第二章 学院祭
第一章が長い割りに内容が薄くてシリアスだったので、こっちはラブコメ風にしようと考えています。
【5月 ファノステル学院 α教室前廊下】
ふう、とため息。ルイの視界には大きな長方形で極薄の(でもなかなか割れない)ガラスとペンキにまみれた手と自分の青い前髪があった。今、ルイは四つん這いになってガラスに文字を書いているところだ。何に使うか?そんなの決まっている。
学院祭だ。5月になると、白の陣も黒の陣も学院祭をやるのだ。つまりは文化祭のようなモノだが、全ての学院が同じ日に行うため国の祭りのような扱いになっている。実質、5月中は休戦状態になるのだ。そして今ルイが文字を書いているガラスは、教室の窓からぶら下げる大型の看板だ。
ルイが所属するファノステル学院のα部隊はレストランをする。各学院の部隊ごとにやるものは決まっていて、どこに行けば何を得られるかを書いたもの、つまりパンフレットにも載る。学院ごとの移動手段はバスか魔方陣か徒歩だ。徒歩は大変だと思われがちだが、整備された草原をのんびり歩くのは気持ちがよく、ルイもたまに草原で昼寝をしたりする。
学院祭まであと20日もない。ルイの仕事は特に無いが、準備が大がかりで大変なのだ。学院内をスミズミまで綺麗にするのはもちろん、装飾、魔方陣や机・椅子の移動があるため休む暇など一切無い。
これじゃ死んじゃう!とルイが突っ伏しかけたとき、頬にヒヤッと冷たく固いものが押しあてられ、鳥肌をたたせながら振り向く。
「ルイ君、お疲れさま!ジュース飲む?」
「あ、メアか」
ニッコニコと笑うメアの顔が間近にあり、少し頬を染めつつジュースの缶を受け取った。
「はかどってるねー」
「ど、どこがだよ…。ひとつ看板が終わればまた次の看板を書く。一生終わんないよ」
プシッと缶を開けジュースを飲む。火照った体に冷たさが広がるのを感じた。メアもジュースを飲んだ。
「私は一段落ついたんだよ。手伝おうか?」
「お願いします!」
メアはペンキが入った鉄製のバケツをうんとこしょと持ち上げ、よたよたとガラスを挟んだルイの向こう側に行った。膝を立てしゃがむメアを見て、うわあ!と内心で叫びながらルイは目をそらした。今、メアは制服。つまりスカートなのだ。
「ルイ君、どうしたの?」
「いやなんでもないから!早くやろう!!」
カーッと再び体が火照る。グビッと一口ジュースを飲んだ。
メアが来た事で作業はうんとはかどり、看板一枚に2時間かけていたのがうんと短縮され、夕方になる頃にはルイがやるべき事はあらかた片付いてしまった。
「疲れたー!今日はこれでおしまい、ペンキ片付けちゃおう」
「そうだね」
ペンキが入ったバケツを持ち上げ、水道まで行きタワシで丁寧に洗う。
「ペンキって、魔法でもおちないんだよね」
ガッシガッシとバケツを擦りながらメアが言う。
「かなり強い魔法じゃなきゃ無理だよ。服についた汚れ程度なら僕にも落とせるんだけど」
「それでも良いほうだよー。私は洗濯物なら一瞬で乾かせるけどね」
ハハハ、と二人は笑った。タワシを水道に放り投げ、キュッと水を止めてタオルでバケツを拭く。
「お腹減ったね!ルイ君って自炊する派?」
ファノステル学院内にある町には食材も豊富に売ってあるため、寮で自炊している生徒も少なくない。セレンは自炊をしているらしく、レンジなどの家電製品も部屋に揃えているらしい。
「僕はしてないよ。料理できないから」
「じゃあ一緒に食堂で食べようよ!」
学院内の町にもレストランはあるのだが、値が少々張るため生徒のほとんどがバカデカい食堂で食べている。食堂というよりもフードコートの進化系のような所だ。
「そうだね。手伝ってくれたから今日はおごるよ」
「いいの?じゃあお言葉に甘えて!」
ニッコニコと笑うメアを見て、ルイも微笑んだ。バケツを運営委員会に返し、食堂に向かって歩き出す。
余談だが、学院祭運営委員会は学院内の生徒の約320名で構成されている。教員や隊長クラスの大人達は委員会には加わっていないため、学院祭は完全に子供達だけで運営・管理されているのだ。それは黒の陣も共通している。
黒の陣の学院祭に行く事はできないが、国境付近の町では互いににぎわっている様子が分かるらしい。
食堂についたルイ達は4人席を向かい合う形で座った。夕方ということもあり、生徒や教員でごった返している。広い食堂もほぼ満席だ。
「何食べようかなぁ…」
「あんまり高いものはやめてください…」
「わかってるって!」
タッチパネルの薄い機械にかかれた料理名を下にスクロールさせていくと、いきなり頭に重い衝撃が。この感触は人の顎に違いない。
「キセでしょ」
「バレた!」
ルイは、ゴン!と頭突きを顎にお見舞いさせつつ振り返る。そこには予想通り顎をおさえたキセと、セレンとその影に隠れるローレンがいた。
「ちょっと何二人でデートしてんだよー」
「でっ、デートじゃないよ!ルイ君がおごってくれるから一緒にいるだけだよ」
メアが頬を赤く染め、手をブンブン振りながら否定した。
「キセは毎回毎回会うたびにそういう事言うよな」
「だって会うたびに二人でいるんだもーん」
キセがルイの隣に座ってきた。セレンが椅子をもうひとつ持ってきてローレンを座らせ、自身はメアの隣に座った。
「で、どうだ?はかどってんのか?」
もちろん学院祭準備の事だろう。
「まあまあかな。メアも手伝ってくれたし」
「お前ら作業中も二人きりなわけ!?あーもうついていけんわー」
「キセうるさいよ!」
メアがプンプン怒りながらキセの手をつねった。
「いてて、悪い悪い」
「お腹減ったから注文するよ」
セレンが注文表のディスプレイをたたき、サラダとスープとパンを選んだ。
ここの料理は店員ではなく、魔力を源に動くロボットが持ってくる。楕円形でフワフワ浮いたまま席まで料理を運んでくるスグレモノだ。
キセがステーキを頼み、ルイとメアとローレンが和風定食を頼んだところで一息つく。
「それにしても、国境紛争があってから何も動きがないわね」
先月、国境の数ヵ所の町が悪魔によって占領されたのだ。奪還作戦にはルイ達α部隊も参加し、好成績を修めた。
「確かになぁ。悪魔もびびったんじゃね?俺達が強すぎて」
セレンは、あのねぇ、とため息をつき、コップに入った水を飲んだ。
「そんななわけないでしょう。あの行為は宣戦布告のようなものなのよ?今までも国境では紛争がたくさんあったけど、なんとか全面戦争は免れてきた。でも、そろそろ天使側も限界。反撃を始めるに決まってるでしょ。そうなるように、わざと国境を攻撃してきたとしか思えないわ」
「でも…」
おずおずとメアが口を挟む。
「なんでそんな事をする必要があるの?利益なんて悪魔にはないよ」
「あるよ。黒の陣の地形、知ってる?」
ルイが魔方陣を展開し、小さな地図を取り出した。縮小された世界地図だ。ルイは黒の陣の位置を指し示した。
「ほら、首都ブラックキャッスル付近には火山があるでしょ?この火山は『パロディアス火山』っていうんだけど…まあいっか。それで、この火山から出る特殊なガスによって、作物が全く育たないんだ。悪夢には無害なんだけどね。火山が噴火すれば、首都は壊滅。過去に1回あったらしいんだけど。そのせいで土地も乾いちゃって、首都なのに廃墟みたいなとこらしいよ」
すると、ローレンが珍しく口を挟んできた。
「しろのじんは…ゆたかだから…せんりょうすれば……」
「なるほどな!」
キセがわっしゃわっしゃローレンの頭を撫でた。ローレンは嬉しそうに微笑む。
意外と笑ったら可愛いんだなぁ、とルイが眺めていると、キセが耳打ちしてきた。
「お、今度の狙いは幼女ですか?」
「ち、違う…!」
反論しようとしたところ、夜ご飯を乗せたロボットがやってきて打ちきられた。ホカホカと立ち上る湯気に、睡魔がちらりと現れる。
「さっさと食って寝るか!おい、ルイの部屋行ってもいいか?」
「な、なんで来るんだよ」
危うく味噌汁を吹きそうになりながらも、どうにか飲み込んだ。
「ホラ、男同士の親睦会でも…」
「言い方がおかしいよバカ!」
足でゲシッとキセを蹴る。ルイはグビーッと水を飲み干した。
「ちょっとあんた達、やめてよローレンがいるのに」
怪訝そうにセレンが呟いた。完全に勘違いされている。
「別に変な話なんかしてないよ!!」
「大丈夫よローレン、すぐ終わるわ。待ってて」
セレンが箸を二本指と指の間に挟み、ルイの顔に近づけてきた。目潰し以外の何者でもない。
「わーわーやめなってセレン」
ニッコニコに笑ったメアがセレンの腕をおさえた。ルイの視力は守られた。
「私もルイ君の部屋行きたいな!見たことないよー」
「は、はぁ!?」
真っ赤になりながらルイは聞き返す。ニヤニヤとキセが顔を覗きこんでくるので、青い前髪を必死に伸ばした。
「そうだ!セレンとローレンも来て、オールナイトしよう!!」
「いいわねそれ。ゲームしよゲーム」
「ちょ、僕の部屋狭いよ?」
「場所どこ?」
「最上階の隅の部屋」
「一番広い部屋じゃねえか!!」
結局、夜ご飯を食べ各々がお風呂に入り、髪も乾かさずに全員がルイの部屋に来た。
「ローレンって1人部屋なの?」
「ううん、私と一緒よ」
なるほどな、とルイは頷いた。ローレンはルイのベッドに座り、メアに髪をとかしてもらっている。長い金髪がベッドに扇状に広がっていて、美しい。
「教員にバレたら怒られるよ…」
「大体、寮の棟自体男女ごちゃ混ぜじゃんか。だいじょぶだいじょぶ」
ビッと親指を立てて胸をはるキセは、セレンとテレビゲームの最中だ。戦闘系RPGでCGの綺麗さからとても学生に人気のあるシリーズなので、ルイも少しテレビ画面が気になる。
「もう…少しは緊張感というものがないの?」
「学院祭の準備期間中くらい、緊張しなくていいのよっと!」
ズガン!とテレビから音がし、ボスを倒したファンファーレが鳴り響いた。
ルイは深いため息をついた。
「君ら、いつ帰るの?」
「んー、どうしよ」
セレンが画面を見ながら呆けた声で答える。
カチカチ、とコントローラーを連打しつつキセも言った。
「もう泊まっちゃわね?俺、棟が違ぇんだよ」
「あーいいねそれ。私も棟違うし。ルイと一緒の棟なのメアだけだからねー」
ぬぼーっとした声で言われ、ルイはカクンと肩を落とした。
ベッドの上で跳ねていたローレンとメアも口を挟む。
「私も泊まりたい!楽しそう!」
「わたしも…とまる」
「え!ベッド3つしかないのに…」
「3つもあるだけ凄いのよ。ていうか、この部屋広すぎでしょ。どんだけVIPなのよ」
「てか、ルイは泊まられんのやなのか?」
「やじゃないけど…」 ズガン!とテレビから音がし、ボスを倒したファンファーレが鳴り響いた。
ルイは深いため息をついた。
「君ら、いつ帰るの?」
「んー、どうしよ」
セレンが画面を見ながら呆けた声で答える。
カチカチ、とコントローラーを連打しつつキセも言った。
「もう泊まっちゃわね?俺、棟が違ぇんだよ」
「あーいいねそれ。私も棟違うし。ルイと一緒の棟なのメアだけだからねー」
ぬぼーっとした声で言われ、ルイはカクンと肩を落とした。
ベッドの上で跳ねていたローレンとメアも口を挟む。
「私も泊まりたい!楽しそう!」
「わたしも…とまる」
なぜこうなった・・・と目の光をなくしながらルイは苦笑したのであった。
この章は短めで終わらせる予定です。