する医学書といくつかの関連本を手に入れたハルベリーは、しばらくバースティアにちょっかいをかけることもなく、おとなしく読書に()っていた。獣人が【亜種(あしゅ)】というわれる由縁は、人間との交配が可能であるということと、その特徴である耳と尻尾だった。また、獣化したときの形態は、イヌ科かネコ科の動物であるとされていた。しかし、その生態は謎が多いという。ある本には、有史以前から人間と共に暮らしていたという説と有史後の突然変異であるという説がある。獣姦(じゅうかん)により誕生した忌まわしい種であると糾弾する書物もあった。


 ハルベリーは、医学書をめくりながら発情期というものが彼らにはあり、人間の思春期にあたる頃は一年中発情状態だが、安定してくると春と秋にしか発情せず、その時期に二人以上の子を産むとされている。ハルベリーはニノの年齢は自分より二つ上、確か十七だということに気が付く。先日、バースティアとニノが話していたのは、この思春期の発情期のことだとハルベリーは理解した。そして、どんな症状を出すのかつぶさに医学書を読んだ。発熱や倦怠という軽い症状から、人間にも影響をおよぼすフェロモンの上昇などが記載されていた。この時期の獣人は薬湯をのみ、できるかぎり身体接触を避けるとされている。特に女子はこの時期に初産を経験してしまうと安定期に入っても強烈なフェロモンが残ってしまうため、心身の不安定な状態となり、獣化の頻度が高くなる。獣化が定着してしまうと数年のうちに死亡する。男子の場合もこの時期に性交渉を繰り返すと女児と同じく安定期に入ってもフェロモンが強くのこり、獣化が定着して数年で死亡する。そのため、彼らは欠かさず薬湯を飲む。薬湯の調合は微妙で人間にはできない。


 ハルベリーは、ルクソールやニノがバースティアを大切に扱うのはこうした獣人の性質のためかと考えた。バースティアの年齢は不明だが、外見は十二前後の少女である。


(あいつからは特に匂いはしないな。ニノは何か香水のようなものでもつけているのかと思ったことはあったが……)


 バースティアはまだ子供だということにハルベリーは思い至る。しかし、あの知識は普通に奴隷として生活して得られるものではないこともわかった。自分たちの生態に詳しいのは、当たり前なのかもしれないが、それでもバースティアの知識はそれだけにとどまらない。法にも詳しい。いったいどういう生活をしたら、あそこまで博学になるのかハルベリーは不思議でしかたなかった。


(本当に馬鹿なのか、俺は……)


 ハルベリーは、考え込む。バースティアに腹を立てていたが、実際、大公となってから教師をつけて勉学をしたことはない。王宮にいたときは、それなりに算術や国語その他いくらかの勉強はした。おそらく、王家のものとして恥じぬ程度のものは、勉強したつもりでいた。

 バースティアが言ったように、彼女に質問をぶつけている暇があるなら、専門家を招いて法律や獣人について学ぶ必要があることをハルベリーは痛感する。そして、自嘲気味に顔をゆがめた。もし、母のマリアンヌが賢明であれば、ともにシーベルへ封じられたとき、ハルベリーに教師をつけたかもしれない。だが、彼女はハルベリーを思って退位したのではなく、窮屈な王宮をでたかったのではないだろうかとそんな思いがハルベリーに深いため息を吐かせた。


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