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Parfum  作者: 響かほり
第十五章 情緒不安定は誰の所為?
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76 ~紫苑side~



  第十五章   情緒不安定は誰の所為?



 何故、これほどまでに苛立ちが募ったのか、分からない。


「俺、貴女を見ているとイライラする」


 俺はキッチンダイニング部分にある四角い机に肘を突き、頬杖をついて苛立ちの原因でもある相手をじろりと見る。


「…人の家までズカズカ上がりこんで言う台詞ですか?」


 机をはさんで向かい側に座っている部屋の主は呆れたようにそう答えて、手に持っていたオレンジブロッサムと紅茶のブレンドティーに口をつける。

 その顔には疲労のあとが窺える。

 あの後、健斗の制止を振り切って、強引に吉良を自分の車に乗せて無理矢理、彼女の家に転がり込んだ。

 吉良は俺の急な訪問に文句を言いながらも、一応、丁寧にお茶を出してくれた。

 健斗の奴は追っては来ない。いや、来られない。

 俺が健斗たちの居た料亭に到着したとき、健斗は聖心会の呼び出しと思しき電話で口論になっていた。

 時間を引き延ばしたものの、榊の人間として呼び出しを断ることは出来なかったらしい。

 親父…いや、聖心会の会長の召致なら榊にとって絶対服従らしいから、流石の健斗でも渋々でも従うより他ない。


『俺の物を奪い取る真似をしやがったら、お前の俳優人生ぶっ潰してやるからな』


 近年稀に見る怒りの形相で俺に釘を刺しはしたけれど、追っては来なかった。

 無論、それを加味した上で出た行動だが、健斗がみせたその吉良への執着ぶりが俺の怒りを加速させたのは事実だ。

 俺自身が健斗に吉良を愛人にしろとたきつけたにも関わらず、いざ健斗が吉良を所有物の様に扱えば、それが許せなかった。

 お前の物じゃないと…。

 自分の考えている事が、大いに矛盾しているのは理解している。だけど、嫌なものは嫌で、吉良が他の男のモノになるのが不愉快なんだ。


“なんかもう自分が、意味が分からなくてムカつく…この家の狭さもなんか気に入らないし…”


 一DKの狭い家も余計に苛々する。

 荷物は決して多くはないし、簡素だけど綺麗に整理整頓され、女性らしいカーテンや小物が端々にあり、決して趣味も悪くないけれど、部屋数の少なさと、間取りの狭さが閉塞感を覚えるせいだろう。

 この異常な吉良の家の間取りを全部合わせても、俺の家のリビングにもならない。


「しかも何?何でこんなに狭い家に住んでいるわけ?」

「…普通の一人暮らしなら、これで十分です。貴方の家が、無駄に広すぎるんです」

「ふーん」


 俺は自分の生活スタイルが普通だと思っているから、吉良の言うことは理解しがたい。

 母親と暮らしている時も、今住んでいるマンションの広さと変わらなかったし、それが俺基準の家の普通サイズだ。

 じい様の家は巨大迷路のように広く入り組んでいて、流石にでかいとは思っていたが。

 ドラマロケの部屋も確かに狭いとは思っていたけど、まさかそれが普通とは…。

 玩具みたいに小さな部屋を見渡せば、所狭しと花瓶に挿された薔薇の花たちが飾られる。


「どうしたの、この花?」

「…貴方が下さった、薔薇の花束の一部です」

「…あぁ、あげたっけ。貴女に」

「せめて自分の行動は覚えておいてください…」


 吉良は、大きくため息をついた。

 言われなくても、本当はしっかりと贈ったことは覚えている。

 けれど、贈る花の実物を見た訳ではない。ネットで真紅の薔薇と予算を指定しただけだけだから。

 むせ返るほどの香りを放つ薔薇は、少しくたびれてはいたが手入れは欠かしていないのか、日にちが経っている割に花は元気だ。

 しかも、空き瓶と思しきものに挿したり、バケツにまで活けて。

 俺なら花瓶に入れもせず、一日で枯らしてお仕舞いだ。


「で、一部って、どういうこと?」

「散ってしまった花もあって。あとは、クリニックに飾ったり、花瓶に入りきらなかったものをお風呂に浮かべて薔薇風呂を堪能したり、薔薇ゼリーも作りました」

「別にすぐに捨ててもいいのに。本当は、花束も迷惑なだけじゃないの?」


 ピクリと、吉良の柳眉が片方歪む。


「捨てられるために、花は美しく咲く訳じゃないんですよ?それに、感謝の気持ちで贈られたものを、無碍に扱うほど人でなしでもないです」

「人でなしで悪かったね」

「…自覚があるなら治しましょうね、その性格」


 ちくりと釘を刺され、俺は唇の端が歪む。

 俺への情があって花を大事にしているわけじゃないと、はじめから分かっている。

 けれど、飾られた花を見て、嬉しくなった俺の気持ちとは相反して、全くもって俺を歯牙にもかけない吉良の態度。

 また、苛々が俺の中に渦巻く。


「…貴方にとっては忘れてしまうような贈り物の一つでも、私はもらえて嬉しかったですよ?大きすぎてびっくりはしましたけど」


 社交辞令で言っているだけだと分かっているのに、嬉しいという吉良の言葉に俺の胸が高揚する。

 さっきまで、苛々が止まらなかったのに、それが何処かに追いやられる。

 無防備に亮と一緒にいて、気安く「亮さん」などと名前で呼んで、和やかな雰囲気だった彼女の姿に腹が立っていたのに。俺だってまだ「榊さん」としか呼んでいない吉良が、どうして初対面の亮を名前で呼ぶのかと。

 その後の食事中に何も言わず、ぎこちない彼女の態度にイライラして、当然のように健斗と帰ろうとする彼女に、更に怒りが込み上げたのに。

 それすらも許せてしまう様な、感情の高揚は何だと言うのだろう。

 何でこんなに、自分の気持ちが波を打ってざわめくのだろう。

 彼女の言動に一喜一憂して、勝手に振り回されて。

 こんなのは、俺じゃない。

 分かってはいるのに、吉良を前にすると情緒不安定になる。


「そうやって、健斗も誑し込んだわけ?」

「…やっぱり、院長を取られたからジェラシーですか?」

「……何を言っているの?」


 真顔で真剣に尋ねてきた相手に、自分の顔がしかめっ面になるのが分かる。

 健斗を取られたジェラシー?愚にもつかない冗談だ。

 吉良に惚れていると言われた時より、更に不愉快だった。



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