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獣王の娘と片足の王子  作者: papiko
第二章
13/31

3

 その夜は、ござをひいて、毛布にくるまって眠る。ハルベリーはちゃんと眠れるか心配だったが、疲れていたせいなのか、ぐっすり眠った。ニノはハルベリーがぐっすり寝ついたのを確認してから、火の番をしていたバースティアにたずねた。

「何かあったんでしょ」

 バースティアはふっとため息交じりに、さすがにニノはごまかせないかと言った。

「ああ、あった。ハルベリーに向けられた刺客と少しな」

「刺客って……」

「たぶん、王か王妃がさしむけたんだろう。登山の準備をしている間も屋敷の近くをうろついていた奴らがいたからな。フリードマンにも外出の用事があるときには気を付けてもらっていた」

 ニノはちらりとハルベリーを見た。自分にハルと呼ばせる少年は、大公という位をもった正真正銘の王子なのだ。第一王位継承権を持つ。なのに、不思議と威圧感を感じなかった。ましてや、命を狙われているなどと想像もしなかった。

「この先も来るんでしょうか。その……刺客というのは」

「いや、当分来ない。王子は居城から出ていないという暗示をかけて返したからな」

 そうですかとニノは少しほっとした。

「お前も寝ろ。獣化できないんだから、しっかり休まないと疲れがとれないぞ」

 そう言われてニノは驚き、知っていたんですかと目をまるくした。

「ルクソールから聞いた。お前が獣化できないことを気にしているとな。お前はたぶん、人と獣人との間に生まれたんだろう。まあ、詳しいはなしは里についたらしてやるよ。とにかく休め」

「バースティアさんは眠らないんですか?」

「里についたらしっかり休む。あたしは起きたまま眠ることもできるからな。魔法の力で」

 バースティアはにやりと笑った。ニノは、戸惑いながらも寝床にもぐりこんだ。そして、幼い少女の姿をしていながら、ハルベリーよりもずっと畏怖の念を抱かせる彼女の存在感が不思議だった。嫌なのではない。むしろ、とても安心させられるのだった。

 

 翌日、日が昇るとバースティアはふたりを起こして、一時間ほどで穴から出て再び山を登った。勾配はどんどん急になる。木々も減り、登山の道らしきものもよく分からなくなった。それでもハルベリーもニノも弱音を吐かずに彼女の後を歩く。やはり、その日も日が落ちる前に、山の斜面の洞窟で一夜を過ごした。そして、三日目。あたりは木々のない岩ばかりの荒涼とした風景に変わる。また、冬のように寒く、時折吹雪いた。そのたびに岩陰で休む。


 やがて、急な吹雪で視界が悪くなったころ、バースティアは二人に腰のロープがしっかり互いをつないでいるか、確認させた。

「ここから先は、ほとんど前も足元も見えない。ロープをたよりにまっすぐ歩け。里が近いから二時間もあるけば、たどり着く」

 二人はわかったとうなずいた。そして、バースティアの言った通り、二時間ほど歩くと吹雪きはさり、視界が広がった。そしてそこには、里というには大きすぎる街があった。

「これは……」

 ニノも驚きで息を呑んだ。まるで古びた城塞都市だ。

「さあ、街にはいるぞ」

 そう言われて、二人は驚きを隠せないままにバースティアの後を歩いた。蔦の絡まる城壁と崩れかけた門をくぐる。

「よし、もうロープをほどいていいぞ」

 そういって三人を繋いでいたロープをはずしていると、姫様と声をかけてきた獣人の女性がいた。

「おかえりなさいませ」

「ただいま、大人になったな。セシル」

「二十年もたてば、大人にもなりますよ。それより、メイデェンが死期を向えています。あまり時間がありません」

「ああ、遅くなってわるかったな」

 そんな会話を二人が交わしている間に、ハルベリーとニノはしげしげと街を見ていた。人間と獣人がなんのわだかまりもない様子で楽しそうに、話をしたり、物を交換したりしている。子供の姿もちらほらと見受けられたが、獣人の子供は少なかった。そして、なによりも暑かった。標高が高いはずの街は初夏のように暖かい。二人は荷物をおろし、コートを脱いだ。

「どうしてここだけ暖かいんでしょう」

「さあな、俺にもわからん」

 二人は戸惑いながら、荷物を背負いなおした。そして、バースティアは行くぞと何の説明もしないで出迎えたセシルとともに歩き出す。

「事情はあとで説明してくれるだろう」

「そうですね」

 ハルベリーとニノはとりあえず黙って後についていくことにした。どのみち、つったっていてもわけがわからないだけだ。街を抜けると斜面に段々畑が見えてきた、そのまわりを囲むように森がみえる。ところどころで、黒い山羊が草を食んでいる。そんなのどかな風景の先に神殿のような石造りの建物が見えた。

 ハルベリーは本に描かれていた古代の城を思い出していた。


(もしかして、ここはユスタファムなのか?)


 だとしたら、バースティアは何者だろうか。なぜ、誰もこんな大きな街を見つけることができなかったのだろうか。疑問がふつふつとわいてくる。ニノも同じように何か考え込んでいる様子だった。建物につくと、獣人の少女たちが出迎えた。セシルは少女たちにハルベリーとニノを客間へ案内するよう指示する。

「セシル姉さま、お二人にはここの話をしてもよろしいのですか?」

 一番年長とおぼしき少女が、そう言うとセシルはどうしましょうかとバースティアにたずねる。

「ここがどこで、どういう由来の場所かは教えておいてくれ。その後のことはあたしが対処する」

「わかりました。サリエリ、お客様にお話をしてさしあげなさい」

「はい、姉さま」

 サリエリと呼ばれた娘は目を輝かせてうなずいた。

「ハルベリーとニノはこの子といっしょに待っていろ。ここについて、この子が教えてくれるから。あたしはちょっと用事がある」

 バースティアはそう言い残して、さっさとセシルとともに神殿の奥へと向かった。取り残されたハルベリーとニノをサリエリは神殿の入り口近くの客間に通す。客間といってもハルベリーの城のようにソファーはない。石の床のうえに大きな絨毯があり、クッションがいくつか置いてあった。大きく開かれた窓からは段々畑と街が一望できる。ガラス窓はなく、心地よい風が部屋を満たす。

「どうぞ、お好きな場所にお座り下さい。ああ、靴は脱いでくださいね」

 そう言われて、ハルベリーとニノは荷物をおろし、靴をぬいで絨毯の上にあがって適当なクッションに座った。するとそこへ、果物と飲み物をもった少女たちが入ってきて、微笑みながら並べてさった。そして、サリエリが二人の向かいにちょこんと正座した。


 客間に通されるまでハルベリーは考えていた。バースティアに名を呼ばれ、かなり驚いだが、不愉快ではなかった。それに、どうやら彼女はここでは姫と呼ばれるほど、地位が高いことに気が付く。姫と呼ばれるからには、それなりの血族ということだろう。それなら、いままでの態度にもなっとくがいく。ハルベリーは、あの尻尾のリングも人がつけたものではないとすれば、バースティアの豊富な知識や高度の魔法を操れる理由も、思いのほかすんなりと納得できそうなきがした。


(獣王の子孫と言うことか?)


 そう思いながら、サリエリを見つめる。銀の髪を顎のラインで切りそろえ、茶色い耳に銀のリングピアスをしていた少女はにこりと笑った。

「わたしはサリエリと申します。お二人のお名前を教えていただけますか?」

 二人はそれぞれ名乗り、ハルベリーはハルと呼んでくれるよう頼んだ。

「お二人はここがどこかお分かりですか」

 その問いにニノは首を横にふり、ハルベリーは答えた。

「ユスタファムだと思うが違うか?」

「そうです、ここはユスタファムです。あなたは姫様から何かお聞きになっていらしたのですか」

「いや、俺はユスタファムを見つけるためにバースティアに同行してもらっただけだ」

「ハル……」

 隣で驚いたようにニノが声をあげた。

「すまない。実は父の命令でな」

「そうでしたか。だから、刺客が……」

「刺客?」

「ええ、バースティアさんが最初に薪集めをした森でみつけて、ハルは居城を出ていないと暗示をかけて帰したそうです」

 ニノは何かを納得したよな顔でハルに話した。

「何かご事情がおありのようですが、こちらの話を聞いていただいてもよろしいですか」

 ハルベリーとニノはゆっくりと頷いた。

 サリエリはこの街の由来を話し始めた。


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