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Parfum  作者: 響かほり
第十三.五章   鈍感と狡さと生殺しの愛で
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「あ、飲み物、コーヒーで良いですか?インスタントですけど」

「カレーを出せ」

「…カレーは飲み物じゃありませんよ?」


 真顔で吉良がそう答える。

 そんな事、言われなくても分かっている。


「部屋の中に充満した、この食欲をそそる香りの食い物を出せと言っている」

「…あ、匂います?」

「薔薇の香りを殺すほどな」

「すいません、一時間くらい前まで煮込んでいたので」

「夕飯を食い損ねたから、出せ」

「…ご飯をたかりに来たんですか?」


 怪訝そうな顔をしながらも、吉良はキッチンで大きな器にご飯と温めたカレーを盛り付け、ちょっとしたサラダを用意し、グラスにお茶を淹れて持ってきた。


「院長仕様じゃないので、味の保証はできませんからね?」


 俺仕様ではないというのは、吉良お得意の安い食材で作ったということだ。

 だが、目の前に来たチキンカレーは、匂いからしてスパイスからしっかり調合して作られていると解る。

 空腹を刺激する、良い香りにつられ、俺は二人前であろうそれを余すことなく完食した。


「…安い米と鶏肉で大幅減点だ」


 食材さえ良ければ、更に味が良くなるはずだが、この貧乏症の女は安い素材にこだわる。

 この俺が味を認めるほど腕が良いのだから、食材にまで気を使えば良い物を。


「完食しても文句言うんですか?」


 不満そうに言いながらも、絶妙なタイミングで食後のコーヒーを忘れず出してきた吉良は、苦笑している。


「まあ、お腹が空いていたら、何でもそれなりに食べられちゃいますけどね」

「食材のランクを上げろ。それ以外に不満はない」


 空腹は最大のスパイスと言うが、空腹だろうが本当にまずかったら『不味い』とはっきり言うし、食べもしない。

 料理で爆破物を生成する美菜は問題外だが、俺は基本的に料理人以外の料理は食べない。

 料理人でもない女の料理を普通に食べるのは、吉良の物だけだ。

 それを分かっているのかいないのか、空いた皿を片づける吉良の手が止まり、曖昧に笑った。どうせ、エンゲル係数が上がるだなどと考えているに違いない。


「…院長、榊さんの所で嫌な事でもあったんですか?」

「どうしてだ」

「眉間にしわが寄ったままなので。榊さんがらみの嫌な話で来られたのかなと」

「…そうか」


 俺は安物のインスタントコーヒーをすする。

 吉良はそれ以上、なにも訊ねてくることはなく、再び皿を片づけて洗い物を始める。

 俺が、良い女を演じるように何でもかんでも空気を読まずに「どうしたの?」訊ねてくる女が嫌いなのを知っているからだろう。

 仕事上のパートナーとして俺の扱いを心得ているから、こいつと普段、長く過ごしても苦痛ではない。

 不要な気を遣わなくて良いと言うのだろうか、楽で良い。

 食欲を満たし、コーヒーを半分ほど飲むと、普段の流れでタバコが吸いたくなる。

 吸おうか迷っていると、食器を洗い終えた吉良がカモミールのハーブティーを淹れて、机を挟み俺の正面に座る。

 そして、机の上に小さな灰皿を差し出す。


「どうぞ。このまま部屋の中で吸ってもかまいませんから」

「良いタイミングだな、お前」

「何年、院長の雑用係をしてると思ってるんですか?」


 小さく笑って吉良は、ティーカップに口をつけた。

 俺はスーツの胸ポケットから煙草を取り出し、ボックスから一本煙草を抜き出し口にくわえる。

 開けた煙草の箱を吉良に向けて出す。


「…お前も吸え」


 ストレスから喫煙する看護師は多い。

 今でこそ全く吸わないが、吉良も榊の病院にいる頃は喫煙していた。

 その当時でもごく稀にしか吸ってはいなかったから、嗜好としてはさほど好きではないのだろうが。


「よほど、嫌な話しをしたいんですね?…それじゃあ、一本いただきます」


 吉良は何とも言えぬ複雑な顔をして、煙草を一本ぬきだした。

 ライターをさし向ければ、吉良は煙草を口にくわえ火を灯す。

 慣れた様に煙草をくゆらせる吉良を見、俺も自分の煙草にも火を灯す。


「…院長、意外に軽い煙草を愛飲しているんですね?」

「きついと登山に支障が出るだろうが」


 山登りが、この年になっても唯一止められない俺の趣味だ。

 それを続けるために、煙草で肺活量を奪われるのを極力抑えるため、ニコチンやタールの低い物を選び、吸うのも余程でなければ食後に一本程度に抑えている。


「変な所でストイックですね」

「莫迦言え。俺は基本的にストイックだ」

「どの口が言いますか」


 鋭く突っ込んできた吉良は、煙草の先をじっと見つめる。

 俺が煙草を進めた意味でも考えているのか、やけに真面目じみた表情だった。

 ゆらゆらと立ち上る紫煙が、妙な沈黙が広がる部屋に広がって行く。

 俺が煙草を吐き出す吐息が、やけに溜め息じみて響いて、柄にもなく落ち着かない。


「…何か言い辛い話みたいですね」

「あぁ。正直、お前に話すべきかまだ迷っている」

「迷うなら、今は無理に話さなくても良いんじゃないですか?院長が言い渋るなんて、ちょっと聞くのが怖いですし…」


 何かを察したのか、吉良は目を伏せゆっくりと煙草を吸う。

 憂いを帯びたその表情は、どこか男心をくすぐる艶がある。


「そう言う訳にもいくか…紫苑に、お前を孕ませると宣言してきたんだぞ」


 刹那、息を吐き出そうとした吉良が思い切りむせ込んだ。


「な、なんてことを言ってるんですか、貴方は!」


 せき込みながら叫んだ吉良はあわてて自分の口をふさぐ。


「近所迷惑だ」

「うぅ…」


 解っていると、涙目の視線で訴えた吉良は、煙草を灰皿に置いてしばらく小さな咳を続ける。



アルファポリスさんの『恋愛小説大賞』にエントリーしてみました。

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二月いっぱいが投票期間になるそうです。

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