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“もしかして、体調が悪いのかしら?”
顔がほとんど見えなかったから、顔色が良くわからなかったけど、何となく放置してはいけないって、看護師としての勘が訴えてくる。
ふらつきながら、『榊クリニック』と書かれた、私の職場の入り口でその人は止まった。
すりガラスの自動ドアは開かない。
でも、院内に電気が灯っているから、院長が先に来ているようで、内心ほっとする。
“うちのクリニックに用事?もしかして、院長の言っていた特別な患者さまって、この人?”
うちは睡眠外来が主体の心療内科のはずなんだけど…。
どう見ても、相手は救急外来で診てもらった方よさそうな感じ。
必要なら、救急搬送した方が良さそうなのでそれも頭に置いておく。
ピンポーン
壁に肘を付き、腕で体を支えるようにして彼はインターホンを押した。
『なんか用か』
ほどなく、そっけない返事が聞こえる。
“…え、その返事で良いの、院長?普通、どちら様とか聞きませんか?”
応答の対応が悪い事に動揺している私をよそに、インターホンを押した相手は、ぼそりと呟いた。
「俺、さっさと入れてくれ…」
『どこの俺様だ』
「…紫苑だ」
『あぁ、知ってる。待ってろ』
通話が切れた途端、紫苑と名乗った彼は壁に腕をついたまま、ゆっくりと私を振り返る。
サングラスをしていても分かる、日本人離れした顔に、少し驚いた。
“流暢な日本語を喋る美形外国人だわ!”
美形は榊一族で見慣れているはずなのに、その人の整った顔は美形に興味の無い自分でも息を飲んでしまうほど綺麗。
ある意味この美貌は兇器。絢子さんや結城さんが見たら間違いなく絶叫するだろうなと思いながら、相手を観察する。
白色系人種の肌だけど、顔色はそれ以上に血の気がない蒼白状態。
疲労困憊した表情で、今にも崩れ落ちてしまいそうな危うさがある。
どこかで寝かせて休ませた方が良いのは、明らか。
「何か用?」
警戒するように、その人は私を見ていた。
日本語が流暢で助かったかも。
「用があるのは、貴方にではなく此処に、です」
「…此処って…この病院?」
私が指をさした方向を見た相手は、再び胡散臭そうに私を見る。
「ええ。クリニックの職員なので」
「…職…員?」
いぶかる相手に、私はバッグから鍵を取り出して見せた。
院長が来るよりも先に、自動扉の上下に付いている鍵を開け、手動で扉を開き、立っていることも辛そうな相手を見る。
「とりあえず、待合室のソファで横になってください。顔色が悪いですよ」
何を驚いたのか、今度は相手が驚いた顔をして私を見ていた。
「…大丈夫ですか?一人で歩けますか?」
手を差し出せば、今度は凝視された。
「どうしました?歩くのも無理そうですか?」
「いや…ただ、エレベーターに乗ったら、目眩がしてきて…」
そう言いながら、私の手を取ろうと一歩踏み出しかけた相手は、そのまま前のめりに倒れかかる。
“危ない!”
とっさに相手を受け止めようとしたけど、相手が無防備に勢いよく覆いかぶさるように倒れてきたので、相手が頭をぶつけないように支えつつ、そのまま一緒に座りこむように崩れ落ちる。
なんとか頑張って一緒に倒れる事は免れたけど、代償に私は自動ドアで背中をぶつけた。
「いったぁ…ちょっと、大丈夫ですか?」
自分の体重プラス相手の体重分の衝撃は、結構きつい。
それでも、相手の安全を真っ先に確認してしまうのは、看護師の性。
彼がぶつけた所はなさそうだが、相手からは返答がない。
意識消失しているようだった。
慌てて、相手の手首にある動脈に触れてみる。
脈拍は規則正しく、緊張もあり良く触知出来る。
呼吸も規則的で、緊急性を要する様子もない。
ひとまず、安心。
「何やってんだ、お前ら」
ほっとしたのも束の間、そんな声が聞こえて院内に視線を向ければ、呆れたような院長が腕組をしてそこに立っていた。