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Parfum  作者: 響かほり
第二章 金が結んだ縁
8/100



     §



 榊紫苑との出会いは、そんな感じで、怖さと痛さに脚色されていた。

 何度思い出しても、どう解釈をしても良い思い出ではなかった。

 おまけに、ドSで女に節操のない院長の親族だと聞かされて、げんなりした。

 榊一族の女癖の悪さは良く分かっていたし、出逢いの印象最悪のせいで、良い印象がこれっぽちも浮かばなかったっけ。

 とどめに、意識を取り戻した榊紫苑の一言が、私の心のフラグを大きく『嫌い』に傾かせた。


「俺に抱きつかれるなんて、ラッキーだね?」


 大丈夫かと問いかけた私に対して、「大丈夫」とも、「御免なさい」とも言わず、「ラッキーだね?」…。

 人に向かって倒れて来たくせに~~っ!

 私の背中はその後、二日間も打撲で痛かったのに!

 痛いのを我慢して、院長と運んで処置室の寝台に乗せて、点滴までしたのに!

 言うに事欠いて、「ラッキー」?

 わがままと傲慢は、上流階級の特権ですか?

 それとも超絶美形だからこその暴挙ですか!?

 特別時間給を貰ってなかったら、相手が真っ青な顔をしていなかったら、私は榊紫苑を迷わず殴っていたかもしれない。

 それをグッと堪えて、笑顔を返したあの瞬間の自分を褒めたい。

 でも、「セクハラで訴えますよ?」とは、返答したけど。


「貴女、おもしろい人だね?」


 何も面白いことなんて言っていないのに、榊紫苑は青灰色の双眸を細めて笑った。

 こういう人種は、適当にあしらってかわして、深く関わらない方が良い。

 完全に自分中心でしか物事を考えないから。

 その点で、院長と榊紫苑は酷似していた。

 だから、特別勤務は付かず離れず、仕事だけを淡々とこなそうと決めた。

 その後、榊紫苑も診察に来る度に、顔を見ればあいさつ代わりに一言、口説き文句を言うけれど、それ以外は私が問いかけなければ何も言ってはこなかった。

 あからさまに、自分に踏み込まれたくないというオーラも出していたし、いつもピリピリしていた。

 気難しい性格なのか、人間が嫌いなのか、近寄りがたい人間ではあった。

 彼の特別診療に立ち会うようになって二年、会話らしい会話なんて、ほとんどなかったから、この間のちょっとした会話は、ある意味、画期的な出来事だった。


「吉良、明後日の午後、あいつが来るから準備しとけ」

「…え?」


 月曜日の午前診療が終わり、休憩室で院長と向かい合うようにお弁当を食べていた私は、耳を疑う。

 榊紫苑が来たのは、昨日。

 最初はひと月に一度くらいだったのに、最近は週に一度のペースに狭まっている。


「診察…じゃないですよね?」

「点滴だ」


 内科の病院ではないので、こうも頻回に点滴をするのは、レセプト的に色々問題が出るのではないだろうとかと思うのだけれど…。


「そんなに体調が悪いなら、榊の母体病院に受診した方が良いんじゃないですか?」

「お前が良いんだと」


 ししとうの天ぷらをつまんでいる箸で、院長は私を指さす。


「院長、行儀悪いです」

「お前、突っ込む所、そこか?」

「ほかに何があるんですか」

「…紫苑は、お前以外に点滴させたくねぇと言っている」


 ししとうを頬張りながら、院長は鼻で笑う。

 そして、人の弁当箱からだし巻き卵を至極当然のようにかすめ取る。


「ちょっと院長!人のおかずに、手をつけないでください!」


 思わず立ち上がって、抗議した私に、院長は出前でとった天ぷらそば定食のえび天をつまんで、私の弁当箱に乗せる。


「文句あるか」

「うっ…ないです」


 本当は、ちゃんと院長用で用意しただし巻き卵を全部食べているから、コレステロール値が上がるから駄目ですって、言いたかったけど。

 お弁当箱からはみ出すくらい大きな海老が、文句を言うなよと院長の代わりに無言で主張している。

 文句なんて言えない…だって、海老、大好きなんだものっ!

 上手に口止めされて腰を下ろした私は、勝ち誇ったように私の弁当箱に乗る海老の天ぷらと、院長を交互に見る。



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