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ハルベリーが岩人形と遭遇してから一週間経過しても、魔物に動きがなかった。まるで嵐の前の静けさのようで気味が悪いなとクリスが苦笑いする。こっそりとバースティアにも、状況を訪ねてみたが、わからないとしか答えなかった。食堂であっても、どこか上の空と言うか、何かを考えている風だ。だが、同じ第二班の仲間とは普通に笑いあい、問題なく溶け込んでいるようにハルベリーには見えた。
(ニノといい、バースティアといい……ここに来てから二人とも変だよな)
それを率直に聞いても、ニノは疲れているからだというし、バースティアは考え中だから邪魔するなという。なんだか、自分だけ蚊帳の外に放り出された気分だった。
そんな何とも釈然としない思いを抱えていたハルベリーだったが、第一部隊第五班に第三基地テロンへの出向が決定された。第三基地テロンといえば、ペルージャ王国内にある魔法師団の基地だ。禁足地は渓谷ロックウォール。その向こうには、第四基地リリスとアーヴェイン王国がある。基本的に禁足地を挟んだ形で設置してある基地同士はときに共闘することもあるという。例えば、カーディ側に竜が現れれば、即座にペルージャ王国側に位置する第一基地ギリスから、応援がやってくる。
ところが、今回は第三基地テロンにも第四基地リリスにも、各基地への応援要請が出ているのだという。そこで、第四基地リリスには第二部隊から第五班、第六班、第七班の十五人と救護班の第三班が派遣されることになった。テロンには第一部隊から同じく第五班、第六班、第七班に救護班の第三班が応援に行くことになった。そこまでの説明は、第一部隊長から、各班長が命令をうけ、それを各班の詰所で班長が説明をしているとう状況だった。
「最大の敵は大蛇らしいが、問題は狗や赤銅豹の群れがかなりの数に上っているということだ。奴らは足が速い。爆雷魔方陣や捕縛魔方陣をトラップとしてしかけて何とか対応しているのが現状だそうだ。近隣住民は非難させる暇もなかったらしい。なんとか生きのびたものは、一番近くのソレイユに避難させたそうだ。渓谷周辺には壁魔方陣が展開している。その分、テロンもリリスも全体の魔力の消耗が激しい状況だ」
デュランの説明を聞いていたアリスが眉をひそめる。
(爆発的な発生か……すくなくともここには、ブルースも姫もいるから大丈夫だろうけど……)
厄介ねとアリスがつぶやく。そうだなとクリスが答えた。
「犬の群れに、豹の群れか……あれ?ちょっとまてよ。赤銅豹は群れないんじゃなかったっけ?」
クリスの疑問にデュランもそれが問題なんだと言う。
「テロンで対応が回らないのは、群れないはずの奴らが群れだしたからなんだそうだ。けが人もそれなりにでてるらしい。気を抜くなよ」
ハルベリーはふと疑問に思った。群れないのに群れるなら、司令塔のようなモノが存在しているはずだと。それを見つければと考え込んでいるとデュランがどうしたと声をかける。ハルベリーは、はっとして少し戸惑いつつも、自分の考えを口にした。
「群れないはずの魔物が群れたということは、魔物の中に司令塔みたいな何かがいるんじゃないかと思ったんですが……」
「確かにな。たぶん、テロンでもその話は出ただろう。だが、見つからなかった。それでこっちに応援要請が来てると考えた方がいいだろうな」
「そこなんですけど。見つからないというのが、腑に堕ちなくて……」
なんでだとクリスが尋ねる。
「いや、なんでって……狗なら、群れのリーダーには額に角があるじゃないですか。だから、何らかの特徴があると思ったんですけど……単純すぎますか?」
「なるほど、テロンはそれを見落としてる可能性があるというわけか……」
デュランはそういって黙り込む。ハルベリーはテロンの魔法師団を侮っているわけではないので明確な特徴じゃないのかもしれませんがと付け足した。
「それなら、群れをよく観察する必要があるわね」
アリスがそういうとローランドもそうだなと同意する。
「司令塔かぁ……一番その可能性が高いのは大蛇ってことにならないか?」
クリスがそういうと全員の視線が彼に集まった。
「え?……いや、だって知能的に考えればさ。可能性は低くないだろう?」
デュランはふっとため息をつく。
「クリスのいうとおりかもしれん。そうなると、かなり厄介だな」
「そうですね。大蛇を窮地に追い込めば、司令塔かどうかははっきりするでしょうが」
ローランドが渋い顔でそう言う。
「班長……あたしたちだけで、大蛇に対処するとかいいださないでくださいよ。少なくとも三班以上はいないと危険です」
アリスが一応、釘をさした。テロンの魔法師がどれだけ使い物になる状況かわからない、この時点で最悪の選択をされては困るのだ。
「わかっているさ。どう動くかは、向こうに着いて状況把握してからだ。他の班との連携も必要だしな」
クリスはそっとハルベリーに顔をよせ、小声で言った。
「とか言って、二軍部隊だけで大蛇と対決したいとか思ってんだぜ、あの人」
「何か因縁でもあるんですか」
「単に大物がすきなんだよ。血の気が多いともいうけどな」
クリスはのどの奥でくくっと笑う。クリスも血の気が多いとローランドがぼそりとつぶやき、ハルベリーは、吹き出しそうになった口をぐっと押える。そして、三人をアリスが冷やかな目で見ていた。
テロンに着くと、救護班の第三班はすぐに救護活動を開始しなければならなかった。攻撃班の班長たちもすぐに招集され、ハルベリーたちも班ごとにテランの魔法師たちの魔力を回復させる仕事に従事した。テロンの魔法師たちは、壁魔方陣を張り続けているため、お互いに魔力復元や魔力増強ができない。クリスは初級しか使えないため、同様に治癒魔法力の低い者とテロンの鏡の間で情報収集の手伝いとなった。
「着いたばかりですまない」
ハルベリーが魔力復元で魔力の回復を手伝った魔法師たちから、そんな言葉がいくつも聞かれた。アリスやローランドも同じような言葉を聞いていた。
ハルベリーは魔力増強も使えるが、自分の魔力を維持しないとならないので魔力復元を使う。そして、一人十五人に対する処置が終わると、別の部屋で班ごとに休憩に入った。
「さすがに疲れるな」
珍しくローランドがそんな言葉を呟いた。アリスもそうねと言う。
「年のせいかな」
ローランドは苦笑した。ハルベリーは疲れは感じていなかったので、ローランドに魔力復元を使った。ふわりとローランドの周りを風が抜ける。余裕だなと驚いたようにローランドがつぶやく。
「そうですか?俺、疲れてないし、魔力も消耗した感じはないし」
「そうか、ありがとう。……魔力増強は使えるが、自分にしか使ったことがなくてな。他人に使うとかなり消耗するようだ。二人ともできるだけ、魔力復元だけで対応するほうがいいぞ」
アリスは頷き、ハルベリーを見て言った。
「ローランドのいうとおりね。ハル、とりあえず、休憩ごとに自分にも魔力復元をかけときなさい。いつ出撃命令がくるかもわからないしね」
ハルベリーはわかったとうなずいた。結局、その日はほとんどがテロンの魔法師たちを回復させることに費やされた。そして簡単な夕食を食べた後、応援にきた各軍の魔法師は講堂に集められ、それぞれ班ごとに車座になって班長からの報告を聞いた。
デュランの話では、大蛇は一度だけ姿を現したきりだという。昼間は狗が暴れまわり、赤銅豹が敵となった。まるで渓谷から逃げようとするかのようにひっきりなしに現れるという。リリスと共同で張り巡らせた壁魔方陣がそれを食い止めているが、どれほどもつか見当もつかない状態だったという。今は、ハルベリーたちの回復魔法により力を取り戻したから、奴らも容易には渓谷から出られないという。
「どっから湧いてくるのかわからんが、全力で叩きのめすしかない。今回ばかりは命の保障はできない。命が惜しい奴は……」
「いりませんよ。そういう気遣い。あたしたちは戦うためにここに来たんでしょ」
アリスはじろりとデュランを睨んだ。
「今回くらいはいわせろよ。アリス……真面目な話、どうなるかわからなんのだ。抑えきれない可能性が高い」
「それでも抑えるのが俺たちの仕事でしょ」
クリスは不敵な笑みを浮かべて言った。まったくだとローランドが同意する。
「ハル、お前は無理しなくていいぞ」
クリスがそういうと、ハルベリーは何がですかとあさっての方向に返事をする。
「お前、話聞いてたのか」
デュランが呆れた声でそういうと、ハルベリーは申し訳なさそうに言った。
「すみません、聞いてませんでした。どうやったら大蛇を見つけられるか考えてたから……」
それを聞いて全員が深いため息をついた。そして、くすくすと笑いだす。ハルベリーはなぜ笑われているのかわからず、困った顔で固まっている。
「いいや、いい度胸してるよ、お前」
「まったくだわ……」
クリスとアリスがそういうとローランドも確かにと頷いた。




