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亮ことリョンリョンに、何故だか私と院長は食事に誘われた。
珍しく院長は断ることもせず、とりあえず三人で食事をする事に。けれど何故だか行き先の主導権を握った院長が指定した、行きつけの料亭に連れて行かれた。
門がまえからして老舗で、店の中は全個室、私たちが案内されたのはライトアップされた日本庭園の見える広い個室。
時々、ししおどしの音が聞こえて雅な感じで、お料理も一食「おいくら万円?」って聞きたい感じの御立派さ。
きっとこの一食で、私の一カ月分くらいの食費と同等だと思うの。このお正月とか結婚式場でしかお目にかからない素敵な高級食材たちは。
「わぁ~、チョー高そう。でも良いチョイス。流石兄貴」
一瞬で店の格式高さとお値段が比例しているのを理解したのは、亮さんも同じだったみたいだけれど、店の前でそう言って笑っただけで、彼は飄々と店の中に入っていった。そして、注文も全部院長に委ねて、平気な顔をしている。
お支払いの心配も全然していない様子。
“もしかして亮さんも、何気にどこかの御曹司?”
庶民の私は、自分の懐を心配してしまうのに、男性二人はお構いなし。
対する私は、「院長、お金は分割払いで良いですか?」って、速攻で院長に眼で訴えましたとも。
そうしたら、亮さんが「俺の奢りだから、好きなだけ喰っちゃって~」とか、本当に軽いノリで言ってくれて、院長が頷いてお許しをくれた。
と言う事で、晩御飯をごちそうになる事、決定。
格式が高い上に高級感満載だからこそ、一生に何度も来ることは無いので、せっかくだからこのお上品な味付けを覚えて、安い食材でどうやって近付けようか、考えながら味わって頂く。
その間、院長と亮さんは、いろいろ話をしていたけど、私の耳にはほとんど届いていなかった。
「…ら…吉良。おい、聞いているのか?」
「え?あ、何ですか?」
呼ばれて、味を吟味中の湯葉料理から視線を上げて、院長を見れば呆れた顔をする。
「お前、また頭の中でレシピ作りながら食べていたのか?たまには、純粋に味わえ」
「だって…こんな高級料亭なんて私の財力じゃ来られないので、舌と脳に味を刻みこまないと勿体ないじゃないですか」
「…お前、貧乏症から何時抜け出すつもりだ」
「失礼な。節約だって言っているじゃないですか」
「どうだかな」
「そもそも、院長の舌が肥え過ぎているせいで、お弁当を作るのが大変なんですからね。こんな時じゃないと味の勉強できないじゃないですか」
ちょっと安い食材に変えただけでも、それを言い当てて文句を放つ‘神の舌’の持ち主を相手に、週に何度かお弁当を作る身になってもらいたい。
「…え?弁当?」
亮さんが箸を咥えたまま、不思議そうな顔をする。
「愛妻弁当ならぬ、愛人弁当?」
ガチャンと音を立てて、私の手から滑り落ちた高そうな食器が机に落ちた。
中の料理はこぼれたけれど、食器はヒビ一つ入っていなくてホッとする。
「違います。院長の奥様から院長の栄養管理目的で、週に何度かお弁当を作るようにと頼まれているだけです」
「兄貴の奥さんと仲良いのに、愛人?」
「…神崎さん」
「うぇ、その固い呼び方やめてくれ~。俺、ジンマシンでる!」
大げさに体を掻いて見せる相手は、心底いやそうな顔をしている。
「…亮さん」
「やだなぁ、リョンリョンって呼んでくれよジミー。俺とあんたの仲じゃん」
「初対面ですね、私たち」
「またまた~。一目会ったその日から、俺とジミーは一蓮托生の友!俺は、ジミーが誰の愛人だろうと、この友情は変わらないZE!」
人の話を聞かないで、我が道を爆走するあたりは、榊紫苑とよく似ている。
だからお友達なのかも知れない。…そうに違いないと、断定する。
ただ、この無駄なハイテンションは、榊紫苑と居る時以上に疲労感を覚える。
しかもさりげなく友達扱いされているし…。
突っ込みどころはたくさんあるけど、とりあえず、莫迦げた発言をどうにかしないと。
亮さんの『愛人』発言の出所におおよその見当は付いている。私はゆっくり深呼吸をし、気分を落ち着け、院長に視線を向ける。うっすらと自分が笑っているのがわかる。
「院長、貴方が吐いた問題発言、あと何人の人が聞いているんですか?」
「ひぃぃぃぃっ!ジミー、怖ぇぇぇぇっ!」
「この駄犬と、紫苑、あともう一人だけだ」
私の横から飛びずさった亮さんに対し、院長は鼻で笑った。
「榊さん以外が聞いているとは、聞かされませんでしたけど…意図的に隠しましたね?」
「そう目くじらを立てるな。この犬がこうして確認に来て、紫苑に報告すれば、いちいち俺達が説明してやる手間も省けるだろうが」
周囲から地固めをしようとしていたなんて、院長はなんて手慣れているんだろう。
しかも絶対に、私たちの反応を楽しんでいると分かる。その愉悦に浸る笑みと、わずかに高揚した声で。
「何、俺が伊織に二人が良い仲です、なんてペロッと喋っちゃうとか思ってる?」
「言う気満々だと、顔に書いてあるが?」
「マジでかっ!?」
顔を撫でた亮さんは、むっと顔をしかめる。
「…いや、流石に俺でも言えねぇわ…そいつは」
唸るように呟いた言葉に、私と院長は顔を見合わせる。
先ほどまでの浮かれた様が嘘みたい。
「こいつの口から死刑宣告を聞かせたいと言う訳だな?」
「…ってか二人、男女の仲じゃねぇだろ?嘘は言えねえよ」
突然、正鵠を射た言葉を発した亮さんに、院長がにやりと笑う。
「心外だな」
「心外って…普通、愛人なんてのは隠すもんだろ」
「自己顕示欲と言う言葉を知っているか」
「んなら、女の見せ方おかしいだろ。兄貴みたいなタイプは、女を着飾って最高の状態にして見せびらかすはずだし、その手の外見も派手目で綺麗な女のほうが好きそうだ。悪いけど、ジミーはそういう意味で外面のいいタイプじゃねえな」
失礼とは思いつつ、亮さんの観察眼に驚いてしまった。
確かに美菜先生は、何時でも完璧な姿で院長の隣に立っている。それに、結婚前に院長が手を出していた女性は皆、素敵なプロポーションのお色気満載の着飾る事が大好きな人ばかりだった。
お莫迦な事を言っているのは、ただの目くらまし?
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