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Parfum  作者: 響かほり
第十七章 加速する想いに惑う夜
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「ぼんやりしているから、頭冷やせって強制休暇を言い渡されたんです」

「その程度の事で落ち込んだの?」


 俺はおもいっきり脱力した。

 クビになったのならいざ知らず、その程度で何故あそこまで切羽つまった様子で泣いたのか、俺は理解に苦しむ。


「貴方にはそんな事でも、私には死活問題なんです。こういう休暇を院長が口にするときは、殆どが職員のクビを切る時の前段階なんです…」


 吉良は視線を落とし、力なく呟く。


『私には仕事しかないのに…仕事がしたい…のに…できなく…て…』


 そういって感情が堰をきっていたし、いつも真面目に仕事をしているように見えるから、吉良は仕事に強い思い入れがあって、健斗の言葉に過剰に反応しているだけなのか。それとも、健斗の言葉だからなのか。


「…だから、休暇が終わるまでに立ち直らないと、本当にクビです」

「仕事なんて、何処で働こうと一緒だろ?」

「…院長の下でないと駄目です…意味がないんです。だから、院長に…嫌われて捨てられたくないんです」


“健斗に嫌われたくない?捨てられたくない?”


 吉良の一言に、一気に苛立ちが湧きあがる。

 つまり、健斗が好きだから、健斗の傍に居たいという意味だろう。


“何だそれ!結局、健斗かよ!”


 自分で話題を振っておきながら、いざ、吉良の口から健斗への気持ちを聞くと、ショックを通り越して腸が煮えくりかえる。

 吉良を占めるのは健斗で、俺の行動なんて歯牙にもかけられていない。

 俺に変な感情を植えつけておいて、吉良は他の男に心を持ったまま。

 強烈な嫉妬で、頭の中が沸騰して怒りが湧いてくる。


“許せるかよ、そんな事”


「そんなに健斗にベタ惚れのくせに、なんであいつに抱かれない訳?」

同時に、陶器と陶器が激突して砕ける音と、吉良の悲鳴が同時に聞こえる。

「やだっ、割れちゃった…どうしよう。まだ一回しか使ってないのに…」


 俺に背を向けたまま、シンクを覗き込んでいる吉良がうなだれる。

 俺は椅子から立ち上がると、うなだれたままの彼女の傍に近付く。

 近付く俺に気付いたのか、吉良がゆっくりと顔を上げようとしたと同時に、俺は吉良を背後から抱きしめていた。


「さ、さささささ、榊さん!?」


 彼女は俺の腕を引っ張って引き離そうともがくけれど、もがいて逃れられる様なホールドのかけ方はしていない。


「食器なんてどうせ安物だろ?俺の話を無視するぐらいなら、食器なんて洗わなくて良い。それ、全部捨てる」

「なっ!紙皿じゃないんですよ!?勿体ない」

「だったら、誤魔化そうとせず、俺の話にきちんと答えろ」


 思っていた以上に腹が立っていたのか、自分でも言葉遣いに抑制がかけられなかった。

 上坂伊織の時に発する低い声音で言い放てば、吉良の体がびくりと震えた。


「俺を弄んで楽しいのか?」

「な、何の事ですか!?あ、遊んで楽しんでいるのは…榊さんの方じゃないですか。今だって、意味分からない事で突っかかって…」


 吉良は俺の腕を両手で握り、躊躇いがちに徐々に小さくなる声でそう言って俯く。

 俯いたことで襟足にかかった吉良の短い髪が揺れ、白いうなじがはっきりと俺の目の前に現れる。

どこか扇情的に見えるその首筋に、唇を寄せる。

 口づけるように何度も触れれば、全身が飛び跳ねるように吉良の体が驚きに震え、俺の腕を掴む吉良の手に力がこもる。


「や、止めてくだ…ひゃっ!?」


 首を捩った吉良の耳朶下を、ゆっくりと舐めあげれば、びくびくと吉良が震えて身を強張らせる。


「や…だっ…」

「そんな声で、健斗のことも誘っていた?」

「そんな…ち、ちがっ…」

「それとも、健斗に嫉妬してほしくて俺を利用した?」


 吉良は必死に首を横に振って否定しようとするが、俺がそれを許さない。


「俺に優しくしたのは、利用するため?」

「ちがっ…そんなのじゃ…やめて…」

「止めない」


 わざと耳元で低く囁けば、吉良が耳まで赤く染めて息をのむ。

 俺の与える刺激に逐一反応して、上擦った声を上げる吉良の感度の良さに、俺の欲情に拍車がかかる。

 再び吉良の首筋に唇を落としながら、彼女のシャツのボタンを一つずつ外せば、吉良は必死で抵抗する。

 だけど、俺から逃げることはできない。


「俺の事が嫌いだから、利用するのは平気だった?…俺みたいに女にルーズな男は、切り捨てても大して傷つかないと思っていた?…生憎だけど、これでも人並み以上に傷付くんだよ…貴女が好きだから」


 女を信用していないのに、吉良に惹かれてどうしようもない。自分でも反発し合う感情を消化できなくて、彼女の些細な言動に心を掻き乱される。

 吉良が俺を弄んでいるわけではないとわかっている。俺が勝手に、彼女が向けてくれる優しさに一喜一憂しているだけ。己の不誠実な行動を棚に上げて、消化できない感情を八つ当たりのようにぶつけているだけ。


「…うそ…好きだなんて…ありえない」


 か細く聞き取ることも危うい声が、この期に及んでまだ俺の言葉を信用していないと主張する。


「貴方より年上で…別に綺麗でもないし…貴方と話をまともにしたのは最近で、私は怒ってばかりで…」

「確かに、大して話をしたわけでもない。だけど吉良は俺を見て叱ってくれただろ…嫌いだと言って怒っても、俺を見捨てなかった。何度も、俺のいけない所をはっきり言って叱ってくれた…いつも、外見だけで判断されてばかりだったから、初めて内面を見てもらえた気がして気が楽になったんだ…お人好しで、真っ直ぐで、嘘がつけない…そんな貴女がいつの間にか好きになってた」


 口にして、初めて吉良への自分の気持ちをはっきり理解した気がする。突然、俺の中に降って湧いたような好きと言う感情は、ゆっくりと俺の中で芽生えていたのだと知った。


「だけど…吉良も、結局、見た目や年齢で人を判断していたんだね」


 俺だって、見た目で判断する。人間だったら大なり小なりそうだ。吉良がそうあっても何ら不思議ではない。

 なのに、吉良のそれを許せないと思うのは、俺の狭量のせいだ。



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