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獣王の娘と片足の王子  作者: papiko
第二章
20/31

10

 ハルベリーたちが旅立って七日後のことだった。一人の獣人がフリードマンを訪ねてきたのは。彼女はハルベリーの使いでやってきたという。フリードマンは、彼女を裏門から招き入れ、奴隷小屋で話をした。

「ハルベリー様はご無事なのですね」

 少女ははいと答え、手紙を渡した。

「お手紙を読んでいただければ、事情が分かるかと」

 フリードマンはわかりましたと言って、手紙を読んだ。字を追うごとに表情が厳しいものに変わる。最後まで読み終わると深いため息をもらした。

「この手紙のとおりなら、アヴィさん、あなたを奴隷としてここに置かなければならないということですが、貴女はそれでよろしいのですか」

「ええ、ちょっと外にでたかったし、奴隷といってもあちらでの生活とあまりかわらないと聞いています。それに連絡係がいないと、嘘をつき通せないでしょ。ちなみに私、魔法師なのでたいていのことはできますから。姫……じゃなくてバースティアさんにも、フリードマンさんの言うことをよく聞いて手助けをしろといわれてます」

 フリードマンは、しばし黙考する。手紙にはバースティアの故郷で魔法を取得することにしたこと、マリアンヌには、魔法使いに弟子入りしたから大公の仕事はフリードマンに委任すると伝えること。そして、密命に対しては、準備に手間取り予定を大幅におくれて山へ向かったことを知らせる密書を書いたので、それを王家に届けるよう書かれていた。

「仕方ありませんね。では、貴女は旅先でハルベリー様が買った奴隷ということで、ここの住んでください。食事は朝と晩だけですが、食べられないものはありますか?」

「いいえ、ありません」

「わかりました。あとで、他の者たちと引き合わせますから、それまではここから出ないようお願いします」

 フリードマンはアディにそう告げて、一度、屋敷へもどった。そして、マリアンヌの部屋を訪ねる。

「マリアンヌさま、ハルベリー様からお手紙が届きました」

 恭しくマリアンヌ宛の手紙を手渡す。マリアンヌはけだるそうに、手紙を開くとゆっくりと読んでいく。そして手紙を読み進むにつれて顔色が悪くなり、激しい怒りの声を発した。

「魔法師に弟子入りしたから、帰れないだの。貴方に全権委任しただの……なんなのこれは!!」

「お手紙のとおりでございます。わたくしに大公代理人として全権委任されました。マリアンヌさまの生活に関しては特に口出しはせぬようにとも申し付かっております。収入に限りがありますので、今以上の贅沢は御遠慮願いますが、それ以外はわたくしから申し上げることはございません」

「そんなことはどうでもいいわ。すぐにあの子を探して。魔法師なんて馬鹿げたものに弟子入りだなんて!!なんて恥ずかしい真似を!!」

「ですから、内密にとの仰せです。万一、大公様に出席が必要な催し事がございましたら、今までどおりお体の具合が悪いとして、できればマリアンヌさまに出席をお願いしたいとのことでございます。それに、今、表だってお探しになるのはやめておいた方がよいかと存じます」

「どういう意味?」

 マリアンヌはじろりとフリードマンを睨む。

「大公家を取り潰す口実を王にお与えになるかと……」

 マリアンヌは息をつめた。王はハルベリーの熱病はマリアンヌのせいだといい、あの足では王として見栄えが悪いとも言った。すがりつこうとするマリアンヌを、もうお前などいらぬと言って王妃を剥奪し、息子ともどもシーガルへ追いやった王。その王が次に考えるのは、邪魔者の排除。すなわち、ハルベリーの不在が明らかになり、魔法師に弟子入りしたなどとしれれば一大事である。

「わかったわ。隠し通せるというなら、そうすればいい。私は何も知りません」

 フリードマンはその言葉を聞いて、かしこまりましたと言ってマリアンヌの部屋を出た。そして、使用人頭のマイセンと料理長のライラ、メイド長のマリンを連れて、奴隷小屋に戻った。

「紹介します。新しい奴隷のアヴィです。アヴィ、こちらはマイセン。使用人頭です。それからこちらがライラ、料理長です。そしてこちらがメイド長のマリンです」

 マイセンは人好きのする笑顔ではじめましてと笑う。料理係のライラは愛想のない顔で挨拶するとアヴィをじろじろと見ている。最後に紹介されたマリンが一番若いらしくただ静かに微笑んだ。

「アヴィと申します。なんでもするので、よろしくお願いします」

 アヴィが元気よく挨拶すると、ライラがフリードマンに尋ねる。

「どういう経緯で、この子はうちに来たんですか?こんなに華奢じゃあ、小麦袋は担げないんじゃないかい」

「旦那様の気まぐれです。アヴィ、君は小麦袋を担げますか」

「大丈夫です。もともと、農業奴隷として働いてましたから、小麦袋ぐらいなら二つでも平気です」

 ライラはどうだかねと疑わしげに見る。

「なんでしたら、担いで見せましょうか?」

「いいよ。そのうち担いでもらうこともあるだろうしね。ああ、あとあんたは屋敷にはいるんじゃないよ。特に厨房にはね。食事は朝晩、厨房裏の戸口で待ってれば渡してやるから」

 アヴィは、はいっと元気にうなずく。

「高い所に上るのは平気かい、お嬢ちゃん」

 今度はマルセルが尋ねた。アヴィは平気ですとはきはきと答える。

 ならもんだいないとマルセルは言った。そして、無言で微笑んでいたマリンが口を開いた。

「縫い物はできますか?それと薔薇の手入れは?」

「縫い物は簡単な繕いものならできます。薔薇も大丈夫です」

「わかりました。何かあればお願いします」

 アヴィははいっと返事した。フリードマンはそれぞれの顔合わせが終わると、三人を先に屋敷へ戻し、アヴィとこれからのことについて話をすることにした。


 三人が出ていき、気配が遠のくとそれでとフリードマンが口を開いた。

「これからのことですが、正直、ハルベリー様の動向についてはいつまでも隠し通せないと思うのですが、その辺はどうしろと?」

「ご心配にはおよびません。王様への密書には物忘れの術が施してあります。誰かがハルベリー様のことに触れても一時的に思い出すだけで、捜索をしようとはなさらないでしょう」

「そうですか。それにしても、本当に魔法師になるおつもりなのでしょうか」

「決意は固いそうです。どのみち、弟君が王太子になられないかぎり、戻ることはないとおっしゃっていました。少なくともあと二年、長ければ四年は戻らないと思います。緊急の事態が起これば、バースティアさんが対応しますから、問題ないです」


 フリードマンはしばらく考え込む。手紙の文字は明らかにハルベリーの字だった。だから、偽物ということはない。お供としてついて行ったバースティアは、魔法が使えた。ということは、彼女に弟子入りした可能性もあるだろうかとフリードマンは考えるが、何はともあれ無事であることに変わりないようだった。

「こちらから、お手紙を差し上げることは可能ですか?」

「もちろん。魔法で転送できますよ」

「それは……つまり、あなたも上級魔法使いだと考えてよろしいのですね」

「はい、バースティアさんほどではありませんけど。できる限りのことは、あたしが対処します。ああ、屋敷の周りをうろついていた密偵さんたちにも、物忘れの術を施しておきましたから、誰がハルベリー様の動向をさぐっても、正確な情報は得られないでしょう」

 アヴィはにこにこと笑いながら答えた。そして、思い出したかのようにポケットから何かをとりだした。どうぞと見せられたのは、蒼い色の小さな水晶に皮ひもを括り付けて、ペンダントのようにしたものだった。

「これは?」

「護符です。フリードマンさんに何かあると、大公領の方々がこまるだろうとハルベリーさんがおっしゃったので。バースティアさんがハルベリーさんの魔力をほんの少し使って作られました。あなたに何かあればすぐにハルベリーさんにわかるようになっています。これを身につけていれば、怪我や病気もさけられます」

 アヴィは、すっとフリードマンの手をつかみ、護符を握らせた。

「できるだけ、肌身離さずもっていてほしいとハルベリーさんからの伝言です」

「わかりました。ところで、ハルベリー様はどこの村に滞在されているのでしょう」

 フリードマンにとっては素朴が疑問だったが、アヴィは困ったような顔で答える。

「ウェルセドール連山の麓の村としか答えられません。何せ地図に載っていませんから」

 そう言われて、フリードマンの頭の中にハルベリーが探しにいったユスタファムのことが浮かぶ。まさかと思いながら、口を開こうとしたとき、アヴィがそれを遮った。

「ご想像の通りとはいえませんが……ハルベリーさんは安全な場所にいることは確かですから。心配なさらず、お仕事に励んでください」

 そう言われて、フリードマンは開きかけた唇を閉じ、うなずいた。そして、アヴィに今日はゆっくりして明日からいろいろとお願いするだろうと言い残し、奴隷小屋を後にした。残されたアヴィは、荷をほどき適当に片づけると、一枚の鏡を暖炉の上に飾った。

 そして中空に指で文字を描き、鏡の表面に触れる。すると鏡の向こうにバースティアの姿が映った。


『何とかなったようだな』

「はい、なかなか聡い人ですね。この状況で騒ぎ立てもせず、冷静に対応されましたよ」

『そうか。アヴィ、いろいろすまないな』

「いいえ、姫様の頼みですから。それに最近の世の中の様子も自分の眼で見られるよい機会です。使用人の方々の代表者にも会いました。うまくやっていけそうです」

『ならいいや、ああ、あまり魔法は使うなよ』

「ええ、わかってます。では、また」

『ああ、困ったことがあったら、すぐに知らせよこせよ』

「はい、姫様」


 アヴィは鏡にもう一度指先を触れると、バースティアの姿ではなく自分の姿が映った。十代後半の少女。緩やかなウェーブのかかった金の髪に深い暗い青の瞳と同じ色の猫耳。今日から奴隷生活が幕をあけることにアヴィは少しわくわくしていた。


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