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Parfum  作者: 響かほり
第十六章 揺れる心で
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     §




 雅樹と外資系CDショップで別れた後、ヒーリング音楽のCDを買うことも忘れて、そのまま店を出てしまった。

 店を後にしてしばらく歩いてから、その事実に気付いた。戻るのも微妙な距離だったので、CDの購入は諦めて、気を取り直してスーパーで大量の食材を買い込んで家に帰った。

 お買いものバック二つ分の、大量買い。

 下手したら二週間分の食料品を買ったせいか、少年のとんでもない発言で自分に振りかかった問題すら頭から抜けかけた為か、少しだけ鬱屈していた気持ちがすっきりした。

 せっかく貰った休みなのだから有効利用して、趣味の料理をして気分の転換を図って対処法をじっくり考えようと思ったのだけど…。

 すっかり日の落ちた、人通りの少ない薄暗い道を通ってたどり着いたアパート。私の部屋の玄関前に、何やら黒っぽい大きな塊が見える。


“何だろう、あの大きな塊…荷物?”


 警戒しながらそっと近づいて目を凝らせば、人が蹲っているのがわかる。

 下げていた顔を上げた相手の灰青色の瞳と目が合う。相手は、上目遣いに私を見上げていた。榊の人間にしては非常にラフな服装の、こげ茶の髪をした長身男性は身を屈めたままで唇の端を歪める。


「遅かったね」


 遅いと感じるほどここで待っていたとでも言うのかしら、この人。


「…いつからここに?仕事は?」

「仕事はもう終わった。待ってるのは一時間くらい」

「…なんで此処に居るんですか、榊さん」

「榊?紫苑と呼んでくれない訳?」

「…呼びません」

「…まあいいよ。迎えに来たんだ。行くよ」


 立ち上がった相手は、私の手から買い物バックを二つ取り上げる。

 朝、二度と来ないでと叩き出したのに、そんなことは全然、気にしていないみたい。


「む、迎え?」

「ご飯作って」

「…はい?」


 聞き間違いか、幻聴だったのか分からなくて、思わず間抜けな声を上げてしまった。


「だから、俺の家で夕食作ってもらうために、迎えに来たんだよ」


 どうやら、聞き間違いでも幻聴でもなく、耳に届いたままの言葉だった。

 荷物を持ったまま、榊紫苑は駐車場方面へと勝手に歩き出してしまう。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 それはそれで困るし、どう言う事!?って、頭の中で思考がせめぎ合っている間に、榊紫苑が遠ざかっていた。慌てて走って追いかけると、彼の後ろから相手の手を掴み、動きを止めて買い物バックを一つ、相手から奪い取る。


「どうして私が、貴方のご飯を作らなければならないんですか」

「俺が食べたいから」

「外食すれば良いじゃないですか」

「いやだ」

「嫌って…」

「吉良の料理が好きだから。俺が今、食べたい。分かってくれないかな、そのくらい」


 唯我独尊で俺様発想な言葉を、何で聞くのとばかりの表情で答えた榊紫苑から、私はもう一つ買い物バックを取り上げる。


「作ってくれるって言ったのは、吉良の方だろ?」

「たまに。と、言ったはずです。それに、昨日の晩御飯も今朝のご飯もご馳走しましたよね!?おまけに今朝、二度と来ないで言いましたよね?聞いてなかったんですか?」

「聞いたけど、守るとは言ってないし、俺は今食べたい」

「子供じゃないんですから、揚げ足とって、思ったままに行動しないで下さい」


 あまりに相手が感情の赴くまま振る舞うので、げんなりしてため息が漏れた。

 頭が痛い。大人ならもう少し自制心とか慎みとか、遠慮とかあって然るべきなのに、榊紫苑に関しては、そういった感覚がごっそり欠落しているとしか言いようがない。

 榊の先生は医師や官僚系が多いということもあり、全体的にそういった傾向の性格の人が多いし、お金持ちで権力を持っている財閥出身だから、多少なりとも傲慢な部分はある。

 院長も空気を読まずに強引で我儘な部分はあるけど、社会人としての分別はちゃんとあるし、他の榊の先生を含め節度はわきまえた振る舞いをされる。

 榊紫苑は、スマートじゃないというか、大人になりきれていない。自分の事だけ。

 最近まで、あまり榊紫苑と深く関わって来なかったので、単に気付かなかっただけかもしれない。気 難しい感じがしたから、院長よりも凱先生寄りのストイックで無口なタイプかとかっていに思っていた。

 彼を知れば知るほど、自分の思っていたイメージとは真逆の方向の人間であると分かる。


“この人は、良くも悪くも人のことなんて考えてないんだわ”


 自分の都合で人を振り回して、私のことなんて何も考えていない。

 そう思うと、なんだかムカムカしてきた。


「作りません。帰ってください」


 踵を返そうとすれば腕をつかまれ、私はそれを振り払う。


「離して」

「吉良」


 相手を見ないように家に向かえば、今度は腕をつかまれ引っ張られる。

 その力に負けて足がもつれ、体が大きく傾いて転びそうになったところを、大きな両手で支えられる。


「大丈夫?荷物持つよ」

「貴方のせいです!もうっ!いい加減にしてください!」

「何を怒っているわけ?」


 夜に外で大きな声を上げてしまって、しまったと一瞬思ったけど、相手は何で怒っているのかやっぱり気付いていなかった。それが余計に、イライラを募らせる。


「貴方は自分の都合で人を動かして、それで満足かもしれないけど、私は非常に迷惑なんです」

「別に俺は満足なんてしてないけど?」

「……」


 …やっぱり、通じていない。




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