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獣王の娘と片足の王子  作者: papiko
第二章
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4

 それは、遠い昔の話だった。獣人と人がまだ混じり合って暮らしていたとき、彼らは生まれた。一人は獣人の子、バルドラン。もう一人は人間の子、ラフィール。二人は幼馴染でともに魔法を学ぶ仲間だった。そして、ラフィールには腹違いの妹、シルヴィールがいた。二人より三つしたの彼女は、二人を追いかけるように魔法を学んだ。やがて、バルドランとラフィールが十五歳、シルヴィールが十二歳を迎えたころ、ラフィールとシルヴィールの父と数人の魔法使いが、人は人の国をつくるべきだと革命運動を起こした。

 土地を財産と定め、肥沃な平原を拠点として獣人を森や山へと魔法で追い払っていく。獣人の多くは、次々と結界で封鎖される街に入ることができず、しかたなく豊かな土地から追われていった。魔法の使える獣人たちは、何度も結界を壊し、話し合いをと迫った。人々はまるで何かに取りつかれたかのように獣人の排除をはかり、ついには死者がでた。


 ここに魔法大戦がはじまった。バルドランは獣人の中でもその魔力は強く、前線で仲間を守りながら果敢に人間を攻めた。ラフィールもまた父に背くことができず、前線で戦った。ラフィールは最初、父に争いをやめて住み分ける話し合いをすべきだと何度も訴えた。だが、父はうなずかない。頑なな父は言った。獣人と人は交わるべきではないと。ラフィールには父の言い分が理解できないが、強く反発することもできなかった。


 それまでの間、獣人と人が婚姻することはありふれたことだった。二つの命が結びつき、生まれた子供たちは姿かたちが人であったり、獣人であったりした。そして、その子供たちは獣人の姿をしていても魔法力が高く、獣人にはほとんど操ることができない魔法を巧みに操った。人の姿をした子どもも、人間同士の子供より身体能力が高かった。彼らは【第二種世代(ダブルエイジ)】と呼ばれ、一時期は歓迎された。けれど、成人した彼らのほとんどが子どもに恵まれなかった。辛うじて、子供を得てもその子供たちが成人する前に突然死んでいった。その故に【第三種世代(サードエイジ)】は不幸を呼ぶと言われた。しかし、見た目は獣人であったため、【第一種世代(シングルエイジ)】との区別がつきにくく、【第三種世代(サードエイジ)】は、魔法が使えれば【第二種世代(ダブルエイジ)】だと思われ、それを秘密にしていれば【第一種世代(シングルエイジ)】と思われた。そして彼らの一番の特徴は、彼らが親の記憶をついでいたということだった。それをわかっていたのは、【第三種世代(サードエイジ)】だけであり、そのためにいつしか、その存在は伝説の中だけに語られていった。


 そんな時代の中、人間は革命を起し、獣人との間に魔法戦争を繰り広げた。それと同時に広がっていく獣人への差別や偏見、人間の優位性。そんな中でシルヴィールは、大人になっていく。そして、十六歳のある日、父と兄のもとを去り、バルドランの元へ向かった。彼女は母親が死んだ十歳のとき、自分が【第三種世代(サードエイジ)】であることを知った。そして、どうして自分だけが人の姿で生まれてきたのかわからなかった。【第三種世代(サードエイジ)】は獣人として生まれる。その姿で生まれていたら、きっと父は母と自分を捨てただろう。そして、バルドランに憧れ、それが恋だと知ったとき、自分が獣人でないことを悲しんだが想いを断ち切ることができなかった。


 こうしてシルヴィールは、バルドランと再会する。バルドランは静かに彼女の話を聞いた。親兄弟を捨て、自らの秘密を語り、命を落とすならその手にかけてほしいという幼さの残るシルヴィールをバルドランは受け入れた。もともと、バルドランもシルヴィールに惹かれていたのだ。彼はシルヴィールを連れて、シャドーヘイス山の小さな村に行った。そこは魔力の弱い人間と【第三種世代(サードエイジ)】が静かに暮らしている村だった。そして、その村が誰にも見つからないように結界をはっていたのは、バルドランだった。彼が<ユスタファム>の結界を担っているのには、わけがあった。魔法戦争が三年目を迎え、十八歳になったバルドランは、何の進展もない前線で戦うことに疲れていた。そんなとき、戦友が死に際に語った隠れ里<ユスタファム>に彼は一時的に身を隠そうと思ったのだ。


 村人たちは、結界を破って入ってきた彼を最初は恐れた。自分たちを滅ぼしに来たのだと思ったのだ。けれど、話をしているうちにバルドランが人と争うことに苦悩していることをしり、彼を受け入れた。隠れ里の結界は、バルドランの魔力が強すぎて壊れてしまったから、彼は力の分散になるとわかっていて結界を張った。村人たちの願いはただ静かに暮らすことだった。そして、それを望むものを受け入れてきた。人は子を産むが、【第三種世代(サードエイジ)】に子供はできなかった。だから、魔法戦争で疲弊し静かな暮らしを求める者を受け入れていた。それが人だろうと獣人だろうと関係なかった。


 バルドランはその村にシルヴィールを住まわせ、婚姻を結んだ。バルドランはしばらくして、戦場へ戻り、戦火を逃れたい獣人や人間を里へ連れてきた。そして、里になじめないものは、その記憶を消して戦場より離れた場所にある町や村にそっと逃がした。そうしているうちに、戦況は人間たちの優勢へと傾いていく。魔法を使える獣人たちは、じわじわと追いつめられていった。その戦況をいつも白紙にもどしたのが、バルドランだった。その活躍は、いつしか彼を獣王とあだ名するほどにすさまじかった。それに対して人間側にも【(みかど)】と称される、カリスマ的魔法使いが存在していた。


 そんな拮抗した戦況のなか、シルヴィールも変幻の魔法により獣人の姿でバルドランを支えるようになると、少しずつ人間の勢力はそがれはじめる。人間の魔法使いの中にも長い戦いに疲れた者たちがいた。その者達とバルドランは和平を結び、人間と獣人がともに暮らせる街を徐々に増やしていった。そして、子供を宿すはずのないシルヴィールが身ごもったとき、バルドランの魔力が弱り始めた。バルドランとシルヴィールは出産のために<ユスタファム>に戻ってきた。そして、一人の女の子が生まれた。バルドランはその子に名をつけると、<ユスタファム>の結界の後継者として娘に魔法を施した。それがすむと、彼は一人戦場に戻って行った。そして二度と帰らなかった。


「その先は、お二人もご存じかもしれません」

 サリエリは静かに語る。

「魔法戦争は人間が勝利し、獣人は奴隷となりました。もう、千年も昔のできごとです」

 ハルベリーもニノも言葉がでなかった。ハルベリーは伝承や歴史の本で、もともとは一つの種族という説があるという程度の認識で、それが真実だとは思っていなかった。ニノもまた、ルクソールに教えられた伝承をどこか曖昧なものとして受け止めていて、人間と自分は違うのだと思っていた。そして、この登山の途中でバースティアに言われたことを思い出す。


『お前はたぶん、人と獣人との間に生まれたんだろう』


 もし、そうなら自分は【第二種世代(ダブルエイジ)】ということになるが、魔法を使ったことはなかった。


 サリエリは、戸惑い無言になっている二人に微笑む。

「いきなりのお話で、戸惑いもありましょう。とりあえず、果物でもめしあがりませんか。お茶の方がいいかしら」

 その言葉に、ハルベリーはお茶をくれとつぶやく。ニノも僕もと言った。サリエリは、紅茶をゆっくりとそそぎ、二人の前にそっと置いた。二人はそれを一気に飲み干す。そして、サリエリの話をなんとか咀嚼しようとした。先に口を開いたのはニノだった。

「ハル。僕はルクソールさんから、魔法戦争の結果、獣人は奴隷となったことを聞きました。僕はあのお屋敷に引き取られるまで、旅芸人の一座で奴隷として生きていました。ただ、僕以外の獣人はいなかった。僕がこうしてまともにしゃべれるようになったのは、ルクソールさんからいろいろ学んだからです。だけど、人間と僕らが同じだとは……」

 今も思えませんと申し訳なさそうな声でニノは言った。ハルベリーは確かにそうだと答える。

「俺も信じられない。だが、少なくとも俺はニノを尊重したい」

 ハルベリーはそういうと、紅茶のおかわりをサリエリに頼んだ。カップに注がれる赤い液体を見ながら、ハルベリーの脳裏には鮮明にバースティアの姿があった。そして、サリエリに思い切って聞いた。

「サリエリ、バースティアはバルドランとシルヴィールの……子孫か?」

 サリエリはいいえと答えた。そういわれて、一瞬拍子抜けしたハルベリーに彼女はあり得ないことをさらりと言ってのけた。

「姫様は、お二人の娘です」


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