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獣王の娘と片足の王子  作者: papiko
第二章
19/31

9

 バースティアは、深いため息を吐いた。

「メイデェン……お前の時間が限られているからって、ことを急ぐな。あれはまだ子どもだ」

「子どもだからこそ、わだかまりやためらいを超えることもできるのではないですか?」

「あいつが庶民ならな。だが、あれでも一国の王子だ」

 メイデェンはくすりと笑う。

「何がおかしい?」

「隠しても無駄ですよ。ハルベリーは、『獣王の城塞都市ユスタファム』を探しに来たのでしょう?あのお体でシャドーヘイス山を登るのは自殺にも等しい行為。お立場を考えればそれが意味することなど、わかりきったこと。姫様はあの子を憐れんだのです」

「そんなつもりはない」

 バースティアの声はどこか冷たくなっている。それでもメイデェンはしゃべることを止めなかった。心のうちを隠してばかりのバースティアに隠すなと言わんがために。

「では、なんのつもりでお連れになったのでしょう。ニノのように保護が必要な立場ではないでしょう。一国の王子である彼の魔力が高いからといって、ここに連れてきてなんの意味が?」

 メイデェンは、うす布をそっとのけて、バースティアの顔を直視した。そこには、迷いと憂いのまじりあった戸惑いが少しだけ顔をのぞかせている。

「ハルベリーはここへ来ても来なくても、そのお命を狙われておられたのでしょう。あちらの事情は報告で聞いています。弟君を立太子にしようとしている王が、その存在に内乱をよぶ恐れがあると考えるのは自然のこと。姫様はそれを憐れんだのです。ならば、ちゃんと面倒をみるのがすじですよ」

 バースティアは、メイデェンから顔をそむけるようにうつむき、そしてまったくとつぶやく。

「ああ、そうだ。お前の言うとおりだ。憐れんださ。親に見放されて途方に暮れている子どもだったからな。だが、ここに残って魔法師になることがあの子どもにとっていいことだとは言えないだろう」

「それは、逆もしかりです」

 バースティアは俯いたまま、ため息とともに言葉を吐き出した。

「お前の言うこともわかる……だからこそ、本人の意思が重要なんだ。それに血の話をして混乱させて、なかったことのように記憶を消すのか?」

「どのみち、ここを出るのであれば記憶は消さなければなりませんよ」

「……知らない方がいいことだってあるだろう」

「知らなければ進めない道もあります」

 バースティアはゆっくりと顔をあげて、メイデェンを見据えた。メイデェンは琥珀の瞳をそらすことなく、バースティアの紅い視線を受け止める。しばらくの沈黙のあと、降参したようにバースティアがため息をついた。

「わかったよ。ちゃんと話す。その上で、どうするかは本人に決めさせる。それでいいんだろう」

「ええ。そうしてください」

 メイデェンはほっとしたように答えた。


 翌日、ハルベリーとニノが朝食を終えて部屋でくつろいでいると、バースティアがやってきた。

「二人ともちゃんと眠れたか」

 二人はそう聞かれて頷いてはみたものの、本当はいろいろと考えてあまりしっかりと眠ってはいなかった。

「どうせ、いろいろ考えてあまり眠れなかったんだろう」

 バースティアはにやりと笑った。

「わかっているなら、聞くな」

 ハルベリーはムッとした。ニノは苦笑いを浮かべている。

「まあ、いきなり先祖がえりだのなんだの言われりゃ、考え込みたくもなるよな」

「ああ、まったくだ。それに血がどうのとか言われてはな……あれはなんだったんだ?」

 バースティアは、ハルベリーの問いに表情を曇らせる。

「まだ、俺には何か聞かねばならないことがあるんだろう?」

 あるよとバースティアは珍しく言葉を探すように、壁によりかかり腕を組んだ。しばらく様子を見ていたニノは言う。

「僕は出ていた方がいいですか」

「いや、居ていいよ。ただ、これからする話はあまりいい話じゃないんだ。お前たちの魔力の強さの由来のような話ではあるがな」

 バースティアはもたれていた壁を離れて、床に敷いてある絨毯の上に胡坐をかいた。ベッドに腰掛けていたハルベリーも窓辺にたっていたニノも、バースティアの側に腰を下ろす。

「聞く覚悟はあるんだな」

「お前が気になる言い方をするからだろう。ああ、その前に言っておく。俺は帰らない」

 バースティアはいきなりなんだと言う顔でハルベリーを見た。

「俺はここで魔法師になる」

 バースティアは深いため息をついた。

「いきなりなんなんだ……思いつきでそんなことを言うな。魔法師なんて簡単にはなれんぞ。お前が本でよんだようなことを学ぶだけじゃない。体だって酷使するんだぞ。それにお前は大公だろう。一国の王子だろう。立場を考えろよ」

 考えたさとハルベリーは静かにつぶやく。

「考えて、それが一番いいと思ったんだ。もともと、シーガルは王家直轄領だった。フリードマンはその直轄領の管理人を代々つとめてきた家柄だからな。俺がいなくても、大公領の問題はあいつがいればどうにかなる。それに、俺は王家には不要の人間だ。だったら、自分がしたいと思うことをしてもいいだろう」

 それではだめなのかとハルベリーは真剣にバースティアの紅い瞳を見つめた。バースティアは、もう一度深いため息をつく。

「わかった。ただし、これから話すことで気持ちが変わるなら、すぐにここを出てもらう」

「気持ちがかわらなければ、魔法師を目指してもいいんだよな」

 そうだとバースティアは頷く。そしてニノが自分も魔法師を目指したいと言った。

「本当は制御の仕方を学んで、ここで自分のできることをしようかと思ったんです。でも、自分に強い魔力があるというなら、魔法師になってみたいと……僕はダメなんでしょうか?」

 バースティアは眉をひそめて、苛立たしげな表情を見せたが、あきらめたように答えた。

「わかった。ニノもハルベリーも魔法師志願ということだな。途中で投げ出してもいいさ。そのときは記憶を消して、放り出すからな」

 ニノとハルベリーはお互いをちらりと見て、くすりと笑った。

「……それじゃあ、話をしよう」

 バースティアはため息交じりに話をはじめた。


 それは信じがたい話だった。ハルベリーは【(みかど)】の血筋だというのである。

「ちょっと待て。帝の一族は三日で滅びたはずだろう」

 そういいながらも、ハルベリーは何かにひっかかった。そしてルクソールが言っていたことを思い出す。帝は獣王を殺して返り血を浴びたとき、呪いを受けたのではないと。魔道に堕ちたのだと。ならば、帝の子孫がいても不思議はない。

「表向きはそういうことになっているし、お前は直系と言うわけじゃない。人間の中で先祖がえりで生き残った者の多くが強い魔力を持っている。つまり、奴の系譜を継いでいるのは確かだ。ペルージャ家、ロジャーナ家、アーヴェイン家の三王家はもともと帝の父親と血縁にあった者が初代になっている」

 ハルベリーは、王家の歴史の中でほとんど語られない初代の功績を思い出そうとしたが、何一つ浮かばなかった。確かに城にいたときは、王朝の歴史をとうとうと教えられたが、思い出すのは父や祖父の業績ばかりだった。バースティアの言いたいことが、ハルベリーにはわからない。


「……俺が帝の血筋だとして、いったいそれの何が問題なんだ?強い魔力を持ったことが問題なのか?血筋のせいで俺は足を失ったとかそういうことなのか?」

 バースティアは、深いため息を吐いた。

「お前に問題があるわけじゃない。ただ、奴は魔道に堕ちた。いや、落されたんだよ。自分の父親によってな。あたしの中の記憶……バルドランの最期の記憶の中に、はっきりと帝本人が告白している。父親に魔力を強くするために、一族の血をのまされていたとな」

 ハルベリーもニノもぎょっとした。

「血を飲むと魔力が強くなるんですか?そんな恐ろしいことが?」

「ああ、今は血を飲んだところで、魔力が強くなることはない。千年前は近しい者の血を飲むことで魔力を強くする方法が存在していたんだ。だから、帝の父親は帝以外の子どもたちから血を奪い、帝に与えていたのだ。だから、帝の一族は滅びたと言われている」

 問題は今の帝だとバースティアは言った。

「血を飲んだことで魔道に堕ちたというのはな、人間でも獣人でもなくなったということなんだ」

 ハルベリーは上手くのみ込めないでいると、ニノが不安な顔で魔物ですかとたずねた。

「いいや、魔王だ」

「魔王……」

 ハルベリーはぞくりと背中が泡立つのがわかった。ニノも何かに怯えるような目をしていた。バースティアは、今の魔物を創造したのが魔王だという。

「創造って……どうやって?」

「さあ、そこまではわからない。ただ、この世に魔物と呼ばれる存在が跋扈しはじめたのは、帝の一族が滅んだころからだ。最初は、熊や猛禽類の新種かと思われていたんだがな。弓矢も槍も刀も刃が立たない。魔法だけがやつらを駆逐できるすべだ。独立革命がすみ、人間は国という形を作った。それはこの千年の間に五つに分かれ、人間同士で争った結果、現在の三国と連邦政府が残ったんだ」

 ハルベリーは考える。自分の中に流れる血に魔王と同じ系譜の血が流れていると。そう思うと自分が人間ではないような感覚に襲われる。その様子をみてバースティアはやはり聞かせるべきじゃなかったなとため息をついた。

「心配ない。記憶は消してやる」

 バースティアにそう言われて、ハルベリーは首を横に振った。

「そんな必要はない。自分にどんな血が流れていようと俺は俺だ。さすがに、魔王の血だといわれてぞっとしたが、よく考えれば、魔王以前の血だ。直系じゃない。逆に、俺は壊死病から救われたんだ。何も問題はないだろう」

 ニノもハルベリーを擁護するように言う。

「そうですね。ハルのいうとおりです。冷静に考えれば、バースティアさんが何を心配しているのかわかりません」

 バースティアは、少し驚いたような顔をした。そして、小さく苦笑いをした。

「ハルベリーは血筋にこだわると思っていた。王族の自分に不穏な血が流れているとそう言われて取り乱すかと思ったんだが……」

 ハルベリーは小さくため息を吐く。確かに今、戸惑いはある。だが、自分でも不思議なほど冷静だった。

「たぶん、この街の成り立ちや知らなかったことを知ったからだろう。それに親に命を狙われた段階で、俺は生き残ることを選んだんだ。それは、王家を捨てたに等しい。それに、ここでは俺はただのハルベリー・ペルージャだ。大公ですらない。俺が王子であることを知っているのはお前やニノ、それに長のメイデェンとかそんなもんだろう?誰も俺の家柄など気にしていない。なら、俺がこだわる必要もない。ニノだって、親がわからなくても平然としているじゃないか」

 ハルベリーはニノを見た。

「僕はハルに言われたから……僕の親はルクソールさんだって。だから、もうそれでいいなっておもったんです」

 ニノはやさしく微笑んだ。バースティアは、悪かったとそっぽを向いて謝った。

「なんだ?気味が悪いぞ。バースティア」

 ハルベリーは眉間に皺をよせ、不気味なものでも見たような顔になる。ニノもバースティアの謝る理由がわからず、首をかしげた。

「もっと子どもだと思っていたから、悪かったといったんだよ」

 バースティアがぶっきらぼうにそんなことをいうので、ハルベリーは思わず笑った。

「お前の方こそ……似合わなくて笑える」

「言われなくてもわかってるさ。あたしにはそういうのが似合わないんだよ。ああ、損した。お前らに気遣いなど百年はやかったよ」

 そう言われて、ハルベリーもニノもくすくすと笑いつづける。はじめてみるバースティアの照れたような言動がいままでになく、心地よかった。


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