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獣王の娘と片足の王子  作者: papiko
第三章
24/31

4

 ようやくハルベリーも夜営の任につくことになった。夕食を済ませた隊員たちは、第一班が設置した転送魔方陣(パルス・マジカル)をくぐって、キュリアシス連山の中腹に送られた。ハルベリーは転送魔方陣(パルス・マジカル)をくぐるとよろりとふらつく。それをクリスに支えられて慣れだよと笑われた。ハルベリーは曖昧な笑みを浮かべ、クリスに礼をいう。


(慣れといわれてもなぁ……)


 転送魔方陣(パルス・マジカル)をくぐるのはこれが初めてではない。試験を受けにきたとき、何度もバースティアの作った転送魔方陣(パルス・マジカル)をくぐった。そのたびによろめく体。義足にかけられた魔法の影響が少しあるんだろうとバースティアは言っていた。吐き気がなければ、完全な拒絶反応ではないから、問題はないらしかった。


 夜営はまず魔方陣の設置から始まる。すでに、夜営地から半径一キロメートル四方に探知結界(センサー・ガード)が張られているので、その内部に捕縛魔方陣(スタップ・マジカル)爆雷魔方陣(スタンボム・マジカル)を施していく。それを魔物が踏んだり、上を通過すれば、動きを封じたり、爆破したりできる。ただし、魔方陣の発動圏内は上空までは届かない。だから、上空から一気に降下してくる 双頭鷲(ダブルヘッド)狂梟(ルナスウェル )には、あまり効力を発揮しない。特に夜間は、夜目の効く狂梟(ルナスウェル )の群れは脅威となる。上空を飛んでくるだろうそれらは、探知結界(センサー・ガード)がドーム状に張り巡らされているので、それに引っかかる。それを突き破って攻めてくるまでの時間は、目を覚ます程度のわずかな時間である。だから、各々その身に防御魔法を施す。

 

 おおむね壁魔方陣(ウォード・マジカル)を施しておけば、狂梟(ルナスウェル )の初撃からは守られる。そのあとは素早く攻撃に転じなければならない。狂梟(ルナスウェル )の攻撃は一か所に集中するので、狙われた者は速やかに鋼鉄魔方陣(アイアル・マジカル)をはって、中級以下の攻撃を加える。その間に、仲間が狂梟(ルナスウェル )を一掃してくれるのを待つしかない。一種のおとり状態だ。ただし、魔方陣は展開しているだけで、わずかだが魔力を消耗する。とくに上級魔方陣を展開し、同時に上級魔法を使うのは難しく危険でもあった。それは一時的とはいえ、急激な魔力低下をお越し、魔方陣の維持も危うくするからだ。


 ある程度のトラップをしかけ、夜営用の二つのテントを張り終わると班長以外は交代で眠る。

「班長は寝ないんですね」

「そりゃ、通信が瞬時に飛んでくるのは班長だけだからな」

「へぇ……全員に飛んでくることはないんだ」

「基地から距離があるからな。距離が遠ければ発信者の負担になるし、さらに複数通信だと魔力の消耗が激しくなるから、通信つなげっぱなしってわけにはいかなくなる。第一、秘密通信(シークレター)を複数で使用できるのは半径一キロメートル以内だからな。長距離だと一対一だ。だから、基地側と班長とを繋いで、班長は俺たちとつなぐわけな。そんで、俺たちは命令に瞬時に反応して、敵を粉砕しなきゃならんのよ」

 そんなに魔力を消耗するのかとハルベリーは疑問に思ったが、秘密通信(シークレター)を使ったことがあるのは基地内だけだから、負担を感じなかったのだろうと思いなおす。


 まあ、何もなけりゃそれにこしたことはないさとクリスは笑う。ハルベリーはそんな日もあるのかと、意外な気がした。少なくともここは魔物のテリトリー。むしろ、行き会わないほうがおかしい気もしたが、クリスの話だと、魔物は生存しているのではなく、発生するも。つまり、どこからか突然湧くのだ。その原理は未だにつかめていないという。発生源さえ見つけて叩けば、こんな風に各禁足地周辺に魔法師団を置く必要はないのになとクリスは愚痴をこぼす。


(その発生源は魔王だ……)


 ハルベリーはそれを口にすることはない。魔法師団は魔王を確認できていない。ただ、対処療法的に戦うしかないのだ。必死で、発生源をさがしていつの日かそれを叩き潰すことを、誰もが考えている。バースティアは奴隷として世界中を旅しながら、魔王を探していたと言っていた。そして、その旅先で出会った【第二種世代(ダブルエイジ)】や【第三種世代(サードエイジ)】をユスタファムに導いた。


『魔王がいるから、魔物が発生するのなら、魔王を叩くのが一番手っ取り早いがな。誰にも所在がつかめない。姫にもわからないんだ。まあ、本当に存在しているのか俺にもよくわからんがな』


 そういってブルースが笑ったのを、ハルベリーは思いだす。魔王がどんな人物なのか想像もつかないのに、それが誰かをハルベリーは知っている。そして、それを誰かに話したとしても信じられることはないということもわかっていた。現に、自分もその存在に半信半疑なのだから。

 ハルベリーは小さくため息をつき、考えるのを止めた。そして、ふっとニノはどうしているだろうと思った。入隊してから、まともに話したのは、入隊直後の秘密通信(シークレター)だけだ。食堂で顔を合わせても、微笑み返すだけだった。

 獣人部隊は連日のように出動がかかっていると聞いた。きっと、疲れているのかもしれないとハルベリーは思うことにした。いつか、理由がわかればいいがと思いつつ、班長の命令でクリスと火の番をする。アリスとローランド・アートはそれぞれのテントで仮眠にはいった。


「魔物って何にひきよせられるんですかね」

 ハルベリーが素朴な疑問を口にするとクリスは、さあなと間延びした返事をした。

「ハルはいつも変わったこと考えてんのな」

「変わったこと?」

 ああと火に薪をくべながら、クリスがうなずく。

「ほら、入隊したてのときに、アリスに聞いたんだろう?肉弾戦の意味」

 ハルベリーはああと思い出す。確かに、実戦で直接魔物と武術対決なんてことにはならない。アリスはあのとき、反射神経と勘が働かなければチームワークが取れないと教えてくれた。

「それって変ですか?」

「変っつうかさ。俺はそういうの考えたことなかったからな。せいぜい、出撃が減ったことが気になったくらいでさ。だから、お前の発想って面白いのよ。ああ、悪い意味じゃないから、気にすんな」

 そうですかとハルベリーは答えた。なんでも、疑問に思うと口にする癖はブルースとのやりとりで身についてしまったらしい。悪い意味じゃないとクリスがいうのだから、そうなのだろうとハルベリーは納得した。

「まあ、奴らは引き寄せられてるっていうより、勝手に発生してるって感じらしいがな。噂によれば、魔王なんてのがいてさ。実はそいつが魔物をばらまいてるなんて話もあるんだぜ」

「魔王……」

 ハルベリーはふっと真剣な顔でつぶやいた。

「ただの噂だからさ。お前、真剣に悩むなよ」

 ハルベリーは曖昧に微笑んだ。ハルベリーの体には、噂の魔王の血が流れている。正確にはその血族の血だが、魔力の強さは、結局そこからきているのだとバースティアに知らされた時は、愕然とした。できるかぎり、強く自分は自分だと。魔王とは関係ないと言い切ったのを思い出す。


(ラフィール以前の彼の血族……)


 血統が人の人生を決めるんじゃないと、ハルベリーは何度もひとり自分に言い聞かせた時期もあったが、今は、虚勢をはって俺は俺だと言うこともない。ただ、なぜラフィールは禁足地にのみ、魔物を発生させているのか。それ以外の場所に魔物を発生させることができないのか。そしてどこにいるのか。何が目的なのかも誰にもわからなかった。ハルベリーはバースティアの態度がおかしいことも、それに関係あるのかと思った。食堂でときどき一緒になっても、どこか適当な返事しかしなかった。何かひっかかることがあると一人で悩むのがバースティアの悪い癖だと、セシルやブルースが言っていた。


(また、なんか一人で考えてんだろうな……)


 そんなことを思いながら、適当にクリスと話していると、あっというまににアリスたちとの交代時刻になった。テントは一人が寝られるくらいの大きさだ。護符をつけてあるので、一種の結界の中で眠る様なものだ。護符には催眠作用もあると聞いている。ハルベリーはテントに潜ってすぐに眠りに堕ちた。


 それは眠って一時間もたたないころだった。起きろという声が脳を揺さぶる。何事かとテントを出れば、そこには月明りに照らされた巨人がいた。いや、巨人ではない。岩でできた岩人形(グレイラム)だ。

「ダメです!班長!捕縛魔方陣(スタップ)が効きません!」

 アリスのこわばった声が後方から聞こえた。

爆雷魔方陣(スタンボム)もダメです!」

 近くでクリスが叫ぶ。膝をねらえと班長のデュランは叫びながら、 氷槍(クランスブルー)を敵の膝に幾度も叩き込む。ハルベリーも敵の膝を狙い 鋼鉄結晶(アイアルクリスト)を放つ。鋼鉄の鋭利な切片が敵の膝に突き刺さりはしたが、破壊には至らない。岩人形(グレイラム)たちは多少の破損を気に留めることもなくじりじりと五人に近づいてくる。これ以上、間合いを詰められれば、岩人形(グレイラム)の強靭な拳で殴り飛ばされ、重い足で踏み殺される。とにかく、足を止めなければならない。ハルベリーは中級の攻撃魔法が成果をあげない中、ただひたすらその方法を考えていた。周囲にいるのは、全部で十五体の岩人形(グレイラム)。滅多に叫ばない物静かなローランドも、飛炎ショットビートを何発も連続で打ち続けているが、ダメージが少なすぎると叫んでいた。


(一気に足止めをする方法……何か、何かあるはずだ……そうだ!)


 不意にハルベリーはすっとかがみこみ、足元に手を置いた。そして、初級魔法を発動させる。 

『地に眠る水よ。わが敵をその身に沈めよ。我が命に従え』

 ハルベリーは初級魔法で地下水に命令をくだした。水は岩人形(グレイラム)たちの足元に湧き上がり、泥と混ざり沼となって動きを封じていく。


「今だ!」

 ハルベリーが叫ぶと仲間たちはいっせいに魔法を放った。業火(ヘルディアルビート)の蒼い火柱が岩人形(グレイラム)たちを一気に包み込む。そこへ飛炎(ショットビート)鋼鉄結晶(アイアルクリスト)氷槍(クランスブルー)が弾丸となって立て続けに焦げた体に打ち込まれる。反撃は成功し、十五体の岩人形(グレイラム)たちはあっけなく消失した。


「まさか、初級魔法で足止めするとはね」

 アリスは苦笑いを浮かべて言う。

「大した機転だよ」

 クリスがばしばしとハルベリーの背中を叩く。デュランも上出来だと笑った。ローランドも微笑みをうかべている。

「それにしても、よく初級魔法がきいたよな……」

「ほんとにね。でも、足場がぬかるめば重いあいつらは沈むって当たり前のこと、すっかり忘れてたわ」

 クリスとアリスは、慣れって言うのは怖いなと視線を交わした。

「初級でも使いようってことだ。俺たちは中級や上級ばかり使いなれてるからな。簡単なことに案外きづかん。いい勉強になったよ。ハル」

 デュランはそういってハルベリーを労う。

「いや、単に足を止めるって考えてたら浮かんだだけで……」

 ハルベリーは褒められてうれしいが、なんとなく気恥ずかしかった。バースティアはいつも言っていた。条件次第で初級は上級を上回ると。あの言葉が、今回役にたったということをしみじみとハルベリーは実感した。初級なんて子供だましだと、何度も思ったことを反省した。


「それにしても、中級魔法がこれだけ効果がでないなんてな。奴らは進化したのか?」

 デュランは首をかしげる。その言葉に、ハルベリーは以前は違ったんですかと思わず尋ねた。

「ああ、岩人形(グレイラム)を倒す方法は、至って簡単なんだよ。奴らの歩行速度はゆっくりだからな。中級魔法で足を粉砕すればあとは上級魔法で破壊できる。接近戦にならない限り、こちらが有利なんだ。奴らの速度が遅くても上級魔法は狙いが付けにく。だから、足止めして叩く。これが今までの戦術だったんだが……」

「今回は、思った以上に中級の効き目がなかったですね」

 ローランドがそういうとクリスもうなずく。

「なんか、魔法が弾かれてるつうか、効力が半減してる感じだったな」

 アリスもそうねと頷いた。

「とりあえず、報告は入れたから今頃は上層部にも情報が行ってるだろう。岩人形(グレイラム)への対応は少し変わるだろうな」

 デュランは難しい顔をして、他の魔物にも何か変化があるかもしれんなと呟いた。


 そうこうしているうちに、獣人部隊の第一班が転送されてきたが、すでに戦闘が終了していたので、拍子抜けしたような顔をしていた。その中に、ニノがいる。珍しく、ニノがハルベリーに近づいて話しかけてきた。

「無事だったんだね」

「ああ、なんとかな。それより、お前は大丈夫なのか」

「大丈夫だよ。疲れてはいるかな。少しだけど」

 ハルベリーは少しほっとした。確かに疲れているように見えるが、いつものニノだった。やはり、連日の出動がこたえているのだろう。その上、夜営組のサポートとして飛ばされてくれば、疲労困憊も甚だしいに違いない。

「治癒魔法で回復は図ってるんだろ」

「うん、それでも精神的にちょっと参るよ」

「そっか……じゃ、これ貸しといてやるよ」

 ハルベリーは、首から下げていたバースティアお手製の守りの石をニノに渡す。

「僕は自分の分があるよ」

「俺の分もあれば、さらによしだろ。とにかく、持ってろよ。お前が元気ないとこっちもやる気が失せる」

 そういって、ハルベリーは自分のお守りをニノに無理やり握らせた。


「ハル、もどるぞ」

 クリスに呼ばれて、じゃあなとニノの肩を叩いてハルベリーは転送魔方陣(パルス・マジカル)の中へ消えていった。ニノはため息をついて、お守りをポケットにしまった。そして、班長に呼ばれる。これから結界班の二人が再度探知結界(センサー・ガード)を張るので、護衛をするから気を抜くなと言われた。ニノは、静かに返事を返し、聴覚や嗅覚を研ぎ澄ませる。心のどこかで、今夜はこのまま何事もなく朝になるだろうと思いながら。


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