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翌日、各地から集められた攻撃班の魔法師たちは基地ごとに分かれ、ロックウォール内に入ることになった。魔物の反応は随時、各班長に通信がはいる。近くで動きがあれば、徹底的に敵を殲滅することが仕事となった。ロックフォールは深く広い渓谷だった。川幅もかなり大きく、巨石がごろごろと転がりその間を水が縫うように流れていく。ハルベリーたちは渓谷の中ほどに転送された。
「気を抜くなよ。何がくるかわからないからな」
はいっと全員が返事をした。ハルベリーも神経をとがらせる。近くにいると頭の中で班長の声が響いた。全員が周りを警戒する。すると崖の上に一匹の狗が姿を現した。その頭には細い一本の鋭利な角がつきでている。一匹に気が付くと、つぎつぎと狗の気配が増していった。
『思った以上の数だ。やばいと思ったら、各自転送魔方陣で基地にもどれ。無理して戦うなよ』
デュランからの命令に各々うなずく。そして角のついた狗が一声遠吠えをすると、崖の上から、雪崩のように敵が下りてくる。ハルベリーたちはそれぞれ得意な魔法を展開して、迎撃した。だが、数が尋常でない。
(数に勝つ方法は……)
ハルベリーは鋼鉄結晶を広範囲に連続で放つ。一匹ずつ、的確に消滅させるには数が多すぎるから、狙いをさだめずにとにかく連続で魔法を展開するしかなかった。ハルベリーたちは川に隆起している岩を足掛かりに、対岸へと逃げる。狗たちはそれを追って川に入ってくる。
(水……氷……縄か!)
そう思っているとクリスが秘密通信で援護頼むと叫んだ。全員がクリスを見ると、彼は水辺に手をかざした。
『強き流れよ、強靭なる力持ちて敵を縛る縄となれ。我が命に従え』
川の水が一瞬流れを止めたように見えた。そして、水はまるで触手のようにつぎつぎと狗たちをとらえる。ハルベリーは鋼鉄結晶で、次々と狗を滅する。デュランもアリスもローランドも、飛炎や 氷槍で敵を討ちぬいていく。だが、つぎつぎと崖の上から狗たちが下りてくる。ハルベリーは、一旦攻撃をやめて転送魔方陣を展開し、瞬時にその中に飛び込んだ。
そして、自らを転送したのは、崖の上でこちらを観察していた狗の背後だった。その手には煌めく鋼鉄の剣が握られており、姿を現すと同時に剣を振り切っていた。狗の首と銅があっと言う間に離れた。
崖の上にいた一角の狗は、反撃の間もなく消滅した。そして、崖の上の狗たちは、統制を失ったようにどこかへと散っていった。崖下の狗たちは、水の縄にとらえられ、アリスたちの攻撃ですべてが消滅した。
「なんて無茶をするのよ!」
仲間のところへもどったハルベリーへの一撃はアリスの拳骨だった。
「痛いな。仕方ないでしょ。説明してる暇がなかったんだし……クリスが水縄を発動してくれたから、思いついたんです。司令塔がいなきゃ、きっと増えないって……」
「そうかもしれないけど、そうじゃなかったら君はあいつらの餌食になってたかもしれないのよ」
アリスはもう少し考えて行動してよとため息を吐く。
まあまあとクリスになだめられ、アリスは怒りをおさめた。
「それにしても、よくうまくいったよな」
クリスにそう言われて、ハルベリーは首をかしげる。
「上級魔法の連動使用なんて簡単に成功しない」
ローランドがぽつりとつぶやく。ハルベリーは苦笑いを浮かべ、そうだったと心の中で呟いた。
「今回は運がよかったんでしょ。とりあえず、一旦、基地に戻って回復しましょう。いいですよね、班長」
アリスがそういうと、デュランは基地と通信しながら、ああと頷いた。
「とりあえず、このあたりの魔物の反応が消えたそうだ。……狗は角のある一匹を倒せば、なんとかなりそうだな」
「どういう意味ですか?」
「他の班でも、あれを倒したら波が引くように狗どもは姿を消したそうだ。今までも奴を狙っていたんだが、狙いをさだめると勘付かれて、俺たちが見えない場所に隠れるそうだ」
「わぁ、それって人間が苦戦してるの見物するけど、自分がやばそうなら隠れるって卑怯者じゃないですか」
クリスはそんなんと戦ってんのかよと愚痴をこぼした。初級魔法を使ったとはいえ、大きな河を動かしたからには魔力の消耗も激しいのだろう。アリスにしなだれかかっている。アリスは重いと文句をいいながらも、クリスを支えていた。
「よし、一旦戻るぞ」
ディランは転送魔方陣を展開し、全員基地に引き上げた。基地に戻るなり、クリスはローランドに伴われて救護班のもとへ行った。デュランは結界班のいる部屋で情報をもらってくるといい、アリスとハルベリーを残していった。そして、二人は自分で魔力を回復させる。
「ちょっと来て」
アリスにそう言われてひと気のない建物の影に引きずり込まれる。無謀なことをしたことを怒っているのだろうと思っているとアリスの口から、姫は何を考えてるのと言われた。
「姫って?」
「しらばっくれなくていいわ。あたしはサード。獣人よ」
そう言われて、ハルベリーは驚いた。
「ブルースの他にもいたんだ」
「ブルースを知ってるの?」
「……魔法師団の状況とか、そういうのを教わったんだ……」
「そう、それで姫はなぜあなたみたいな人間を潜り込ませたわけ?」
「潜り込ませたんじゃない。偶然だ。俺はバースティアのもとで魔法師修行してたんだ。先祖がえりで魔力が強すぎるからさ。それで、一応、上級が使えるようになったんで試験を受けたら……」
受かったんだとハルベリーは答えた。
「じゃあ、何かあったから姫が直接きたわけじゃないと?」
「そう、試験は力試しだったんだ。まあ、組織っていうものがどういうものか、経験するのもわるくないだろうとは言ってたけど……アリスはサードなんだな」
「そうよ。魔物の動向と魔王の居場所を探ってるわ。ハルは先祖がえり?」
ああとハルベリーはうなずいた。そして、偶然じゃないかもしれないと言う。
「どういう意味?」
「俺は試験を受けることに夢中になってたから、よく考えてなかったけど。今思えば、遠方のカーディ基地で試験を受ける必要はないだろう」
アリスは確かにと頷く。
「志願兵としてなら、どこの基地でもいつでも試験が受けられるわ」
「そうなんだよ。だから、わざわざカーディを選んだのには理由があるんだと思う。最近、様子がおかしいのもそのせいかもな」
「様子がおかしい?」
「俺と話してるときは、どこか上の空なんだ。食堂でときどき一緒になるけど。ニノの様子も変なんだ」
「ニノって……獣人部隊に入った子?」
「ああ、ひどく疲れてるんだ。確かに連日出動かかれば、疲れもたまるだろうけど……アリスはバースティアとは話したりしないのか?」
「目的がわからなかったから、こちらからは接触しないことにしていたの。下手に接触して、邪魔をするような真似はしたくなかったから」
ハルベリーはそうかと言った。そして考える。何があるのか。
「姫の配属って、確か結界班だったわよね」
「ああ、第二部隊第二班だ。それが?」
アリスは眉をひそめて、ため息をついた。
「魔物の発生源の資料を探るにはどの部隊でもいいから、第二班に配属になる必要があるわ」
「じゃあ、魔王を探してるってことか……」
「そうね」
そして、魔王はキュリアシス連山のどこかにいるということだろうとアリスは考えた。ハルベリーは深いため息を吐いた。
「あいつは……戻ったら文句言ってやる」
「文句って……」
アリスはなんだか力が抜けてしまったようだ。姫をあいつ呼ばわりするほど、ハルベリーは親しいのだろうか。バースティアの秘密をどこまで知っているのだろうと思うが、下手に聞いて藪蛇はまずい。ハルベリーは疑問に思ったことを聞きたがる癖があるからだ。
(獣王の娘だと知っているのだろうか?)
人間がそれを知っていて、まるで友のようにふるまえるだろうかとアリスは疑問に思った。もし、その事実を隠すか、あるいは記憶の改ざんを受けているとしたら。そういう可能性を捨てきれず、どこまで知っているとは聞けなかった。
「……理由はわかったわ。けど、魔法の連動使用は避けなさい。君の魔力がどれほどのモノか今のあたしには測れないけど。下手をすれば、味方を窮地に追い込むわ」
それはないとハルベリーはきっぱりと答える。
「アリスもサードならわかるだろう?俺は変幻していないから、連動使用しても大した負荷にはならないよ。まさか、上級魔法師でも、連動使用の成功率が高くないとは思わなかったけど……現状、使える手はすべて使わないとどうにもならない。違うか?」
アリスは深いため息をつく。ハルベリーのいうことは正しい。今は、使える力を使って魔物を抑えなければならない。アリスも魔法の連動使用ができるのだが、それを行えば獣人の姿に戻らざる得ない。獣人として、軍に入っていれば問題なく使えたかもしれないが、今は人として軍にいる。それは、魔物の動向や魔法師団の状況を探るためだった。
「確かにそうよ。それでも、偶然は何度も起きないわ」
「偶然じゃないよ。俺にとっては連動使用する方が普通だったんだ。ここにきて、その成功率が低いってローランドが言ったときに、バースティアが目立つようなことはするなって言った意味がわかったけど。だから、心配はいらない。使えるから使ってるんだ。無理してるわけじゃない」
ハルベリーの真剣なまなざしを見て、アリスはその言葉に偽りがないことを感じる。
(姫に直接鍛えられたのなら、魔法の連動使用など当たり前になるのは必然か……)
「わかった。好きにすればいいわ」
そう言うとハルベリーはほっとしたように微笑んだ。
「よかった……それでもダメだって言われたら、ちょっと困った」
「どうして?」
「アリスは先輩だし、俺の教育係だろ?あんまり怒らせたり、心配させたりしたくないんだ」
それだけっと、ハルベリーはいたずらっ子のようににやっと笑った。アリスは苦笑いを浮かべて釘をさす。
「そう思うなら、無茶はしないことね」
わかったとハルベリーは素直にうなずいた。




