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Parfum  作者: 響かほり
第十九章 それはまだ始まってもいないから
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99



     §



 髪の色を地毛の金に戻したのは、何年振りだろう。

 鏡に映る自分の姿を見ながら、自分の髪を撫でる。

 いつの間にか馴染まなくなってきた金髪になった自分の顔は、髪の色一つで余計に母親に似てしまう。

 元の色に戻すことは、二度とないと思っていた。

 鏡を見れば、似過ぎた顔で母親を思い出す。

 それが嫌で、自分と母親の繋がりを断ちきるように、ずっと髪を染め続け、カラーコンタクトにしてきた。

 自分を捨てた母親を許したことは無い。

 憎しみにも似た怒りが癒えたわけでもない。

 今回、髪の色を戻したのは、自分と向き合いたかったからだ。

 母親の存在と共に、『榊紫苑』という自分さえも一緒に拒み続けてきた。

 榊の姓を名乗る事も、紫苑である事も拒んで、上坂伊織として生きる事を選び、父親や兄弟から決別した。

 その自分を変えてみたいと、初めて思った。

 今更、母親や父親達と歩み寄るつもりなんて毛頭ない。

 ただ、親に囚われる事を少し、止めたかった。

 ありのままの俺で、吉良と向き合いたかった。

 その為に得た休みだ。

 吉良に会う前に、やらなければならないことは、これ以外にもう一つ。

 夜、事前に連絡を入れた健斗から指定された時間に、健斗の経営するクリニックの前に俺は立っていた。

 時間的に、診療時間が終了し一時間近く経過している。

 入口の自動ドアは鍵が掛かり、ガラス扉の内側にはブラインドが下ろされ、中の様子はうかがえない。

 電気がついているので、まだ中に人はいるのだろう。


“…来るって解っているのに鍵をかけるとか、するか普通?”


 吉良のことで話があると伝えたら、この時間に、この場所へ来いと指定したのはそもそも健斗だと言うのに、まさかの締め出し。

 従兄弟らしいと言えば従兄弟らしい行動に、入口にあるインターホンを押して相手を呼び出す。


「何だ」


 機会越しの声は相変わらず尊大で、鼻で笑った。


「俺だ」

「どこの俺様だ」

「解っていてやっているだろ、お前」


 カメラ付きインターホンなのだから、俺が解らないはずはない。


「当然だろ。嫌がらせだ。まあ待ってろ、開けに行く」


 鼻で笑ったらしい相手は、そう言ってインターホンの接続を切った。

 しばらくして、内側のブラインドが下方から徐々に上がる。

 次第に足元から姿を見せ始めた相手に、もしやと思っていた。

 そして、彼女の顔までブラインドが上がり、彼女と目があった瞬間、相手の方がぴたりと動きを止めた。

 パンツスタイルにラフなシャツ姿の彼女は、服装自体に色気がないのに、魅力的に感じる。

 白衣よりもはっきりと体の線がでる今の服装が、吉良の綺麗なボディラインを強調するせいだろう。

 ガラスを隔てていなかったら、久しぶりに会った彼女を、闇雲に抱き寄せていたかもしれない。

 彼女の姿を見ただけで、胸は高揚して嬉しいとさえ思う。高鳴る心臓の音は煩くて、彼女に聞こえるのではないかと莫迦みたいに緊張してしまう。

 けれど、吉良の方は大きめな瞳を見開いて、眼が零れ落ちそうなまま、面白いくらい硬直している。そんなに俺と再会するのが嫌だったのだろうか。


「……榊…さん?」


 確認するように私服姿の吉良は俺をじっと見、大きな眼を瞬かせる。

 どうやら、彼女は髪の色が変わった俺を俺とはっきり認識できず、混乱しているようだった。


「何時まで見つめ合ってるつもりだ、お前ら」


 吉良の背後から近付いた健斗は、鍵を開けて扉を開ける。

 そして、手に持っていた女性物のバックを吉良に渡して、訳のわからない様子の吉良の体をそのまま俺の方に押し出す。

 よろけた吉良は俺にぶつかり、俺は思わず彼女の体を支えるように抱きとめた。


「お前、危ないだろ!」

「何するんですか院長!」


 俺と吉良が同じ人物に対して声を上げたのは、ほぼ同時。


「最近また、このあたりで変質者が出たと回覧板にあっただろ。紫苑の奴がお前に話があるらしいからな。話ついでに送ってもらえ」


 健斗は困惑する吉良をよそに、俺を見る。


「お前にも話があるんだけど?」

「俺は忙しい、今此処で手短に言え」


 ここで言えとか、軽い嫌がらせだろう。健斗の奴。


「…俺は諦めない。お前にも渡さない。そう決めた」


 その一言に、健斗が鼻で笑う。


「俺に宣戦布告か?いい度胸だな?」

「ああ。それから明日から三日間、吉良に休みを出して」

「さ、榊さん!?」


 驚いた顔で俺を見上げる吉良に対し、健斗は唇の端を釣り上げてニヤリと笑う。


「そいつは、吉良の意思次第だ」

「…これから、説得する」

「明後日の俺との約束は守れよ?」

「分かっている」

「吉良を傷物にしたら、お前を社会的に抹殺するからな」


 それだけを一方的に言うと、健斗はさっさと入口を閉め、ブラインドを下ろして消える。

 残された俺と吉良は呆気にとられてしばらくその様子を見る事しか出来なかった。






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