第一話:人類は魔法しか語らない
ここ十年の間、世界は大きく変わった。政府のお偉いさん、名高い研究者、移り気な人々、つまり人類は一つの道具を、材料を、娯楽を手に入れた。
簡単に言うなら魔法。
科学風に言うなら未知の法則による人工的自然現象。
魔法とはもちろん御伽噺に出てくるファンタジーだ。呪文を唱えれば杖から炎が出て、杖を振れば姿を変えられる。今までの人類にとってはただの空想だったものが、新しい技術として人類は手に入れた。
魔法をこの世界に伝えたのは一人の魔法使いだった。
その魔法使いはこの世界とは別の異世界から迷い込んできて、人類に魔法と異世界の門を与えた。その魔法使いは異世界の人々とこの世界の人類を繋げた。
ここ十年の間、人類は魔法しか語らない。暗い深海や未知の宇宙よりも、手頃な魔法というものに興味が移ったんだ。
異世界は今では地球にとっての外国となり、魔法を中心として交流を深めている。地球人を異世界へと留学させたり、逆に異世界人を地球に招いたり、異世界人から魔法を教わる学校を設立したりもしている。
異世界、そして魔法は地球人にとって身近な存在になっていた。
*
他人からは優しいけど少し頼りない、と評される久遠静馬という青年がいる。
つまり僕のことなんだが、今は友人宅に遊びに来ている。というのも友人が魔法を披露したい、と常日頃からうるさいほど言ってきてとうとう我慢の限界が来た僕は、嫌々友人のパフォーマンスショーを観客として参加することになった。
今の時代は魔法が使えると人気者になれるという流行のようなものがある。確かに魔法は派手なものが多く見てて面白い。流行に疎い僕でもわからなくもない。
「お待たせしましたお客様。準備が整いました」
「…………僕しかいないのに随分と張り切ってるなぁ」
気合の入ったスーツ姿で扉から出てきた友人に思わず呻く。多分親のものだろうスーツは色褪せていてくたびれている。自信満々でポーズを決めている彼の名前は義仲介斗。僕とは高校生の時からの友人で、色々とノリはウザイが一緒に居て楽しいからよく遊んだりもしている。一応同じ大学に通っている。
「では、お見せしましょう。練習に努力を重ねた魔法、エターナルフォースブリザード!!」
腕を大きく広げ呪文を唱えたと思えば、介斗の胸前辺りの空間に小さな氷の結晶が出来始める。光をキラキラと反射しながら樹が枝を伸ばすように氷が大きく成長していく。成人男性の頭ぐらいの大きさになった氷は、透明でありながらも中にキレイな形の霜が備わり、宝石のように眩しく見える。
変化を終えた氷の結晶はそのまま床に落ちて砕け散る。その様も光を伴って美しかった。
「…………どうも、ありがとうございました」
僕の驚く表情を満足気に眺めた介斗は、恭しく礼をする。
「…………すっごいなぁ。感動したよ」
紛れもない僕の本心だ。テレビの中で魔法を見たことはあるけど、生で見るのはこれが初めてだったりする。やっぱり生の方が肌で感じ取れてキレイだ。
「だろ? 結構苦労したんだぜ? 霜を作るのとか、最後の落ちるとことかさぁ」
笑いながら話す彼の顔は得意気に見えた。それはともかくさっきの魔法について色々聞きたいことがある。
「本当にキレイだったよ。それで? これは誰にでも出来るのかい?」
「いや、魔力と氷属性の適正がなかったら無理だ」
少しやってみたいという気持ちがある。が、残念ながら僕は魔力を持っていない。魔力の有無は魔法を使うにおいて致命的だ。魔法は魔力を消費して発動するわけだから、魔力が無いと魔法は使えない。
電池を入れていないライトのスイッチを押したって光は点かない。それと同じだ。逆に言えば電池に相当する外部からの魔力供給があれば、魔力のない僕でも魔法は使える。といっても外部からの魔力供給をするための機器はとても高価だ。車と同じくらいの値段と言えばわかるだろう。
「ふぅん。てことは、君は魔法使いにでもなったのか」
「違う違う。これはただ一発芸。本を読めば一般人でも出来るやつ」
それでも魔力のない僕にとって魔法を使う介斗は、十分魔法使いに見える。
「それで? これだけ?」
「え? まぁ……これだけだけど?」
困惑した表情で床に座る介斗。氷の結晶は空気に溶けてなくなっている。
困惑しているのは僕の方だ。まさかこれだけのために呼ばれたのか、僕は。
「はぁ……もう、帰るよ。キレイだったぜ」
「おう、ありがとな。新しい魔法を覚えたら、また招待するわ」
「なら、今度は他の人も誘ってくれ」
僕はゆっくりと腰を上げる。友人の自慢を見るため、そこそこ遠いこの家に来るのは勘弁してほしい。次は道連れとともに来よう。
満足はしていないが、不満はない。魔法を初めて見れたのは嬉しいし、ここから大きいデパートまで近い。まだ時間もあるしデパートで買い物するのを含めると、来て損はないと言える。
右腕に付けている時計を見る。時刻は午後二時二十分。そういえば今日は休みだった。
「さいなら」
「じゃあな」
短い別れの言葉を交わし、介斗宅を出る。デパートはここから歩いて少しの駅前にある。望んだものが手に入る、ぐらい大きな所だから暇つぶしにはもってこいの場所。見てて飽きないけど衝動買いしていまうときもある。
「できれば、金使いたくないけどね。欲しい物があれば使っちゃうんだよなぁ」
おかげで僕はずっと金欠だ。
*
件のデパート、その中にある本屋にたどり着いた。いつも来てるのが平日なため、いつもより人が多い。今日は土曜日だ。
魔法関連の本は人気なのか入り口にコーナーがあった。その中の『魔法を使う基礎』という本を手に取る。
そこにはわかりやすくイラスト付きのカラーで魔力と魔法の関係性、属性とは、魔力操作のコツ等々。
読むだけで魔法が使えそうな気分にしてくれる。そこで『これで人気者。いまから使える魔法芸』という本を見つける。おそらくこういった本を読んだ介斗が、僕に魔法を披露したんだろう。
「美しい氷魔法ねぇ……」
そう名打たれたページを発見する。今日介斗が見せてくれた魔法のようだ。名前はフリージングスノウ。それっぽい意味の単語を繋げただけだし、エターナルフォースブリザードじゃなかった。
簡単、普通、困難の三つの難易度の内、困難に相当する魔法らしい。
介斗が何に使うか気になり、用途が何かを見ると、
「美しい氷の結晶は女性を虜にする、ねぇ……」
つまり、そういうことなんだろう。
本を棚に戻す。
本を読んだって魔力が無かったら魔法を使うことはできない。今では常識で魔力のない人は諦めている。魔力を持つ人は多いとは言えない。十人に一人いる程度で、魔法使いになれるほどの素質で絞れば千人に一人だ。西暦二〇二二年現在の日本人口は約一億二千五百万人いて、その中の千人に一人が魔法使いの素質をもっていると考えれば、十二万五千人ということになる。
いや、以外といるな。
次はどこにいこうかと考えた時、
「おおっとキミ! 魔法に興味があるのかい!」
後ろから大きな声が聞こえた。多分さっきまで魔法関連の本を読んでいた僕が対象なんだろう。
嫌な予感を覚えつつゆっくり振り返る。そこには帽子を深く被った女の子がいた。僕よりも明らかなに年下だ。背なんて僕の胸辺りで打ち止め。なのにブカブカの大きいコートを羽織っていた。
「……は?」
気の抜けた声が出た。
「だからぁ! 魔法に興味があるの? って聞いてるんだよ!」
ビシッ、と女の子は胸を張ってポーズを決める。無いことは無い。いや、そうではなく。
「いきなりなんだ君は。僕みたいなやつを捕まえて逆ナンか? ふざけるな! いきなり現れた君に付いていくようなロリコンに見えるのか!?」
「えっ、ご、ごめんなさい…………」
「たくっ最近の子供は…………」
流れに乗りそそくさと女の子から立ち去る。口喧嘩の必勝法は会話の流れを支配すること。これをマスターすれば相手が言おうとする言葉がわかり、さらに相手に思い通りの言葉を言わせるよう操ることもできる。これが家電製品を値切るとき役にたつ。
僕はこのデパートの家電コーナーの店員に『合法な詐欺師』とよばれ恐れられている。
そんなことは今、まったくもって関係ない。
女の子が見えなくなった所で歩行スピードを通常まで落とす。あれは明らかに厄介事の匂いがした。すぐに逃げて正解だった。
「これはもう、帰るしかないかな」
もう出入り口が見えている。あまり見回れなかったのは残念だが、面倒くさいことにはなりたくない。大した目的もなかったしいいかな。
バギンッ! と空間が揺れる。思わずよろめいてしまう。
「なんだ今の」
現在地点は出入り口前。多くの人たちは通るその場所。周りの人たちも不信に思い、辺りを見回したり、連れの人と喋ったり、通行の流れが止まっていた。
僕は不信に思いながらも出入り口へと歩を進める。とにもかくにもさっきの女の子と出くわすと厄介だ。
僕を捉えた自動ドアが開こうとした瞬間、
ゴアアアアァァァ!!
決して遠くはない場所から轟音が耳に届く。殺意を持った音から逃げるように耳を塞ぐ。それでも体の奥底に響く。
「なん、だよ……今の……」
轟音が聞こえた方向に眼をやる。
大きな影が見えた。もっと眼を凝らす。すると、大きな影から逃げるように人たちがこちらへと走ってくるのが見えた。
周りの人たちも焦るように浮き足立つ。パニックの兆候だ。
テレビや小説の影響だが、こういう時こそ冷静になれと学んだ。焦りで間違った選択をするかもしれないからだ。
再び轟音が鳴る。慣れたのか耳は塞がなかったが体が震える。人の悲鳴が聞こえた。それと同時に物が壊れる音も聞こえた。周りの人たちは事態がわかったのか、叫びながら出入り口へと走る。
僕はその流れに逆らい大きな影の方向へと走る。
その時に思い出した。
テレビや小説で学んだことがもう一つあった。
それは――――
ゴアアアアアアアアアァァァァァッッ!!!
――――好奇心は身を滅ぼす、ということだ。