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獣王の娘と片足の王子  作者: papiko
第二章
11/31

1

 ハルベリーはベッドに小さく丸くなって泣いた。本当の自分の気持ち。それがどこにあったのか、理解したのだ。憂さを晴らすように、フリードマンを困らせ、母親を軽蔑し、気まぐれにバースティアを買い、日々の心の(もや)をずっと抱えていたのだ。それは憎しみだった。父と母と自分の体への。


(憎み方さえ知らずにいたなんてな)


 ごろりと仰向けになり、天井をみつめた。綺麗に整えられた城。たくさんの家令が働く場所。奴隷として雑事をこなしてきたルクソールやニノ、そしてバースティア。誰もが何かを抱えて生きているのに、自分だけがその正体を見ようともせず、周りに苛立ちをぶつけていたのだ。そして、憎しみだと知った今、どうして囚われずにいられようか。王である父に疎まれ、あるかどうかもわからない城塞都市ユスタファムを探せと命じられた。母は夕食のとき以外、顔を見ない。その時も何もしゃべらない。いや、ここに来たときしゃべったら、品がないと言われた。それ以来ほとんど言葉を交わしていない。唯一、バースティアを買ったとき、女奴隷などくだらないと吐き捨てるように言われた。バースティアの態度にも、腹を立てて不敬罪だと処分せよと言ったくらいである。


「味方が……欲しかったのか」


 ハルベリーは力なく笑った。自分に対して態度を変えない、卑屈にならない誰かが欲しかったのだ。そして、父や母に与えてもらえなかった愛情を欲していたのだとハルベリーは認めた。


『何かを失ったら、きっとそれに見合うだけの何かを手に入れられるから、本当は何も嘆き悲しむことはないのかもしれない』


 それは確かに本当かもしれない。少なくとも今のハルベリーには、フリードマンがいた。バースティアはつかみどころがないが、くだらない悪戯さえも学びに変えた。ニノとはまだ、主従の関係でしかないが、何か変わりそうな気がした。ハルベリーはゆっくりと呟く。

「憎しみに囚われない……か……難しいよ。ルクソール……」

 それでも約束したのだとハルベリーは自分に言い聞かせた。そして、静かに目を閉じて眠りに落ちていった。


 ハルベリーがルクソールを訪ねた日から、彼の容態はゆるやかに悪化していった。わずかに食べていた生肉もたべれなくなり、バースティアが調合した薬湯を食事の代わりにとっていた。だが、それも五日、六日と経つうちに、飲む回数や量が徐々に減っていく。ニノはいつものように食品の買い出しや、庭の手入れ、建物の修繕などをこなしながら、合間をみてはルクソールの体を拭い、毛を梳いて身ぎれいにしながら、彼の昔語りを懸命に聴いた。(つがい)を亡くした凄惨な過去。ザクセンやブルーセルのこと。そしてフリードマンとの思い出。ルクソールは疲れて眠るまでニノに話続けた。


 そして、六月の終わり静かに永遠の眠りについた。その知らせは、ルクソールの遺体を火葬した後、フリードマンとハルベリーに届いた。フリードマンは、ただ静かにうなずき、奴隷小屋にも行かず、ハルベリーの出発の準備を整えると部屋をでた。

「なぜ、火葬がおわるまで知らせなかった!」

 ハルベリーはバースティアを怒鳴りつける。獣人の遺体を葬ることができるのは獣人だけだからだとバースティアは静かに言った。いつものような、小ばかにしたような微笑みも、何もない。

「骨はルクソールの望みどおり、山に埋める。旦那様、旅支度はすんだか」

「今はそんな話をしているわけじゃない!」

「じゃあ、行かないのか」

「違う!」

 違う。そうじゃない。それは、ハルベリーにもよく分からない感情だった。ルクソールが亡くなり、火葬が終わるまでに、二日あった。その間、ニノもバースティアもいつもと変わらなかった。ただ、少しだけニノは疲れていたように見えた。今、思えば途方にくれたような、悲しみに打ちひしがれているようにも思える。ハルベリーの戸惑う姿にバースティアは軽くため息をついた。

「要するに、人間流の別れができなかったから、怒っているってことか」

 そう言われて、ようやくハルベリーは自分の苛立ちの意味を理解した。人間であれば、葬儀を出さずに葬られるのは縁者のないものや、罪人だ。

「旦那さまは、勘違いしてるよ」

「勘違いだと?」

「人間のように葬式はいらない。獣人がもっとも嫌う死に方は、突然死ぬことだ。誰にも何も語ることなく死ぬことだ。葬式なんて儀式は必要ない。生きてきて知ったことを、気心の知れた者に語り継いで死ぬこと。それが獣人の誇り。それが獣人の葬送だ」

「そんな……」

 ハルベリーが勝手だと言おうとしたとき、バースティアは間髪入れずに言った。

「勝手じゃないさ」

 ハルベリーはいつにない真剣なバースティアの口調に息を呑む。

「どこの奴隷もそうだ。主人だろうとなんだろうと、葬儀などしない。あたしたちは寿命が終わるころになると本能的にわかる。だから、語り継ぎ、語り明かす。その身が滅んで逝く前に。それがあたしたち獣人の愛情なんだよ。人が決めた尺度だけで考えても仕方がないのさ」

「それでも……俺は……」

 ハルベリーは泣いた。あの晩と同じように涙は止めどなく流れる。はじめて、誰かの死に関わって失くすことの辛さを感じた。バースティアは、ただ、黙って見守っていた。以前のように涙を拭うこともせず、慰めるわけでもなく、ただ、その紅い目がやさしくハルベリーを見ていた。


 結局、準備が整ったのは、ルクソールの火葬がすんだ三日後だった。六月も残すところあとわずかというその日、フリードマンが登山用の道具についてハルベリーに説明をした。

「普通の松葉杖では滑りやすく危険だと言われましたので、ピッケルに少々手を入れました」

 そう言われて、渡されたのは金属製のピッケルに肘宛と横向きのグリップがついたものだった。肘宛の部分には皮ひもが付いていて、腕に巻きつけられるようになっている。

「これはお前のアイディアか?」

 ハルベリーはピッケルを装着して、強度を確かめるように床に押し付ける。松葉杖より軽く、しかし体重をかけてもきしむこともない。

「はい、不具合があれば、至急改善いたします」

「いや、これで十分だ。手袋もかなり厚いな」

「中に綿と羽毛を入れてあります。そとは防水性の高い革をつかいましたから、かなり厚手になっております。靴も登山用のものを用意してあります」

 ハルベリーは頷く。

「バースティアやニノの分はあるのか」

「はい、準備してお渡ししてあります」

「そうか、ありがとう」

 ハルベリーがそういうとフリードマンは一瞬驚いたような表情をみせたが、すぐに必要なものですからと冷静な顔をして言った。


 準備を整えた三人は、二日ほど馬車にゆられて登山口のあるウィードの町に宿をとった。本来、主人と奴隷が同じ部屋を使うことはないが、バースティアがこれから過酷な旅になるし一応の工程を確認するのにいっしょのほうが都合がいいというので、ハルベリーは了承した。ニノはかなり戸惑った様子だったが、バースティアの言うとおりなのでハルベリーに非礼をわびた。

「わびなど必要ない。これからは、ともに山を登る仲間だ。主従の関係は忘れろ」

「しかし……」

「そんな困った顔をするな。簡単なことだ。俺の荷物の大半をお前は余計に担ぐんだから、バースティアの図々しさにならえ。すぐには慣れないだろうが、言いたいことは言ってもらわないと俺が困る」

 ニノは戸惑いながらも、どこかうれしそうにはいと返事した。

「旦那様にしては上出来の言い分だな」

 バースティアがくすくすと笑いながら、そういうのでハルベリーは皮肉を返す。

「お前はニノの爪の垢でも、飲んだ方がよさそうだな」

 バースティアは大笑いした。ハルベリーも笑いながら言う

「まったく、こんな奴がパーティのリーダーだなんてな。不安になるぞ。なあ、ニノ」

 そうですねとニノもいっしょに笑った。


 それから、三人は登山ルートを決める。シャドーヘイス山の中でもかなり勾配がきついルートだが、バースティアは問題はないという。三人の体を二メートル間隔にして、ロープでつないでおくと言うのだ。一番手はバースティア、二番目にハルベリー、最後がニノの順番だ。

「こうしておけば、あたしがルートをはずれても、全員道連れにできるからな」

 バースティアはニヤニヤと笑う。

「恐ろしいことを言うな。というより、専門の登山家を雇わなくてよかったのか?」

「旦那様がそれをいうのか?」

 ハルベリーは、はっとする。ニノにはバースティアが里帰りをするから、無理やりついて行くということにしてあり、幻の塞都市ユスタファムを探しているとは言っていない。バースティアはため息交じりに言った。

「まったく、勝手についてきたんだから文句言わない。だいたい、頂上に行くんじゃなくて、あたしが里帰りすんの。ルートをあたしが決めるのは当然」

 バースティアがふんっとふん反りかえり、ハルベリーが縮こまってすまんとつぶやくので、ニノがついついまあまあととりなした。

「確かにバースティアさんのお里がこのルートじゃないといけないのなら、おまかせするしかないでけど、旦那様だって僕らの身の安全を考えれてくれたんですよね。それに、ずっと気になってたんですが本当に人里があるんですか?」

「ああ、隠れ里だからな。地図上のルートはここまでで、ここからはあたししかしらないのさ。だから、迷子にならないようにお互いの体を結ぶ。わかったか二人とも?」

 二人はバースティアの厳しい紅い目に射すくめられたようにうんと頷いた


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