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Parfum  作者: 響かほり
第二章 金が結んだ縁
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「院長、私の目から見て…榊さんの体調が良くなっているようには、どうしてもみえないんですけど」

「俺にも、悪化しているようにしか見えん」

「治療、上手くいってないんですか?」

「正直、お手上げだ」


 院長にしては珍しく、気弱な発言だった。

 普段の人間性は大いに問題ありだけど、医者として院長は有能だったりする。診療時間帯の患者様に対する院長の態度は、詐欺師。

 誰ですか、その優しい声と口調で聖人君主の様な微笑みを浮かべる人は!って、素の院長を知っている人は、誰しも一度は驚くの。

 だから女性の患者様が多いのは否めない。

 そんな擬態的な変化もさることながら、幼少期から医者としての英才教育を受けていると豪語するだけあって、大方の患者は治療によって、快方に向かう。

 多少の憎悪はあっても軽快するし、著しく悪化するようなことはほぼない。

 今回の様に、目に見えて悪化の一途を辿っているのが分かる事自体がない。

 院長が成す術なしだというような事態は、今まで一度もない。


「本来なら、仕事を休ませたい所だ」

「榊さんの仕事、そんなに大変なんですか?」

「気になるのか?」

「えぇ…まぁ、多少」


 榊グループには一切関与していない仕事だとは聞いているけど、来る度に顔に疲労の色が濃いのを見れば、いくら嫌いな相手でも気にはなる。


「俺はてっきり、紫苑のことを嫌ってるのかと思ったが?」

「仕事中、表情とか行動に出てました?」

「いいや。ただ、紫苑が来る話をした時は、顔に出る」


 無意識に顔に出るくらいだから、露骨なんだろうなぁ。

 仕事中に出ないように気をつけようと、自分に言い聞かせる。


「嫌いってのは、否定しないのか?」

「しませんよ。でも、それは仕事とは関係ありません」


 自分の主観的感情と、仕事は別物。

 患者として相手が目の前に立つ以上、看護師としてやるべきことはやる。

 それが、私のモットーでもあるし。


「患者さまが苦しむのは、やっぱり嫌ですから…どうにかならないかなぁと」

「良くなりゃ、顔を突き合わす必要もないからな」


 嫌みの様に言い放った院長を、私は軽く睨む。

 院長は首をすくめる。


「あいつが眠れるようになるには、あいつ自身が癒されねぇとなぁ」

「ストレスが溜まりやすい仕事なんですか?」

「仕事をしない方が、ストレスなんだよ」

「…ワーカーホリック(仕事中毒者)ですか?」

「いや。仕事で限界まで疲弊しないと眠れないだけだ。だからある種、仕事の虫だな」

「スポーツとか趣味で身体を動かすのはどうですか?」

「色々させたが、思うようには効果が出なかった。仕事がない時は過緊張状態になって、睡眠導入剤も安定剤も全く効果がない。恋人でもいればまた違うんだろうが」

「いないんですか?モテそうですけど?」

「お前、仕事で自分を顧みない男と、付き合いたいか?」

「昔なら、厭だと思います」

「今なら良いのか?」

「恋愛自体を捨てた身なので、判断できません」


 恋愛なんてもう何年してないだろう。

 二〇代前半は、院長と美奈先生に散々邪魔されて、恋人と長続きした記憶がない。

 二〇代半ばになって、両親のことで人間不信になって、恋愛したいとも思わなくなっちゃったし。

 いま最大の関心は、いかに老後の資金を貯めて、お一人様の生活を有意義かつ安定に送れるようにするか。

 心が枯れているなぁって、我ながら思う。


「若い女が、人生の大半の喜びを捨てるな」


 呆れたように院長は、ため息をつく。

 人の恋愛を潰しまくった人間の言葉とは、とても思えない。

 しかも、人生の大半って、院長はどれだけ恋愛に重きを置いているのだろう。


「残念ながら、私の老後に必要なのは、愛じゃなくてお金ですから」

「どうせなら、欲張って二つ手に入れろ」

「贅沢な無茶振りですね」


 心配されているのか、邪魔されているのか、正直分からなくて、思わず苦笑いしてしまった。



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