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Parfum  作者: 響かほり
第十二章 芽吹く心の種に
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「な、ななななな何があったんですか?」

「ネットで、今撮影中の映画の主演女優の女の子と、伊織が付き合うてる言う噂が昨日から流れてますのんよ」


 そっと、結城さんが囁くように私に教えてくれる。

 絢子さんは周囲を気にすることなく、再び椅子に腰を下ろす。


「なにが献身的な看護をして、愛を深めたよ!絶対に、あの書き込みはあの女本人よっ!」


 毒舌を放った絢子さんはグラスを掴み、氷の入った水を一気に飲み干した。


「あの小娘、共演者キラーの上、自分からありもしない熱愛情報をリークして、話題集めをするって有名なんだから!」

「例の噂を消すのに必死なんと違います?」

「噂?」


 芸能関係に疎い私は、噂が何か分からなかった。


「ひと月くらい前に麻薬所持で捕まった俳優が居ましたやろ?」

「…そう言えば、そんな話を聞いた様な…」

「そのお人と、今、伊織と噂になってはる子が交際してはった言う噂がありましてなぁ」

「小娘は否定してるけど、ネットにはそいつとのはめ撮り写真が何枚も掲載されて、ネットが炎上したのよ」

「はめ撮りって…もしかして、情交現場の生写真?」

「やだ、あげちゃん。その言い方の方が卑猥に聞こえます」


 結城さんは、楚々と笑った。暗に肯定されたスキャンダラスな内容に、私の方は思わず言葉を失う。

 誰と付き合おうと自由だけれど、もう少し自分を大事にしたらいいのに…。


「で、その女の子にも麻薬の使用疑惑が出てるんよ」

「へぇ…だから、新しい交際話でイメージを変えようとしてるってことですか?」

「でしょうね。しかも、よりにもよって伊織を使うなんて…」

「…伊織さん、とんだ災難ですね」

「それを言うなら、希美ちゃんもよ?」

「え?」

「演技力もいまいちで視聴率もとられへん性悪娘が芸名でも結城を名乗るやなんて、うちの大事な旦那はんの名が穢れますえ!」


 珍しく、結城さんがプリプリと怒りを表現する。

 結城さんのご主人は名の売れたミステリー作家。結婚して八年になるけど、彼女には倦怠期なんて言葉が存在しないらしい。結城さんは、旦那さんの事が大好きすぎて時々、周囲が見えなくなる。


「希美ちゃんの所は、未だにラブラブよねぇ」

「そうでもあらしまへんのよ。旦那はん、うちより十も年上やから、子供扱いで女扱いしてくれはらん事もあるし、夜かてそっけないし…」


 突然爆弾投入をしてきた結城さんに、絢子さんが微笑む。


「で、ジェラってもらう為に、意趣返しに年下の伊織のファンクラブ入ったら、旦那さんが策略通り嫉妬して、ラブラブ再燃なのよね?」

「ふふっ、伊織に張りおうてくれはる所が、可愛いんよ。ほんまに伊織様々やわぁ。勿論、伊織は若いのに礼儀正しいし、ファンを大事にしはる良い男やから旦那はんの次に好いてますえ?」

「そう、そうなのよ!伊織は礼儀正しくて誰にでも優しいから、その気がなくても女に誤解されやすくて言い寄られるのよね」

「絢ちゃんの言う通りやわ」

「希美ちゃんもそう思う?」

「勿論やわ。あないに良い男、他にいてはりまへん」


 違う話に火が付いてしまった二人の『伊織べた褒め』マシンガントークには、院長すら口を挟めない。

 其処に芸能人音痴な私などが口を挟める訳もなく、食事もそぞろに二人の熱烈トークを一時間頷きながら聞く事になった。




    §




 結局、伊織話で私のキスマークの理由を追求すると言う、本題の話は忘れられた。

 午前のパート業務だけの結城さんと、夕勤までフリーの絢子さんとはカフェを出て別れ、私は一人でクリニックに戻った。

 追及されなかった事にほっとしたものの、お姉様二人の滾り溢れる上坂伊織への愛情を激しくぶつけられ、なんだかどっと疲れてしまった…。

 ドルビーで上坂伊織の良さを語られたけど、私には顔がさっぱり浮かんでこない。


「ただ今戻りまし…!!何っ!?」


 休憩室の扉を開けた瞬間、私の目の前に大きな薔薇の花束があり、危うく衝突する所だった。


「…薔薇?」


 しかも全てが深紅色の薔薇の花で、見たこともない巨大な花束に思わず魅入ってしまう。

 一体、どれだけの本数をまとめたら、扉を塞ぐような大きさになるのだろう。しかも、このひと束で幾らになるんだろう…なんて、下世話なことを考えてしまった。


「遅い」


 上を見上げれば、薔薇の花の先に院長の顔が見える。

 しかも、ものすごく不機嫌な顔で、私を見下ろしている。

 ワイシャツ姿で花束を抱える院長の姿が、様になり過ぎている。容姿の良い人間は、何をしても似合う。院長の職業をモデルと言っても、十分通用する様な気がする。


「うわぁ…気障ったらしくて、似合い過ぎですね院長」


 院長が鼻で笑う。


「お前の褒め言葉に棘が見えるが?」

「気のせいですよ。で、そんな大きな花、どうしたんですか?美菜先生へのプレゼントですか?」

「お前宛てだ」

「はい?」


 院長は私にその花を押し付け、強引に私の腕の中におさめさせた。

 私の腕の中でかなりの重量を主張する、横幅も私の倍はあるそれは大きすぎてバランスがとりにくい。思わずふらっとよろけて、院長に片腕を掴まれて支えられる。


「い、一体だれが、こんなに大きな花束を?」


 院長が花束の中からメッセージカードを取り出して開くと、流暢な英語でそれを読む。


「Thank you for yesterday. Lovely you with love.」


“…えっと…昨日はありがとう。素敵なあなたに愛を込めて!?”





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