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Parfum  作者: 響かほり
第十五章 情緒不安定は誰の所為?
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 ただ、女と言う存在でありながら興味を惹かれたのは、吉良だけ。

 女性を好ましいと思ったのも、彼女だけ。

 この感情をなんと呼ぶのか、俺にはわからない。


「…私の困るところが見たい…とか?」


 俺の問いを真面目に考えていたのか、そう答えを返した吉良に俺は我に返る。


「私が困っていると、なんだか榊さん…楽しそうなんですけど…」


 しっかりと俺の心理を読んでいる相手に、もう出来ることならいっそ、俺のこのモヤモヤした感情を読み取って教えてもらいたい。

 だが、そんなことは口が裂けたって言えない。俺のプライドにかけて。

 空いた手を伸ばし、吉良の髪にそっと触れる。

 指先で摘むように、その滑らかで明るい茶色の髪の質感を楽しみながら、俺は淡い笑みを浮かべた。

 仕事でよく使う、女性を悩殺すると言われる淫靡な笑みを。


「…俺、そんな酷い男に見える?」


 刹那、吉良の顔が耳まで真っ赤になり、瞬きを忘れて俺を凝視している。

 予想通りの反応だったけれど、予想外のことが一つ。


“なんで泣きそうに?”


 泣かせる要素が何処にあるのか、俺には皆目見当もつかない。

 目尻に溢れんばかりに溜まった雫を、小さく唇をかんで堪えているその姿に、ないはずの罪悪感が疼いて苦しくなる。


「…吉良?」


 吉良は両手で口を押さえ、ぼそぼそと呟く。


「何?聞こえないけど」

「む、無駄にエロフェロモン出しすぎです。そ、そういうのは、彼女だけに振り撒いてくださいよね。うっかりドキドキしちゃったじゃないですかっ」


 紅潮した顔で恨めしげに俺を見て、吉良は小声で抗議する。


「そんな風に女の人を誑かしたら駄目ですよ!想像妊娠したらどうしてくれるんですか」


 その意表をついた言葉に、俺は驚きを通り越した感動を覚える。

 吉良の突飛な発想力には無論、驚いたけれど、その裏には、彼女が俺の男としての魅力を確かに感じて、動揺をしているという事実があるわけだ。

 鈍いと思っていた吉良の中に。


“それって嬉しいかも”


 俺のことを少しでも男として認識してくれていると分かった今、もっと、吉良の心を揺らして見たいと思う。

 他の男が眼に入らないくらい、吉良を惑わせたい。


「どうするもこうするも…吉良にだけなら、きちんと男として責任取るよ?」

「…せ、責任?」


 油断している吉良の腰に腕を回して体を引き寄せ、彼女の柔らかな唇を指先でなぞる。


「想像なんかで終わらせるわけないだろ?…今から、ベッド行こうか?」

「け、けけけけけけ結構です!そ、想像だけで十分です!是非、ソウゾウと言う名の妄想だけさせてくださいぃぃぃっ」


 絶叫しはじめた吉良の口を、俺は掌で軽く塞いで彼女の声のボリュームを下げる。


「夜遅いし、ご近所迷惑じゃないの?」


 はっと我に返った吉良は、あわてて俺の言葉に頷く。頭が千切れんばかりに。


“やばっ…なんか面白い上に、可愛すぎるけど…この人”


 毎日、傍で見ていたいかも。

 吉良と話していたら、苛立ちもいつしか、どこかに消えている。

 元々、吉良自身に腹が立っていたわけではないし、胸につっかえていたモヤモヤは全部とは言えないけれど、ずいぶんとすっきりした。

 イライラの引き金にもなるのに、結局は、吉良とは関係なく俺の心に鬱積したもの全部を吉良が取り払ってくれる。


「ごめん。少し困らせすぎたね…八つ当たりして悪かったよ」


 素直に謝れる自分が居る。

 困った顔も良いけど、やっぱり吉良には笑っていて欲しい。

 俺に笑いかけてくれたら、なお良い。

 吉良から手を離せば、吉良はしばらく目を瞬かせて俺を見ていたけれど、少しだけ唇の端を緩めた。


「表情が良くなりましたね。ストレス、少しは解消できました?」

「かなりすっきりしたよ」

「良かったです。でも、今度から私で遊ぶのは止めてくださいね」


 念押しをされて、俺は首をすくめる。


「遊んでいるわけではなかったけどね…」

「まさか、本気で苛めてたとか!?」


 ひどいことを言って、傷つけ不愉快にさせたはずなのに、吉良はあくまで自然体でそう尋ねてくる。

 ちょっとすねた感じはあるけれど、腹に一物もって話をしている様子は全くない。

 友達と話をするような、健斗と話をしているときと同じような気安さに、ほっとする。


「違うよ…吉良を可愛いと思ったのは本当だから。それに、俺のこと紫苑って、吉良に呼んでもらいたいのも本気」


 少し赤みが引きかけた吉良の頬が、再び色鮮やかな朱を指す。


「あ、貴方、天性の誑しですね」


 照れているのか、恥ずかしがっているのか、吉良の声がわずかに上ずる。

 言葉は失礼だけど、困ったように笑う彼女を見ていると、胸がきつく締め付けられる。

 苦痛とは違う、甘く痺れるような痛みと高揚。


「貴女が好きだから…それに偽りはないから。それだけは、覚えておいて」


 そっと吉良の唇に自分のそれを軽く重ねた後、告げた言葉は、無意識に零れた自覚のなかった己の心。

 俺の中でずっと澱のように広がっていた吉良への感情は、少しずつ姿と色を持ってまとまりを成して、俺に始めての『恋』を告げた。



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