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Parfum  作者: 響かほり
第十二章 芽吹く心の種に
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 脳内で訳された言葉に、薔薇の花の贈り主が瞬時にして分かる。


「これ…もしかしなくても、榊紫苑ですか?」

「身に覚えがあるようだな?」

「知合いでこんな真似をするのは、院長か榊紫苑くらいです」


 彼ならば女性に対して普通に薔薇の花を贈りそうだし、こんな歯の浮きそうな台詞を直に言うイメージがある。

 榊一族ならば尚の事、この程度は普通にしてしまうから。


「俺はその気もない女に、こんなデカイ花なんざ贈らないぞ」

「…昨日、手を握ったら手当を請求しますって脅したにも関わらず、手を握ってきたんです。その慰謝料に贈ってきたんじゃないんですか?」

「握手程度で慰謝料とは…お前、守銭奴に磨きがかかったな」


 まじまじと私を見つめて眉をひそめた院長に、私は頭が痛くなる。

 榊紫苑から特別手当が欲しくて、そんな事を言った訳じゃないのに。


「セクハラを牽制しただけです」

「どうせなら、金品を要求すればいいだろ。芋蔓式にむしり取れるぞ」

「む、むしり取るって…阿漕な事言わないで下さいよ。それに、金品なんて貰ったらセクハラに生々しく同意したと思われるじゃないですか」


 むしろ、金出したんだから触らせろみたいな、水商売の客にありがちなエロ親父対応をされても困るから、‘手当て’にいろいろ条件を付けて、相手の行動抑制を促すための脅しをかけてみたのに…。

 まさか、本当に対価の‘特別手当’を用意するなんて。


「それに、ご自分の従兄弟を金蔓みたいに表現するのはどうかと思うんですけど」

「美人局戦法で、俺があいつからいくらでも強請ってやるぞ?」

「はい?院長の思考、ホントに意味不明ですけど…」


 榊紫苑張りに会話が繋がらなくなり、私は頭が痛くなる。

 昨日、人の言うことを聞かない天の邪鬼をベッドに送り込んだは良いけれど、代わりに片腕を奪われた。

 しっかりと人の手を握り締めた挙句、榊紫苑は子供の様に延々と喋り続けてくれた。

 普段の彼からは考えられない程に多弁だったのは、熱で浮かされたいなのかもしれない。

 結局、榊紫苑は喋りつつ眠気と格闘しながら、ことりと眠りに落ちた。


“まあ、病気になると心が弱くなって、誰かにいて欲しくなるものだから…”


 相手の強引なペースにはまりながら、そう思った時点で私は手を握られたことに対する怒りはなくなっていた。

 何時も、張り付けたような笑顔を見せる榊紫苑の、安堵したような寝顔を見れば尚更。

 病人を前にすると下手な慈悲が生まれてしまうのは、私の悪い癖かもしれない。

 それに榊紫苑の方も、美菜様に告げ口されるのが嫌だったのか、それ以上の行為はなかったから、それだけは本当に安心した。


「紫苑の奴も、何をやっているんだかな」

「?何か言いました?」


 考え事をしていてほとんど聞きとれなかった院長の言葉に首を傾げれば、院長は私を一瞥しただけだった。

 コーヒーメーカのコーヒーを二人分注いだ院長は、休憩室の机に一つを乗せて一人掛けのソファに腰を下ろす。

 そして、コーヒーをすすりながら指で空いているソファに腰をかけるように促して来る。

 私は花束を抱えたままそのソファに座り、横に花を下ろす。


「ところでお前、どうやってあいつを眠らせた?」

「どうって…あの人、好き放題喋って、喋りながら勝手に寝落ちしましたけど」

「なんだ、その言葉を覚えて浮かれ過ぎた餓鬼みたいな寝方は」

「話をすることで憂さ晴らしが出来て、すっきりしたと思いますよ?」


 机の上のマグカップを取って、コーヒーに口をつける。

 院長専用のブルーマウンテンのコーヒー豆だけあって、インスタントとは比べ物にならない程、香りも良ければ味も深くて美味しい。


「愚痴を言ったり、何でもない話が出来る環境があの人には必要だったから、土日に私をあそこへ泊らせたんですよね?」

「…何の事だ」

「簡易で安全、後始末不要な感情をポイ捨て出来るゴミ箱役をやれと言うことだったんですよね?」


 榊のプライドで吐き出せない彼が本音を吐いても、それが外に漏れず、後腐れなくストレス発散ができる環境が、榊紫苑には必要なのだ。

 彼の気持ちを受け止める役割を、院長はずっと前から私に要求していたのかもしれないと、昨日、ようやく気付いた。

 性格からして絶対に言わないであろう、『話をしたい』、『話をしていると楽』だと言った榊紫苑の言葉が引き金で。

 自嘲気味に笑えば、院長は不愉快そうな目を細める。


「お前、その自分を貶めるかのような毒舌は止めろ。それとも何か、紫苑のメンタルケアがそんなに気に入らなかったのか」

「いえ。院長の意図をくみ取ることが遅れた自分への揶揄ですから」


 重要なことを院長は殆ど口頭指示しない。しかも重要なことであればあるほど言わない。

 院長の一挙手一投足を見て、院長の考えを汲み取らなければこの職場では仕事が務まらない。

 本当は、もっと早くに気付いて対応をしなければいけなかったのだ。そのために、院長は榊紫苑の治療介助に私を選んだはずだ。

 彼の症状と似たものを体験した私を。

 情けない。私情でそんなことも見失っていたなんて。


「済みませんでした。カウンセラーの代わりを務めなければいけなかったのに」

「…お前にしては、気付くのが遅かったな」


 怒ってはいないけれど、多少呆れてはいるようで、院長はため息を吐きながらそう呟く。

 私には返す言葉もない。


「だが、そのおかげで警戒心の強い紫苑の方が、お前に興味を持ったようだから。治療目的の経過結果としては申し分ない…お前への無駄な手出しがなければな」


 確かに、出逢って二年、つい先日まではありふれた看護師と患者のやり取りしかしてこなかったのに。何が彼の琴線に触れたのか、今は向こうからの過剰なスキンシップに、毎回驚かされる。


「本当に、あれだけはどうにかならないかなって思いますけど…あれでストレス解消している感じがあるんですよね…」


 私の動揺する姿を見て楽しんでいるのは、榊紫苑の作りものではない表情を見ていれば明らか。ただ、普通は女の人にあんな口説き文句みたいな台詞を言って迫ったら誤解すると思うのよ。

 榊紫苑ってば、私が見てきたどの榊一族の男よりもエロフェロモンが垂れ流しで、私でさえ、うっかりドキドキするくらいなのだから。




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