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獣王の娘と片足の王子  作者: papiko
第二章
15/31

5

 ハルベリーは聞き違いかと思った。ニノも驚いている様子だ。

「ちょっとまて、千年も前の獣人の娘のはずはないだろう。そりゃ、血をついでいれば……」

 サリエリはにこりと微笑んだまま答える。

「姫様は唯一の【第四種世代(フォースエイジ)】です。お年をとるのにとても長い時間を要されると私は聞いています。現に、二十年前にここをお発ちになったときと、なんらお変わりございません」

 呆然としているハルベリーのかわりにニノが遠慮がちに尋ねる。

「そうおっしゃるサリエリさんは……そのおいくつなんですか?」

「正確なところはわかりません。ただ、【第三種世代(サードエイジ)】だということはわかっています。私の両親の記憶がありますから。それに、【第三種世代(サードエイジ)】は思春期が終われば、老化がゆるやかになるので五年に一つぐらいしか年を取らなくなります」

 まあ、個体差はありますけれどと付け加える。

 

 ニノとハルベリーは難しい顔で考え込む。聞きなれない言葉の連続に事情を容易にのみ込むことができない。とにかく、一つずつわからないことは聞くしかなかった。

「確か獣王が世界を支配していたんじゃなかったか?【帝】がそれを打ち滅ぼしたのだろう?」

「いいえ、お二人は魔法戦争中にそれぞれが、そのように仇名されるほどの魔法師だったと聞いております。私が記憶しているかぎりでは、それに間違いはないと。まあ、私より姫様がそのあたりは克明に覚えていらっしゃいますから、お聞きいただければ問題ないと思います」

 きっぱりと人間側の歴史を否定されてハルベリーは、ルクソールの言葉を思い出す。歴史を疑うべきかときいたとき、そのまま鵜呑みにしてはいけないと言っていたことを。そして、『書き記せば、どんな嘘も真実になる。口伝は伝わるごとに変質していきます』と言っていたことも。ハルベリーは、その言葉を心にとめて考えた。歴史が歪んだとしたら、無名の青年が英雄になることはありえる。英雄譚はいくらでもある。それは正式な史実とは別に語られることが多い。


(獣人側の口伝で伝わるなら、偉大なる支配者としての獣王のほうが伝わりやすい気がするが……)


 ハルベリーが歴史について考え込んでいる間、ニノは落ち着きなく戸惑いながら、サリエリにたずねた。

「あの、自分が【第二種世代(ダブルエイジ)】だとわかる方法は?」

「獣人でしたら魔法が使えるということですね。人間でしたら、獣人並みの怪力で自覚できると思います。もっとも、【第二種世代(ダブルエイジ)】という存在を知っていればです。おそらく、現代の方々にはその言葉の認識はほとんどないかと。私からみれば、お二人ともかなり大きな魔力を感じますから、あなたが【第二種世代(ダブルエイジ)】だとしても不思議はありませんよ。といっても、ハルさんは先祖がえりのようですね」

 また、新たな単語に二人は困惑する。

「俺が先祖がえりというのは?」

「ハルさんの片足です。事故で失ったのでなく、壊死したのであれば。ですけどね」

 サリエリは、ハルが片足であることにたいした違和感も感じていないらしい。

「確かに、俺は子どもの頃、壊死した足を父によって切り落とされた。全身に回っていれば死ぬだろうといわれたからだそうだ」

「はい、先祖がえりはおおむね壊死して死亡します。助かる方法に壊死した手足を切り落とす方法がありますが、生き残るにはその子自身に強い魔力が宿っていないと難しいのです。ハルさんの魔力は磨けば超級の魔法師に匹敵するかなと思います。……あのぉ、もしかして無自覚でいらっしゃったんでしょうか?」

 サリエリが少し心配そうな顔で遠慮なく言うので、ハルベリーは眉間に皺をよせて、悪かったな無自覚でとぶっきらぼうに答えた。サリエリはそれを気にするふうでもなく、まるっきり何もお話しにならないなんて珍しいとひとり呟く。

 どういう意味だと問うようにハルベリーとニノがじっとサリエリを見つめるので、彼女は苦笑を浮かべて言った。

「だいたい姫様が里に誰かをお連れになるときは、ある程度お話をされているのです。今回は、ご帰還に急ぎの御用があったので、お話をする暇もなかったということでしょうか?そういえば、どなたかの葬送があるから、帰りが遅れるとかいってらっしゃったかしら?」

 その問いにはニノが答えた。

「えっと……ルクソールさんという人が亡くなったんです。知人から連絡があったから、お屋敷をでなきゃいけないって。でも、その前にルクソールさんのことが気がかりだと言っていて……」

「ああ、じゃあ葬送というのはその方のためだったのですね。それは、仕方ないことですわ。今、姫様が会いに行っていらっしゃる方は、私たちを束ねる長のメイデェン様ですが、こちらも死期が迫っていたので姫様にお戻りいただくようお手紙を書かれたと聞いています」

 ハルベリーとニノは、ルクソールが亡くなって時間をおかずに、ここへきた理由を理解した。

「まあ、こちらは死期が迫っていたとはいっても、【第三種世代(サードエイジ)】ですから、一般の死期と違って時間的には余裕があります。姫様がその方の葬送を優先させたのは、当然のことですわね」

 サリエリは、なんの問題もないと微笑んだ。ハルベリーは少し納得がいかず、ぼやくようにたずねた。

「バースティアにとって、ここの長なら身内のようなものではないのか?」

 サリエリは細い指を唇にあてて少し考えて言葉を紡ぐ。

「身内というのとは、少し違いますが……そのようなものと説明するほうがハルさんにはわかりやすかもしれないですね。姫様にとっては、出会った人、関わった人はすべて知人ですから……なにせ、みなさま、ご自分より先になくなりますからね。……姫様ご自身は特にハルさんが思うような区別というか区切りをお持ちじゃないと思いますよ」 


(それじゃあ、まるですべてが他人じゃないか……)


 ハルベリーはなんとなく落胆する。バースティアにとって、自分もニノも大した意味がある存在ではないような気がしたのだ。けれど、それならなぜ自分はここにいるのだろうとハルベリーは考える。

「あの、バースティアさんはよくここへ誰かをつれてくるのですか?」

 ニノの問いにサリエリは、はいときっぱり肯定した。

「【第二種世代(ダブルエイジ)】や【第三種世代(サードエイジ)】を見つけてはこの里にお連れになります。数は減りましたね。確か、魔法戦争の後は、人と獣人が交わることを禁忌としたと聞いていますから、現在ではほとんど【第三種世代(サードエイジ)】はいらしゃらないでしょうし、偶発的に生まれた【第二種世代(ダブルエイジ)】なら、獣人の姿をしていなければ見た目では判断できません。魔法力が高ければ、おそらく連邦政府の魔法師団に入隊されている方が大半でしょうね」


 ハルベリーは魔法師団とはなんだと思わずつぶやく。

「ご存じないですか?森や山や渓谷にでる魔物を退治する魔法師の組織です。連邦政府は各国の調停や法についての最終判断機関であり、魔物退治のエキスパートを養う機関でもあります。辺境の地では魔法師団は英雄ですよ」

 サリエリはそう答えて少し困った顔をした。

「私ではあまりうまく説明できないわ。他の人にも話を聞かれたほうがよいでしょうね。長が元気であれば、彼女からいろいろと聞くのもいいでしょうが……とりあえず、姫様がおいでになるまで、ここでくつろいでいてくれますか?私、セリル姉様と少し相談してまいりますから」

 そういって彼女はすっと立ち上がる。ハルベリーもニノも困惑しきりの顔で、ただ彼女が出ていくのを見送ることしかできなかった。


「どう思う?」

 ハルベリーはニノに尋ねるが、ニノもどうといわれましてもとしか答えようがなかった。それでも、思っていることは口に出してみる。

「少なくとも、獣人と人間の混血を【第二種世代(ダブルエイジ)】と呼んでいることは確かでしょうね。あとは、その【第二種世代(ダブルエイジ)】同士の混血を【第三種世代(サードエイジ)】というのでしょう。それ以外の混血はどう呼ばれるのかわかりませんが……おそらく、現在の人間にも獣人にもそれぞれの互いの血がながれているということなのかもしれませんね。先祖がえりという現象もそういう意味のような気がします」

 ハルベリーはニノの説明にうんとうなずく。そう考えれば、なんとかのみ込めない話ではない。それでもやはり、まだ、疑問だらけだった。

「俺が先祖がえりで、ニノが【第二種世代(ダブルエイジ)】だとして……それがはっきりしたとして、これからどうする?」

「僕は……しばらくここで生活してみたいです。自分に魔力があるというのは、いまいちわからないのですが、サリエリさんがおっしゃることが事実なら、僕はここでいろいろ勉強してみたい気がします……もちろん、ハルが許可してくだされば……なんですが……」

 ハルベリーはため息を吐く。

「困ったな。別にニノがそうしたいなら、それでいいぞ。ただ、問題は俺のほうだろうな」

 ニノはふっと刺客のことを思い出す。ここをでれば、確実にハルベリーはまた命を狙われるのだ。

「ハル……しばらく滞在してみませんか。サリエリさんの言うように、いろんな人に話を聞くのも悪くないと思うんですが」

「うん、確かにそれはそうだ。そうしたいとも思うが……良くても数日だろうな。フリードマンには、一応の工程を話しておいたから、五日以内に一度、下山して連絡を入れないと心配するだろう。ああ、ニノは居たいだけいていいぞ」

「ですが……僕は……」

 ニノが言いよどむとハルベリーはにこりと笑った。

「解放だ。ニノは自由だ。大公家には家令がたくさんいるから奴隷は必要ないだろう。ここにいたいなら、そうしたほうがいい」

 ニノは戸惑う。奴隷として生きてきたせいか、まるでもういらないと言われたようにも感じてしまう。けれど、本心は確かにここで暮らしてみたいと思った。もっと、知らないことを知りたいと思った。だから、戸惑いながらも、ニノは礼を言った。

「ありがとうございます。ハル。あなたが僕の主でよかった」

 ハルベリーは照れくさそうに主らしいことなど何もしてないがなと笑った。


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