三話
琢磨のプロフィールの事を忘れた訳では無かったが、特にそれを理由にして彼をからかうなんてことはしなかった。
もう高校生なんだからそんな下らないことしないだろ、と誰かは言っていたが、心の中ではプロフィールの口癖の欄が気になっていたからなのかもしれない。
「死ね」「知らなねーよ」「うざい」。
良い口癖じゃないのは明らかだ。こういうネット人格を持っている人を怒らすと、何をしでかすかわからない。少なくとも僕はそんな気がしていた。
その後の一ヶ月間、クラスの琢磨への接し方が特に変わる事はなかった。
しかし、体育祭という一年間の中でクラスの親睦を深める絶好の機会があったにも関わらず、琢磨とクラスの男子の距離が縮まることはなかったのも事実だ。
男子十五人の中の二〜三には彼のメールアドレスを知っていたが、後の男子は知らない。僕も知らない方だ。
体育祭が終わって一週間が過ぎた頃、またクラス内で琢磨の話題が持ち上がった。前と同じホームページの話題だった。
「また琢磨、ホームページやっているらしいぞ」
そんな噂が僕の耳にも入ってきた。僕は詳細を桐沢に尋ねた。彼が他クラスから情報を仕入れてきたからだ。
「今度は個人ホムぺじゃないけどな。合唱部で作ったやつらしい」
「ふーん」
何故か、今回はあまり興味をそそられなかった。
家に帰ってボーッとしていると、桐沢からメールが来た。内容はURLが一つ書かれているだけだった。
何となく、何処のホームページに続いているのかは分かった。新しい琢磨のサイトだろうと。
行かない理由も無かったので僕はそのホームページに飛んだ。
「インザスクウェア、か。あんま変わってないんだな」
そんな独り言を呟きながら僕は迷まずに琢磨の日記を選択する。今度は順番を間違えない。
それほど多くの日記は書かれていなかった。まだ、サイトを開設して間も無いのだろう。
日記を流し読みした。別に何の変哲もない普通の日記だった。
しかし一つの日記で僕の目は留まった。前のプロフィールの時に口癖を見つけた時と同じ感覚だ。
題名は「Strokeの意味を答えよ。」特に理由も無く適当に付けたんだろう。
途中までは普通の日記だった。しかし、気になるところがあった。
「そういえば、ハイチュウのドリンクを飲みましたが、固形のやつをそのまま溶かしたような感じで微妙でした。でもまずいおかげで100円貰えるからいいや」
普通に流し読みをしても差し支えない文だったが、僕はその内容に聞き覚えがあった。
それはつい最近、桐沢が友達としていた会話だ。
「ハイチュウドリンクまじで上手いから」
「ハイチュウのドリンクなんて想像出来ないし」
「一回騙されたと思って飲んでみろって」
「本当に騙されたらどうすんだよ?」
「そしたら金返すよ、100円」
その会話をしていた相手は琢磨では無い。
彼はは二人がしていたその会話をいつものように身を乗り出して聞いていただけだ。
案の定、次の日、桐沢達はその日記について会話をしていた。
「あいつと話してたんじゃないのに、何であんな日記書いてんだよ。可笑しくない?」
僕もその考えには賛成だった。誰だって、自分が桐沢と同じ立場だったら多分気持ちが良い物では無いだろう。いや絶対に。
「あれは可笑しいよな」
僕達はでその話をしばらくしていた。
しかし全く想定していなかった事が起きた。琢磨が切れたのだ。
でもそれは現実の世界でのことではない。ネット世界でのこと、つまりホームページ内での日記でのことだ。
その日の夕方日記は更新された。
「聞こえないとでも思っているんですかね?あんな大声で喋って。
全部聞こえてますから。
陰でこそこそ言わないで俺に直接言えば良いのに。
この日記を見ているあなたの事ですよ。
また誹謗中傷したら今度は容赦なく叩きますから。」
僕は憤りを感じた。別に日記に僕を含めたクラスメイトのことが書かれていたからではない。
それをなんで僕等に直接言わない?僕らがいつ誹謗中傷した?
その日記にはコメントが残されていた。
「出来れば現実で叩いて下さいね」
もう一つ
「この日記自体誹謗中傷じゃん」
どっちも正論だと僕は思った。僕も同じ考えだったからだ。
次の日、琢磨は学校を休んだ。欠席ではない。合唱の大会があるから公欠らしい。
今日は金曜日、土日を挟むので次琢磨と会うのは三日後になる。
学校は朝から、その話題で持ち切りだった。
「なにあれ?ちょっとむかつくんだけど」
「直接言えよ、って感じだよな」
「リアルじゃ何も言わないくせに」
僕もその悪口には参加していた。
「ってか三連休だからあんな更新したのかね?」
「三日経てば俺らが忘れるとでも思ったのかな?」
これは僕の発言だ。
「ってかあの書き込み残したの誰だよ?その通りだから別に良いけど」
「本当誰だろうね〜」
「お前だろ」
「まじ、ばれてた?」
「書き込みの機種の名前がお前の携帯のになってんだからばればれだっつーの」
その書き込みをしたのは桐沢だった。でも誰も彼を責めたりはしない。寧ろ賞賛した。
自分の気持ちを代弁してもらったような物だったから。
「でもさ、あいつもう学校来ない気じゃない?だからあんな日記書いたのかもよ?」
「それはずるすぎだろ。言いたいことだけ言って逃げんのかよ」
僕もその可能性は日記を見たときから考えていた。普通の神経じゃあんなクラス全員を敵に回すような日記は書けないと思ったからだ。
でもそれは無駄な心配だったと分かることになる。
月曜日に琢磨が来たからそれを確認できたのでは無い。
二日も早い土曜日に僕は分かることになる。
琢磨があの日記の記事を消したのだ。そしてその代わりに新しい日記が一つ残されていた。
題名は「皆様にお詫び」
「前回の日記に、閲覧した人を不快にさせる表現が含まれていたことをお詫びします。
今回のことは、不特定多数の人が見ているということを忘れて、日記をみずからのはけ口としてしまったことに問題がありました。
そのため、匿名だったといってもあからさまな表現をしている部分が多くあり、中傷しているのと同じ文章になってしまいました。
今後は、多数の人が閲覧するということを意識し、人を傷つけるような文章は書かないように注意します。
最後に、これからは毎日のささやかな出来事を楽しく書いていきたいと思っているのでこれからも見て頂けると幸いです。」
コメント一件。
「この日記自体ナイス。サイコー」
コメントは誰かがふざけて書いたのから気にする必要はないと思う。
僕はこの日記を見ても釈然としない気持ちだった。
確かに僕達が感じた不平は全て謝られている。でもそれは今後の学校生活を円満に進めて行くための予防として書かれている気がした。
本当にこれが琢磨の本心なのか?別に僕はあの日記を反省してもらいたいなんて思っていなかった。
僕等に向かって、現実の学校で日記に書いたことをぶつけてもらいたかった。
日曜を挟んで月曜になった。僕はいつものように学校に行く。
うちの学校は二年生は八時十五分が登校時間で、それを過ぎると遅刻扱いになる。
僕は八時十分に学校に着いた。下駄箱に外靴を置き、中靴に履き替える。
ふと鈴木琢磨の下駄箱に目を向ける。まだ中靴が入ったままだった。それはまだ琢磨が学校に来ていない事を表している。
別に焦りはしなかった。クラスの大半は十分から十五分の間に慌ただしく登校してくるからだ。
琢磨はその軍団だったかな。思い出そうとしたが出来なかった。 長い階段を進み三階へと辿り着く。一番端の2−7の教室のドアをくぐった時、時刻は八時十三分を回った。僕はすぐに友達の元へと行く。
「琢磨来てないよな?」
「ああ」
「まじで不登校になったんじゃないの?」
「おい柴田、後」
友達は僕の後ろを指差した。後ろにはドアがある。その指先に従って後ろを振り向くと、少しうつむいて教室に入ってくる琢磨の姿があった。
少しほっとしている自分の姿があった。
誰とも目を合わせることなく彼は列の真ん中程にある自分の席に着く。
琢磨が目を合わせることをしなかったのか、周りが目を合わせようとしなかったのかは分からない。
僕はと言うと、気にはなったが、話し掛けはしなかった。今までの距離感を保とうと決めていた。
他の皆も同じ気持ちなように見えた。あからさまな嫌がらせは起こらなかった。
そんな雰囲気を保ったまま三日程が過ぎ、三者面談の週間に入った。授業は午前だけとなり帰宅部の僕にとっては嬉しい限りだ。
初日の一番最初が三者面談だった。
偏差値を68目指そう。と励まされた。
二日目は車で来た僕は授業が終わるとさっさと帰った。
そして僕は三日目を迎えることになる。




