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それに、これ以上、健斗に迷惑かけるのもまずい。
今ですら、時間も曜日も選ばず、俺の仕事の合間に診てもらっている。
その間隔も最初は月一度程度だったのが、このところ週に一、二度ペースになっている。
健斗は日と時間を選ばない俺の依頼に対して、一切の文句を俺に言うことはない。
性格はサディストだが、意外に面倒見の良い一面がある。
だが、それに甘えてばかりいても、俺の症状が良くなるわけでもない。
「後腐れない女が、一番だね」
「何、飄々と言ってやがる」
「眠れない時間を潰すために、女と遊んで何が悪い?」
「…俺はお前のその発想力が理解出来ん。女と遊ぶから余計に眠れねぇんだろうが」
もっともな意見を放った健斗は、俺の前髪に手をのばして乱暴に掻き乱す。
「女遊びは止めろ。そのうち、ぶっ倒れるぞ」
「…そうだな。女遊びは少し控えるよ」
一瞬、健斗の表情が険しくなる。
「てめぇ、一月くらいは完全に断つくらい言えないのか」
左右のこめかみを押さえるように頭を掴まれ、ぐっと力を込められ、凄まれる。
容赦ない痛みが、俺の頭を襲う。
「いってぇだろ!健斗っ!」
乱暴に健斗の手を振り払い、従兄弟を睨みつける。
健斗は鋭い視線で俺を見下ろしていた。
「医者(俺)の命令が聞けねぇのか?それとも、点滴が出来るからって調子乗ってんのか?今度から、俺がまた点滴してやろうか?」
「それだけは、やめろっ!お前、絶望的に下手くそなんだから!」
何度も何度も針を刺されるなんて、たまったものではない。
あんなもの、拷問に近い。むしろ俺を殺す気だとしか言いようがない。
健斗に点滴をされるのは、二度と御免だ。
「吉良以外、絶対、させないからな!」
彼女は注射や点滴が上手い。痛みも恐怖心も感じさせない。だからまだ、許せる。
健斗は俺の慌て様に、皮肉気な笑みを浮かべる。
従兄弟がこの顔をしている時が、一番、活き活きして見えるのは俺だけだろうか。
「随分、吉良を気に入ったようだな?」
「…お前や俺に靡かない時点で高評価。点滴の腕前も申し分ない。俺の事をいちいち詮索しない。その三点で、俺の看護師として文句はない」
「女を高評価とは、珍しいな?」
「だからと言って、女としての彼女と深く関わるつもりはない」
「ついでに、他の女をつまみ食いするのも止めとけ。治療の為に、一ヵ月、女は抱くなよ?」
「…何で一ヵ月なんだ?」
「お前にはその辺が、我慢の限界だろ」
「何の我慢だよ」
「性欲」
「…人の性欲限界点を推察するの、止めてくれないか?」
まあ、無駄な体力を消耗しないようにするために、言っていることは分かる。
健斗としても、俺の不眠症が酷くなっていることを、気にはしているのだろう。
だから、体を労れと暗に言っているのだ。
全く、素直じゃない親切なアドバイスだ。
不眠症の原因は、はっきり分かっている。
分かってはいるけれど、俺自身でも、医者である健斗ですら、それはどうにもならない事だから。
「それでなくとも、真夜中に吉良を引っ張り出すのは避けたい。この界隈は、変質者が良く出るからな」
「変質者?」
「露出狂やひったくり程度ならまだいいが、強姦事件もあるからな。夜は出来る限り俺が送迎をするが、そうもいかない時がある」
今日の様な昼間ならまだ人目が多いが、夜の一人歩きは何かと危険だ。
俺のせいで吉良に何かあっても後味が悪い。
夜に来るのは、出来るだけ避ける様にするかと思うが、仕事上、飽く時間は夜が多い。
つまり、健斗は遠まわしに俺に診療に来るのを減らすよう、私生活をどうにかしろと言いたいようだ。
「昼に来るよう努力は一応するけど、期待はしないでくれよ」
「どうあっても慎む気がないのか、お前には」
「榊から女遊びをとったら、生き甲斐が無くなるんじゃないのか?」
「あのな…お前に本当に必要なのは、女でも、栄養剤の入った点滴でも、睡眠導入剤でもねえ。心身共に癒される場所だ」
健斗は笑うでもなく、怒るわけでもなく、俺に諭すように呟いた。
俺は、曖昧に笑うことしか出来なかった。
そんなもの、今までに一度だって得た事がないのだから。