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Parfum  作者: 響かほり
第十六章 揺れる心で
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「それに、俺が俺の思うように動いて何がいけないの?」

「人の迷惑も考えて行動してください。私には私の生活があるんです。だから突発的な貴方の都合に付き合いきれません」

「けど、吉良だってこれから夕食だろう?」

「それは…そうですけど」

「ちょうど良いじゃないか。食事を一緒に食べて何がいけないわけ?」

「そういう時は、事前に相手の都合を聞いて約束をするものです」


 巧く言いくるめられそうになったけど、突き放すときはちゃんと突き放さないと、付け入られるし、ずるずるとプライベートで関わることになりかねない。

 だけど、注意をしても、大きな子供はまだ分かっていないように頭に?マークを幾つも付けたような表情で私を見ている。


「俺の誘いを断る女なんて今までいなかったし、誘われる方が圧倒的に多いから、吉良の言う事がよく分からない」


 さらっと嫌味?もてる男をアピールですか?

 いけない、自分が捩れた考え方しかできなくなってきた。


「貴方だって、自分の予定を組んでいる所に勝手に出掛けようって連れ出されそうになったら、嫌じゃないですか?」


 榊紫苑は首を捻って少し考えてから、頷く。


「…そうだね、それはムカつく。わかった。次から、そうするよ」

「次からじゃなくて、今から実践してください…もう、お帰りください。貴方に付き合う気分じゃありません」


 無意識に、体が萎んで無くなってしまうような深いため息が、自分の口から洩れた。

 あくまでもマイペースを崩さない相手に、だんだん気持ちが滅入ってくる。

 こんな人に振り回されて、それを対処できないもどかしさと、慌ててしまう脆さが嫌になってくる。


「…これ以上…院長に呆れられたら困るんです…今日だって、仕事に出てくるなって言われて、どうしたら良いのか分からないのに…」


 院長が冷静な判断ができるまで来るなって職場からスタッフを追い返すのは、退職勧告に等しいのに。与えられた猶予期間に自分を立て直す事が出来ず、そのまま仕事に出て院長がそれに気付いたら…。

 仕事中、院長は患者様にはとても優しいけれど、診療の妨げになる事を極度に嫌う。

 だから、仕事中に雑念で気が逸れて診療中にミスが出ることを嫌がるし、許さない。

黙っていれば美形の院長に、浮ついた気持ちになってミスをしたパートさんが、何人かクビになっている。

 仕事を辞めたくないから、自分の気持ちをかき乱す榊紫苑とは、しばらくは仕事以外で一緒になんてなりたくない。

 院長に既に呆れられているのに、このまま自分が立ち直れなかったら…不要だと解雇クビにされる。

 私から仕事を取ったら何も残らないのに、仕事すら満足に出来なかったら、院長や美菜先生に受けたたくさんの恩を、どうやって返せばいいの?

 私が今、笑って看護師の仕事を続けられるのは、二人が助けてくれたからなのに…。

 唯一、役に立てるはずの看護師の仕事で自分が使い物にならなくなったら…。

 満足に働けなかったら、どん底の私を見捨てずに助けてくれた二人に、今度こそ見限られてしまう…こんなに情けない私なんて。


“そんなの、絶対嫌”


 襲ってくる不安は、じわりじわりと私を侵食して、視界が滲んで先が見えなくなる。

 数年前、限界まで精神的に深くダメージを受けた私の心はかなり脆くなっている。院長の治療のおかげで、普段はそうでもないのだけど、一度、心に不安が入り込むと過剰に反応して自分で感情の制御が出来なくなる。

 カタカタと指が震え始めると、手から腕、全身へと震えが広がって、歯の根すら合わなくなる。

 どうして、自分の事なのにどうにも出来ないの?

 歯痒くて、もどかしくて。


「私には仕事しかないのに…仕事がしたい…のに…できなく…て…」

「吉良…」


 震えと涙が止まらなくて、胸が苦しくて、吐き出したい泣き声を堪えるように唇をかみ締めても、嗚咽が洩れる。

 それもこれも、私自身が揺らぐから。

 私が生きるために見捨てた家族は、死んでしまった。

だから、自分が家族を持つことを諦めて、恋愛感情を心の奥底に封じ込めて、仕事に直向きになって、院長や美菜先生の役に立てるように生きると決めたのに。

 それが贖罪だと信じて生きていたのに、そんな自分が揺らいでしまう。

 榊紫苑の我儘に心をかき乱されて、無暗に放たれる色気に翻弄されて跳ね上げられる鼓動と高揚する感情を勘違いしてしまう。

 彼の傍に居ると、思い出してしまいそうなの。


“お願い、好きだなんて感情を思い出させないで。私は、仕事をして院長や美菜先生の傍で生きていたいの…だから、これ以上、私にかかわらないで!”


「…帰っ…て」


 彼さえいなければ、元通りだから。

 私の傍に、来ないで。私の中に入って来ないで。

 私から手を放して帰って。

 そう言いたいのに、言葉は掠れて巧く言えない。

 相手を振り切ろうとした瞬間、大きく逞しい腕に抱き寄せられ、同時に、バックが手から離れて地面に落ちた。

 突然だけど、強引ではなくて。

 かといって艶のある感じもなくて。

 壊れ物を扱うように、そっと優しく抱しめられる。

 服越しに私の頬に伝わる少し早い心音が、優しく響く。


「…ごめん」


 申し訳なさそうに呟かれたその言葉に、苦しくなる。


“どうして、今謝るの?”


 聞きたいのに、声は出なくて。


「ごめん、吉良」


 再び呟かれたその言葉に、涙が止まらない。

 優しくしないで。謝らないで。

 これは私が悪いから。一人で立てなくなってしまうから。

そう言いたかったのに言えない。

 堰を切った感情が溢れて、ただ榊紫苑に身を委ねて泣くことしか出来なかった。





 お読み下さりありがとうございます。

 お気に入り登録、評価、感想もありがとうございます。

 じれったい上に長くお話が続いておりますが、気長にお付き合い下さって本当に感謝です。


 アルファポリス『恋愛小説大賞』へ投票して下さった方も、ありがとうございました。重ねて、重ねてお礼申し上げます。


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