六話
教室に入ると亮介に呼び止められた。
「ちょっと廊下きてくんない」
僕も誰かと話したかった気分だったので、指示に従う。
「やばいことになってきてるかもよ?」
「え?」
「昨日顧問に言われたんだけどさ、・・・琢磨家にも帰ってないらしいぞ」
「は?」
何を亮介が言っているのか分からなかった。僕の頭は考えることをストップしてしまっている。
「だから、昨日途中で学校抜け出したじゃん。でも家にも帰ってないらしい」
「それいつの話」
「顧問部活に来たの最後の方だから、七時頃」
耳鳴りがするのが分かった。事態はどんどん悪い方に向かっていっている。
「それ失踪したってこと?」
「そんな大袈裟なことじゃないだろ。多分」
最近テレビで流れている、ある養護学校の生徒の失踪事件が僕の脳裏をかすめた。
「じゃあ、昨日五時間目が自習だったのって」
昨日の五時間目、僕達のクラスの担任が担当を務める授業が自習だった。僕は深く考えずに自習課題を終わらせ、眠っていたが何か関係しているのかもしれない。
「これあんま他のやつに言うなよ」
「・・・ああ」
でもその心配は無用だった。何時の間にかその噂はクラスの男子全体に広まっていた。
そしてもう一つ、僕は推理をした。
それは昨日の黒板の連絡欄に書いてあった「ネットの人権侵害」という項目のことだ。
その時は琢磨のサイトと関係しているとは考えず、凄い偶然だなと周りの友達と話していただけだった。でもあれは本当に偶然だったのだろうか?
あれは、琢磨が学校に自分のホームページが荒らされていると伝えた結果なのではないのか、と僕は考えた。
琢磨は前のコメントか、アクセス数が急激に増えた事を自分のホームページが荒らされたと勘違いしたのかもしれなかった。
先生はそこの欄の説明を「時間がないから」といって省略していた。
後で話すといっていたが、先程から述べている通り先生が務める授業は自習だったのでその話を聞く事は出来なかった。
僕は急いで廊下に出て、他クラスの友達の元へと向かう。
「昨日さ、黒板に書いてあったネットの人権侵害っていう欄の説明うけた?」
「ああ何か言ってたな」
「どんな内容だった?」
「なんか学年の誰かのホームページが荒らされたとかなんとか」
点と点が繋がった気がした。
「おい、柴田聞いてるのかよ」
「・・・うん。ありがと」
今日こそ何かしらの説明が先生からあるはずだった。それ次第では僕は事の成り行きをきちんと説明しなければならないだろう。
しかし、何も起こらなかった。また自習だったという訳ではない。
先生はちゃんと来たし、授業も普通にやった。でも琢磨に関する話は何も出て来なかった。
「今日、話合いあると思ったのにな」
「俺もそう思ってた」
結局そのまま放課後になってしまった。日曜と祝日を挟むので次学校に来るのは二日後だ。
「もしかして琢磨家に帰ったのかな?」
「かもな」
その可能性は充分考えられた。しかし、帰ってきたらそれで済む問題だろうか?何故話し合いが行なわれないのか、僕は不思議でならなかった。
全く落ち着かない二連休が始まった。
本当ならば週末の課題や、夏の課題に手を付けなければならないのだが、集中出来なかった。
黙っていると不安な気持ちの波が押し寄せてくるので僕は常に他のことを考えていた。問題から逃げようとしていたのかもしれない。
僕は二つのことを考えていた。
一つ目は何が琢磨をそこまで追いつめたのかということだ。学校での僕等の態度の積み重ねなのか、僕が知らない所で誰かが言い放った一言なのか。ホームページでのコメントなのか、アクセス数が急に増えたからなのか。それともそれら全てのことなのか。
いくつかのことには僕も関係していた。そのどれかが理由ならば僕は逃げずに知っていることを全て説明するつもりだ。
二つ目は一つ目のことを考えていた時にふと疑問に思ったことだ。それは、僕等はそんなに酷いことを琢磨にしたのかということだ。僕が琢磨に関することで知っている全てのことを思い出し、頭の中で繰り返した。
もし、自分が琢磨の立場だったらなんてことも考えたが、そんなことは無駄だと分かった。僕だった僕は問題が起きたらすぐに解決しようとする性格だからだ。琢磨のようにストレスをため込んだりしない。
僕は全てを足しても学校に来なくなるような心理的負担を琢磨にかけたとは思えなかった。もちろん数式のような単純じゃ足し算にはならないだろう。でも僕にはどうしても理解出来なかった。
そして僕はあのホームページに行き、琢磨の友達が書いた日記を読んだ時一つの疑念だけが頭に残った。
「書くか迷ったけど書く事にするよ。
最近このホムペを荒らしているレベルの低いガキがいるみたいだけど、
その人たちに言っておく。
俺らはここに来た人も、書き込んだ人も分かるんだよ。
機種が分かるのはもちろんだし、IPもHOSTも識別番号も分かるわけ。
話は変わるけど、ここが荒らされていることは先生たちはもう知ってるみたいだね。
まあ、荒らしてる本人たちもそれは知ってるだろうけど。
先生たちがこのことをどう受け止めているかは知らないけど、良い対応が望めないなら三人でしかるべき所にいくことにしたよ。
担当直入に言うと、警察だな。
最近ネットの犯罪とか中傷とかが問題になってるし、良い機会だから相談しようかなって思ってる。
警察がどう対応するかはわかんないけど、しっかり対応してくれるとしたら校長に連絡が行くと思う。
さっき言った識別番号やらを警察に出せば、簡単に個人を特定できるし、まあそれを知ったら先生方も少しはなんとかしれくれるんじゃないかな。
しかもPTAもあるし。教育委員会もあるし。この二つに訴えるなり相談するなりするかも。流石にこの二つにいわれたら問題にするしかなくなるだろうし。
荒らしの運が良ければ何にも言われないで済むだろうし、運が悪かったらどうなるかは分からないや。親を呼び出して謝らせるとか、謹慎処分とかそれくらいかな。
なんて言ったて荒らしのやってることはイジメだからね。理由なく人のことを匿名の場で中傷して、精神的に追い込んでさ。しらばっくれてるみたいだけどそのうち分かるよ。
まあそのうち俺らが先生に何かしらの説明を受けるだろうから、それに納得がいかなかったら警察とかも視野に入れるよ。
どうなるか楽しみだなあ。
あ、荒らしてる皆さん。
これを見てどう思ってるか知らないけど、荒らしたいなら荒らせば?
散々荒らしておいて、先生からネットでの中傷は止めましょうって注意があった瞬間止めるなんて度胸がねえな。
やるなら徹底的にやればいいのに。
びびってんのかな。笑」
個人を特定できる訳がないとか、PTAや教育委員会がどうとかいうのはあまり気にならなかった。
この日記を誰に向けてかいているのかも良く分からない。
僕は琢磨に何も言われてないから関係ないのかもしれない。
浮かんだ疑念っていうのはそんなことじゃない。
それは、本当に彼が日記で出している相手は悪で、彼等が正義なのかということだ。
彼はこの日記でネットで人を中傷と書いている。
どんな荒らしが起こったのか、僕が知らないこともあるだろうけれど、彼が書いたこの日記こそネットで人を中傷していることにならないのだろうか。
誰が悪で誰が正義なのでしょうか?