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Parfum  作者: 響かほり
第十二章 芽吹く心の種に
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「…で、あいつは自分のことを何か話したか?」


 確認をするように訊ねてきた院長に、私は一瞬答えを考える。どの程度の話をしたか、自分の記憶を辿る。


「生い立ちや、家との確執の話を簡単に…」

「仕事の話は」

「ホストの話ですか?」

「…ホスト?」


 不審そうな顔をした院長に、何か間違ったことを言ったのかと内心で冷や汗が出る。


「職名はハッキリと言われていないんです。ただ、話の内容からホストかと思って…榊さんも否定しませんでしたから…」

「…あの莫迦」


 深いため息とともに額に手を当てた院長は、大きく首を横に振る。


「生い立ちと、家の確執についてはどの辺りまで聞いた?」


 答えるか否か、守秘義務があるので迷ったけれど、榊紫苑と仲の良い従兄弟の院長なら、榊紫苑のことは深い内情まで知っているはず。

 榊紫苑も院長は知っていると言っていたから、これは話しても問題はないだろう。


「妾腹だから兄弟とも父親とも折り合いが悪いと。あと、医者になりたくないから榊の家を出て勘当されたとか…」


 私の報告を聞き終えるや、院長は再び深いため息を漏らす。


“な、なんで???”


 多少のことでは動じない院長が、どうしてこんなに呆れたような溜息を洩らすのか、私には全く理解ができない。


「もしかして、私、榊さんに嘘つかれてたとか!?」

「あ?紫苑は嘘なんざ言ってねえ…お前らに呆れているだけだ」

「…私たち?」


 どうして複数形?一人称じゃなくて。

 しかも院長が何に対して呆れているのか、解らない。


「まあいい。あいつがそれだけ自分から言えば十分だ」

「十分?」

「女を信用しない紫苑が、お前に気を許し始めているって事だ」

「確かに榊さんって、女の人をどこか冷めた目で見ていますよね」

「…お前、もっと気にする所があるだろうが」

「え?」

「あいつは女遊びが派手な上、上っ面だけは女にフェミニストだが、その実、女に強い不信感を抱いている。その男から信用をお前は得たということだぞ」

「そんな大げさな」


 笑いながらそうかわせば、院長は至極真面目に私を見据える。


「しばらく俺と一緒に暮らしていた時でさえ、あいつは俺の前で寝たことがない」


 その真摯な眼差しに咎められ、私も姿勢を正して院長を見据える。


「人の気配がすればすぐ目を覚まして飛び起きるあいつが、あれほど熟睡している所を、一昨日、初めて見た」

「高熱のせい…」


 言いかけた瞬間、鋭く睨まれ、私は言葉を飲み込んだ。


「熱であれ、体調不良であれ、あいつは人に隙を見せたかがらない。それを晒したのがお前でなければ、とっとと既成事実で手に入れろと紫苑に進言してやる所だ」

「進言って…勝手に変な事を勧めないで下さいよ」

「だから、お前以外ならと言っただろうが」

「…院長って、榊さんのことが好きなんですね」


 鋭い院長の視線が、私の一言で更に剣呑さを増した。


「俺はバイセクシャルでもホモでもないぞ」

「そう言う意味ではなくて…仲の良い兄弟みたいですよね」

「出来の悪い奴ほど、可愛いだろうが。あいつがどう思っているかは知らねぇが」


 本質は面倒見が良い兄貴肌の院長は、表向きドSで全くそうは見えないのだけど。


「榊さんの病気を治したいんですね」


 院長は鼻で笑う。


「お前が紫苑を快く思っていないのは承知の上だ。だが、紫苑の不眠症の治療は、お前の今後の行動が大きく関わることになるはずだ」

「…私は、出来ればあまり接触したくないんですけど。あちらはおふざけかも知れませんが、手が早い所とか、無駄にフェロモン垂れ流しで迫って来るのは、どうしても苦手と言うか…迷惑で困ります」

「勤務中に手を出すなと、釘をさしてやるから心配するな」

「…仕事中だけですか?」

「privateまで干渉なんざするか」

「できたら、榊紫苑の件に限り干渉してほしいんですけど」

「お前が俺の愛人になればそうしてやる」

「お断りします」

「即答か。お前、紫苑が本気で口説いてきたらどうするつもりだ?」


 鼻で笑った院長は、仕返しの様にそんな仮定話を持ちかけて来た。


「あり得ないと思いますけど…そんな事態になったら、厚かましいですが丁重にお断りします」

「紫苑だからか?」

「…いえ。単にお一人様生活の気楽さを知ってしまったので」


 血の繋がった両親さえ見捨ててしまった自分には、誰かを好きになる資格も、誰かに愛される価値もなければ、新しい家族を持つ事さえ赦されない気がして。

 一人で生きていた方が、罪の意識にさいなまれることもないし。

 そんな事を思っていたら、院長の片方の眉尻がピクリとつり上がる。


「…お前、まさか家で干物女になってねぇだろうな?一度、家庭訪問するぞ」

「!なんですか、家庭訪問って!学校の先生ですかっ!?」

「何だその狼狽ぶりは。抜き打ちで行ってやるから覚悟しろ」

「結構ですっ!別に干物化してませんからっ!」


 そう叫んだ私に、院長はただ不敵に笑うだけだった。



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