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Parfum  作者: 響かほり
第十九章 それはまだ始まってもいないから
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「女に惚れた事もない癖に、下心だけであいつに手を出すからだ、莫迦」

「悪かったな、感情より手が先で!」

「あぁ、大いに悪い。その気もない女に執拗に手を出すのは、榊の流儀じゃねぇ」


 榊の流儀なんて知ったことではないけれど、「らしくない」のは百も承知。

 吉良を前にすると、他人をやんわり拒絶するために、人当たり良く装っていた別の自分が何処かに消える。

 彼女と話せば話すほど、もっと彼女を知りたいと思った。

 俺とは違った形で、人当たりが良い癖に人の気持ちを執拗にかわして拒絶する吉良が気になって。

 女は嫌いなはずなのに、吉良を眼で追い、いつもの俺が望む『心の距離感』がばっちりの付き合いをしてくれる吉良がいつの間にか物足りなくなって、モヤモヤして。

 女相手の距離の詰め方なんて口説いて落とすしか知らないから、いつものように口説きにかかるしか出来なかった。

 俳優としての演技でも『知人・友人としての女性への接し方』なんてなかった。

 彼女を知りたいと思った感情の根底にあるモノが何であるかなんて、解る訳もない。

 漠然と聞いた知識として入っていた『恋』だの『好き』だのと言う感情だったと、理解が到達したのだって本当に少し前なんだ。

 俺にしては珍しく強引で、無茶で、餓鬼くさくて、全くスマートに口説けない。

 上手く口説いた所で、吉良には全く響いていない。

 焦りといら立ちばかりで、感情的に振り回されて吉良に当たるしか出来なかった。


「やることが幼稚だ」


 そんなことは、健斗に言われなくても解っている。


「仕方ないだろ!普段通りに口説いたって吉良は全然落ちないし、何をやっても空回るし、俺だってどうすればいいのか解らないんだよっ!」

「どうしてそこまで面倒くさい女に、お前は手を出すんだ。女嫌いのお前が」


 うっぷん任せに吐き出した言葉が、いかに未熟で無力な自分を象徴する情けないものか、健斗の追い討ちの言葉が無くても解る。

 こと女関係に関しては、これまで深く関わらないよう心がけ、面倒事にならないよう気を遣ってきた。

 この容姿のおかげで相手は願わなくても次々寄って来るから、あとは後腐れのなさそうな相手を選んで、一度遊んでサヨウナラでよかった。

 二度が無いのは、相手が執着心を持つ事を避けたかったからだ。

 女遊びが激しいと思われても、女嫌いだとは他人に悟らせたくなかった。

 榊の家に居た頃の様に、僅かに見せた心の隙の所為で、心をズタズタに割かれるのは御免だった。

 強がって、弱さを隠して、死角なんて見せないで、そうして自分を守るしかなかった。

 俺を守るのは俺しかいない。他人の力を当てにできるほど、人の情に触れてもいない。

 なのに、吉良の前だけはそんな自分が変わっていった。

 傍に居ると、気を張ることも自分を無理に作る必要もなくて、気が抜けて落ち着いた。

 自分でも気付かないうちに、彼女の前だけは自分の気持ちから蓋が取れて、押し隠していた感情が垂れ流しになる。

 俺自身ですら呆れかえって不愉快になる、子供じみた我が侭や八つ当たりもした。

 だけど困った顔をしながら、怒りながらも、結局は向き合って答えてくれる彼女の事をいつから好きだったかなんて解らない。

 誰かに惹かれて執着して、相手の言葉に一喜一憂して苛立ち焦がれる想いを抱くなんて、初めてだった。

 彼女が誰を見ていても、俺を男として見ていないと分かっていても、彼女を知らず追ってしまう。

消えない苦しくて甘い想い。


「…好きだからだよ。この年で初恋だよ!悪かったな!」


 演技でもないのにこんな白々しい台詞を、素で言ってしまった恥ずかしさを誤魔化したかったのに、更に墓穴を掘った。

 また、健斗に馬鹿にされる。


「…やっと認めやがったな」


 案の定、健斗の口角が緩んだ。

 だがそれは、何時もの嫌味で皮肉めいた笑みではなかった。

 何処となく穏やかで、この場にも浮かべた本人にも不似合いなそれに、俺は毒気を抜かれて健斗から手を離す。


「気付くのが遅いんだよ、お前は」


 その言葉振りは、俺が吉良に惚れていた事なんて健斗が先刻承知だと証明したような物。

 何と答えて良いかも分からない上、恥ずかしさのあまり、顔が異常に熱く感じる。


「お、お前、何時から…」

「さて、何時からだろうな?」

「…っ、お前、ホントむかつく」


 こいつに見透かされていたなんて、恥以外の何物でもない。

 俺は再びベッドに腰を下ろして、顔を片手で覆って俯く。

 俺だって好きだと自覚したのは最近だと言うのに、健斗は何時からそれに気付いて見ていたと言うのだろう。

 それまでの自分の行動と健斗の言動を、頭の中でフル回転して振り返ってみる。


“…まずい。マジで解らない…一体、何時からだ!?”


 解らなさ過ぎて、何時から自分がおかしな行動をとっていたのかも、全然わからない。それが羞恥心を更に掻き立て、頭の中は軽いパニック状態だ。


「自覚した所で、初めからお前は玉砕すると思っていたがな」

「一言も二言も余計だ」


 俺の混乱した思考を引き戻す嫌味に、不意に現実に引き戻される。


「腐るな。お前でなくとも、吉良は落とせない。あいつは榊潰しだ」

「は?榊潰し??」

「手練の榊共の口説き文句を嫌味もなくスルー出来る逸材だ。お前みたいな初心者のお子様には、ハードルが高すぎる」


 健斗が決して俺を揶揄しているのではないことは、見上げた先にあるあいつの渋い顔を見ればわかる。

 スルーされた榊の男に、従兄弟も当てはまるのだろう。

 こちらの思惑などまるで無い物の様に、まったく吉良の心には通じてはいない。だから自然過ぎる。言い得て妙な表現だ。


「元が鈍い上に、恋愛を放棄した女だ。男としてのポジションは諦めろ。俺ですら『院長』以上にはならない」


 珍しく気弱な発言をした健斗に、不敵さなど微塵もない。

 女相手にこんなしおらしい事を言う男ではないはずなのに。

 余程、吉良は堅い意思をもって恋愛放棄をしたのだろうか…


「…どうして吉良は、“恋愛放棄”したわけ?」


 気になって問いかけたそれに、健斗は長い沈黙ののち、ぽつりと語り始めた。




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